乙女よ。その扉を開け

雪桃

狂気に耐えられるのはただ一人

 紫は自分が起きたのかまだ寝ているのか分からなかった。
 目の前は真っ暗で何も見えない。

(揺れてて……磯の匂い?)
「ユカリ……」

 立て付けが悪そうな音を出しながら扉から光が紫に直撃した。

「フェリ、ス?」

 その体は汚れやら血やらでボロボロになっていた。
 首にはピンクで鎖が垂れている首輪がある。
 彼女はマフィアでは無いのか?

「フェリス? どうしたのその顔。
 まさかマフィアに脅かされ……――っ!」

 足首を何かに強く引っ張られ外に出された。

「海!?」
「せいかーい!!」

 目の前には狂気的に笑う少女。
 周りは貨物に覆われ四方は限りなく青い海。
 陸地などどこにも見えない。

「こんにちは。私はアイラ・ナール。
 マフィアの一人よ。フェリスの飼い主でもあるわ」
「マフィアっ!」

 想像していた通りだ。
 後ろを見るとフェリスが無表情に立っていた。

「なんでフェリスはあんなボロボロなのよ。
 しかも首輪まで」
「あら。それが良いんじゃない」
「……は?」

 アイラはフェリスの横に行き小型ナイフを頬に押し付けたままフェリスの耳を舐めた。

「――っ!」
「可愛いでしょ?
 こうやって虐めて悲鳴をあげさせるのが楽しいの。
 奴隷選別の時にすっごくエロ〜く啼くから遂買っちゃった。
 ああもっと啼いてフェリス……一番の玩具」

 うっとりとナイフを体に刺して遊ぶアイラを紫はこれでもかとドン引きした。

(へ、変態の域を越してるでしょ。なんなのこいつ)

 遂買っちゃった――まるで人間を服や雑貨としか思っていない。
 現に今フェリスを玩具と呼んだ。

(フェリスは望んでマフィアにいる訳じゃないの?)
「……よ」
「ん?」
「解放してあげてよ!
 あんたの気持ち悪い趣味に付き合う義務はフェリスに無いわ!」
「……shut up」

 鎖が紫の首に巻きついて締め付けてくる。

「付き合う義務が無いなら私の趣味にあんたが口出しする権利も無いでしょ。
 どうせ売り物になるくせに」

 アイラが近づき紫の前髪をひっ掴む。

「マフィアが欲しいのはあんたの能力だけ。知ってる?
 異能ってね、人に移すことが出来るの。
 手首に紋が浮き出て力を少しだけあげる。
 全部あげちゃダメ」

 非異能者でも微量に魔力はある。
 それを全て渡すということは血も魂も何もかも失う――つまり死ぬということ。

「あなたにはその膨大な魔力を操ることは出来ないんでしょ? だから私に頂戴。
 そしてあなたは奴隷になるの。
 汚い男共の為に純潔を捨て、その体が朽ち果てても母国へは帰れないのよぉ?」

 アイラは舌なめずりをして紫の顔を撫でる。

「このおっきな目もくり抜かれて歯も抜かれて鼻を折られて不細工になっても悪夢は続く。
 怖い? 嫌だ?
 そんな声は金に溺れる奴らの声でかき消されるわ」

 紫は黙ってアイラの言葉を聞いていた。
 恐怖からでは無い。寧ろこれは――

「可哀想な人」
「は?」

 アイラは狂気的な目で睨んだ。

「人の愛し方も知らない。命の尊さも知らない。
 あなた自身を分かろうとしない」
「何なのよ。さっさとその力を寄越しなさいよ!
 そしたら着くまでたっぷりいたぶって……」
「良いわよ」
「え?」
「あなたに私が……狂気に耐エラレルナラネ!!」

 紫がアイラの頬を掴みその碧眼を紅に染めた。

「ひ……い、イヤ」
「さあ……狂気ニ染マリナサイ!」
「いやあぁぁぁぁ――!!」

 アイラの目に勝ち誇った輝きは失われ目から流れ落ちる赤い血を掻きむしった。

「アラドウシタノ?
 アレダケ大口ヲタタイテオイテ逃レヨウナンテ考エテルノ?」
「嫌だ! イヤダ!! どうしてよ!」
「何ガカシラ?」
「どうしてあんたは……どうして柊紫はこんなのに耐えられるのよ!」

 フェリスは豹変し出した紫とアイラを呆然と見ていた。

「アイラサマ? ユカリ?」
「アア、フェリス……アナタノ御主人様ハ我儘ネ。
 欲シイト言ッタノニイラナイ。
 アアソウダ。フェリスモ見テミナサイ」

 紅い目が今度はフェリスを映した。

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