乙女よ。その扉を開け

雪桃

幽霊怪奇事件?中編

「初めまして鈴ちゃん。探偵部部長の秦彩乃でーす」

 彩乃の最初から馴れ馴れしい態度に少なからず鈴はたじろいだ。

「あー……鈴ちゃん。
 この人がLIMEで言った人。
 見かけに寄らずすごい人……だと、思うから……」

 ひなみと紫は自身も疑心暗鬼になりながらあやを紹介した。
 現時刻は午後五時三十分。
 いつも下校する時間なのだそう。

「じゃあ早速帰りましょうかね皆々様」
「……はい」

 ひなみと鈴が先頭で家路を歩いた。

「あれ?」

 住宅街が並ぶ通りまで来た時、はたと紫は止まり、あやの方を見た。

「そういえば秦先輩の家ってどちらなんですか?」
「私? 私は板橋だよ」

 今歩いている方向とは真逆である。
 そうすると必然的にあやの帰る時間帯はいつもより遅くなるということだ。

「そ、それじゃ危険ですよ。
 今も事件に関わっている訳だし誰かに襲われてもしたら……」
「大丈夫。私、足は速い方だから」
(そういう問題じゃない!)
「そろそろですよ先輩。
 あそこの電柱を超えた辺りから聞こえるんです」

 流石に一ヶ月以上もそれが続いていたら分かるのだろう。
 平然としているあや以外の三人は慎重に電柱を超えた。
 すると

「はあ……はあ……」

 荒い息遣いが聞こえてきた。 
 身を強ばらせた鈴を宥めるようにひなみは背中をさすった。

「椎名……鈴……」

 そう言った後、静寂が訪れた。

「ねえ鈴ちゃん」

 あやがおもむろに口を開いた。

「鈴ちゃんって前に彼氏とかいた?結構頭の良い」
「え?」
「な、何言ってるんですかあなた!
 そんなの今関係な……」

 怒りで大声を出したひなみを止めて鈴は答えた。

「あ、頭のいい男の子なら知ってます。
 でも彼氏は……」

 あやは来た道を見返した。

「ねえ。
 ちょっと確認して欲しいことがあるんだけど……」



「カー(イギリスの歴史家)」
「アイアコッカ(アメリカの経営者)」
「……カウパ指数 (乳幼児の体型バランスを測定する方法)」
「ウ……ウァレリアヌス(ローマ皇帝)」
「すいませーん」
「はい。んがついたから負け……あれ?
 君達昨日の?」

 翌日の放課後。
 ひなみと紫は揃って探偵部に来ていた。

「秦先輩はいないんですか?」
「はた……あーあやか。今パシリに出してる」

 二人は促されるまま教室に入った。
 ところでこの二人。
 あや以外の四人とはほとんど面識が無い。
 だから名前も覚えてない。
 それがあさのいたずら心をくすぐった。

「じゃああやが来るまでゲームしてよっか」

 あさはいらなくなった紙の裏にあさ・やま・まさ・しんと書いた。

「ルールは簡単。私達四人とこのあだ名を一致させてみて」
「……え?」

 ひなみと紫は紙を覗き込んだ。
 だからと言って答えられるわけでは無いが。

「……ヒント無しに答えるのは無理があるんじゃないか?」
「ヒント? そんなのずっと前から出してるじゃない。ていうか答えをね」

 言われてみれば五人はあだ名を使っていた。
 だがそんなことを神経質でも無い二人が一々覚えている筈が無い。

「………」
「………」

 チクタクチクタク

「………」
「………」

 チクタクチクタク

「………」
「………」

 チクタクチクタク

「ストレスを後輩に押し付けんなよ」

 扉の方からあやの声が聞こえてきた。
 あさは不機嫌そうに唇をぶーぶーさせてる。

「押し付けてないもん。
 ちょっと遊んでるだけだもん」
「そう言って今日赤点取ってたよね~十八て…う、ぐっ!!」

 あさはあやの腹に思いっきり蹴りを入れた。

「蹴りってお前……せめてグーパン……」
「やってやろうか? おら?」
「遠慮しておきます」

 紫はおろおろと止めた方が良いのかやまに尋ねた。

「大丈夫。毎日やってるから」
(毎日!?)

 あんぐりと口を開けた紫を苦笑を浮かべながらやまは見下ろした。

「あ、ていうかこんなことしてる場合じゃなかったんだ。
 二人とも、事件解決しに行きますよ」
「事件解決って……え!?
 もう分かったんですか?」

 質問に答える代わりに行ってきま~すと言ってあやは先に言ってしまった。



「結局あれって何だったんですか? 妖怪? 幽霊?」

 あやは鈴を合わせた三人に否定を示した。

「もっと単純。むしろ拍子抜けするよ。だって……」

 あやが言い終わる前に目的地に着いたらしい。

「着いたよ」

 あやが止まったところはいたって普通の一軒家だった。

「鈴ちゃん? どうしたの?」

 ひなみの問いかけに答えず鈴はあやの方を凝視した。

「先……輩? ここって……」

 あやは笑みを浮かべて了承も無く玄関の方に行きインターホンを押した。

『……はい』
「こんにちは~。鈴ちゃんのお友達で~す。
 優人ゆうと君いますか~」

 しばしの間があった後、インターホンがぶつりと切れた。

「あ」
「あちゃー悪印象だったかなあ?
 ま、今日は帰るしかないね」

 あやは帰ろうとした。

「ちょ、ちょっと先輩! ここで止めるんですか?」
「だって警察に通報でもされたら指導されちゃうよ。
 それに大丈夫。餌は用意してあるよ」

 そう言って帰ってしまった。
 呆然とする二人と俯いて黙り込んでいる鈴を置いて。
 そんな日が三日、四日と過ぎていき、一週間が経過しようとしていた。




「どうしたんですか先輩。
 カーテンなんか壁にくくりつけて」

 紫・ひなみ・鈴は探偵部に呼ばれ、空き教室に来ていた。
 そしてあやはと言うとカーテンで獲物をとるようにセッティングしていた。

「見れば分かるでしょ。
 犯人を……つか、ま、え……ぎゃー!!」

 あやは足を踏み外して頭から落っこちた。

「せ、先輩! 大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。バカだし神経図太いから」
「黙れペチャパイ」

 あさのこめかみ辺りに青筋が立った。

「だ・れ・が・何だって?」
「あさがペチャパイ……」

 あさはあやの首に手を置き思いっきり力を込めた。

「お前殺す! 土に還らせてやるうううう……」
「落ち着け」

 やまに羽交い締めにされてあさは身動きが取れなくなった。

「で、あや。作戦は?」
「ふふん。作戦はこうよ」



桜高五-一に来てください。話があります。 椎名鈴


 そう書かれた紙を持って男は階段を登っていた。
 ようやく……ようやく僕のものになる。
 男は息を荒くしてその時をずっと待ち望んだ。
 教室に着き、彼女が目の前にいた。

「鈴ちゃ……」

 彼女に飛びつこうとした時、分厚い布に視界を奪われた。

「!?」
「あやちゃんヒーップ!」

 続いて背中辺りに重たい何かがのしかかってきた。

「あやちゃんヒップとかださ」
「良いから手伝えよ! ほら、縄」

 しんとまさはあらかじめ用意しておいたロープをカーテン越しに手首にグルグル巻いた。

「よし。さーてそれでは謎を解明していきましょうかね?ストーカー未遂の椎葉優人さん?」

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