ILIAD ~幻影の彼方~
004 インティルケープ
インティルケープはアスカリアからイセ山道を抜け、そこから南西に向かった先にある。
距離はそれほど離れてはいないのだが、セトルのようにあるいて行くと一日ほどかかってしまう。特にこのイセ山道は凶暴な魔物も出るため余計に時間がかかる。
セトルはそこでしばしの休憩をしているところであった。
「さてと、そろそろ行こうかな」
水筒の蓋を閉め、セトルはそれをしまうと立ち上がった。その時――
――――グルルルル!――――
「!?」
唸り声が聞こえたと思うと、後ろから熊の魔物――エッジベアが現れた。かなり興奮しているように見える。
「何か……怒ってる?」
セトルが逃げようと身を翻した時、もう一体同じように興奮したエッジベアがその行く手を塞いだ。
(しまった、囲まれた!)
そして、後から現れたエッジベアが唸りを上げて躍りかかってきた。セトルは咄嗟に剣を抜き、その鈍色に光る巨大な爪の攻撃を躱すと、その腕を存分に斬りつけた。
すると今度は、もう一方のエッジベアがその巨大な爪のついた腕を振るう。
「くっ!」
セトルは素早くそれを剣の腹で受けた。そして滑らすように受け流すと、エッジベアの肩を斬り、そのまま前に跳んだ。
「さあ、これで終わりだよ!」
笑みを浮かべ、セトルは剣を天に突き立てた。すると剣の周りに風が渦巻き、彼はそれを思い切り振り翳した。
「――飛刃衝!!」
烈風の衝撃波が走る。だがそれはエッジベアを大きく外れ、代わりにその上の崖に直撃する。
しかし、セトルの狙いはそれだった。
爆音と共に崖は崩れ、落石が二匹の頭上に降り注ぐ。悲鳴を上げ、二匹は瓦礫の下敷きとなった。
「ふぅ、さて行こうか」
セトルは歩き始め、途中ちらっと後ろを振り向いた。
(それにしてもあのエッジベア、異常に興奮してたなぁ。何でだろ?)
インティルケープに到着した時には既に日は沈んでいた。この町は農牧業が盛んで、町の中にも家畜がいたり、畑があったりしている。そのためか、少々家畜臭い匂いがする。
ここには港があり、そこの市場はいつも多くの人で賑わっている。だが、流石にこの時間帯はあまり人がいないだろう。
マーズ邸は港の反対側にある。周りの家よりも一際大きい屋敷がそれだ。彼はこの町の町長である。
セトルは、今行ったら迷惑かも、と思いはしたが、宿を取るほどのお金が無かった――ケアリーが入れ忘れた――ので、仕方なく手紙だけ渡そうと思い、マーズ邸へと足を進めた。
「すみませーん! マーズさんはいらっしゃいますか?」
呼び鈴を鳴らし、セトルは近所迷惑にならない程度の大声で言った。
すると返事が返り、奥からノルティアンの男性が一人、歩いてきた。年は五十前後に見える。
「いらっしゃい」男は柔らかく微笑んだ。「おや、セトルくんじゃないか、こんな晩くにどうしたんだね?」
「お久しぶりです、マーズさん。ケアリーさんから預かった手紙を渡しに来ました。」
軽く礼をし、セトルは手紙を取り出して彼に渡した。
「ああ、あのことか。――ま、立ち話もなんだから上がりなさい。ミセルも会いたがっておったしな」
『ミセル』とはマーズの一人娘のことである。何度かここへ来ているうちに仲良くなったのだ。
セトルは、おじゃまします、と言って頭を下げ、マーズについて中に入った。
リビングに招かれたセトルはソファに腰をかけ、マーズに出されたハーブティーをゆっくりと味わっていた。
すると、リビングのドアが開き、ピンクのワンピースを着た、明るい緑色の髪をリボンでツインテールにしている少女が満面の笑みを浮かべて中に入ってきた。
「セトル君久しぶり! 元気してた?」
「久しぶり、ミセル」
セトルは微笑み、ハーブティーの入ったカップをテーブルに置いた。
彼女は確か今年で十六歳である。
「おお、ミセル来てたのか」
別のドアが開き、マーズがクッキーを木製の皿に盛って入ってきた。そしてそれをテーブルに置き、セトルの向かいのソファに腰をかける。
「セトル君、隣いい?」
「ああ、いいけど」
セトルが答えると、ミセルは彼の隣に座った。
「どうだいセトルくん、記憶の方は?」
マーズが訊くと、セトルはゆっくり首を振った。
「がんばって思い出そうとしてるんですけど、まだ全然。」
彼は俯いた。少し寂しそうな目をしている。
「ね、ねぇ、セトル君いつもこの鎧着てるよね? 左肩が外れちゃってるのに、どうして?」
場の雰囲気を変えるようにミセルは明るい声で言った。
「え? ああこれ?」その声に毒気を抜かれたようにセトルは微笑む。「これは僕が助けられた時から身につけていたものなんだ。この鎧ってけっこう珍しいみたいだし、これを着てたら僕を知っている人が僕に気づいてくれるかもしれないって思って。」
「なるほどね。ところでセトル君、この後どうするつもりなの?」
ミセルが言うと、
「もし宿がないならここに泊っていくといい」
マーズがそう言った。
「え、いいんですか? 迷惑じゃ……」
セトルは戸惑った。そう言ってくるとは思っていなかったからだ。
「いいに決まってるじゃない!」
ミセルが笑う。マーズも微笑み、
「まさかセトルくんには、私たちがアスカリアからはるばる来た少年を、こんな夜中に追い出すような人に見えてるのかな?」
からかうようにそう言った。
「い、いえ、そんなことないですよ」
慌てたようにセトルは掌を顔の前で振り、否定した。
「じゃあ、決まりね!」
距離はそれほど離れてはいないのだが、セトルのようにあるいて行くと一日ほどかかってしまう。特にこのイセ山道は凶暴な魔物も出るため余計に時間がかかる。
セトルはそこでしばしの休憩をしているところであった。
「さてと、そろそろ行こうかな」
水筒の蓋を閉め、セトルはそれをしまうと立ち上がった。その時――
――――グルルルル!――――
「!?」
唸り声が聞こえたと思うと、後ろから熊の魔物――エッジベアが現れた。かなり興奮しているように見える。
「何か……怒ってる?」
セトルが逃げようと身を翻した時、もう一体同じように興奮したエッジベアがその行く手を塞いだ。
(しまった、囲まれた!)
そして、後から現れたエッジベアが唸りを上げて躍りかかってきた。セトルは咄嗟に剣を抜き、その鈍色に光る巨大な爪の攻撃を躱すと、その腕を存分に斬りつけた。
すると今度は、もう一方のエッジベアがその巨大な爪のついた腕を振るう。
「くっ!」
セトルは素早くそれを剣の腹で受けた。そして滑らすように受け流すと、エッジベアの肩を斬り、そのまま前に跳んだ。
「さあ、これで終わりだよ!」
笑みを浮かべ、セトルは剣を天に突き立てた。すると剣の周りに風が渦巻き、彼はそれを思い切り振り翳した。
「――飛刃衝!!」
烈風の衝撃波が走る。だがそれはエッジベアを大きく外れ、代わりにその上の崖に直撃する。
しかし、セトルの狙いはそれだった。
爆音と共に崖は崩れ、落石が二匹の頭上に降り注ぐ。悲鳴を上げ、二匹は瓦礫の下敷きとなった。
「ふぅ、さて行こうか」
セトルは歩き始め、途中ちらっと後ろを振り向いた。
(それにしてもあのエッジベア、異常に興奮してたなぁ。何でだろ?)
インティルケープに到着した時には既に日は沈んでいた。この町は農牧業が盛んで、町の中にも家畜がいたり、畑があったりしている。そのためか、少々家畜臭い匂いがする。
ここには港があり、そこの市場はいつも多くの人で賑わっている。だが、流石にこの時間帯はあまり人がいないだろう。
マーズ邸は港の反対側にある。周りの家よりも一際大きい屋敷がそれだ。彼はこの町の町長である。
セトルは、今行ったら迷惑かも、と思いはしたが、宿を取るほどのお金が無かった――ケアリーが入れ忘れた――ので、仕方なく手紙だけ渡そうと思い、マーズ邸へと足を進めた。
「すみませーん! マーズさんはいらっしゃいますか?」
呼び鈴を鳴らし、セトルは近所迷惑にならない程度の大声で言った。
すると返事が返り、奥からノルティアンの男性が一人、歩いてきた。年は五十前後に見える。
「いらっしゃい」男は柔らかく微笑んだ。「おや、セトルくんじゃないか、こんな晩くにどうしたんだね?」
「お久しぶりです、マーズさん。ケアリーさんから預かった手紙を渡しに来ました。」
軽く礼をし、セトルは手紙を取り出して彼に渡した。
「ああ、あのことか。――ま、立ち話もなんだから上がりなさい。ミセルも会いたがっておったしな」
『ミセル』とはマーズの一人娘のことである。何度かここへ来ているうちに仲良くなったのだ。
セトルは、おじゃまします、と言って頭を下げ、マーズについて中に入った。
リビングに招かれたセトルはソファに腰をかけ、マーズに出されたハーブティーをゆっくりと味わっていた。
すると、リビングのドアが開き、ピンクのワンピースを着た、明るい緑色の髪をリボンでツインテールにしている少女が満面の笑みを浮かべて中に入ってきた。
「セトル君久しぶり! 元気してた?」
「久しぶり、ミセル」
セトルは微笑み、ハーブティーの入ったカップをテーブルに置いた。
彼女は確か今年で十六歳である。
「おお、ミセル来てたのか」
別のドアが開き、マーズがクッキーを木製の皿に盛って入ってきた。そしてそれをテーブルに置き、セトルの向かいのソファに腰をかける。
「セトル君、隣いい?」
「ああ、いいけど」
セトルが答えると、ミセルは彼の隣に座った。
「どうだいセトルくん、記憶の方は?」
マーズが訊くと、セトルはゆっくり首を振った。
「がんばって思い出そうとしてるんですけど、まだ全然。」
彼は俯いた。少し寂しそうな目をしている。
「ね、ねぇ、セトル君いつもこの鎧着てるよね? 左肩が外れちゃってるのに、どうして?」
場の雰囲気を変えるようにミセルは明るい声で言った。
「え? ああこれ?」その声に毒気を抜かれたようにセトルは微笑む。「これは僕が助けられた時から身につけていたものなんだ。この鎧ってけっこう珍しいみたいだし、これを着てたら僕を知っている人が僕に気づいてくれるかもしれないって思って。」
「なるほどね。ところでセトル君、この後どうするつもりなの?」
ミセルが言うと、
「もし宿がないならここに泊っていくといい」
マーズがそう言った。
「え、いいんですか? 迷惑じゃ……」
セトルは戸惑った。そう言ってくるとは思っていなかったからだ。
「いいに決まってるじゃない!」
ミセルが笑う。マーズも微笑み、
「まさかセトルくんには、私たちがアスカリアからはるばる来た少年を、こんな夜中に追い出すような人に見えてるのかな?」
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