シニガミヒロイン

山本正純

私の仲間

病院の駐車場は、夕暮れ時という時間帯にも関わらず、車が一台も停まっていない。そんな異様な場所に、千春光彦が1人で立っている。
数時間前、彼は病院の中でメールを受け取った。メールの送り主に千春凍り付いてしまう。記されていたのは椎名真紀という名前。登録されていない相手から届いたメールに、千春は警戒する。この場所に来てほしいという呼び出しの内容だったため、彼の警戒心は強くなった。
罠だとしたら逃げればいいという、相反する思いも強くなり、結果的に少年は呼び出しに応じた。
冷たい風が吹き、千春の前に椎名真紀が姿を見せた。少年と相対する真紀は、微笑みながら千春に歩み寄る。
「あなたが千春光彦君? 初対面なのに呼び出してごめんなさい。いきなり私からメールが届いて怖かったでしょう」
「そんなことはないですよ。何の用ですか?」
単刀直入な質問に真紀は苦笑いした。
「千春君ってせっかちね。どうしてここに人の気配がないのかとか、気になることもあるのに。先に言っておくと、ここは私の権限で、
言論の自由が許可されているから、何を言っても構わないよ」
「なるほど。だが、ヒロインを攻略すればそれでいいっていう考えの僕には、何も聞くことはありません。強いていうなら、このまま島田節子にあなたを突き出せば、イベントが起きるのかを教えてほしい」
「イベントなら起きるよ。私の目的はイベントを起こすことだから」
「ちょっと待ってください。どうしてあなたはそんなことをするのですか?イベント発生を誘導して何のメリット……」
千春は彼女の目的に気が付き、言葉を飲み込む。酷く動揺した彼は、少女の顔を睨み付ける。
「やっぱり罠だったようですね。あなたは修羅場イベントを起こして、プレイヤーを殺そうとしたんです」
「疑い深い。敵と味方の判別ができないから無理もないけど、少し考えたら分かることだよね? 初対面の私を紹介しても、修羅場イベントは発生しない。島田家周辺で聞き込みをして、私を見つけ出したって言えば、彼女は信じるからね」
少女の説明を、千春は半信半疑な視線を向け聞いていた。
「本当ですか?」
「本当よ。私のことが信じられないのなら、断っても構わない。でも、これだけは覚えておいて。私を彼女の元に突き出すことは、あなたにとってプラスになる。それに、今の内に多くのイベントを達成させておいたら、次のゲームの勝率が上がる。こんなに多くのメリットを公開しても信じないのなら、あなたは次のゲームで負ける」
「負ける? そんなはずがありません」
「残念だけど、次のゲームは超難関だよ。あのゲームで大半のプレイヤーが脱落する。アレのクリア率は3%くらい」
「ちょっと待ってください。だったら、どうして僕を助けようとしているんですか? あなたと赤城君は同じ学校に通う同級生。本当ならこの話を赤城君にするのでは?」
なぜ自分なのかと腑に落ちない少年に対し、椎名真紀は瞳を閉じた。
「赤城君を助けることができるのは、私じゃないって分かったから、あなたたちの力が必要なの?」
「あなたたち?」
複数形の理由が分からず困惑する千春の背後に、一つの影が忍び寄る。それを待っていた真紀は、瞳を開けて仲間に話しかけた。
「そろそろ来る頃だと思ったよ。詳しいことは後で話すから……」
千春は背後を振り向き、目を大きく見開く。そこにいたのは予想外な人物だったのだ。
「どうしてお前が……」
真紀の仲間は、千春からの問いかけに沈黙を貫いた。そして、顔合わせを終えた仲間は、2人の元から去っていく。


真紀は笑顔で仲間を見送った後で、再び千春と向き合う。
「千春君の後悔なら知ってるよ。このデスゲームに巻き込まれなかったら、自宅に引き籠って恋愛シミュレーションゲームを全クリするつもりだった。丁度告白の一歩手前の所で、母親に学校に行けって言われて、告白を後回しにした。だから、現実世界に戻って、やり残したゲームをクリアしたい」
「何でそんなことを知っているんですか?」
ゲームクリアを目指す目的を言い当てられ、千春は疑問を口にする。それに対し真紀はクスっと笑った。
「私と小倉明美は同じだから。それでは最後の質問です。私の仲間になりますか?」
「お断りします。これは恋愛シミュレーションデスゲーム。慎重にやらないと、全クリして現実世界に戻るなんて不可能ですから」
千春は真紀に背を向け、その場から去る。椎名真紀は遠ざかる彼を引き留めず、悲しそうな顔になった。
「もう少しで攻略できそうだったのに」
溜息を吐く少女の視界に、彼女の元に舞い戻った仲間が映った。正面から近づく仲間は、心配そうな顔を少女に見せる。
すると真紀は、仲間の右肩を掴んだ。
「大丈夫。あなたの力が必要だって言えば落とせると思ったけど、失敗しただけ。やっぱり複数形にしたのがマズかったのかな」
少女が仲間に笑顔を見せた後で、2人の密会は終わった。

          

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