乙女よ。その扉を開け
俺だって
何も昔から弟を憎んでいたわけではなかった。寧ろ異能しか興味のない親に愛情を注いでもらえず、孤独だったところへ自分にくっついてくる弟が出来たことはこの上ない幸せだった。
異能を使えない弟が虐待を受けないように暇があれば一緒にいて守っていた。それが逆効果とも知らず。
秀があまりにも家族を引き離しすぎたせいで親は全く俊に干渉しなくなった。俊は干渉されるために犯罪じみたことを繰り返した。
何が間違っていたのか。甘やかしたからこうなったのか。後戻りができないことを知っていながら秀はいつしか弟に辛く接した。『助けて』という願いを無視しながら。
俊が混ざり者になり、両親も研究員も死んで独りになった頃。黒装束の女が現れた。
「研究所だっていうのに静かだね」
「誰だ」
殺気立っている秀に対して恐怖も何もなく、不敵な笑みを浮かべる。
「私は魔姫。マフィアの長をしている。お前と……もう一人ここにいたはずだけど」
「あんたには関係ない」
残された秀にはもう気力がない。そんな様子を見ていた魔姫は何かを思案し始めた。
「名前は?」
「……大山秀」
「そうかい。じゃあ秀、私の元に来ないかい?」
「は?」
話の見えない秀に慣れた様子で近づく。
「私は神の頂に行かなければならない。その為には力を借りる必要がある」
「それで? こんなお荷物を好んで抱えんのかよ」
「勿論役立たずを雇う気はない」
なら。と言いかけたのを遮られる。
「だがお前は私が願うだけのことを成し遂げてくれるだろう。私がお前の願いを叶える代わりに」
「俺の? 何言ってんだあんた。俺にはもう……」
「自分じゃ分からない。いや、叶わないと分かったから忘れてしまったんだよ。でも見え見えだ」
魔姫は垂れ下がっている秀の手を取る。
「私が取り返してあげるよ。お前が秀が愛した弟を」
心は神殺しに奪われたはず。それなのに秀の目からは涙が零れていた。秀が何もしないでいると酷く咳き込みながらやまが立ち上がる。
「返せよ」
やまの眼には怒りや悲しみ、そして自分に対する憎しみが渦巻いていた。
「お前は秀じゃない。俺が知ってる秀じゃない。返せよ……返せ!」
鎖越しに秀の心が流れ込んできた。大勢の大人達に囲まれながら孤独な幼少期を過ごしたこと。俊という心の拠り所を見つけたこと。それでも接し方が分からず散々傷つけたこと。そして殺し合う関係になってしまったこと。
『止められるんなら止めてみろ』
――止めてくれ俊。俺はただお前と
「異能……」
再度降ってくる血針を避けて両手の中に血の塊を作る。
「血光線!」
火花を散らした血はそのまま秀の心臓を貫く。秀は一瞬目を見開いた後、静かに瞼を閉じて倒れた。
「俺だってなりたかったさ」
力尽きたかのようにやまは膝から崩れ落ちて涙を流す。
「普通の兄弟に……なってみたかったよ。兄さん」
「あや、起きて。もうすぐ着くよ」
「ん……」
出発したのが殆ど夜更け。日が昇っているのだからもう朝なのだろう。
「もっとかかると思ってたのに」
「気持ちは分からなくもない」
雛子もあやも並外れた異能者だから凍結するような海風に犯されることも食料が少なくともびくともしない。だが問題は彼女らではない。
「社長……」
「駄目。何度も声かけてるけど反応しない」
あや達が眠っている最中も船は動いていた。里奈は今まで一切休んでいない。それどころか飲食さえせずに操縦しているのだ。
「あれ。そういえば何でもう着くって分かったの? 社長と話してないよね」
「前見て」
「?」
「ああ。珠出して。魔力を目に溜めないと見えない」
雛子に促されて目に力を込めていく。しばらくすると段々霧の中から異様な影が浮かぶ。
「……塔?」
あるだけで圧倒されそうな塔が目の前にそびえ立っていた。
「でかっ! 高っ!」
「異能者は三人。他は多いけど雑魚」
これだけ高ければ遠くからでもすぐ見つけられてしまうのでは。そう思ったが魔力が無ければ見えないのだ。
「この中のどっかに」
「紫がいる」
二人はどちらからともなく顔を見合わせ頷く。いつでも戦えるように臨戦態勢に入る。
(ゆか。必ず助けるから)
塔の真下に着いても足の踏み場は殆ど無く、入り口もどこか分からない。
「首が痛い……」
「ひな、影」
「はい」
里奈が命じると雛子は影を作り三人を包み込むとそのままガラス板をすり抜けてマフィア内部に入り込んだ。
「人いないね」
入った瞬間襲撃されると思っていたあやは拍子抜けした声を出した。
「無防備なところを狙ってくるかもしれないわ。気を引き締めなさい」
里奈が何も無いことを確認して歩を進めようとする。
「社長。私は単独で行かせて」
「は?」
気が立っている里奈が睨んでも雛子は恐れない。
「私がマフィアのスパイをしてたのは覚えてるでしょ。だからここの構造も少しは分かる。敵の足止めはして……」
「そんな勝手なこと」
「紫を見つけるのに道草食っていいの?」
里奈は言葉に詰まる。その隙にオロついているあやにそっと耳打ちする。
「彩乃。社長を守って」
そう言うと雛子は影となってどこかへ消えてしまった。
「社長……」
「仕方ないわ。あや、行くわよ」
戸惑うあやを連れて里奈は目的の場所へ向かった。
異能を使えない弟が虐待を受けないように暇があれば一緒にいて守っていた。それが逆効果とも知らず。
秀があまりにも家族を引き離しすぎたせいで親は全く俊に干渉しなくなった。俊は干渉されるために犯罪じみたことを繰り返した。
何が間違っていたのか。甘やかしたからこうなったのか。後戻りができないことを知っていながら秀はいつしか弟に辛く接した。『助けて』という願いを無視しながら。
俊が混ざり者になり、両親も研究員も死んで独りになった頃。黒装束の女が現れた。
「研究所だっていうのに静かだね」
「誰だ」
殺気立っている秀に対して恐怖も何もなく、不敵な笑みを浮かべる。
「私は魔姫。マフィアの長をしている。お前と……もう一人ここにいたはずだけど」
「あんたには関係ない」
残された秀にはもう気力がない。そんな様子を見ていた魔姫は何かを思案し始めた。
「名前は?」
「……大山秀」
「そうかい。じゃあ秀、私の元に来ないかい?」
「は?」
話の見えない秀に慣れた様子で近づく。
「私は神の頂に行かなければならない。その為には力を借りる必要がある」
「それで? こんなお荷物を好んで抱えんのかよ」
「勿論役立たずを雇う気はない」
なら。と言いかけたのを遮られる。
「だがお前は私が願うだけのことを成し遂げてくれるだろう。私がお前の願いを叶える代わりに」
「俺の? 何言ってんだあんた。俺にはもう……」
「自分じゃ分からない。いや、叶わないと分かったから忘れてしまったんだよ。でも見え見えだ」
魔姫は垂れ下がっている秀の手を取る。
「私が取り返してあげるよ。お前が秀が愛した弟を」
心は神殺しに奪われたはず。それなのに秀の目からは涙が零れていた。秀が何もしないでいると酷く咳き込みながらやまが立ち上がる。
「返せよ」
やまの眼には怒りや悲しみ、そして自分に対する憎しみが渦巻いていた。
「お前は秀じゃない。俺が知ってる秀じゃない。返せよ……返せ!」
鎖越しに秀の心が流れ込んできた。大勢の大人達に囲まれながら孤独な幼少期を過ごしたこと。俊という心の拠り所を見つけたこと。それでも接し方が分からず散々傷つけたこと。そして殺し合う関係になってしまったこと。
『止められるんなら止めてみろ』
――止めてくれ俊。俺はただお前と
「異能……」
再度降ってくる血針を避けて両手の中に血の塊を作る。
「血光線!」
火花を散らした血はそのまま秀の心臓を貫く。秀は一瞬目を見開いた後、静かに瞼を閉じて倒れた。
「俺だってなりたかったさ」
力尽きたかのようにやまは膝から崩れ落ちて涙を流す。
「普通の兄弟に……なってみたかったよ。兄さん」
「あや、起きて。もうすぐ着くよ」
「ん……」
出発したのが殆ど夜更け。日が昇っているのだからもう朝なのだろう。
「もっとかかると思ってたのに」
「気持ちは分からなくもない」
雛子もあやも並外れた異能者だから凍結するような海風に犯されることも食料が少なくともびくともしない。だが問題は彼女らではない。
「社長……」
「駄目。何度も声かけてるけど反応しない」
あや達が眠っている最中も船は動いていた。里奈は今まで一切休んでいない。それどころか飲食さえせずに操縦しているのだ。
「あれ。そういえば何でもう着くって分かったの? 社長と話してないよね」
「前見て」
「?」
「ああ。珠出して。魔力を目に溜めないと見えない」
雛子に促されて目に力を込めていく。しばらくすると段々霧の中から異様な影が浮かぶ。
「……塔?」
あるだけで圧倒されそうな塔が目の前にそびえ立っていた。
「でかっ! 高っ!」
「異能者は三人。他は多いけど雑魚」
これだけ高ければ遠くからでもすぐ見つけられてしまうのでは。そう思ったが魔力が無ければ見えないのだ。
「この中のどっかに」
「紫がいる」
二人はどちらからともなく顔を見合わせ頷く。いつでも戦えるように臨戦態勢に入る。
(ゆか。必ず助けるから)
塔の真下に着いても足の踏み場は殆ど無く、入り口もどこか分からない。
「首が痛い……」
「ひな、影」
「はい」
里奈が命じると雛子は影を作り三人を包み込むとそのままガラス板をすり抜けてマフィア内部に入り込んだ。
「人いないね」
入った瞬間襲撃されると思っていたあやは拍子抜けした声を出した。
「無防備なところを狙ってくるかもしれないわ。気を引き締めなさい」
里奈が何も無いことを確認して歩を進めようとする。
「社長。私は単独で行かせて」
「は?」
気が立っている里奈が睨んでも雛子は恐れない。
「私がマフィアのスパイをしてたのは覚えてるでしょ。だからここの構造も少しは分かる。敵の足止めはして……」
「そんな勝手なこと」
「紫を見つけるのに道草食っていいの?」
里奈は言葉に詰まる。その隙にオロついているあやにそっと耳打ちする。
「彩乃。社長を守って」
そう言うと雛子は影となってどこかへ消えてしまった。
「社長……」
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戸惑うあやを連れて里奈は目的の場所へ向かった。
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