乙女よ。その扉を開け

雪桃

 明治三十年。
 文明開化が進み、人々が西洋文化にも慣れてきて華やかだった東京。
 そのずっと外れ。まだ村が残っているようなのどかな土地に幼子が二人捨てられた。
 親が病で死に、孤児になった者はこの付近では珍しくない。しかし彼女らの理由は違った。
 年上の娘はいくら重症を負っても数分後には治る。それも元々怪我などしていなかったように。もう片方は銀色の髪が生まれた瞬間から腰に届くまで伸び、切っても切っても数秒で伸びてくる。
 彼女達は呪われた子のように扱われ、虐待を受けても尚生き続ける二人をそれぞれの親は気味悪がり、到々寒空の中に捨てられた。
 その時二人はまだたったの五つと七つの少女だったのだ。

「これ食べて」

 姉代わりの娘は元より小さく弱い『銀』を死なせない為に夜の内に盗みを働いては二人で栄養も行き届かないくらい少ない量を食べた。と言っても殆どは銀に渡し、彼女が食べるのは三日に一片程であったが。
 だが盗みだけではどうしても生きられないことを知った娘は偶然見つけた舞う踊り子の真似をしてみた。
 踊りが上手かった訳でもウケなかった訳でも無いが、みすぼらしい格好をして必死に物乞いをしている娘を哀れに思った人達が微量ながら小銭を置いていった。

(踊ればお金をくれる)

 それから娘は無我夢中に物乞いのように舞っては稼いだ。痩せてはいても元々人間離れしたような美貌といくら無茶をしても回復する身体を持つ娘は物珍しく、一気に注目の的となった。
 銀も注目されたがやはり奇異の目で見られることが多く、金稼ぎが出来ないでいた。
 それでも姉妹の絆を持った舞の娘は手放す気など無く、旅をしながら妹を守った。

 食うものにも困らないくらいに娘が稼いだ頃、ある屋敷の者が二人の前に立ちはだかった。

「お前が銀髪の娘を連れている踊り子か」

 銀髪は布で隠しているが見た目でバレてしまった。

「我らは怪しい者では無い。有名な踊り子を近くで見てみたいと当主より申し出があった」

 申し出。当主。貧しい家では無いのだろう。
 もしかしたらこれ以上に収入が安定するかもしれない。

「だ、大丈夫?」

 銀が恐ろしそうに手を握る。自分が良く思われていないことを彼女も理解しているのだ。
 十年もそんな人生だったから慣れたかと思っていたがそんなことは無かった。

「大丈夫。何があっても守ってあげるから」

 安心させるように微笑んで手を握り返す。そして彼らの元へ歩いていった。

「待て。何故そこの娘まで来る」
「え? だって」
「命じられたのは踊り子のみ。娘は捨てていけ」

 二人は顔を見合わせた。
 つまり銀はここで死ね。そうこの者達は言ったのだ。

「早くしろ」
「ちょっと待って! この子は私のなの。見殺しなんてできるはずないでしょう」
「そんな踊り子がいないと生きられない木偶を守ってお前に何の利益がある」

 嘲笑うように男はそう言い、二人に近づいた。

「妹を殺すくらいなら私も死んでやる」
「そうか。ならば仕方あるまい」

 あっさりと引き下がった男に、呆気に取られながらも娘は急いで逃げた。

「ねえ。ねえお姉様!」
「何」

 ある程度走ってきたところで銀は叫ぶ。

「どうして、逃げたの」
「は?」

 彼女は何を言っているのだろう。逃げなければ捕えられて銀は見殺しにされてしまうのに。

「私、お姉様に何もできない。私が死ねばお姉様は幸せになる」
「何言ってるのよ! 死にたいの!?」
「お姉様のお荷物になるなら死にたい」

 その後、数日に渡って娘が説得しても銀は生きる気を失ったように拒み続けた。
 飯も食わず、山の奥深くで、川で自害しようとしては日に日に衰弱していった。

「お願い。せめて一口でも」
「い、や」

 食物を無駄にはできないので力を振り絞って銀は娘の方へ魚を押し退ける。

「ねえどうして。私を置いてく気?」
「お屋敷に行けば沢山人がいるよ。私のこと忘れちゃうくらい」
「忘れるわけ無いでしょ。分かったわ。あなたが死のうものなら私も死ぬわ」

 娘はそこらにあった枝で首を切ろうとした。

「待って」
「どうするの。食べる? 食べない?」
「食べる。食べるから」

 銀は慌てて渡された魚を頬張った。全て食べると漸く娘が枝を降ろした。

「良い? 絶対二人で生きるの。死ぬなんて許さないから」
「……はい」

 娘は満足したように洞の炎を消して眠りについた。

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