俺は異世界でブリーフをかぶる

川島晴斗

1話目「勇者召喚?そんなバカな」

 国で最も広く、高貴な者しか入ることの許されない水の神殿【オリオン】。
 そこの最深部に、金の装飾や勲章を身に付けたお偉い方、赤いマントをなびかせる金の冠を被った国王と、その両脇には皇后並びに王子、王女が2名ずつ立っている。

 そして皆の注目するのは神殿の中心、薄暗いこの空間で唯一輝いていた魔法陣だ。
 魔法陣の中心には背中の広く開いた、ついでに胸元も開いたドレスを着ている【水の巫女】が立っている。
 彼女は先ほどまで眩い光を放っていた魔法陣を見て、こう言った。

「そんなバカな」

 言葉遣いや身分など気にせず、彼女はそう言った。
 いや、誰しもが彼女と同じ心境であろう。

 先ほどまでここで行われていたのは、勇者召喚の儀だったのだ。
 魔王が突然現れて人間を殺し始め、徐々に領土が侵略される日々。
 これを防ぐには強い勇者を召喚するというのが代々からの習わしである。

 そう、彼女たちは召喚したのだ。
 勇者を。
 召喚したはずなのだ。

 召喚された者は寝ていた。
 魔法陣の真ん中で、うつ伏せで、しかも手はピンと伸びて、まるで「気をつけ!」と号令された小学生のよう。

 しかし、寝ているだけならまだいい。
 そういう事は昔にもあったらしいのだ。
 服も着ている。
 ジーパンになかシャツと藍色のパーカーと、弱そうだが着ている。
 しかし、頭部がおかしい。

 ブリーフだ。
 彼はブリーフをかぶっていた。

 この中世レベルの文明世界であってもブリーフのような下着はあり、彼が履いているのがパンツであることは誰もがわかるのだ。
 しかも寝ている。
 うつ伏せで、手をピンとして腰に据えて。

 変態だ。
 とんでもない変態を召喚してしまった。
 寝ているから事情も知らないだろうし、このまま元の世界に返してやりたいことこの上ないが、あいにくと帰還の魔法というものはなかった。

 どうしようと水の巫女は国王に目配せした。
 国王は彼女の視線に気付くと、にこりと笑い首元を親指で線引く動作をする。
 まぁそれは言うならば――

(――KO☆RO☆SE☆)
(OK)

 ということで、水の巫女も了承した。
 勇者召喚には魔力を蓄えねばならないから10年以上は次の機会を待たなくてはならず、本来なら殺すのは惜しい。
 しかし、召喚されたのが変態ならば話は別なのである。
 変態なんてこの世から抹消しようZE!というわけなのだ。

 水の巫女は魔法を使い、水でできた短刀を左手に持った。
 そして冷たい床に膝をつき、召喚された男のフードを掴んだ。
 刹那――

「――ハッ!!? アニメのやる時間だ!!!」
『!!!?』

 男が跳ね起きた。
 巫女を邪魔だと言わんばかりに押しどかして彼はブリーフを目元から少しずらし、唐突に辺りを見渡した。
 リモコンを探しているだけなのだが、周りを見るとどうにも彼は自分の部屋に居ないことに気付く。
 そして彼は呟いた。

「そんなバカな」

 そしてアニメを見れない事に絶望した。



 ――――――――――――――――――



 聞いてくれ!いや、聞かなくてもいいけどな!
 俺の名前は寝状智月しんじょうともつきという、ひらがなで書くと9文字もあるめんどくせぇ名前だ。
 苗字からしてそうだが、俺の家族は寝ることが大好き。
 だいたいみんなアイマスクと耳栓は常備している。

 ただし、うちではアイマスクは同じものを使ってはいけないという定義がある。
 父ちゃんが使ってるのは普通のアイマスク、母ちゃんが使ってるのはグラサン、そして俺がブリーフ、妹がブラジャーだ。
 妹が寝ているときに割と興奮するのだが、その様を親に見つかると折檻されるから温かい目で見守ることしかできない。

 ということで、いつも寝ている俺なのだが――

「美少女アニメを見てフンッ!フンッ!する予定だったのにこれではできないではないか。というわけで水の巫女様、おっぱい見せてください」
「ふっ、ふふふふざけないでくださいっ!!」
「片方でいいから!」
「貴方、本当に殺しますよっ!!?」
「そしたら転生してここに戻ってくる……異世界転移を果たした俺はいわば不死!巫女様のおっぱいを拝むまでは死ねん!」
「なら拝んでもいいから潔く死んでくださいませんか?」
「うーんそれは……悩む、血涙が出る……ケツから涙が……」
「……なんでそんなに真剣に悩んでるんですか。おっぱい拝むのにどれだけ人生賭けてるんですか……」

 こんな感じに、俺を見るたびに絶望した目をする巫女様と2人で話し合っていた。
 王様は俺を見て変態だと悟ったらしく、大臣や他の貴族の方々もみんな帰ってしまったが、この水の巫女様は召喚してしまった申し訳なさから俺の身柄を引き取ってくれるそうな。

 そしてこの水の巫女様、とんでもなく美人である。
 肌白っ、胸元えろっ。
 髪は水色なんですね、さすが水の巫女様。
 ブロンドの髪ってやっぱテンプレなんだなぁと思いつつ、身長は俺と同じ170近くだ。
 目つきが悪いのは多分、俺が好き過ぎるのが一周して嫌いになったんだと思う。
 こんな巫女様に養ってもらえるなんて、うれちーっ!

「……で、貴方はなんでパンツをかぶってるんですか?」

 水色一色な彼女の部屋で、怪訝な表情を浮かべながら問いかけられる。
 ふむ……。

「実はな、俺はブリーフを被ることで身体能力が100倍になり、拳一つで大陸をも両断できるのだ」
「ええっ!!? そ、そんな!?」
「ほんとほんと。巫女様も自分の被ってみ」
「はっ、はい……」

 そそくさと巫女様は部屋のタンスから水色でレースのついたパンツを取り出し、被った。
 その様子を見て、俺は確かポケットにしまっていたスマホを起動する。

 カシャッ

「……え? 今何をしたんですか?」
「いや、これを今日のオカズにしようと」
「オカズ……? トモツキはご飯を作れるのですか?」
「作れる作れる。なんなら今晩作ってやろうか?」
「は、はいっ。是非。異郷の料理とは、なかなか――」
「具材は全部俺の髪の毛だけど、いいよね?」
「絶対に台所には立たないでください」

 断られてしまった。
 異世界に来たのに変態認定され、挙句には料理もさせてもらえない。
 髪の毛なんて1食分しか保たないんだから軽くスルーしてくれよまったく。

「ちなみに、パンツ被っても怪力になったりしないから」
「!!!」
「パンツがそんなチート魔法道具な訳ねーだろ。やーいやーい」
「こっ、こここ、このっ……!」

 巫女様は顔を真っ赤にしてパンツを投げ捨て、俺はおもむろにそのパンツを掴んだ。
 しかし、巫女様に張っ倒されてグヘッと肺から息を吐き出して倒れる。
 うつ伏せになった俺の上を彼女は馬乗りになった。

「待て、話せばわかる。30秒でわかる」
「ほう。遺言ぐらいは聞き届けて差し上げましょう」
「遺言!? ……ああ、俺の人生にはおっぱいがなかったな」
「よろしい、死になさい」
「いでっ」

 思わず死を覚悟したのだが、頭を叩かれるだけだった。
 しかもブリーフを取り上げられた。

「……あれ?殺さんの?」
「死にたいんですか?」
「おっぱいを見るまでは死ねん!!」
「……男の胸筋でも見てきてください。体つきのいい男はこの国にたくさんいますよ。筋肉たくましい殿方がね」
「男の胸はおっぱいって言わなくね?」
「いや、私に聞かれましても……」

 うつ伏せだからわからんが、多分いま、水の巫女様は困惑した表情を浮かべていることだろう。
 もしくは俺のおっぱい連呼に顔を赤らめているに違いない。

「巫女様かあいい。結婚してくれ」
「貴方みたいな下等な人間と結婚するわけないでしょう」
「嘘だ!ネットでよく見る小説とかだと、異世界転移したら最初に会ったかあいい女の子と結ばれるぱてぃーんばっかだぞ!もしくはハーレム!」
「貴方がハーレムとか片腹痛いですね」

 可愛い女の子に鼻で笑われる俺。
 そこに興奮を覚えたりするわけではないが、心臓がキュンとなった。
 俺の本性が……目覚める!?

「ないな」
「は?」
「いや、なんでもない」

 俺にそういう要素はなかった。

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