シニガミヒロイン

山本正純

図書室からの脱出

赤城恵一がラブによって射殺されてから数十分後、矢倉永人はスキップをしながら赤城恵一の自宅へ向かっていた。彼が手にしているレジ袋の中には、コンビニで購入した炭酸ジュースとポテトチップスの袋が入っている。矢倉はこれで、赤城恵一と3回戦進出を祝おうと思っている。
すると突然、彼の制服のポケットの中に仕舞われたスマートフォンが、振動を始めた。矢倉は、2回戦終了を告げるメールでも届いたのだろうと思い、ポケットからスマートフォンを取り出す。
「えっ」
矢倉永人は言葉を失う。久しぶりに届いたラブからのメールは、2回戦終了を告げる内容ではなかったのだから。


『敗者復活戦。開催のお知らせ』
このような文体の件名をタッチすると、メールの文面がスマホに表示された。
『23名の生存者の皆様。お知らせです。本日付で第2回イベントゲームが終了しましたが、不都合なことが起きてしまいましたので、敗者復活戦を開催して、プレイヤーを減らします。敗者復活戦の模様は、午後5時よりドキドキ生放送で中継しますが、興味がなければ視聴しなくて構いません。ただし、皆様には、敗者復活戦で誰が生き残るのかを予想する義務が発生します。今から午後4時50分までの間に、特設ページで投票を済ませてください。制限時間までに投票を済ませない場合、あなたを殺害しに伺います。投票しなかったら、敗者復活枠が増えるので、自分の命と引き換えに誰かを復活させたければ、ご自由にどうぞ。投票したプレイヤーが復活しなかったとしても、皆様の命を奪うような行為は致しませんので、気楽に投票してください』


この長文メールには、URLが貼られている。そこから専用ページにアクセスするのだろうと矢倉は思ったが、それどころではない。
メールの文面から察するに、赤城恵一の作戦は失敗したらしい。その証拠に、赤城達4人の名前が3回戦進出者の名簿に登録されていないのだから。
どうするべきなのか。矢倉永人はアスファルトの上で立ち止まり、考え込む。投票しなかったら、敗者復活枠が増えて赤城達を救済できるかもしれない。だがそれを赤城恵一は望まない。
この瞬間、矢倉は決断した。投票を済ませると。
メールのURLをタッチして特設ページにアクセス。黒色の背景に白い文字で『敗者復活戦参加者名簿』と表示され、その真下に4人の男子高校生の名前。その名前の内、赤城恵一という文字をタッチすると、再び文字が表示された。
『赤城恵一に投票しますか?』
『YES』と『NO』という文字がメッセージの下に表示され、矢倉は迷わず『YES』という文字をタッチした。これで投票が終わり、矢倉永人は祈る。敗者復活戦で赤城恵一が生き残ってほしいと。



赤城恵一は、椅子に座らされた状態で、顔を机の上に伏せ眠っていた。重たくなった瞼を、彼は少しずつ開ける。
「大丈夫か?」
どこからか声が聞こえ、誰かが恵一の体を揺さぶった。その内意識が戻り、恵一の視界に白色の本棚が映った。声がした方へ振り向くと、そこには長尾紫園が心配そうな表情を浮かべ立っていた。この空間には、長尾だけではなく、武藤幸樹と西山一輝の姿もある。
周りを見渡すと、ここは本棚が並ぶ図書室だと分かる。だが、なぜ自分が見慣れない図書室にいるのかが分からない。そもそも、恵一はラブによって射殺されたはずだった。この場にいる仲間と共に。
「一体何がどうなっているんだよ」
体格が良い武藤幸樹が不安を口にする中、貧弱という文字が似合う程痩せている西山一輝は、体を震わせながら全員に呼びかける。
「あの世ではなさそうですよね」
「その通り」
ボイスチェンジャーの不気味な声が聞こえる。4人は嫌な予感を覚え、驚愕しながら声がした方へ顔を向ける。すると白い光に包まれ、ラブが姿を見せた。
ラブは周囲を見渡し、手を叩く。
「皆様。数時間前あなたたちを殺害する直前にお伝えしたように、3回戦進出者は、24人じゃないとダメ。というわけで敗者復活戦を開催します。あっ、今回は私ラブ自らがディーラーを務めますので悪しからず」
「敗者復活戦だと。まさか、この4人の中から1人だけが生き残るゲームをやろうってわけじゃないだろうな?」
赤城恵一はラブを睨み付けながら尋ねる。一方でラブは怒りに満ちた恵一の顔を鼻で笑いながら、指を鳴らす。
「正解。敗者復活戦には、全員で生き残る方法なんて存在しないからね。プレイヤーの数を減らすのが目的だから。ということで、皆様には敗者復活戦として、脱出ゲームに挑戦していただきます」
「脱出ゲーム?」
西山が首を傾げ、長尾が怒鳴る。
「恋愛シミュレーションゲームとは関係ないのかよ」
当たり前なリアクションを聞き、ラブは声に抑揚を付けず答える。
「お察しの通り、ただの脱出ゲームではありません。この密室と化した図書室から脱出する唯一の方法。それは貸出カウンターに設置されたノートパソコンにパスワードを入力すること。ノートパソコンが開けば、自動的にドアが開く仕組みとなっています。もちろん脱出できるのは、正しいパスワードを入力したプレイヤーに限られます。つまり、Aさんが正しいパスワードを入力した瞬間、割り込んでBさんが部屋から脱出することは禁止されているのです。パソコンの前の席に座れるのは1人だけ。他の3人は覗き見しちゃダメ。ここまでの説明で分からないことはありますか?」
ラブからの問いかけに対し、武藤が右手を上げる。
「ノーヒントでパスワードを当てるゲームなのか?」
「ヒントは、この空間の中に隠されています」
ラブがハッキリと答えた。その時、恵一は脱出ゲームの内容が簡単過ぎることに違和感を覚える。だがその違和感は、後の説明によって絶望に塗り替えられたのだった。


「質問はなさそうだから、説明を続けますね。先程も言ったように、これはただの脱出ゲームではありません。まずパスワードを入力するためには、各プレイヤーに配布されるポイントを使います。故に入力するチャンスは限られている」
その説明の後、突然恵一たちの制服のズボンの中でスマートフォンが震えた。ラブはそれを待っていたかのように、手を叩く。
「皆様。制服の中に仕込んでおいたスマートフォンを取り出してください」
ラブの指示に従い4人の男子高校生たちは、スマートフォンを手にする。そのスマートフォンは、これまでのデスゲームで使用された物と同じだった。それのホームボタンをタッチすると、ホーム画面ではない別のページが表示された。


『赤城恵一。残り15ポイント』
そのページには続きがあって、他の参加者のポイントまで記載されている。
『武藤幸樹。残り15ポイント』


『西山一輝。残り15ポイント』


『長尾紫園。残り30ポイント』


「ポイント数にバラつきがありますが、これは基礎ポイントで、レベルに応じて設定されています。レベル25以降は30ポイント。それ以下は15ポイントという風に。それとは別に、現在生存している23名の男子高校生の皆様を対象に、敗者復活戦で誰が生き残るのかを投票していただきました。その獲得票数もポイントに加算されます」
ラブは説明しながらスマートフォンを取り出し画面をタッチした。すると恵一たちが手にしているスマートフォンの画面が更新される。


『赤城恵一。残り18ポイント』


『武藤幸樹。残り17ポイント』


『西山一輝。残り18ポイント』


『長尾紫園。残り45ポイント』


ラブは当然の結果だったと言わんばかりに、さらなる説明を続ける。
「やっぱり恋愛シミュレーションゲーム上級者の長尾様に投票する男子高校生が多いようですね。あっ、このことは生存している23名の皆様にもお伝えしているのですが、投票したプレイヤーが復活しなかったとしても、皆様の命を奪うような行為は致しません。ただし、制限時間である4時間以内に誰も脱出できなかったら、敗者復活戦に参加してる奴は全員死亡。それに加えて無差別に5人殺します。24人がダメだったら、18人まで減らさないといけないので」
「何だと!」
黙ってラブの説明を聞いていた恵一が怒鳴る。だがラブは相変わらず、冷徹な視線を恵一に向けた。
「誰か1人が脱出すればいいだけの話じゃないですか? 無差別に殺されたくなかったら。それとね。長尾様に票が集まるという予想通りの結果だったので、長尾様には特別ボーナスとして、1ポイント付加させていただきます」
「不公平過ぎるじゃないか」
恵一に続き武藤も怒りを露わにした。しかしラブは覆面の下で微笑むだけで、武藤の言葉は届かない。
「これにはちゃんとした理由が存在するんですよ。パスワードを入力するのに必要なポイントは、15ポイント。このままでは長尾様は3回入力する権利が生じます。しかしながら、とある方法で脱出ゲームをプレイした場合、現状のポイントでは不都合なことが生じてしまうのです。特別ボーナスの1ポイントは、そのための救済処置ですね。ポイントが0になった時点で、そのプレイヤーは即死亡ってルールもあるけど、関係ないわ。あっ、一応説明しとくと、スマートフォンをノートパソコンに接続されたケーブルで繋いだ状態でパスワードを入力しようとした時点でポイントは支払われる仕組みだからね。もちろん他人のスマートフォンを奪って回答する行為は禁止。全員で一か所に集まって相談するとか、ゲームの進め方は自由。脱出条件さえクリアできたら、何をしても構わないから」


とある方法という言葉を、恵一は気にして、顎に右手を置く。その間もラブは脱出ゲームの説明を続けた。
「最後にパスワードについて。ノーヒントだとゲームとして成立しないから、ヒントをお伝えします。パスワードはシニガミヒロインの隠しヒロインの名前。カタカナで入力してくださいね。あっ、言い忘れていたけど、同じパスワードを入力して貴重なポイントを消費させないために、パソコンには音声読み上げ機能が設定されているよ。それでは敗者復活戦。隠しヒロインは誰か? スタートです」
ラブの掛け声と共に、図書室の貸出カウンターの壁に設置されたデジタル時計がカウントダウンを始めた。

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