乙女よ。その扉を開け

雪桃

乙女の疑惑

 見慣れた天井が目の前に現れた。

「わたしの……部屋……?」

 ぼやけた頭を駆使して昨日のことを思い出してみた。

(鈴ちゃん……ストーカー……探偵……炎……炎!?)

 紫は跳ねるように起きて、下の階にいる母親の元へ向かった。

「お母さん!」
「あらおはよう紫……って、制服着てきなさいよ。
 朝ごはんは用意してあるから……」
「何で私ここにいるの!?」
「は?」

 母は本気で娘を訝しんだ。

「あんた何言ってるの。
 昨日普通に帰ってきてご飯食べて寝てたじゃない」

 そう言ってまた忙しそうに台所に行ってしまった。

「へ? え? 
 だって昨日探偵部で倒れて……あ、学校!」

 さっさと制服を着てご飯をかき込んでダッシュで学校に向かった。

「ひ、ひなみ!
 昨日私達探偵部で意識失ってたよね! ね!?」

 挨拶もせず一気に捲し立て始めた紫にひなみは数秒 固まった。

「た、探偵部って変人部活って言われてる?
 急にどうしたのよ」
「急にってだから意識を失った後、どうやって私達帰ってこれたのよ!」
「私達探偵部に何も頼んで無いでしょうよ」

 ひなみの言葉に紫は絶句した。

『ごめんね三人とも。記憶は貰ってくわね』

 あやの言葉が脳内をかすめた。

「記憶……取られ……?」

 私は取られてない?

「ちょ……紫どこ行くの!?」
「秦先輩のとこ!」

 下駄箱へ一目散に向かい、再度“秦彩乃”を確認しよ
うとした。

「あれ?」

 そこには見慣れていたあやがこちらを不思議そうに見ている。

「先輩! どういうことですか! 
 何でひなみは記憶を失っているんですか!?
 探偵部は一体……」

「ストップ! あなた……」

 あやは大きな目を更に大きくして言う。

異能者・・・?」





「き~んきゅう~じた~い!!」

 あやは放課後紫の首根っこを掴んで五-一に駆け込ん
だ。

「いたいいたい!
 先輩つままないでくださ……いたいってば!!」

 紫は事情も何も聞かされずに朝、“異能者”と呼ばれたことに疑問を持ちながら一日ずっと過ごしていた。
 そして今である。

「何が緊急事態よ。 
 いっつも煩いの……あれ、あなた?」

 午後五時。
 探偵部の活動時刻であやを除いた四人は既に教室で各々自由に過ごしていた。

「こ、こんにちは浅葱先輩。
 昨日はお世話になりました」
「あーいえいえ……昨日・・は?」

 あさは首を傾げながらあやの方へ顔を向けた。

「え、あれ? どゆこと?」
「はい皆さんちゅうも~く!」

 あやは無造作に椅子を引き寄せ、無理矢理紫を座らせた。

「紫ちゃん。
 昨日解決した事件を具体的に記憶が覚えている限り話して」

 あやに軽く睨まれ、少し怯みながら紫は答えた。

「え、えっと……まず鈴ちゃんがストーカーみたいな事件に巻き込まれて、そこから探偵部に頼み、それから一週間後の放課後に椎葉優人を捕まえ……秦先輩が変な玉みたいなのを胸の前に出して小さな炎で撃退して……そこから意識が吹っ飛びました」

 朝からの疑問を吐き出せて、紫は荷が解けたようだった。
 だが周りはどうも重苦しくて……

「紫ちゃん」

 あやの方を見た紫はギョッとした。
 昨日見た優しそうなあやの目が今は嫌悪、拒絶の色に変わっていた。

「せ、せんぱ……?」
「洗いざらい話してもらおうか」

 後ずさった紫をやまが捕らえ、身動きが出来なくなった。

「誰の差し金だ?」
「え?」
「何て……命令された?」
「お前の異能は?」
「あ、あの……」
「異能探偵社を敵に回すとは良い度胸ね」
「さあ、全てを話しなさい……マフィア!」

 年長者五人に敵視され、紫の頭はパニックでいっぱいだった。
 というよりもここからとにかく逃げ出したい、怖い、何で責められなきゃいけないんだという怒りがごちゃまぜになっていた。

「……すか」
「は?」

 中央にいたあやを思い切り睨みつけた。

(この際先輩なんて関係ない!)

「マフィアって何ですか!異能って何ですか!あなた達は誰なんですか!さっきの質問ですけど答えは全部分かりませんよ!
 十六年間現実でそんな言葉聞いたことありませんよ。さあそちらも答えてください!!」

 紫は息があがる程一気に捲し立てた。

「……紫ちゃん?」
「何ですか?!」
「あなた……異能を知らないの?」

 素っ頓狂に言うあやにとうとう紫の怒髪天が衝かれ
た。

「だから……だからさっきからそう言ってんじゃないですかーーーー!!」





「バカどもがーーーー!!」

 数分後。
 紫のクラスの担任である城ヶじょうがさき里奈りながあや達五人の脳天を一発ぶっ叩いた。
 しかもグーで。

「後輩泣かすのもだけど意味不明な単語並べられたらああにもなるでしょうよ!
 『異能者泣かしちゃったんですけどどうしましょう?』じゃないわよ!」

 “ああにもなる”とは今この光景を見て呆然としている紫のことだった。
 紫は里奈が来るまでふてくされたように椅子に体育座りをして五人に背を向け一言も話そうとしなかった。
 大切な教え子が先輩に泣かされているというのは里奈の怒りに触れたらしく、只今お説教中である。

「私がもう少し鬼だったら解雇・・よ、か・い・こ!!」
(解雇? クビってこと?)

 生徒が教師にクビにされるなど聞いたことが無い。

「うぅ……だって社長・・がマフィアの調査をしろって言うから」
「ならまず私に聞いてから捕まえなさい。
 今回はちゃんと反省はしているようだし多目に見るわ。
 とっくに下校時刻だし帰る準備!」

 里奈は五人に命令してから紫の方へ向き直った。

「柊さんごめんね。怖かったでしょう」

 頭をよしよしと撫でられた紫は少し安心できた。

「せ、先生。あの……社長って一体?」

 里奈は申し訳なさそうに顔を伏せた。

「本当に悪いのだけれど……明後日まで待ってくれないかしら。
 こちらも今立て込んでて明日中に終わらせなければならないの。
 この場所に来て欲しいのだけれど……」

 殴り書きで書いたような住所を渡された紫は戸惑っ
た。
 この人を信用しても良いのか。
 自分がいるのは安全な場所なのか。

(でも先生は嘘をつくような人じゃないし、それに先輩達も悪気がある訳じゃ無さそうだし)
「……分かりました。明後日全部聞くことにします」

 里奈は安心したような後ろめたいような顔を浮かべ
た。





「まだ頭がガンガンしてるよ~」

 あやは寮の一部屋であさと談笑していた。

「社長って小柄な割に大きな声出すわよね。 
 あれどっから出してんだか。
 えーっと紫はマフィアでは無いっと」

 あさはパソコンに桜高異能者と書かれたファイルをクリックし、字を打ち込んだ。

「今度こそと思ったんだけどな~。 
 そんなに易々と来るわけ無いか」

 ベッドにゴロンと寝そべったあやは天井を見た。

『マフィアって何ですか! 異能って何ですか!
 あなた達は誰なんですか!』
「…………………」

 はあ、と大きく溜息を吐く。

「あれが破壊神・・・なのか……」

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