乙女よ。その扉を開け

雪桃

魔姫の正体

「物騒だね。紫に当たったらどうするんだい」

 呆れたように魔姫は笑う。その目には銀が混じった白髪が映っている。

「ゆかを返せ」

 紫は何も言えずに身震いする。里奈の声が怒りと憎しみで低くなっているからだ。

「返せと言われて応じる敵などいるわけないだろう。そんなに返して欲しいなら私を倒すことだな」

 魔姫は紫を黒獣に見張らせて機械の中に入っている娘を一瞥する。

「もう少し。後少しで戻るから」

 小さくそう呟いて魔姫は里奈に向き合った。その表情は敵を見ている。昔のように妹を想う眼差しはどこにもない。

「最後に会ったのは一週間前。だけど実際に戦ったのは半年前か。どうだ? 少しは時間稼ぎを思いついたか」

 そう。あさの一件で二人は一度戦っていた。だがその結果は――

「あれだけ力の差が歴然としていてまだ立ち向かうなんて勇敢なのか無謀なのか」

 行動ができていても完治するまでに一ヶ月もかかった里奈の傷。あの時は真由美達が援護に来たから良かったものの、これは誰も助けてくれない殺し合い。

「ゆかを守ってあなたを殺すだけ。他は何もいらない」

 懐中時計とナイフを持って里奈は吐き捨てる。魔姫は少しも物怖じせずに笑う。

「物騒なことを言うようになったね里奈。昔の無邪気なあの子はもういないのかい? ああそうか。もう家族を失いたくないのか」

 魔姫は一度言葉を切って銀色の髪を見る。

「銀も里子も愛する人を失ったものね。自分のせいで」
「黙れ!」

 里奈はナイフを一本投げて時を操る。そうすれば一瞬で魔姫を取り囲む程の数が出てきた。それ全てを魔姫は軽々と避けて黒獣を呼ぶ。

「時間を稼いでおけ」

 黒獣に命じると魔姫は中断させられた操作を再開する為に戦闘を離脱した。

「……余裕ぶっこいてんじゃないわよ」

 里奈は奥歯を噛み締めて吐き捨てると黒獣など気にも止めず地を蹴りあげる。一瞬で自分の元に追いつくとは思っていなかった魔姫は振り下ろされたナイフを避けることができず、肩を抉られてしまった。

「っ!」

 痛みで反応が鈍った隙を狙って神憑きの急所である心臓に深くナイフを突き刺す。

「う……っ。や、やるようになったじゃない」

 心臓を刺されてしまえば神憑きの治癒速度も格段に遅くなる。異能もすぐには使えない。

「ゆかは返してもらう」

 里奈はナイフを三本手に持つ。確実に殺すためだ。

「……仕方ないか」

 魔姫は荒い息を吐く。

「もったいないけど紫もいるし……」
「死ね」

 里奈が狙いを定めてナイフを投げようとしたその時だった。

「後ろ!」

 紫が叫んだのと里奈が脇腹に鋭い痛みを感じたのはほぼ同時だった。

「!?」
「紫。黙ってなさい」

 何とか里奈の元へ寄ろうとする紫を妨げて抱えあげる。

「なんで動いて……」

 紫は呆然と呟く。魔姫は確実に重症を負ったはずだ。それなのに肩からも胸からも血は流れていない。魔姫は何も問題は無いと言うように腹を押さえて悶えている里奈の方を向く。

「何のためにマフィアへ入ったと思う?」
「え?」

 魔姫は話を続ける。

「マフィアは珍しい人間を好んだ。それは紫も過去を見て分かったろう?」

 分かっている。異能者が餌食になっていたことも。そのせいで里子と舞姫が壊れたことも――。

「異能者にとって魔力は何だい?」

 魔姫は焦らすのが好きらしい。さっさと話せと紫が睨めば苦笑しながら肩を竦めた。

「異能者に限らず非異能者にも魔力は必要だ。命の源でもあるんだから」

 そして。魔姫は更に続ける。

「マフィアには魔力・・が沢山あった。殆どが非異能者だから時間はかかったが、それでも想定内だ」
「まさか」

 それまで黙っていた里奈が口を開く。

「そのカプセルの中身は」
「普通の異能者でも足りないのに百分の一にも満たないような非異能者ばかりで正直苛ついてたけど。こんないい器があるのなら十分だ」

 縁を収容しているカプセルの透明な液体。言わずもがな、魔力である。何千、何万もの人間から奪った。

「一体……何人の命を犠牲にしてきたの」
「さあ。雑魚なんてどうだっていいことだし」

 少しずつ体力を回復しつつある紫が逃げようとした時だった。機械が赤く光ったのは。

「……やっと終わった」
「え?」

 紫が何をと聞く前に魔姫が口を開く。

「里奈。いいえ里子。最後に聞こう。あなたが欲しいのは紫? それとも」

 お姉さま?

「?」
「どっちにしろ答えは一択だけどね」

 魔姫が片手を上げると里奈の周りを囲むように黒獣が数体現れる。

「待ちなさい魔姫!」

 里奈が機械の方へ行く魔姫を追いかけようとするが黒獣に行く手を阻まれてしまう。

「さて。これであ 後は魂を……暴れると落ちるぞ」

 逃れようと暴れる紫を物ともせず、機械を操作し始める。

(このままじゃ殺される。逃げないと)

 命の危機を感じて紫は力を振り絞って魔姫の腕を解こうとする。

「紫。見てごらん」

 頭を掴まれてカプセルの方を見させられる。

「私はさっきお前に言ったね。何を惚けているのかと」

 魔姫は紫を抱いている方とは反対の手を開いて見せる。そこには闇のように底のないような黒の珠とどこまでも見通せる程透き通っている透明な珠。

「この珠って……」
「騙して悪かったね。自分の正体を明かすのは基本的に禁止なんだ」

 魔姫が小さく何かを唱えると紫は動けなくなる。その合間に魔姫は横たわっている柊縁の体から魂のような白い塊を取り出し、黒い珠に融合させる。

「じ、じゃああなたは」

 不自由な体で呻きながら言う紫を見て笑う。

「正解だよ紫。だけどそれを知ったところでお前にはどうしようもない」

 魔姫は魂の入った黒い珠を見せびらかすように翳してから口に含んだ。

「?」
「だってお前は」

 飲み込まないように気をつけながら紫のすぐ近くへ寄り、顎を掴んで持ち上げる。

「もう死ぬんだから」

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