シニガミヒロイン

山本正純

隠しヒロインの正体

「シイナマキ」
再びその名を呼ぶと、恵一の頭に再び激痛が走った。


見覚えのある高校の校舎の廊下を、赤城恵一は歩いていた。恵一の隣には、当たり前のように、幼馴染の白井美緒がいる。窓から夕日が差し込んでいることから、夕暮れ時の出来事だろう。
しばらく2人が歩いていると、廊下の片隅で1人の少女が佇んでいるのが、恵一の視界に移った。
腰の高さまで伸びたストレートの後ろ髪に、可愛らしい二重瞼が特徴的な少女。そんな彼女は、どこか悲しそうな表情を浮かべ、窓から見える住宅街を見つめていた。
それから数秒後、恵一の隣にいた幼馴染は、その少女を見つけると、笑顔になって彼女の元に駆け寄る。
「あっ……」
ノイズが消えていき、白井美緒の声が恵一の耳に届く。
「真紀だ」
そうだったのかと赤城恵一は思った。椎名真紀。彼女は白井美緒の友達。恵一と真紀は、面識があるものの、あまり会話をしたことがなかった。だから思い出せなかったのか。それとも……


フラッシュバッグを引き起こし、恵一はフラフラとした動きで、貸出カウンターへ向かう。
「真紀。影で俺を助けていたのは、お前だったのか」
危なっかしいと思ったのか、長尾と西山が彼の後を追う。その心配を他所に、恵一は倒れることなく、貸出カウンターの席へ座ることができた。
『シイナマキ』
聞き慣れた名前を打ち、エンターキーを押すと、すぐに結果がアナウンスされた。
『シイナマキ。ノートパソコンのアクセスが許可されました』
そのままノートパソコンが開き、おめでとうと書かれた血文字の壁紙が表示される。それに合わせて、貸出カウンターの近くにいたラブが拍手を始めた。
「赤城様。敗者復活戦勝利。おめでとうございます。それでは奥にあるドアから脱出してください」
「その前に答えろよ。真紀とお前らの関係。なんでアイツがシニガミヒロインの隠しヒロインなんだ!」
恵一は祝福ムードを壊すように、怒鳴った。しかしラブは、恵一の怒りに怯むことなく覆面の下で不敵な笑みを浮かべていた。
「お知り合いでした?」
「質問に答えろ!」
睨み付ける恵一の顔を見て、ラブはニヤリと笑い、彼の耳元で囁いた。
「思い出さなかったら、長生きできたのに」
謎の呟きの後、ラブが敗者復活戦を締めくくるコメントを発表した。
「敗者復活戦勝者の赤城恵一様。改めておめでとうございます。さて、隠しヒロイン。現実世界から来た少女。椎名真紀ですが、ある条件を満たさなければ出現しません。もしかしたら数日中に条件が満たされて、皆様の前に姿を見せるかもしれませんね。それでは、皆様さようなら」
そうしてラブは、恵一の質問に答えることなく白い光に包まれ消えたのだった。
敗者復活戦は、新たな謎を残し、幕を閉じた。勝者となった恵一は、長尾と西山に付き添われ、閉じられているはずの出入り口へ向かう。
「俺たちの分まで精一杯頑張れ」
勝者になった者を長尾が励ます。その隣で長尾は首を縦に振っていた。
「現実世界での帰還を期待しているからな」
2人の敗者に励まされながら、赤城恵一は静かにドアをスライドさせる。このドアを潜れば、また理不尽なデスゲームに参加させられる羽目になる。
そこに恐怖を感じていた恵一だったが、敗者復活戦で目標を持つことができた。
隠しヒロイン。椎名真紀と接触する。どんな出現条件が待っていても、恵一は真紀と話がしたいと思った。
赤城恵一は強く首を縦に振って、決意の一歩を踏み出した。


同時刻。椎名家の地下室のドアを、1人の少女が開けた。後ろに手を回した少女は換気扇が回り続ける部屋に入り、視線を目の前に埋め込まれた黒色のコンピュータから床に向ける。
そこには3人の男子高校生がうつ伏せに倒れていた。その少女、椎名真紀は手を前に出し、スタンガンに似た形の圧迫式注射器を取り出すと、ニヤっと笑う。
そうして床に倒れている男子高校生の前でしゃがみ、彼らの体の様子を観察した。3人の心臓の鼓動に耳を傾け、まだ生きていることを確認した真紀は、ホッとして、全員の首輪を取り外す。

簡単に首輪が取り外され、次に段階に進もうとした時、真紀が自分のズボンのポケットの中に仕舞っていた携帯電話が振動を始めた。少女が電話に耳を当てると、聞き慣れた声が届く。
『おはようございます。計画通りサンプルは手に入りましたか?』
「はい。3人確保しました。昏睡状態というのは想定外ですが、まだ生きています。近所に潜んでいるのなら、早く来てください。ただし、サンプルをあなたたちが手に入れたら、私に協力してもらいます」
ベッドの上で眠っていた赤城恵一は、静かなクラシック音楽と共に目を覚ました。
敗者復活戦終了後、恵一は突然の眠気に襲われた。そして気が付いたら、仮想空間内の自分の部屋で眠っていたのだった。
そんなことを思い出しながら、恵一はベッドから起き上がる。
机の上にデジタル時計は、5月15日の午前6時と表示されていた。今は敗者復活戦終了の翌日なのだろう。
静かなクラシック音楽は鳴り止まない。これは目覚ましというわけではなく、新たなデスゲーム開催を伝える音。また新しいゲームが始まるのかと思い、緊張と恐怖が滲み出た顔で、机の上のスマートフォンを手にする。


『脱落者600人突破記念ゲーム。ドキドキ生放送が開始されました』
休む暇なく新たなゲームが始まるのではないかと思い、恵一はドキドキ動画というアプリをタッチする。そして数秒間、スマートフォンが暗くなり、白い背景の部屋の中にスーツ姿のラブがいるという、いつもの動画が再生される。
『おはようございます。24名の男子高校生の皆様。敗者復活戦で明らかになった隠しヒロインのことが気になって、眠れなかった人はいるのかな? そんな人のために、朗報です。敗者復活戦の結果により、隠しヒロイン出現がリーチになりました。ある特定の人物1人の命と引き換えに、隠しヒロインは登場します。隠しヒロインのお話しは、これで終わり。次は脱落者600人突破記念ゲームについてね』
ラブの話を聞き、恵一の中で迷いが生まれた。誰かの命と引き換えにしなければ、椎名真紀は姿を現さない。だがそれは、犠牲者を出さないという恵一の信念を否定する条件だった。
『脱落者600人突破記念ゲームは、近日中に開催します。詳しいゲーム内容は後日発表するとして、皆様にもう1つの朗報です。念願のアドレス交換ができるようになりました。これによりヒロインやプレイヤーの皆様とメールのやりとりができます。それを記念して、皆様にはメインヒロインのメールアドレスを入手するという簡単なクエストに参加していただきます。ただ入手すればいいだけっていうのも面白くないからルール追加ね。例えば、Aさんが東郷深雪のアドレスを入手したとしましょうか。それでAさんがBさんに東郷深雪のアドレスを教える。この行為を禁止します』
ラブが笑いながら右手の人差し指を立てた。
『メール機能の大幅アップデートって言っても、現実世界の人とは連絡できないから。あっ、忘れてたけど、恋愛シミュレーションゲーム経験者には御馴染みの、登校イベントやデートイベントが解禁されたから、一杯好感度を上げてね。それでは、またいつか』
メールの返信機能追加と聞き、恵一の頭にある考えが浮かんだ。別に隠しヒロインの椎名真紀と対面しなくても、メールの差出人とメールでやりとりをすればいいのではないかと。
恵一が次の一手を決めた時、スマートフォンの画面に砂嵐が走り、生放送は終了した。


その頃、生放送映像を撮り終えた真っ白な部屋に、黒ずくめの屈強な男が姿を見せた。
「大変です。ラブ様。この映像を見てください」
ラブの部下がタブレット端末を手に持ち、頭を下げる。その後で男はタブレットをタッチした。すると映像が再生される。
そのビデオに映し出されていたのは、拳銃を構えたラブの姿。画面の中でラブは、続けて銃口を武藤幸樹に向けた。
『さっきスマートフォンを投げつけたでしょ。あれ少し痛かったから、お返しね』
次の瞬間、武藤幸樹は心臓を撃ち抜かれ、そのまま亡くなった。これは、敗者復活戦でラブが武藤を射殺した瞬間の映像だった。
「この映像が、赤城様が宣戦布告した時と同じようにネット上で拡散されてるだけとは言わせませんよ。こんな映像が出回っても、痛くも痒くもないからさ」
プレイヤーYと名乗る動画投稿者の新たな流出動画を観ても尚、表情を変えないラブに対して、部下は首を横に振った。
「実は敗者復活戦で負けた3人の遺体が消えました。それと同時に、保管庫から例のウイルスのワクチンもなくなっています。この2つの出来事にもプレイヤーYが関与していて、奴は映像が投稿された同時刻、マスコミと警視庁に対し、一斉にメールを送信……」
ラブは報告の最中に、スーツのポケットから拳銃を取り出し、銃口を部下に向ける。
「あの3人とワクチンが消えた? 報告遅すぎませんか?」
「申し訳ございません。全ては私に責任です」
「そうね。もしかして現実世界で彼らが見つかった?」
「はい。奴はマスコミと警察に犯行声明をメールしました。それによると……」
予想通りの答えを聞き、ラブは覆面の下で笑みを浮かべた。
「これがプレイヤーYの目的だったということですか。やっと納得できました。でも、残念でしたねぇ。赤城様が死ななかったら、作戦は失敗したような物ですから」
「お言葉ですが、ラブ様の負けです。マスコミ発表では伏せられているようですが、警察に潜入している仲間の話だと、犯行声明には続きがあります。始まりは福井県。10年前の思い出。これが私達の目的のヒントだと」
部下からの報告を聞いたラブは、突然席から立ち上がり、モニター室の中で怒り狂う。ラブは手にしていた拳銃を強く床に叩きつけた。その後で床を強く踏み、叫ぶ。
「クソが!!!」
このままラブに近づけば、自分にまで被害が及ぶ。そう思った部下は咳払いして、両手を大きく振る。
「これで分かりましたよね? プレイヤーYは本気でゲームを潰そうとしているって。これ以上の被害で留めるために、早く奴を殺しましょう。奴が死んで邪魔者がいなくなれば、計画を進めることもできます。それに、もうすぐなんですよね? あと少しなんですよね!」
激しい怒りで心拍数が上がったラブは、部下の声で冷静さを取り戻す。
「あと少しですよ。あと少しで目的が達成されるって時に邪魔するなんて。許せないわ」
「一刻も早く殺しましょう。このままだと、計画に支障が生じてしまいます」
部下に急かされたラブは、深い溜息を吐く。
「そうね。ここは負けを認めましょう。要するに、目的さえ達成されたら、妨害をやめるはずです。これこそ逆転の発想」
ラブは悪魔のような微笑みで、自分のスマートフォンの画面に1枚の写真を表示させる。そこには、制服姿の椎名真紀と白石美緒が仲良く写っていた。

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