乙女よ。その扉を開け

雪桃

嵐が始まる予告

 頸動脈スレスレを切られ、女性らしさも感じられない程に殴られ、体を切り裂かれて紫以上に重症を負ったひよが見つかったのは一重に奇跡と称して良いだろう。

「…………」

 そこら中に落ちていたひよの髪を真由美は見下ろした。

『お姉ちゃんの髪、とっても綺麗です。
 わたくしも! わたくしも成人するまで伸ばしてツヤツヤにしたいです!』

 幼い頃にひよが真由美に言った言葉だ。

 別に真由美の髪は何も手入れしなくとも黒髪ストレートになるだけなのだがひよは真面目に髪だけは何としても手入れしていたのだ。

 なのに――

「マフィア……っ!」

 漏れ出した鬼の怒りで真由美が立っていた真下のアスファルトがひび割れる。

(私の日和をこんなにしたこと。後悔させてやる!)






「……はあ」

 紫は日が沈みそうな時間に公園で溜息を吐いた。

「疲れたのゆか?」
「ああいえ。ただひよちゃんが心配で」

 ひよが意識不明の重体になったことで紫自身思うことが多くなった。

 破壊神のせいで――紫のせいで誰かが傷つく。
 その思いが現実になってしまっているのだ。

(ひよちゃん。可愛らしさの欠片も無くなるほどボロボロに傷つけられて……痛かったかな?)

 痛いどころの問題じゃないだろう。

 まだたった十二歳の少女がプライドまでもかき消されたのだ。

「ゆかぁ!!」

 素早い音がしてボールが紫の額に思い切り当たった。

「う……っ!」
「勝手に休むなよ! 今度はキャッチボールで勝負だ!」
「え、だめ〜。ゆかちゃんは次私達とおままごとするの」
「うるさい! 俺達が勝ってないんだぞ! 赤髪の姉ちゃんとやればいいだろ!」
「勝つまでやんのかよ」

 やまが引き攣り笑いをする。

 非異能者の子ども達には紫が遊びを放棄したように見えたのだろう。

(……人の気も知らないで)

 紫は苦笑して落ちていたボールを拾い、たけしの足元に投げつけた。

 投球の威力も半端じゃなかった。地面が凹む程に。

「お前の筋肉はどうなってんだ」
「異能なくても生きていけるよねゆか」
「そうですか?」

 子ども達がわーわー叫ぶ為、紫は急いでそちらへ向かった。

「……」
「どしたのやま。あんたも女々しくなるんならぶん殴るよ」
「何でだよ。つーかゆかに関しては女々しくなってないと思うぞ」
「変態」
「だから何でだよ」

 あやはやまをいじって遊ぶのが好きらしい。やまは別に迷惑がっては無いらしいが。

「で、どうしたのやま。思い詰めるなんて珍しい」
「いやまぁな。ひよの傷つき方に少し親を思い出して……」
「親? あんたの両親って」
「異能で死んだ」

 あやとやま。両親のいない似た者同士である。

「……しん達が羨ましかったりする?」
「恵子さんのことか? さあな。
 俺の両親は親と言えることを何もしてこなかったから分からん」
「ふーん」

 しばらく遊んでいた紫達の元に働いて帰ってきた親が迎えに来た。

 たけし達のことを伝えて了承をもらったのだ――もらったというか頼まれた。

「明日こそ勝ってやる!」
「楽しみにしてる」

 紫は彼らが見えなくなるまで手を振って見送った。

「じゃあ私達も帰ろっか。今日はから姉もいないし遅くなるとあさに怒られる」
「はーい」

 紫は早足であや達の元へ向かった。






「……起きてるか?」

 元よりアイラはほとんど寝ていない。
 神経が過敏になり過ぎているのだ。

「何しに来た」
「おいおい酷いな。折角助けに来てやったのに」

 男は手錠と足枷を難なく外してアイラの頭を掴む。
 アイラは痛みに呻きながら睨んだ。

「私は負けた。柊紫を殺せないなら死ぬ」
「何だよそれ。魔姫様を裏切んのか?」
「あいつは私の玩具を壊した。そんな奴と共闘なんて」
「玩具っていうのはやめないのな」

 男は笑う。

「破壊神よりもっと面白いことがあるぞ」
「は?」

 アイラから手を離し、包帯を引っ張る。

「…………」
「そんなしかめっ面すんなよ。顔立ちはモデル並みに美人なのに」
「うるさい」
「はいはい。でも礼くらい言えよ。
 手錠を外してなきゃお前治癒能力使えなかっただろ?」
「頼んでない」
「可愛くねえなぁ。百目は痛がってよく啼いてたぞ。
 お前の大好きな絶望する声で」
「……ちっ」

 アイラは立ち上がり固まった筋肉をほぐした。

「で、仕事は?」

 マフィアで借りを作ることは本来許されない。

 この男に――不本意だが――助けてもらったのならそれ相応の対処をしなければならない。

「お前の大好きな奴隷狩りさ。それも破壊神付きで」

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