乙女よ。その扉を開け
弐拾七
そして舞姫がこの世に生を受けてから二十七年が経った一月の初め。
「舞姫様!」
「はい? あら瑠璃、おめかししてもらったの? 明けましておめでとう」
「おめでとうございます。雄介様が買ってくれたんです」
七つになった瑠璃はもう微塵も舞姫を怖がっていない。寧ろ姉として慕っているくらいだ。里子達が里帰りするということでどうせなら全員禍乱家に集まることにした。
「水輝様もおめでとうございます」
「ああ。元気そうで何よりだ」
体力をつけてきた水輝はいつもの何に対しても無感動のようだった顔を少し綻ばせて瑠璃を撫でる。
「私達は先に前当主様に挨拶してくるから。先に戻ってて」
「はい」
戻っていく瑠璃とは反対の方向に二人は揃って向かう。目指すのは仏壇のある当主の――真由美の父の部屋だ。
「人の死を実感したのは旦那様が初めてかもしれません」
線香を差して手を合わせた舞姫がそう言う。
当主は二年前に過労で病を患い半年前にその生涯を終えた。
禍乱家が衰退してしまうと心配した舞姫は様子を見ようとしたが葬式から一週間後。
「お忙しいところお邪魔致します。二代目禍乱家当主真由美、ここに就任致しましたことを報告に参りました。未熟者故御迷惑をお掛けしますことをお詫び申し上げます」
そう言って深く頭を垂れる真由美に舞姫だけでなく水輝さえも暫く反応できず見開いた目をそのまま当事者にに向けていた。
「ま、真由美? 突然どうしたというの。それにその髪」
生まれてから一度も切ったことが無いと言っていた綺麗な焦げ茶の混じった髪を男のように極限まで失くし、更に豊満だった胸は晒しを巻いてその上に男袴を着用している姿は到底無邪気な若い娘とは思えない。
「父は生前、私に好きなことをやれとおっしゃいました。半妖となり跡継ぎさえ産めなくなった私はまだ何がしたいのか分からない。そんな時に父は旅立ってしまいました。
遺されたのは禍乱という地位と財産だけ。どうすれば良いのかを教えてくれる者はおりません」
当たり前だ。使用人はあくまでも主に従うだけであれこれ指示するものではない。まして地位を交代させるなど言語道断。
「三日三晩泣き伏してわかりました。私は父に守られてしか生きていられなかった弱い娘だと。使用人にささえられなければ立つことも出来ない子どもだと。
そんな自分が嫌になりました。一人では何も出来ない弱い女だと思われることだけは嫌だった」
真由美の拳が小刻みに震える。
「舐められるくらいだったらと髪を切り、淑女の肩書きは捨てました。私は……私の代まで禍乱家は続いていきます。御二方にはそのことをお知らせに参りました。どうぞ今後ともよろしくお願い致します」
再び深く礼をする真由美に舞姫は反論しようとした。何も女を捨てなくても良いじゃないかと。
そう口に出す前に水輝が真由美の前に座った。
「頭を上げろ」
一令嬢に対しての命令口調を聞いて舞姫は焦ったが当の本人は当たり前のようにその言葉に従った。
「若輩者で更に女。家としてはこれ程の悪条件はない。心が壊れる思いを幾度も経験する」
「はい」
「家名を負うことの責任を生半可に受けていれば必ず痛手を受けるぞ」
「父への孝行が出来ない以上の不幸などございません」
一頻り見つめあった後、水輝が静かに目を閉じ、薄らと笑った。
「心意気は理解した。真由美殿、改めて宜しく頼む」
その言葉を聞いた途端、安心したように真由美は微笑む。
「ありがとうございます。橘様」
――と、舞姫は回想しながら一つ溜息を吐いた。
「それにしたってあんな急に決断しなくても。まだ若いのに」
「若いからこそ決断は早い方が良いんだ。後に回していけばそれだけ荷は重くなる」
二人は皆が待っている屋敷の中で一番広い客間へ向かった。
「失礼します。お待たせしました」
既に集まっていた他の人に挨拶をしてから部屋へ入る。
「お姉様見てください。久しぶりの真由美の女装姿」
「真由美は女よ里子」
流石に年始早々男の格好をするのはどうかと思ったのか晴れ着姿ではにかんでいる真由美がいた。
「久しぶりに女物を着ると違和感があります」
ここ最近色が統一している着物を着ていたせいか、真由美が洒落物を身につけていると不思議に思えてくる。
それといつもは晒しを巻いているがそれも取り除いているので豊かな胸が服越しからでも分かるくらいに主張してきている。
「そうだ。後でお姉様も初詣に行きましょう。都は遠いですが近くに社もありますから」
「神憑きが神にお参り……」
「はい? 何かおっしゃいましたか縁様」
「いいえ何も」
縁ははぐらかすと退屈そうにしている瑠璃の元へ向かう。
「良いけどそれなら早目に行きましょう。寒いから日中に行った方が良いし里子も迷うし」
「迷いません!」
「私の目の前で何度も落ちたよね」
「あ、あれはあれです! 野生に帰るんです!」
「答えになってないし何よ野生って」
必死に弁解しようとした里子の試みは思い切り滑って舞姫の信用を削ってしまった。妹大好きな舞姫は結局ついて行くことにしたが。
「舞姫様!」
「はい? あら瑠璃、おめかししてもらったの? 明けましておめでとう」
「おめでとうございます。雄介様が買ってくれたんです」
七つになった瑠璃はもう微塵も舞姫を怖がっていない。寧ろ姉として慕っているくらいだ。里子達が里帰りするということでどうせなら全員禍乱家に集まることにした。
「水輝様もおめでとうございます」
「ああ。元気そうで何よりだ」
体力をつけてきた水輝はいつもの何に対しても無感動のようだった顔を少し綻ばせて瑠璃を撫でる。
「私達は先に前当主様に挨拶してくるから。先に戻ってて」
「はい」
戻っていく瑠璃とは反対の方向に二人は揃って向かう。目指すのは仏壇のある当主の――真由美の父の部屋だ。
「人の死を実感したのは旦那様が初めてかもしれません」
線香を差して手を合わせた舞姫がそう言う。
当主は二年前に過労で病を患い半年前にその生涯を終えた。
禍乱家が衰退してしまうと心配した舞姫は様子を見ようとしたが葬式から一週間後。
「お忙しいところお邪魔致します。二代目禍乱家当主真由美、ここに就任致しましたことを報告に参りました。未熟者故御迷惑をお掛けしますことをお詫び申し上げます」
そう言って深く頭を垂れる真由美に舞姫だけでなく水輝さえも暫く反応できず見開いた目をそのまま当事者にに向けていた。
「ま、真由美? 突然どうしたというの。それにその髪」
生まれてから一度も切ったことが無いと言っていた綺麗な焦げ茶の混じった髪を男のように極限まで失くし、更に豊満だった胸は晒しを巻いてその上に男袴を着用している姿は到底無邪気な若い娘とは思えない。
「父は生前、私に好きなことをやれとおっしゃいました。半妖となり跡継ぎさえ産めなくなった私はまだ何がしたいのか分からない。そんな時に父は旅立ってしまいました。
遺されたのは禍乱という地位と財産だけ。どうすれば良いのかを教えてくれる者はおりません」
当たり前だ。使用人はあくまでも主に従うだけであれこれ指示するものではない。まして地位を交代させるなど言語道断。
「三日三晩泣き伏してわかりました。私は父に守られてしか生きていられなかった弱い娘だと。使用人にささえられなければ立つことも出来ない子どもだと。
そんな自分が嫌になりました。一人では何も出来ない弱い女だと思われることだけは嫌だった」
真由美の拳が小刻みに震える。
「舐められるくらいだったらと髪を切り、淑女の肩書きは捨てました。私は……私の代まで禍乱家は続いていきます。御二方にはそのことをお知らせに参りました。どうぞ今後ともよろしくお願い致します」
再び深く礼をする真由美に舞姫は反論しようとした。何も女を捨てなくても良いじゃないかと。
そう口に出す前に水輝が真由美の前に座った。
「頭を上げろ」
一令嬢に対しての命令口調を聞いて舞姫は焦ったが当の本人は当たり前のようにその言葉に従った。
「若輩者で更に女。家としてはこれ程の悪条件はない。心が壊れる思いを幾度も経験する」
「はい」
「家名を負うことの責任を生半可に受けていれば必ず痛手を受けるぞ」
「父への孝行が出来ない以上の不幸などございません」
一頻り見つめあった後、水輝が静かに目を閉じ、薄らと笑った。
「心意気は理解した。真由美殿、改めて宜しく頼む」
その言葉を聞いた途端、安心したように真由美は微笑む。
「ありがとうございます。橘様」
――と、舞姫は回想しながら一つ溜息を吐いた。
「それにしたってあんな急に決断しなくても。まだ若いのに」
「若いからこそ決断は早い方が良いんだ。後に回していけばそれだけ荷は重くなる」
二人は皆が待っている屋敷の中で一番広い客間へ向かった。
「失礼します。お待たせしました」
既に集まっていた他の人に挨拶をしてから部屋へ入る。
「お姉様見てください。久しぶりの真由美の女装姿」
「真由美は女よ里子」
流石に年始早々男の格好をするのはどうかと思ったのか晴れ着姿ではにかんでいる真由美がいた。
「久しぶりに女物を着ると違和感があります」
ここ最近色が統一している着物を着ていたせいか、真由美が洒落物を身につけていると不思議に思えてくる。
それといつもは晒しを巻いているがそれも取り除いているので豊かな胸が服越しからでも分かるくらいに主張してきている。
「そうだ。後でお姉様も初詣に行きましょう。都は遠いですが近くに社もありますから」
「神憑きが神にお参り……」
「はい? 何かおっしゃいましたか縁様」
「いいえ何も」
縁ははぐらかすと退屈そうにしている瑠璃の元へ向かう。
「良いけどそれなら早目に行きましょう。寒いから日中に行った方が良いし里子も迷うし」
「迷いません!」
「私の目の前で何度も落ちたよね」
「あ、あれはあれです! 野生に帰るんです!」
「答えになってないし何よ野生って」
必死に弁解しようとした里子の試みは思い切り滑って舞姫の信用を削ってしまった。妹大好きな舞姫は結局ついて行くことにしたが。
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