乙女よ。その扉を開け
阿修羅と真由美
探偵社のドアベルが鳴る。
「はーい探偵事務所の秦です。
今日はどのようなご依頼で……ってあれ?」
あやの前には大人三人と赤ちゃんがいた。
「えっと確か……和田と柊が……」
「申し訳ございません!」
一人の女性が土下座する。
ひよ達が言っていた“奈緒さん”とはまた違うが。
事情が全く分からないあやは珍しく狼狽えた。
「あ、あの……」
「私のせいでお嬢様だけでなく柊さんまで……本当に申し訳ございません!」
「と、とにかく落ち着いて……」
「どうか私はどうなっても構いませんからお嬢様の命を……!」
「落ち着いてください奥さん」
いつの間にか――萌乃の声が大音量だったから聞こえたのだろうが――真由美が萌乃を宥めていた。
「話はこちらで聞きます。それとあや。
タオル用意してあげて。里奈にも連絡」
「あ、う…………はい!」
あやは急ぎ足で二階へ駆けていく。
「…………奥さん。
叱るようで申し訳ありませんが物心のつかない子でも空気は分かります。
自分の親が泣いていたら不安になってしまいますよ?
こういう時こそ落ち着いてください」
自分とそう変わらない――もしかしたら年下かもしれない――だろうに何だか何十年もこの世を経ているような包容力がある。
「とにもかくにもこんな所で話していてはどうにもなにませんね。
お手数をかけますがこちらへ……それと物騒な話になりそうですからね。
赤ちゃんは……あさ!」
本部から偶然出てきたあさに哲を押し付けた。
「話の間預かっといて」
「え? いや…………」
「潰さないでね」
「誰が潰すか!!」
あさはこう見えて世話好きである。
ぶつぶつ言いながらも戸惑っている哲をあやしている。
「では聞きましょうか。二人に何があったんですか」
透が一部始終を話した。
ひよと紫が連れ去られたこと。
その男達はひよのことを“お嬢様”と呼んでいたこと。
そして――――
「柊さんの周りで地鳴りが起こってその後急に地面が割れたんです。
あれは一体」
「……それについては時間をかけなければいけないのでお答えできません。
でもまたどうして二人を連れ去ったのでしょう?」
「私のせいです」
奈緒が落ち着かせてようやく大人しくなった萌乃が口を開く。
「三ヶ月前に……丁度臨月の時にあの人達がやってきたのです。
命令に従え。さもなくばお前の夫と子供は殺すと。
所在が分からない日和お嬢様を見つけろと。
まさか……まさかこんなことになるなんて……ごめんなさい。
本当にごめんなさい!」
声を詰まらせて泣き始めてしまった萌乃を奈緒が必死に宥める。
「家内を守らなかった僕の責任です。
罰するなら僕を…………」
「あの別に私は警察でも何でもないので罰なんてありませんよ?
そう考えると主犯は日和の父親ということになりますか。
まあ意図は分かりますけどね」
ひよの百目は未来を視ることも出来る。
(和田家が繁栄した時とひよの成長を見てもそうでしょうね。
でも四年も経てば勢力も弱まる。
だから連れ戻してきたところかしら)
「はあ……阿修羅」
“なに真由美?”
どこからともなく現れたのは手のひらサイズの鬼だった。
“人間食って欲しいの? それとも大鬼様への贄?”
「残念ながらどっちでも無いわよ。
敵地に乗り込むから策を考えて欲しいの」
“日和は?”
「いない」
「あ、あの………」
急に一人で話し出す真由美を奇異の目で見る。
そう。阿修羅は普通憑いた者しか見えないのだ。
里奈や紫達にも見えない。
ただ全ての物を見ることが出来るひよは例外である。
「ああごめんなさい。
独り言ではありません……って言うのもあれだし」
“真由美〜お酒〜”
「ちょっと静かにしてて」
腰に下げてあるひょうたんを渡すとその体の四倍はあるだろう物体を軽々と持ち上げ飲み始めた。
見えない者からしたらひょうたんが浮いているようにしか見えないが。
「何か和田家に入れる手立ては無いかしら」
今度はちゃんとした――ちゃんとした? ――独り言で呟くと萌乃がはっとした。
「あ、あの!
二日後に生誕祭があります。お嬢様の!」
「…………日和の?」
おかしい。
ひよの誕生日はもうとっくに過ぎたはずだ。
「日和の誕生日って三月じゃ……」
「本来は……しかしお嬢様の百目が開かれ和田家が繁栄した日を生誕日にしようと…………」
「…………」
どれだけ強欲な人達だ。
「だからあんなに人間不信だったのか」
「え?」
「いえこっちの話です。
ならその日に潜入できれば良いわね。
阿修羅……どこ行った阿修羅!!」
いつの間にか消えていた――元より真由美にしか見えていないが――阿修羅に小さく舌打ちしてあやを呼ぶ。
「何?」
「二日後は予定開けておきなさい。
和田家に行くから」
「何で私?」
「記憶」
あやは硬直した。
「だ、誰に向かって?」
「来た人。
異能なんか外に出されたら大変でしょ?」
ぎこちなく萌乃の方を向く。
「当日って屋敷に何人くらいいますか?」
「えっと……使用人合わせてざっと七百人くらいです。
あの……それがどうし」
「まじか…………」
記憶操作も中々体力が必要になる。
しかも紫は置いておいてひよには異能がかからないようにしなければならない。
全校生徒六百人の記憶を消した時も一週間使えなくなった程だ。
(何でそんなに来るんだよ。
そんなに目立たせたいのか自分達を……)
「はーい探偵事務所の秦です。
今日はどのようなご依頼で……ってあれ?」
あやの前には大人三人と赤ちゃんがいた。
「えっと確か……和田と柊が……」
「申し訳ございません!」
一人の女性が土下座する。
ひよ達が言っていた“奈緒さん”とはまた違うが。
事情が全く分からないあやは珍しく狼狽えた。
「あ、あの……」
「私のせいでお嬢様だけでなく柊さんまで……本当に申し訳ございません!」
「と、とにかく落ち着いて……」
「どうか私はどうなっても構いませんからお嬢様の命を……!」
「落ち着いてください奥さん」
いつの間にか――萌乃の声が大音量だったから聞こえたのだろうが――真由美が萌乃を宥めていた。
「話はこちらで聞きます。それとあや。
タオル用意してあげて。里奈にも連絡」
「あ、う…………はい!」
あやは急ぎ足で二階へ駆けていく。
「…………奥さん。
叱るようで申し訳ありませんが物心のつかない子でも空気は分かります。
自分の親が泣いていたら不安になってしまいますよ?
こういう時こそ落ち着いてください」
自分とそう変わらない――もしかしたら年下かもしれない――だろうに何だか何十年もこの世を経ているような包容力がある。
「とにもかくにもこんな所で話していてはどうにもなにませんね。
お手数をかけますがこちらへ……それと物騒な話になりそうですからね。
赤ちゃんは……あさ!」
本部から偶然出てきたあさに哲を押し付けた。
「話の間預かっといて」
「え? いや…………」
「潰さないでね」
「誰が潰すか!!」
あさはこう見えて世話好きである。
ぶつぶつ言いながらも戸惑っている哲をあやしている。
「では聞きましょうか。二人に何があったんですか」
透が一部始終を話した。
ひよと紫が連れ去られたこと。
その男達はひよのことを“お嬢様”と呼んでいたこと。
そして――――
「柊さんの周りで地鳴りが起こってその後急に地面が割れたんです。
あれは一体」
「……それについては時間をかけなければいけないのでお答えできません。
でもまたどうして二人を連れ去ったのでしょう?」
「私のせいです」
奈緒が落ち着かせてようやく大人しくなった萌乃が口を開く。
「三ヶ月前に……丁度臨月の時にあの人達がやってきたのです。
命令に従え。さもなくばお前の夫と子供は殺すと。
所在が分からない日和お嬢様を見つけろと。
まさか……まさかこんなことになるなんて……ごめんなさい。
本当にごめんなさい!」
声を詰まらせて泣き始めてしまった萌乃を奈緒が必死に宥める。
「家内を守らなかった僕の責任です。
罰するなら僕を…………」
「あの別に私は警察でも何でもないので罰なんてありませんよ?
そう考えると主犯は日和の父親ということになりますか。
まあ意図は分かりますけどね」
ひよの百目は未来を視ることも出来る。
(和田家が繁栄した時とひよの成長を見てもそうでしょうね。
でも四年も経てば勢力も弱まる。
だから連れ戻してきたところかしら)
「はあ……阿修羅」
“なに真由美?”
どこからともなく現れたのは手のひらサイズの鬼だった。
“人間食って欲しいの? それとも大鬼様への贄?”
「残念ながらどっちでも無いわよ。
敵地に乗り込むから策を考えて欲しいの」
“日和は?”
「いない」
「あ、あの………」
急に一人で話し出す真由美を奇異の目で見る。
そう。阿修羅は普通憑いた者しか見えないのだ。
里奈や紫達にも見えない。
ただ全ての物を見ることが出来るひよは例外である。
「ああごめんなさい。
独り言ではありません……って言うのもあれだし」
“真由美〜お酒〜”
「ちょっと静かにしてて」
腰に下げてあるひょうたんを渡すとその体の四倍はあるだろう物体を軽々と持ち上げ飲み始めた。
見えない者からしたらひょうたんが浮いているようにしか見えないが。
「何か和田家に入れる手立ては無いかしら」
今度はちゃんとした――ちゃんとした? ――独り言で呟くと萌乃がはっとした。
「あ、あの!
二日後に生誕祭があります。お嬢様の!」
「…………日和の?」
おかしい。
ひよの誕生日はもうとっくに過ぎたはずだ。
「日和の誕生日って三月じゃ……」
「本来は……しかしお嬢様の百目が開かれ和田家が繁栄した日を生誕日にしようと…………」
「…………」
どれだけ強欲な人達だ。
「だからあんなに人間不信だったのか」
「え?」
「いえこっちの話です。
ならその日に潜入できれば良いわね。
阿修羅……どこ行った阿修羅!!」
いつの間にか消えていた――元より真由美にしか見えていないが――阿修羅に小さく舌打ちしてあやを呼ぶ。
「何?」
「二日後は予定開けておきなさい。
和田家に行くから」
「何で私?」
「記憶」
あやは硬直した。
「だ、誰に向かって?」
「来た人。
異能なんか外に出されたら大変でしょ?」
ぎこちなく萌乃の方を向く。
「当日って屋敷に何人くらいいますか?」
「えっと……使用人合わせてざっと七百人くらいです。
あの……それがどうし」
「まじか…………」
記憶操作も中々体力が必要になる。
しかも紫は置いておいてひよには異能がかからないようにしなければならない。
全校生徒六百人の記憶を消した時も一週間使えなくなった程だ。
(何でそんなに来るんだよ。
そんなに目立たせたいのか自分達を……)
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