乙女よ。その扉を開け

雪桃

梅の香りを纏う者

 十分後。

「旻ちゃん大丈夫?」
「だ、大、丈夫。ゲホッ」

 体力のあまり無さそうな痩せた体に動きにくそうな重い着物のせいで旻は肩で息をしてたまにむせていた。

「ちょっとそこで休もうか」

 二人は階段に腰掛けて息を整えた。

「あれ? タオルが無い」

 荷物軽減の為に不必要なものは置いてきたが一緒にしてしまったのか。

(汗拭かないと風邪引いちゃうしな。旻ちゃんにはここで待っててもらって)
「ゆか」

 袖を引っ張られる。

「タオル出す」
「どうやって?」

 旻は古びた辞書のような本を空から取り出した。

「異能・薬籠中物やくろうちゅうのもの

 本が独りでにページを捲り、白紙の所で止まる。

「手巾」

 旻が指で二字を書くと、文字が光り手巾が現れた。

「はい」
「はい?」

 タオルを渡された紫は首をかしげた。

「旻ちゃんの異能?」
「この本に書いた言葉。物になって出てくる」
「へ、へえ」

 信じきれていないと旻は捉えたのか本に子兎と書いて出現させた。

「モフモフ」
「う、うん」

 旻は子兎を膝に乗せて束の間撫でた後、本の中へ帰した。そうすると字だけ残るらしい。

「ゆか行こう」
「そ、そうだね」

 マイペースな旻に紫は少々困った。
 その後、休憩を挟みつつ一時間後に社が見えた。

「つ、着いたよ旻ちゃん」
「……」

 もう息が上がりすぎて声すら出ないらしい。

「お、お供えして帰ろう?」

 旻が頷く。

 配置も決まっているらしいのでメモを見ながら旻に伝える。

(ちょっと見てみたけどすっごく美味しそう。おばあさんが許してくれたらちょっとだけ食べたいなあ)

 勿論神様のでは無く、作り余ったものをだが。

 今日は夕方も近くなったのでお泊まりかもしれない。

「お参りしよっか」
「うん」

 鐘を鳴らして手を打つ。

(どうかこれからも探偵社で働けますように)

 目を閉じて願っていると何かが頬に当たった。

「……桜?」

 桃色の花びらが手に乗る。
 今は秋だから桜が咲くはずが無いのに。

「うら若き娘の生は儚きものよのう」

 二人が後ろを見ると遊女のような赤い着物に唐傘を差した旻とはまた違った美貌を持つ女性がいた。

 彼女の周りには花びらが舞っている。

「どちら様でしょうか」
「聞く前に名乗るのが礼儀じゃぞ娘?」

 うっと紫は声を詰まらせる。女性は可笑しそうに笑う。

「そう畏まらんでも良い。妾が勝手に話しかけたのじゃ。礼儀なら妾が先に名乗るべきじゃのう」

 唐傘を閉じて女性はこちらへ近づく。

「妾の名は西園さいおんうめ。こんな話し方じゃが然りと常識は通じる。まだ成人を経たばかりじゃがのう」

 優しそうに笑う梅香を紫は惚けながら眺めていた。

「して、そなたは?」
「あ。ひ、柊紫です。むらさきと書いてゆかりと読みます」
「いい名前じゃのう。紫の花と似ていて可愛らしい顔じゃ」
「あ、ありがとうございます」

 近寄り難そうなイメージがあったが口調さえ抜けば普通の優しいお姉さんのようだ。

「旻ちゃん?」

 先程から紫の背に隠れている旻が袖を掴んで離さない。

「……旻?」

 梅香が紫の背後を覗き込む。

「まさか本当に旻なのかえ?」
(知り合い?)

 秋にも関わらず桜――否、よく見ると梅だった――が舞っているところを見ると彼女は

「異能者?」

 紫の発声した言葉に梅香は小さく驚いた後、口元を微かに釣り上げた。

「ゆか!」
「え?」

 旻が引っ張ってくれなければ“花の渦”に巻き込まれる所だった。

「ふむ。やはりこんな俊足に反応できるのは旻だけじゃ。ようやっと見つけた」

 閉じられた唐傘から花が出ては散っていく。

「迎えに来たよ旻。さあ帰ろう」

 梅香が手を伸ばせば旻は退く。その間で紫は事について行けずオロオロしていた。

「み、旻ちゃん?」
「ゆか、梅香は危険。逃げて」

 旻は本を取り出す。

「危険ってまさかマフィア!?」

 それなら旻も――

「マフィア? いいや違うよ紫。妾らは言うてしまえば中立の立場じゃ」

 マフィアでは無い?
 だが旻は危険と言った。

「妾らは異能者の生態を調査する研究員。主らに情報も提供できるぞ」
「え?」

 研究員。新たな単語に紫の疑問符が増える。

「違う。ゆか、騙されちゃ駄目」

 強く手を握られる。

「異能者を改造して殺人鬼にするのが仕事なの」
「殺人鬼!?」
「私の姉も……改造されて失敗して死んだ」

 殺人にしか興味を持たないように脳をいじられ、常人に勝てるように肉体に神の血を入れられ――混ざり者のことである――命令だけに従う人形になる。

「神の血を入れられて暴走した異能を梅香が止めた。
 姉の心臓と共に」

 無表情だったその顔が憎しみに歪む。

「何も可笑しきことなど無いじゃろう? それともお主は襲いかかってきた者に対して何もせずに死を待つのかえ?」
「姉をあんなにしたのはお前だ!」

 ページに銃と書き、間髪入れずに梅香に数発撃った。

「やれやれ仕方ないのう」

 梅香は片手を上げた。

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