シニガミヒロイン

山本正純

告白

「真紀」
返り血を浴びた恵一が叫ぶ。島田夏海は初めて遺体を見て、言葉を失い茫然としていた。白井美緒は友達の死にショックを受け、そのまま気を失った。
そして、東郷深雪は涙を堪え、恵一に告げた。
「赤城君。これでデスゲームは終わりを迎え、全員が生きた状態で現実世界へ戻ることができる。ありがとう」
「何でお前が御礼を言うんだよ」
疑問に思い東郷深雪が立っている方へ恵一が顔を向けた。だが、そこには彼女の姿はない。その少女は忽然と姿を消した。

シニガミヒロインのメインコンピュータが設置された部屋の中心で、椎名真紀は深呼吸した。目の前にあるテンキーにパスワードを入力すれば、築き上げてきた世界が崩壊する。
そんな時、彼女の中で迷いが生じ、立ち止まる。すると、少女の背後から東郷深雪が声を掛けた。
「もしかして迷っているの? あの世界が崩壊したら、島田夏海も死んでしまうから」
「お見通しね」
「分かるよ。だって私はあなたと同じだから。あなたは私と同じように罪滅ぼしをしたでしょう。ゲームに負けた男子高校生の遺体を家族に返しているのが、お姉ちゃんなりの罪滅ぼし。遺体なんて海に捨てて鮫の餌にするとか、山に埋めるとかいくらでも秘密裡に処理できるのに、態々遺体を家族に返した。そのことを聞いた時、私はあなたの優しさを知ったよ」
深雪には敵わないと思った真紀は、重たい肩を落とす。
「もしかして、あなたは島田夏海が赤城君のことが好きになっていることに気が付いていたのかな?」
真紀の疑問を聞き、深雪は首を縦に振った。
「下校イベント争奪戦終盤から何となくね。半信半疑だったけど、あの世界で夏海と顔を合わせた時に確信したよ。あれはバグなんかじゃないって」
「だったら残酷だとは思いませんか? あの世界が壊れてしまったら、永遠に2人は会えなくなる。だからデスゲームを中止して、あの世界で仲良く暮らさせた方が、幸せではないかと考えたら、足が動かなくなったの」
「そう言うと思ったよ」
東郷深雪は優しく微笑み、椎名真紀にタブレット端末を差し出した。その画面には赤城恵一と島田夏海が並んで歩く様子が映し出されている。
「赤城君の様子をタブレットで見てもらおうと思ってね。これで迷いが消えるはず」
そう言いながら深雪はタブレット端末の映像に目を向けた。


一直線に続く西洋風な城の廊下を、白井美緒の体を担いだ赤城恵一が、島田夏海と共に並んで歩いている。しばらく歩くと、夏海は床に敷かれた赤色の絨毯の上で立ち止まり、少年の顔を見て微笑んだ。
「良かったね。これで危険なことをやらなくて済むから」
不意に少女の泣きそうな顔を見た恵一は、疑問を口にしてしまう。
「本当に良かったのか? この世界が終わったら、お前は……」
「死ぬんでしょう」
何も考えていないようにハッキリと答えられ、少年は呆れて深く息を吐く。
「怖くないのか?」
「私は既に死んでいるからね。死人の模造品が生きる世界を創るなんて、私は望んでいないの」
「だったらどうして泣いている?」
少女は涙を我慢して、ムッとした表情になる。
「白井さんしか見えていないんだね」
「どういう意味だよ」
困惑する恵一を置いて、島田夏海は彼から離れていく。彼女は少年が追いかけないように、素早く赤色の絨毯の上を走った。そして、1メートルの距離が開くと、彼の方へ振り向き、夏海が笑顔を見せる。
「赤城君。覚えてる? 学校の校舎で私がラブに会った時のこと。あの時の頼もしい顔に惚れたんだよ。多分10年前の出来事がなくて、赤城君に出会っていたら、私もあなたのことが好きになっていたんだと思う。赤城君には白井さんがいるから、振られることは分かっているけれど、私は赤城君のことが好きだったんだよ。もうすぐこの世界は終わってしまうけど、それだけは忘れないで」
それは紛れもない告白だった。突然の告白に恵一は顔を赤くしながら、答えた。
「忘れない」
少年の答えに納得した少女は、優しく彼に対して微笑んだ。そして次の瞬間、少女の唇が少年の物と重なった。
それは赤城恵一にとってのファーストキスになる。この決定的瞬間を、白井美緒は幼馴染の少年の背中の上で見た。このことを本人は知らない。


告白の一部始終を見ていた椎名真紀は、首を縦に動かし、重たくなった足を動かした。そうしてテンキーの前に立つと、すぐにパスワードを入力した。決定ボタンを押した瞬間、シニガミヒロインの世界は崩壊していく。


命を賭けた恋愛シミュレーションデスゲーム。シニガミヒロインは終焉を迎える。

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