乙女よ。その扉を開け

雪桃

八人目

 茜から受けた異能の効果も無くなり命にも別状は無いと言われたあさは医務室のベッドで安眠していた。

「異能で精神的にダメージを……負ったから……まだ起きれないと思う」

 まさが急激な眠気に耐えながら言う。
 治癒能力は体力を削られるため、重症者二人の手当ては大変なのだ。
 重症者、二人・・の。

「まさ。あさの容態はどう?」

 入口から里奈が言う。

「安定してるよ……少なくとも社長よりは」

 その里奈はと言うと頭には包帯。
 腕にも足にも両手にも包帯。
 紫が「ミイラ……」と漏らしてしまう程、痛々しい限りだ。

「社長……寝て。治らない」
「じっとしてた方が悪化するわ。
 真由美に任せるのもあれだし」

 痛みを感じさせないその足取りに紫は感心する。

「ベテランって凄いですね」
「いや、あれはおかしいんだと思いますよ」

 ひよが軽くたしなめる。

 里奈と魔姫の戦闘を見てはいない。
 だがあの時の魔姫は擦り傷すら無かった。

(社長は強いはずだけどそれでもこの実力差。
 これが神の力……)

 神………自分の中に眠っている者。
 魔姫はそれを“バケモノ”と呼んだ。
 同じ神の憑依者でも恐れているものを持っているのだ。

「…………はあ」

 そろそろ考えるのも疲れてくる。

「ゆか、お疲れですか?」
「え? あ、ああ大丈夫。
 ちょっと色々考えちゃって」
「…………………。
 あまり気にしないことも大切ですよ。
 脳がパンクしてしまいますわ」
「うん。ありがとう、ひよちゃん」

 十二歳の女の子に慰められるのは幾分恥ずかしい。

「えっと……私仕事に戻ります。
 まだ片付いてないし」
「なら私も……」
「社長、休んで」

 まさを無視して里奈は戻ってしまう。
 と言っても客を怯えさせないように真由美が配慮しているが。

 チリンチリン。
 出入り口から鐘の音がした。

(お客さん?)

 紫は急いで下へ降りる。

 ところで何故“依頼人”では無く“お客”と言っているのかというと単に紫が慣れてないだけである。
 いい加減慣れて欲しいと里奈は思っているのだが。

「ようこそ。今日はどう言ったご依頼で」
「会いたかったよ私の麗しき子猫・・!」

 苦しい程に強く抱きしめられて息が出来なくなる。

「は、はなし……離してください!
 苦しいです!!」

 だが男は――特徴としては高く結いているのに背中まで長い髪を持つ長身(紫が百四十五センチで、その四十センチ以上はありそう)――紫を離さず更に抱き抱えた。

「君に会う為にどれだけ時間がかかったことか。
 ああこれで私の願いは叶えられるよ、麗しき乙女・・!」
(あれ、子猫は?)

 紫が呆けている間にも男は妄想――だか何だかを話していた。

「そうだ。皆にも知らせよう。さあ行くぞ乙女よ!」
「え、あ、ちょ……」

 何も言えずに紫は抱えられ本部まで連れてこられた。

「大発見を私はしたぞ諸君ら」

 最後まで言う前に男は吹っ飛ばされた。
 紫はギリギリで地面に落とされたが。

「やかましいわ!!」

 寝間着姿のあさが怒鳴る。

「あさ! 体調はどうですか?」
「一応回復はしてる。
 さっきの大声が無ければ全治してたんだけどねぇ?」
「あさ。落ち着いて」

 しんが殺気を放つあさを抑える。
 見ると全員本部に集まっていた。

「やあ! 久し振りだねあさ。
 私に会いに来たのか……」
「んなわけあるか。
 こっちは脳に直接異能かけられたってのにうるさくて眠れないんだよ」
「この古びた感じも懐かしい」
「聞けや!」

 話に付いていけない紫はただひたすらに困惑していた。

(え……っと知り合い?
 それに今あさって呼んでたしここの関係者さん?
 異能者?)

「錬。
 頼むから落ち着いてちょうだい。傷に響くわ」

 まあ無理でしょうけどと言う里奈の手を錬と呼ばれたその男は取った。

「どうしたのだいその体は。
 社長である君が珍しいじゃないか」
「あなたがいない間に色々あったのよ。
 で、何でゆかを抱えて入ってきたの。
 言っとくけど探してる子では無いからね。断じて」

 錬の言わんとしていることを見抜いてなのか先制して話す。

「おや? 今日こそはと思ったのだが」
「新人なの。分かったらいい加減跪くのをやめて」

 里奈に言われて錬は立ち上がる。
 あまり高くもない身長に童顔の里奈と並ぶと威圧が凄い。

「だ、誰なんですか一体……?」

 紫の脳はパンク状態で停止してしまった。

(錬? 探す? 異能者? 今日こそ?)
「ゆかの脳がぐちゃぐちゃになってますよ」
「あ、説明すんの忘れてた」
「またかよ」

 錬を目の前に連れてくる。

「彼の名前は笹崎ささざきれん
 異能者の一人で今二十三歳よ」
「…………はあ」

 里奈が至極簡単に説明をする。
 ひよが補足しに来た。

「前に探偵社には十人……いえ、ゆかを入れて十一人ですけど。残り二人だけ教えなかったでしょう」
「…………あ」

 そういえばそんなことも言っていたような。
 と言うことは

「後一人で全員揃うんだ」
「その通りです。あ、そうだ」

 思い出したようにひよは手を叩く。

「依頼人の方が玄関口に“視”えますがどうしますか?」

 ピシッと本部が凍りついた。
 天然気質のひよと中身が見えない錬以外が。

「そ、それを早く言えーーーー!!」

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