シニガミヒロイン

山本正純

良心の消失

「そんなことのために、お前は多くの人を殺してきたのか! ふざけるな!」
恵一の怒りが爆発する。だが、ラブには彼の正義の声が届かない。
「意味が分からないよ。この世界が完成したら、現実世界にいる人間に危害を加えない。完成しちゃったら、現実世界の人間を殺す必要がなくなるから。無駄なことをやらない主義なんですよ」
「だったらどうして現実世界で人を殺したの? 仮想空間で死んだら、現実世界の転送先で昏睡状態の脱落者を殺すんでしょう。そんなことをする必要なかったんじゃないの?」
「……仕方ないでしょう」
美緒からの追及に、少し躊躇いながらラブが答える。そして、ゲームマスターは瞳を閉じた。


それは宮城県仙台市で1回目の恋愛シミュレーションデスゲームの開催が決定される3か月前の出来事ことだった。
数台のノートパソコンが設置された小さな部屋に、ラブと黒服の男達が集まり、全員がノートパソコンに向かっている。
すると、1人の男が席から立ち上がり、奥の席に座るラブに頭を下げた。
「ラブ様。現実世界をトレースした仮想空間でテストプレイ。被験者のバイタルサインや経過観察の資料です」
男から報告書を受け取ったラブはペラペラと捲りながら、覆面の下で頬を緩めた。
「なるほど。ログアウトしても、体調や精神に変化なし。結構体に負担がかかると思ったけれど、そんなことはないようね。じゃあ、被験者を解放していいよ。もちろん多額の報酬与えて」
「一文無しのホームレスを雇った人体実験。ラブ様は鬼畜ですね」
「褒めてるの?」
ラブは首を傾け、部下と視線を合わせる。
「はい。少し言い過ぎたと反省しています。ただ、あの世界で死んだら、昏睡状態に陥った状態で現実世界に転送されるというのが気になります。医療班が経過を観察中ですが、手を尽くしても意識は回復しません」
「ホームレスが昏睡状態になっても、誰も困らないでしょう。別に気にする必要はないよ」
常軌を逸した発言をしたラブは、席から立ち上がり、スキップしながら部屋を1周した。
「これで現実世界の人間を仮想空間に体ごと送り込むシステムは完成。ここまで3年くらい経過しちゃったけど、皆よく頑張ってくれたわ。ということで、これから実験は第2段階へ突入。48人くらい男子高校生を拉致しよ」
突拍子もないような発言に、この場にいる男たちは驚かなかった。逆らったら殺される。恐怖が思考を支配した環境に男たちは、内心脅えていたのだ。
「なぜ48人なのでしょう。50人くらいの方がキリが良いように思えますが?」
不用意に部下が右手を挙げ質問すると、ラブは覆面の下から笑顔を見せた。
「1クラス16名くらいだよね。高校の男子って。リアリティが大切だから、50人は却下」
「男子高校生を拉致しなくても、良いのではありませんか?」
「あの娘たちの彼氏は、恋愛シミュレーションゲームオタクじゃないから。オタクだけのデータなんか集めたら、目的の世界から遠くなっちゃうからね。同い年くらいの高校生を満遍なく集めた方がいい」
ラブが腕を組み、首を縦に動かした。その後でラブは、別の部下に尋ねた。
「ゲームに使うスマートフォンは、普通に使えるよね?」
「はい。問題なく使えます」
「そう。じゃあ、始めようか。恋愛シミュレーションデスゲーム。ゲームオーバーは現実世界での死っていう、ありふれた奴」
ラブは冷たい視線で部下たちを見つめた。その部下たちは、恐怖から体を震わせる。
その中で1人の男が右手を挙げ、ラブに尋ねた。
「お言葉ですが、あのシステムはデスゲームに適していませんよ。昏睡状態になるだけで……」
「大丈夫。プレイヤーを騙せばいいんだから。仮想空間で死んだら、現実世界でも死ぬっていう先入観があるからね。報告だと仮想空間で死んで昏睡状態になった人の意識は回復しないみたい」
この時、ラブには微かな良心が残っていた。しかし、それは携帯電話に掛かってきた非通知の電話によって、黒く染められてしまう。
警戒しながら電話に出ると、女の声が聞こえてくる。
『面白い事考えるのね。生身の人間を仮想空間に転送するシステム。ただし、あっちの世界で死んだら、昏睡状態になるんだっけ』
「いきなり何ですか?」
『失礼。あなたの考えたシステムに興味があるの。もしもあなたがデスゲーム開催を考えているのなら、私が裏で手を回すこともできるのよ。警察や公安に圧力をかけることもできる……』
ラブは不思議と電話の相手を信じることができた。それからゲームマスターは受話器越しに首を縦に振る。
「タイムリーですね。システムが完成したから、デスゲームをやろうって話し合っていたところです」
『それなら良かったわ。でも、脱落者が昏睡状態になるなんて、生ぬるい奴は勘弁して。病院のベッド数が少なくなっているって問題になっているでしょう。そんな時に昏睡状態の人が多数出たら大変よ。本当に必要な人が入院できなくなる。だから、二度手間になるけど、殺しましょうね。殺害方法なら、私に任せておけば、大丈夫』
「でも……」
謎の女の話にラブは少し躊躇った。しかし謎の女はラブの躊躇いを笑い飛ばす。
『バカなの? 彼らは命を賭けないと真面目にやらないのよ。どんな計画なのかは分からないけど、ゲームに負けても昏睡状態になるだけなんて既成事実を作ったら、計画が破綻する。それだけは避けないといけないんでしょう?』
女の言い分は一理あると思ったラブは、心を鬼にして誘いに乗る。
「分かりました」
電話を切ったラブが手を叩く。
「はい。ということで、誰かさんのアイデアを参考にして、現実世界に転送された昏睡状態のプレイヤーを殺すことになりました」
「ちょっと待ってください、どこの馬の骨かも分からない人の言うことを……」
小部屋に銃声が響き、異議を唱えた部下の心臓から血しぶきが飛ぶ。何が起きたのか。部下たちがラブの方へ視線を向けると、ラブの手には拳銃が握られていた。
「こういう反対因子が削除しないとね」
楽しそうに拳銃をスーツのポケットに仕舞うラブを他所に、部下の男たちの思考は停止した。
この場にいるラブを覗いた全員は、後悔していた。仮想空間に現実世界の人間を送り込むシステムを開発したくて、彼らはラブの元に集まった。しかし、ラブは残忍な性格。平気で何人も殺せるような人物だった。
48人もの男子高校生を拉致して、デスゲームを開催する。明らかな犯罪行為だが、ラブに従わなければ殺される。その恐怖が、次第に部下の良心を麻痺させていった。目の前で誰かが死んでも、何とも思わないように。


それからの3ヶ月は忙しかった。姿を現さない謎の女に細菌兵器の研究所を紹介され、共同で特殊なウイルスの開発を行う。プログラマーはゲーム参加者が仮想空間内で事件や事故に巻き込まれて死ぬようなプログラムを仕組んだ。


恐怖で支配された環境で、ゲームとウイルスが完成し、ラブの計画は進行する。12回のデスゲームを通して、拉致された男子高校生達の命を犠牲にした偽物の世界は本物に近づく。13回目のデスゲームが始まった頃には、現実世界と酷似した世界になった。

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