シニガミヒロイン

山本正純

アイドルとのデートイベント

午前10時5分。開園直後の遊園地の入場ゲートには長蛇の列ができていた。家族連れの客や大学生のようなカップルなど、ゲームとは関係なさそうな人も多く並んでいる。
開園15分前に美緒と一緒に並んだ恵一は、少し遅かったかもしれないと思い始めた。すると、彼のスマートフォンが震え、仲間からのメールが届く。
受信されたメールを読んだ恵一は、右隣に立つ白井美緒に話しかけた。
「美緒。矢倉君達は中にいるらしい。これから担当のエリアに向かうそうだ」
「そう。先に入場した矢倉君達が真紀を見つけていたらいいんだけど」
もう少しで入場できるといった所まできた美緒は、心配そうな顔を浮かべた。


「ライブハウスでバイオテロ?」
現実世界、午後10時を過ぎた警視庁刑事部長室で、刑事部長が部下に尋ねた。部下はタブレット端末を刑事部長に見せながら、説明する。
「はい。先程プレイヤーYと名乗る人物からの犯行声明が届きました。私達はライブハウス斎藤にウイルスを散布した。これで私の求めた世界が完成する。以上が犯行声明の内容ですが、犯人はご丁寧に犯行の様子を収めた防犯カメラの映像を添付しています。おそらくハッキングか何かで入手した物かと」
「それでバイオテロの現場に捜査員を向かわせたのか?」
「はい。NBC対策班を向かわせています。それとバイオテロとの関連は不明ですが、テロ現場付近に停車していた黒塗りのトラックが、爆破炎上する事件も起きています。現場に駆け付けた警邏中の巡査の話によれば、爆破されたトラックの中から2人の男性の遺体が発見されたそうです。幸い一般人に怪我人はなく、被害は最小限です」
「そんな爆破事件よりもバイオテロの対策だ。付近に住む一般人も感染している可能性もある。一刻も早く感染者の把握をしろよ」
「はい」
部下の警察官は刑事部長に頭を下げて立ち去った。


現実世界で起きた2つの事件は、計画の立案者の口からラブに伝えられた。その事実を聞き、ゲームマスターは腹を立て、銃口を部下に向ける。
「青山さん。計画は失敗だよね? 気体化したウイルスをライブハウスにいる人に吸わせて、昏睡状態にさせる。その後で無作為に15人掻っ攫う作戦だったのに、肝心のトラックが仲間ごと爆破されちゃうなんてね。この計画は真紀ちゃんに伝えてないから、スパイがいるってことかな。まあ、あのバイオテロ計画を知っていたのは、緊急会議に参加した10人の中にいるんだけど、犯人探しなんてどうでもいいわ」
「そうですか。計画を立案した僕を疑っているのかと……」
安心した青山の心臓に穴が開き、そこから血液が溢れ始めた。ラブが手にしている拳銃から白い煙が昇っている。そのことから彼は察した。ラブは自分を殺すために呼び出したのだと。
ラブは動かなくなった部下に冷たい視線を向けた。
「疑わしきは罰せよ。とりあえず会議参加者全員殺せば、スパイも死ぬでしょう」
狂気に満ちたゲームマスターが笑っていると、突然ドアが開き、その隙間からボールのような物が投げ込まれた。そのボールは白色の煙を噴き出している。
一瞬で状況を理解したラブは、息を止めた状態で、ボールを拳銃で撃ち抜いた。それによってガスが止まり、ラブは何事もなかったかのようにドアを開け、脱出した。


その頃、恵一と美緒は、何とか遊園地に入場することができた。2人は退場ゲートの前に立ち、互いの顔を見た。このゲームを利用して、真紀を助ける。そういう決意で2人は担当するエリアに向かう。

いよいよこの日が来たと桐谷凛太朗は思った。今彼の隣を歩いているのは、アイドルの倉永詩織。念願のアイドルとのデートイベントが始まっているのだ。
メールで遊園地に行かないかと誘ってから数秒後に了承のメールが届いたことは、桐谷にとって想定外なことだったが、彼の抱えている問題と比較すれば、どうでもいいこと。
恋愛シミュレーションゲームにおいて、アイドルキャラの攻略は難しいというのは、桐谷の持論である。他のヒロインと比較して、中々会う機会が少ないというのも理由の一つだが、パパラッチの存在が彼を悩ませる。
2人きりで会っている所を雑誌記者に撮影されてしまえば、バッドエンド確定。攻略の難しさに比例したスリルは、桐谷自身を楽しませる。
デスゲームを兼ねたデートイベントで、彼は一つのルールを気にする。非リア充はNPCをチームに加えても構わない。
このルールには攻略法が隠されていると桐谷は思った。まさかあの攻略法を実行する人はいないだろうと考えながら、桐谷は周りを見渡す。一方で彼の反応が気になった倉永詩織は、顔を隠すために身に着けた薄い茶色のサングラスをずらしながら、首を傾げる。
「どうしたの?」
「近くに芸能雑誌の記者がいます」
簡単な変装をした少女は、驚いた反応を見せる。そうして桐谷は彼女の右手を掴み、彼女と共に走り始めた。突然のことに倉永詩織は顔を赤くする。
逃走中の彼は疑う。彼自身が思いついた攻略法を誰かが実行しているのではないかと。
最初からアイドルの倉永詩織を標的にして、芸能雑誌の記者を仲間にする。後は当日、仲間のマスコミ関係者に彼女を尾行させるだけ。
この攻略法に気が付いた人物に、桐谷は興味を示さない。それよりも具体的な人数が気になる。事前のアンケートは、リア充を騙すためのブラフかもしれない。
疑い始めたらキリがないと思う桐谷は、詩織と共に人ごみの中へ混ざることに成功する。
約50人の集団に混ざってしまえば、マスコミ関係者に見つかりにくくなる。その間に何か策がないかと少年は考えた。
眉間にしわを寄せながら一生懸命考える少年の横顔を見た倉永詩織は、涙を流しながら少年の手を離す。
「逃げ回っていたら、面白くないよね? アイドルなんか辞めたら、普通に楽しめるはずなんだけど」
自分のせいで迷惑をかけているのではないかと疑う倉永詩織は、申し訳なさそうな顔をする。すると桐谷凛太朗は、少女の頭を優しく触れた。
「有名になって兄を探すんでしょう。こんな所で諦めるんですか? それに僕は詩織さんと一緒にいられるだけでいいんです」
少年に励まされ、少女は涙を止めて、優しく微笑む。
「きー君の声は、聴いているだけで安心できる。ありがとうね」
倉永詩織が前を向き始めた時、桐谷凛太朗のスマートフォンが振動する。気になった彼は、時間を確認するふりをして、端末を取り出した。
「もうすぐ午前11時です」
時間を告げる少年は、端末に表示された文字を読み、一瞬だけ頬を緩ませた。
『43番。鈴木大河が脱落しました。また鈴木様はマスコミ関係者5名を仲間に加えていましたので、彼らは園内から追放されました』

送信されたメッセージによれば、園内にいるマスコミ関係者は5人もいなくなったらしい。追跡者らしき気配も感じなくなった桐谷は、警戒心を少しだけ残しながら、倉永詩織に声をかける。
「近くに記者はいなさそうなので、この隙に何かのアトラクションに乗りましょう」
倉永詩織は頷き、2人は再び並んで歩く。

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