真知子の怪異 〜墓場アパート編〜

ノベルバユーザー79369

第2話





ガラスの小テーブルに、湯気が立つ淹れたてコーヒーが置かれた。
「どうぞ。真知子さんはコーヒーにはうるさいんだ。おいしいよ」
「ありがとうございます」
少女は丁寧にイナバにお辞儀をし、左手でソーサーを持ち、右手でカップの取っ手を持って静かにコーヒーを飲んだ。
「で、どこで会ったの? この子とは」
「ああ、警察署での書類手続きしてた時に会ったんスよ」
「警察署? 役所に行ったんじゃなかったの?」
「やだなぁ真知子さん。役所行くついでに警察署に行って書類提出して来いって言ったじゃないっすか。そのついでに署長さんと話してきましたよ。署長さんが真知子さん元気かって」
「ああ、例のか。書類を出せって催促してきた件ね」
「そうですそうです! そこでこの子が警察の人たちと揉めてたみたいだったから、話聞いてあげてこの流れになったっていうか」
「イナバ君。あんたね……」
真知子は額を抱え、何かいおうと口の中でぶつぶつとつぶやく。
その様子を見た少女が、「あの」と声をかけた。
「コーヒーまで出してもらって大変申し訳ないのですけど……あたし、やっぱり迷惑みたいなので……帰ります。本当すみません」
「え? 来たばっかりなのに? まだ何も話してないじゃない?」
「でもあたし、お金持ってないですし。依頼料とか探偵さんって高いって聞きましたし」
「調査費用は依頼内容にもよるが、平均すれば一五から二〇だな」
ガスチェアーに腰掛ける猿島が、ゴシップ誌の続きを読みながら答えた。
「それって、一五万円ってことですよね?」
「ああ。それに加えて調査が成功すれば、成功報酬として二〇万追加だ。うちは良心的だからそれ以上はかからねぇが、よその事務所はもっとかかるって話だ」
「そんな……」
「猿島さん! なにビビらしてるんすか?!」
「てめぇこそ何でこんなガキ連れてきた。どう見たって依頼料払えるような結構な身分に見えねぇぞ!」
鋭い猿島の眼光に、イナバはうっと喉を詰まらせたような表情で怯んだ。
「とりあえず。話だけでも聞いてあげましょう」
冷静な面持ちで、真知子は二人の間に割って入った。
「おい! 真知子!」
「猿島。あんたどっか外で時間潰してくれない? あんたみたいな原始人がいると、この子が怯えて何も話さないみたいだから」
ちっと猿島は舌打ちをし、ゴシップ誌をデスクに思いっきり叩き付けた。
「パチンコに行ってくる。しばらくは帰って来ないぞ」
「直帰でいいわ」
「そうさせてもらう!」
ばんっと、勢いよく扉が閉まった。
少女はびくつき、不安そうな表情を浮かべたまま真知子を上目遣いで見た。
「気にしなくていいわ」
「すみません。何だか怒らせちゃったみたいで」
「大丈夫。とりあえず、勝手なことしたこのお兄さんにはきついお仕置きをするだけだから」
「えっと、お仕置きって……」
切れ長のつり目が、更につり上がってイナバを睨みつける。
「あんたは黙ってなさい」
「あ、はい」
ふぅっと真知子は息を吐き、にこっと少女に微笑みかけた。
「自己紹介が遅れたみたいね。私は船頭真知子。この船頭探偵事務所の所長よ」
「所長さんなんですか?」
「意外かしら?」
「あたしの知ってる探偵事務所の所長さんって、もっとおじいさんっていうイメージがあって……真知子さんっておいくつなんですか?」
「いきなりストレートな質問ね。まだ私たち初対面じゃない」
「す、すみません」
「二五よ。あなたは? えっと……」
「穂波良子です。一六歳です。今年になって高校に入りました」
「そう。随分としっかりしているみたいね」
「しっかりなんてしてません。あたしなんてお母さんからしょっちゅう怒られてばかりで」
良子と名乗った少女は、目を伏せ、スカートの上に乗せた両の拳を握り直す仕草をした。
緊張をしているのか、指先や肩が震えているように見えた。
「ねぇ、良子ちゃん。あなたさっき死人を捜してほしいってイナバから訊いたんだけど、それってどういう意味かしら?」
「……ちょっと信じられない話なんですけど」
「話してみて」
こくりと良子は頷くと、自分の足下に視線を落とした。
「『墓場アパート』って都市伝説を知っていますか?」
「墓場アパート?」
真知子は背後に立つイナバに振り返った。
イナバは首を横に振った。
「で?」
良子は深く息を吸い、「ネットの掲示板に書かれていた噂なんですけどね」と前置きをした。
——およそ二〇年くらい前に噂となった都市伝説である。
あるアパートの一室で青年が自殺をしたそうだ。
電線コードを使った首吊り自殺。遺書はなかったらしい。
どうして青年が自殺なんかしたのか、親族や友人たちには心当たりがなく、青年が自殺した理由は誰もわからないまま謎となった。
事故物件となったそのアパートの一室は、不動産屋の窓口に『格安物件』として紹介されていた。
「立地自体はすごくよくて、スーパーや駅とかも近かったり、間取りもそこそこ良いっていうのですぐに入居者は決まったそうです」
アパートの一室を借りたのは、子供が生まれたての若い三人家族だった。
その家族は、一ヶ月後に一家心中をした。
睡眠薬で子供と奥さんを先に逝かせ、旦那は手首を切って風呂場で果てたそうだ。
将来の為に貯金をしていた若い家族がどうして心中をしたのか、誰も理由は知らないしわからなかったそうだ。
それから不動産屋さんは事故物件としてそのアパートを貸出すと、そこに新たな入居者が来た。
女性の会社員。大学を出たばかりの新社会人だったそうだ。
そして、数ヶ月後に自殺をした。
「そのアパートには自殺した人が沢山住んでいるっていうところから、『墓場アパート』って呼ばれるようになったそうです」
テレビや新聞は、この事実を報道しなかった。大家の世間体の保持という名目もあり、必要以上に騒ぎを起こしてはいけないという理由だったとか。
「チープなネタね」
容赦なく真知子は切って捨てた。
「まさか本気で信じているわけないでしょ?」
真知子が訊ねると、良子は膝を見つめたまま無言となった。
「あたしも最初聞かされた時、子供騙しの作り話だって思いました。当時の資料にはそんな事実があったなんて書いてなかったし、でも……」
「信じざるを得ないことが起こった?」
真知子がいうと、良子は顔を上げ、下唇を軽く噛んだ。
「父は、小さな出版社に勤めているんです」
大型の書店などでもなかなか見かけないようなマイナー出版社。そこで、都市伝説や怪談話をテーマにした雑誌の編集をしていると良子は説明した。
「墓場アパートについて調査をするといったのを最後に、父は行方がわからなくなりました」
「失踪したってこと?」イナバが訊ねると、良子は頷いた。
「でも先日、父を見つけたと警察から電話があったんです」
「あら、そうなの」
「だけど、病院で会った父は以前の父ではありませんでした」
まるで別人でした。と、良子はいった。
良子の知っている父親は、恰幅のいい体格の持ち主だった。趣味が食べ歩きというほどグルメで食通気取りであり、健康診断ではコレステロール値が高めなので高カロリーの食事は控えるようにと注意勧告されることもしょっちゅうあったそうだ。
頬がこけるまで痩せた父親を見たのは、生まれて初めてだった。
あばらの骨が浮き上がるまで肉が削げ落ち、最初、病室に訪れた際、名前プレートを確認するまで別の人のベットであると疑わなかったという。
「声をかけても返事がなかったんです。ぼーっと宙を見つめてばかりで、あたしを娘だっていうのもわからない様子でした」
「どういった状況で見つかったの?」真知子は訊ねた。
「通報があったそうです。学生にリンチされているホームレスがいるって。警察に保護されてからお母さんに連絡が入ったそうです」
ぼつりと良子はつぶやくようにいった。
すっかり変わり果てた父親を目の当たりにしてショックを受けたのか、良子の伏せた両目が涙で潤んでいた。
「で、私たちにどうしてほしいの?」
真知子は胸を反らし、足を組み直した。
良子は潤んだ両目を手で拭い、軽く鼻をすすってからまっすぐ真知子とイナバを見つめた。
「父が探していた『墓場アパート』を見つけてほしいのです」
イナバが「え?」と声を漏らした。
「父が一体何を見たのか、真実が知りたいのです。本当に墓場アパートが存在するのかあたしは知りたいんです」
「知ってどうするの?」
落ち着いた口調で真知子は質問する。
良子は唇を結び、質問には答えなかった。
あからさまに嫌な顔になるイナバが、良子と真知子の二人のそれぞれの顔を交互に覗いた。
「実態に存在するのか限りなく怪しい都市伝説の調査……しかも先に調べたあなたのお父さんは一時期行方不明になって、見つかった時には廃人になっていた。そんないわくつきな危険な場所を探し出してほしいって、そうあなたはいいたいのね?」
「引き受けて頂けますか?」
真知子は鼻から息をゆっくり吐き、肩を落とした。
ソファーの後ろに立っているイナバに向き、にこっと微笑む。真知子の微笑みを見て、イナバはほっと安堵したように表情をほころばせた。
「いいわよ」
目をむいてイナバが驚いた。
「ま、真知子さん ︎」
「気に入ったわ。是非、引き受けさせてもらうわ」
「え、でもあたしお金が……」
「手持ちはいくら?」
驚きのあまり、一瞬、良子はほうけた。が、すぐに我に返り、学生カバンから財布を取り出し、五千円を取り出した。
「これしかなくて」
「問題ないわ。手つき金として頂くとして、調査費用と成功報酬に関してなんだけど」
「真知子さん! ちょっと!」
慌てるイナバが真知子と良子の間に入ろうとする。が、真知子は手を挙げ、イナバを止めた。
「あんたが持ってきた案件でしょ。断る理由はないわ」
「たしかに僕がつれてきましたけど、いくらなんでも無茶苦茶ですよ! そんなテレビのオカルト特番の取材じゃないんですよ?」
「だからこそいいじゃない」
にんまりと満面の笑みを浮かべ、真知子はいった。
「浮気調査なんてぬるい仕事したってつまんないわ。こういう先の見えない調査っていうのをマジでやるのが楽しいじゃない」
うきうきする真知子はそういった後、イナバに振り返った。
「どうせ暇なんだし、いいじゃない。人助けしてもバチは当たらないわよ」
イナバは頭を抱え、ため息を深くついた。

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