乙女よ。その扉を開け
破壊神の囁き
次の日にはひよと真由美が見舞いに来た。
「ひよちゃん……」
「お久しぶりですゆか。えーと、あやは平気だったんですよね」
何がと聞く前にひよはベッドの端に座り傷口を刺激しないように紫の首に顔をうずめてすり始めた。
「……ひよちゃん?」
「うふふ~」
スリスリスリスリ
「あなたがいないのが寂しかったらしくて里奈とか私とかにこうやって擦り寄ってくるようになったの。
甘えん坊さんになったとも言えるわね」
どれだけ大人びた様子でも体はまだ十二歳なのである。
父親とも再会できて子ども化したのだろう。
「ゆぅかぁ~♡」
「ひぃよぉちゃ〜ん……」
「おねえちゃぁん♡」
「ひ……おね?」
紫もつられてスリスリしてみたが聞き捨てならない言葉が聞こえたような。
「仲睦まじいわね〜」
恵子がほんわかしている。
小柄な二人はじゃれている子猫に見えているのだろう。
「ひよ、それくらいにしときなさい。同じ体勢じゃ辛いでしょうし」
「はーい……」
名残惜しそうにひよは離れていく。
だが――何故か――うずうずしていた恵子によって今度はそっちに甘えて行った。
「おねえちゃん……」
一人っ子の紫には慣れない言葉であった。
近所にいる子どもでも「ゆかり!」と生意気にも呼び捨てしてくるのに。
「ゆかー戻っておいでー」
感激に浸っている紫の目を覚ます。
「でも大分回復したのね。眠っていたのは魔力の供給ってところかしら。
恵子さんどんな感じで……」
「日和ちゃ〜ん。ああこんな可愛い娘欲しかったわぁ」
「むみゅう〜」
猫のような声を出してひよはなすがままにされている。満更でも無さそうだが。
「…………」
真由美は溜息を吐いて自己流に検査し始めた。
「どこか具合が悪いとことかは?」
「ない。ねむくもない……」
毎日嫌という程聞かれてるせいで先に答えてしまう。
「凄いわね。一昨日まではまともに焦点も合わないくらいだったのに」
「でもまだきずはなおってない……」
「いや治る方がおかしいから。
そもそも治るってこと自体が凄いことだから」
紫の左足は骨――つまり筋肉や血管まで食われ腐っていたと言うのに恵子が包帯を取ってレントゲンを撮った所、少々表面の肉が剥がれ落ちて血が流れるだけだった。
首の大傷が無ければ完治していたのだろう。
「一ヶ月もすれば……と思いましたけど多分一週間で学校に行けるかも」
「そんなに!?」
ひよを存分に愛でた恵子が戻ってきてこれまでのデータを真由美に見せる。
「過激な運動や異能を使うことは禁止しますけど座って授業を受けるくらいなら」
「……化け物」
「からねえにいわれたくない」
自由になっている右足を布団から出してパタパタさせる。
「そう。
なら早くあの子のことを言っても良いかも」
「からねえ?」
「何でもないわ。さてと、そろそろ帰りましょうか。
里奈に内緒で来ちゃったし」
「ああん恵子さぁん」
「また遊びにいらっしゃいな日和ちゃん」
いつの間にか親しくなっていた。
「じゃあねゆか。一週間で治せると言っていたのだから安静にしてるのよ」
「うん」
真由美とひよが帰ってしまい、部屋はまた静かになった。
「……しゃちょうがこない」
「そうね」
「どうして?」
「忙しいのよ。上に立つ人間にそうそう自由は無いの。
どんな手を使ってでも家族を守る為に」
「…………」
最後のは独り言のように呟いていた。
恵子の悲しそうな、それでいて何かを庇い守ろうとする気丈な母の姿が紫の目に焼き付いた。
独りで戦ってきたから息子を虐待して逃がすしか無かった。
独りだったから彼女は自らの命の価値を見出すことが出来なかった。
『ワタシノイノウ……ゼンブアゲルカラ』
(フェリス。あなたもそうだったの?)
何年も孤独に生きてきたフェリスは紫に命を渡した。
その思いは深かろうが愛する人がいるのなら少しでも生きたいと考えるはずだ。
フェリスは容易くその尊さを手放していったのだ。
あんなに何の意味も持たない悲しくて儚い笑顔は初めて見た。
「……かえったら」
「え?」
帰ったら何をすればいい?
フェリスへの懺悔? マフィアとの戦争?
もう日常が日常として見れない。
もしかしたら今回は運が良かっただけであってこの先自分のせいで誰かが死んだら?
もし探偵社が――
あや達が死んだら?
「柊さん!!」
手首を強く掴まれて正気に戻る。
額から汗が流れて、下を見ると手首にある鎖の刺青をもう片方の爪で引っ掻いていた。
息も荒く呼吸が苦しい。
「あれ……わたし」
「急にどうしたの。心拍数も上がってるし、ずっと手首を掻きむしっていたけどどこか苦しいの?」
「……ちがう。なんでもない……なんでもない!」
恵子の手を払い除けて布団を頭まで持ってくる。
ギプスを吊るしていたガーゼから足が落ちて恵子が慌てたが布団を握り締めて出られないようにする。
「フーッ……フーッ……!」
血なんて見ていない。
血だらけで内臓が飛び散って有り得ない方向に曲がっている手足で紫の目の前に横たわっている異能者の死体なんて――
――御前ガ殺シタ
どこからか破壊神の声が聞こえてくる。
――御前ガ我ニ力ヲ渡サナイカラ……暴走シテ殺スンダヨ。
ネエ? 柊紫
「いやだぁぁぁぁぁぁ!!」
こみ上げてくる“神”を押し留めて紫は意識を手放した。
「ひよちゃん……」
「お久しぶりですゆか。えーと、あやは平気だったんですよね」
何がと聞く前にひよはベッドの端に座り傷口を刺激しないように紫の首に顔をうずめてすり始めた。
「……ひよちゃん?」
「うふふ~」
スリスリスリスリ
「あなたがいないのが寂しかったらしくて里奈とか私とかにこうやって擦り寄ってくるようになったの。
甘えん坊さんになったとも言えるわね」
どれだけ大人びた様子でも体はまだ十二歳なのである。
父親とも再会できて子ども化したのだろう。
「ゆぅかぁ~♡」
「ひぃよぉちゃ〜ん……」
「おねえちゃぁん♡」
「ひ……おね?」
紫もつられてスリスリしてみたが聞き捨てならない言葉が聞こえたような。
「仲睦まじいわね〜」
恵子がほんわかしている。
小柄な二人はじゃれている子猫に見えているのだろう。
「ひよ、それくらいにしときなさい。同じ体勢じゃ辛いでしょうし」
「はーい……」
名残惜しそうにひよは離れていく。
だが――何故か――うずうずしていた恵子によって今度はそっちに甘えて行った。
「おねえちゃん……」
一人っ子の紫には慣れない言葉であった。
近所にいる子どもでも「ゆかり!」と生意気にも呼び捨てしてくるのに。
「ゆかー戻っておいでー」
感激に浸っている紫の目を覚ます。
「でも大分回復したのね。眠っていたのは魔力の供給ってところかしら。
恵子さんどんな感じで……」
「日和ちゃ〜ん。ああこんな可愛い娘欲しかったわぁ」
「むみゅう〜」
猫のような声を出してひよはなすがままにされている。満更でも無さそうだが。
「…………」
真由美は溜息を吐いて自己流に検査し始めた。
「どこか具合が悪いとことかは?」
「ない。ねむくもない……」
毎日嫌という程聞かれてるせいで先に答えてしまう。
「凄いわね。一昨日まではまともに焦点も合わないくらいだったのに」
「でもまだきずはなおってない……」
「いや治る方がおかしいから。
そもそも治るってこと自体が凄いことだから」
紫の左足は骨――つまり筋肉や血管まで食われ腐っていたと言うのに恵子が包帯を取ってレントゲンを撮った所、少々表面の肉が剥がれ落ちて血が流れるだけだった。
首の大傷が無ければ完治していたのだろう。
「一ヶ月もすれば……と思いましたけど多分一週間で学校に行けるかも」
「そんなに!?」
ひよを存分に愛でた恵子が戻ってきてこれまでのデータを真由美に見せる。
「過激な運動や異能を使うことは禁止しますけど座って授業を受けるくらいなら」
「……化け物」
「からねえにいわれたくない」
自由になっている右足を布団から出してパタパタさせる。
「そう。
なら早くあの子のことを言っても良いかも」
「からねえ?」
「何でもないわ。さてと、そろそろ帰りましょうか。
里奈に内緒で来ちゃったし」
「ああん恵子さぁん」
「また遊びにいらっしゃいな日和ちゃん」
いつの間にか親しくなっていた。
「じゃあねゆか。一週間で治せると言っていたのだから安静にしてるのよ」
「うん」
真由美とひよが帰ってしまい、部屋はまた静かになった。
「……しゃちょうがこない」
「そうね」
「どうして?」
「忙しいのよ。上に立つ人間にそうそう自由は無いの。
どんな手を使ってでも家族を守る為に」
「…………」
最後のは独り言のように呟いていた。
恵子の悲しそうな、それでいて何かを庇い守ろうとする気丈な母の姿が紫の目に焼き付いた。
独りで戦ってきたから息子を虐待して逃がすしか無かった。
独りだったから彼女は自らの命の価値を見出すことが出来なかった。
『ワタシノイノウ……ゼンブアゲルカラ』
(フェリス。あなたもそうだったの?)
何年も孤独に生きてきたフェリスは紫に命を渡した。
その思いは深かろうが愛する人がいるのなら少しでも生きたいと考えるはずだ。
フェリスは容易くその尊さを手放していったのだ。
あんなに何の意味も持たない悲しくて儚い笑顔は初めて見た。
「……かえったら」
「え?」
帰ったら何をすればいい?
フェリスへの懺悔? マフィアとの戦争?
もう日常が日常として見れない。
もしかしたら今回は運が良かっただけであってこの先自分のせいで誰かが死んだら?
もし探偵社が――
あや達が死んだら?
「柊さん!!」
手首を強く掴まれて正気に戻る。
額から汗が流れて、下を見ると手首にある鎖の刺青をもう片方の爪で引っ掻いていた。
息も荒く呼吸が苦しい。
「あれ……わたし」
「急にどうしたの。心拍数も上がってるし、ずっと手首を掻きむしっていたけどどこか苦しいの?」
「……ちがう。なんでもない……なんでもない!」
恵子の手を払い除けて布団を頭まで持ってくる。
ギプスを吊るしていたガーゼから足が落ちて恵子が慌てたが布団を握り締めて出られないようにする。
「フーッ……フーッ……!」
血なんて見ていない。
血だらけで内臓が飛び散って有り得ない方向に曲がっている手足で紫の目の前に横たわっている異能者の死体なんて――
――御前ガ殺シタ
どこからか破壊神の声が聞こえてくる。
――御前ガ我ニ力ヲ渡サナイカラ……暴走シテ殺スンダヨ。
ネエ? 柊紫
「いやだぁぁぁぁぁぁ!!」
こみ上げてくる“神”を押し留めて紫は意識を手放した。
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