シニガミヒロイン

山本正純

譲渡

『長尾紫園から45ポイント譲渡されました』


『西山一輝から15ポイント譲渡されました』


スマートフォンに表示されたメッセージを読み、赤城恵一は絶句した。
なぜ長尾は自分にポイントを譲渡したのかという疑問が頭に浮かんだ頃には、恵一の近くからラブが離れ、入れ替わる形で長尾紫園と西山一輝が彼の前に姿を見せる。
「どうして俺にポイントを譲渡したんだ」
目の前に現れた長尾に対し、恵一が尋ねる。すると彼は予想外な答えを口にした。
「復讐だよ。恋愛シミュレーションゲームという楽しいジャンルを使って、デスゲームを開催したラブに対する。ラブは恋愛シミュレーションゲーム上級者の俺に生き残ってほしいって考えているはず。だったら、ラブの期待に反する行動をすればいい。これが俺の答えだ」
長尾に続き、西山も理由を述べる。
「ラブと赤城君が話している間に、長尾君と話し合ったっす。あの時赤城君が手を差し伸べなかったら、今頃自分は死んでいたって。誰も見殺しにしないっていう優しい気持ちが伝わったから、覚悟を決めることができたっす。赤城君を助けるためにポイントを使うって」
長尾紫園と西山一輝の決意を聞き、赤城恵一は暗い顔付きになる。
「自分の命を大切にしない奴からポイントを貰ったとしても、嬉しくない」
「赤城君も同じっすよ」
「俺も同じだと」
「誰かを助けるためなら、自分の命を犠牲にしても構わない。この一件で分かったっす。いつ誰が死んでもおかしくないという過酷な状況に追い込まれても、弱者に手を差し伸べる奴は、自分の命を犠牲にしてでも、誰かを助けるはずだって。だから俺は、自分の命と引き換えに、赤城君を助けるっす」
「嫌だ。俺は長尾君たちを見捨てたくない」


「いい加減にしろ!」
長尾紫園が激昂して、恵一の両肩を掴む。
「現在、武藤君はパスワードを1回しか入力できない。つまり武藤君が間違えたら、赤城君しかパスワードを入力できなくなる」
「それで制限時間まで何もしなかったら、俺たちだけじゃなく現在生き残っている23人の中から無作為に選ばれた5人が死亡。これ以上犠牲者を出さないためには、誰かが脱出しないといけない」
西山に続き長尾が赤城を説得する。だが恵一は彼らの説得に首を縦に振らない。
「だったら長尾君が生き残ればいいだろう」
「俺は敗者復活戦を勝ち抜く資格がない。シニガミヒロインには、どんなに過酷な状況に追い込まれても、絶対に諦めず、犠牲者を最小限に抑える方法を考えた行動をする赤城君のようなプレイヤーが必要なんだ。それに、万が一俺が生き残ったとしても、木賀アリアに殺される。もしそうなったら、敗者復活戦で亡くなった3人に、あの世で顔向けできない」
「木賀アリア」
赤城恵一は一言呟き、思い出す。ヤンデレ外国人で、2年C組に所属する木賀アリアと恵一は面識がない。
彼の目の前では長尾紫園が体を震わせていた。そこまで怖いヒロインなのかと気になった恵一は長尾に尋ねる。
「そんなにヤバイ奴なのかよ」
「ああ、そうだな」
「ところで、ヤンデレって何だ?」
恵一からの質問を聞き、長尾は目を点にする。
「恋敵を皆殺しにして、1人の男を愛するような女のことだ。上級者向けの難易度Aだけど、命が幾つあっても足りないくらい、相当ヤバイ」
「冷酷非道な小倉明美と同じくらいか?」
「よく分からないから、詳しく説明してほしい」
「爆弾を使って、男子高校生を殺すような奴だよ。自分と標的として選んだ男子高校生の関係という爆弾と、標的の現実世界での人間関係という爆弾を併せ持っている」
「爆弾魔か。残念ながら、その小倉明美と木賀アリアは似て非なる者。生き残るんだったら、彼女には気を付けた方がいい」


シニガミヒロインには、小倉明美だけではなく、木賀アリアというヤバイ奴がいる。赤城恵一は、長尾の口から語られた事実を噛みしめ、自分の頬を叩く。
「弱気になったらダメだ。俺は美緒を悲しませないために、絶対に現実世界に戻る」
改めて決意を固めた恵一の顔から絶望が消え、長尾に対し疑問をぶつける。
「長尾君。どうやって隠しヒロインの名前を特定するつもりなんだ?」
「詳しい作戦は、今は伝えられないから、とりあえず赤城君は西山君と一緒に手がかりを探してきてほしい。手がかりは本棚の中にあると思うから。俺は少し計算するから」
長尾は真っ白な1枚の紙を見せながら、赤城に指示した。それを聞き赤城は首を縦に振る。
「分かった」
恋愛シミュレーションゲームに詳しい長尾と脱出ゲームに詳しい西山。協力な仲間を手に入れた赤城は、決意を胸に刻み本棚が立ち並ぶスペースへと向かう。
軽く1万冊を超える文庫本が綺麗に並べられた本棚を見た2人は、ここから手がかりを探すのは骨が折れる仕事だろうと思った。だが、本の背表紙を一つ一つ見ていた赤城は違和感を覚える。
多野や久保田というように、著者名が苗字に統一されていた。おそらくここに手がかりが隠されているのではないかと恵一は思ったが、該当箇所が多すぎて、制限時間以内に手がかりを探すのは難しいという反対意見が頭に浮かぶ。
そのまま前進する恵一。すると西山は腕を組み、ある本棚の前で立ち止まった。
「どうしたんだ?」
西山のことが気にかかった赤城は首を傾げてみる。すると西山は一言呟く。
「ここっすね」
西山は目の前にある本棚の背表紙を指さす。それを見た恵一は、謎が解けた気がした。
『キミの光と闇 1巻 蒼井芽衣』
西山と赤城の目の前にある本棚だけ、フルネームで著者名が表記されている。これは明らかに不自然だ。
「西山君。まさかここに手がかりが隠されているのか」
西山の隣に立ち本棚を見つめる恵一、しかし該当する本は100冊ある。そんな中で西山は適当に本棚から1冊手に取り、ペラペラとページを捲ってみる。そして数秒後、西山は頬を緩ませた。
「やっぱりおかしいと思ったんだ。貸出カウンターにバーコードリーダーがなかったから」
「どういうことだよ」
赤城は西山が言っていることが分からず、首を傾げた。
「現実世界での図書館で本を借りる場合、裏表紙の所のバーコードを読み込むっす。だけどこの図書室にはバーコードリーダーもなければ、裏表紙にバーコードが貼ってないっす」
説明しながら西山は適当に手にした蒼井芽衣の文庫本の裏表紙を赤城に見せる。確かに裏表紙にはパスワードが貼っていなかった。
西山はそのまま説明を続ける。
「ということは貸出カードに名前を書き込むっていう古風な方法を導入しているはず。そう思ってページを捲ったら、貸出カードの代わりに、こんなカードがあった」
西山は本からカードを抜き取り、それを赤城に見せびらかす。
『みんなの妹。九条ゆかり』
「ヒロインの名前か」
「そうだろうよ。因みに、この本棚以外にある本も調べてみたけど、こんなカードは入っていなかった。だから手がかりは、この100冊の本の中にあると思う」
まさか100冊の本の中に、100人のヒロインの名前が記されたカードが隠されているのか。もしそうなら100もの選択肢から1人の隠しヒロインの名前を探し出すことになるのではないか。
なんだかんだでシニガミヒロインは鬼畜なゲームだと恵一が思った時、彼を鋭い頭痛が襲う。誰かに殴られたかのような錯覚の果て、赤城恵一は意識を手放した。
見覚えのある高校の校舎の廊下を、赤城恵一は歩いていた。恵一の隣には、当たり前のように、幼馴染の白井美緒がいる。窓から夕日が差し込んでいることから、夕暮れ時の出来事だろう。
しばらく2人が歩いていると、廊下の片隅で1人の少女が佇んでいるのが、恵一の視界に移った。
腰の高さまで伸びたストレートの後ろ髪に、可愛らしい二重瞼が特徴的な少女。そんな彼女は、どこか悲しそうな表情を浮かべ、窓から見える住宅街を見つめていた。
それから数秒後、恵一の隣にいた幼馴染は、その少女を見つけると、笑顔になって彼女の元に駆け寄る。
「あっ……」
白井美緒の声はノイズで掻き消されてしまう。そのため、恵一には美緒が少女に何を話しているのかが分からなかった。だが、彼も分かることがある。白井美緒と少女は親しげに会話をしているということだった。

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