シニガミヒロイン

山本正純

ラブの駆け引き

ゲーム開始と同時に、武藤が貸出カウンターの方へ走り始めた。その直後、遅れを取った長尾は、唇を噛み武藤を追いかける。その2人のことが気になった、赤城と西山は彼らの後ろを歩く。
距離にして3メートル。机が並べられた読書スペースを直進した先に、貸出カウンターが設置されていた。貸出カウンターの上には、ラブが言うように黒色のノートパソコンが設置されている。もちろんスマートフォンとパソコンを繋ぐケーブル付き。パソコンの横には、数十枚の真っ白な紙の束と尖った鉛筆が数本置かれている。バーコードリーダーはなかった。
その席の前には、武藤が立っていて、貸出カウンターを挟み長尾が悔しい顔を浮かべていた。
「こんな脱出ゲーム。4時間も必要ねぇ。最初から答えが分かっているんだからなぁ。長尾紫園。お前は動きが遅かった。それがお前の敗因だ」
武藤は長尾を挑発しながら、パソコンの前の席に座る。それから彼は自信満々にキーボードを打ち始めた。
『トウゴウミユキ』
ゆっくりとした口調の音声が流れ、重たい空気が流れる。そして数秒の間が開き、新たなメッセージが4人の耳に届く。
『パスワードが違います』
「何だ。これ?」
思わず武藤は貸出カウンターの机を強く叩く。だが結果は変わらず、ケーブルで繋がれたスマートフォンが光る。
『武藤幸樹。残り2ポイント』
このような文字がスマートフォンに表示され、武藤はケーブルからスマホを抜く。その結果を受け、長尾は安堵の表情を浮かべると共に、何かを考え顎に手を置いた。
「貴重なポイントを無駄にしましたね。これで武藤様は、パスワードを入力できなくなりました」


手を叩きながら、颯爽とラブが4人の前に姿を現す。一方で結果を受け入れない武藤はラブの顔を睨み付け、尋ねる。
「なんで東郷深雪が隠しヒロインじゃないんだよ」
「そんな簡単な問題だったら、ゲームとして成立しないよね。武藤様。これからどうします? このまま死を受け入れるのか。それとも死の恐怖に抗うのか。ご自由にどうぞ」
絶望が支配した武藤の顔を、ラブは笑顔で覗き込む。
「東郷深雪が隠しヒロインじゃない。こいつは面白くなってきたっすね」
貸出カウンターから去った武藤の姿を横眼で見ながら、長尾が呟く。その後で赤城は首を傾げた。
「長尾君。そもそも隠しヒロインって何だ?」
赤城からの問いを聞き長尾は真剣な面持ちで、恵一と向き合う。
「隠しヒロイン。恋愛シミュレーションゲームで、ある条件を満たした場合現れるヒロインの総称。恋愛シミュレーションゲーム経験者だったら、シニガミヒロインに隠しヒロインが存在した場合、その正体は東郷深雪だと予想する。彼女はゲーム開始当初から名前が公表されているから、隠しヒロインの可能性として高いってね」
「つまり最初から名前が分かっている奴が、隠しヒロインの可能性が高いってことか」
恵一が納得を示し、腕を組む。
「何の伏線もなく唐突に現れるパターンもあるから、絶対ではないけど。例えば外出時にしか出現しないヒロインや、特定の時期にしか姿を見せないヒロインだっている」
長尾の隠しヒロイン講座が進む中、武藤は恵一たちの近くでゲームの進行を見守っているラブに詰め寄った。
「ラブ。教えてくれよ。隠しヒロインを攻略したらどうなるんだ」
「お答えできませんねぇ。それは隠しヒロインが出現してからのお楽しみってことで」
相変わらずラブは、お茶を濁すようなコメントしか喋らない。
それからラブは手を叩き、4人に呼びかけた。
「皆様。まだ時間はありますよ。ゆっくり手がかりを探してね」
ラブは笑いながら、貸出カウンターの上に右手を置く。


数秒後、沈黙していた西山は額に手を置き、ラブと視線を合わせる。
「この脱出ゲームはヌルイっすよ。僕がこれまでプレイしてきた奴よりは」
「敗者復活戦がヌルゲーだって言いたいんだったら、さっさと脱出してくださいな。こっちは脱出ゲームをクリアできたらそれでいいんだから」
ラブは西山の挑発にムッとした。
「恋愛シミュレーションゲームはプレイしたことはなかったんっすけど、僕は脱出ゲームの達人っす。初見でどこが怪しいのかが分かるっす。差し詰め手がかりは、本棚の中に隠されているってことっすか? 他に怪しそうな場所はなさそうっすから」
勝ち誇ったかのような態度の西山に対し、ラブは厳しい言葉をぶつける。
「でもね、恋愛シミュレーションゲーム初心者の西山様は、絶対に隠しヒロインの正体を暴くことはできないよ」
「ご安心ください」
西山はそう言いながら、長尾に近づき右腕を掴んだ。
「恋愛シミュレーションゲーム上級者の長尾君と組めば、クリアできるっす」
「馬鹿か? この敗者復活戦で生き残れるのは1人だけ。だから協力した所で意味がない」
長尾は西尾の手を振りほどき、問題点を指摘してみせた。
「つまり長尾君は1人で敗者復活戦に勝利するつもりかよ」
西山は軽く舌打ちして、目を伏せた。だが長尾の信念は、西山の推測とは正反対な物だった。なぜなら彼は、首を横に振ったのだから。
「違うっすよ。俺は恋愛シミュレーションゲームで多くの男子高校生の命を弄んだラブが許せないっす。だから反逆する」
「どうやって?」
ラブは西山と長尾の口論に興味を示し、彼らの話しに割って入った。そうしてラブはグイグイと長尾へ近づき、尋ねる。
「どうやって反逆するの? 生き残れるのは1人だけって決まっているのに。生き残るためには、私たちの思い通りに動かないといけない。それを無視して、全員でゲーム参加をストライキしたとしても無駄。その場合は、また別の地域の男子高校生たちを拉致するだけだから」


「うるさい」
これまで口を閉ざしていた赤城恵一が叫ぶ。それを聞きラブは恵一の方へ体を向ける。
「現実を見ようよ。あっ、この場合の現実は、現実世界のことじゃなくて、皆様の現状って意味ね。敗者復活戦って全員ルールに従ったら発生しないんですよ。どうしてこんな無駄なゲームが発生したんだっけ?」
ラブは絶望の色に染まりつつある恵一の顔をチラ見する。恵一は言い返すことができず、その代りに武藤が呆れながら、答えを口にした。
「答えられないのかよ。赤城恵一が全員で生き残ろうなんて言いだしたからだろう。誰か3人を見殺しにしていたら、こんなことにはならなかった。違うか? ラブ」
「武藤様。正解です。どうして敗者復活戦が開催されたのかなんてクイズに正解した所で、ポイントは回復しないんだけどね」
ラブは明るい口調で武藤の答えに納得を示す。その直後、スマートフォンを弄っていた武藤は、何かに気が付き笑いながら、恵一に近づく。
「ワンチャンだ。まだ俺は負けたわけじゃない」
「何だと!」
恵一は武藤の意図が分からない。武藤の笑い声を聞き、手がかりの捜索を開始しようとした西山と長尾は動きを止めた。
その後で、武藤は赤城の右肩を持つ。
「このまま誰も脱出できなかったら、9人死ぬことになるんだったなぁ。その内の5人は、現在生き残っている23人の中から無差別で選ばれる。反省しているんだったら、お前のポイントを俺に寄こせ」
武藤の言い分を聞き、長尾は呆れ顔を見せる。
「馬鹿か? 赤城君のスマホを奪ってパスワードを入力するなんて不可能だ」
「長尾。それができるんだ」
武藤はそう言いながら、スマートフォンを長尾に見せた。その画面は各プレイヤーのポイント数が表示されている物。その画面の中にある『赤城恵一』という文字をタッチすると、別のページが開いた。
『赤城恵一にポイントを譲渡しますか?』
このメッセージの真下には『YES』と『NO』という文字がある。
「ポイントの譲渡ができるのかよ」
西山は驚きの表情を隠せず、自分の口を右手で隠した。
「そうらしいよ。ということで、赤城君。9人の命を危険に晒している張本人として、死んでくれ。俺にポイントを譲渡するだけでいいから」
武藤の残酷な言葉に、長尾は黙ることができず、声を荒げてしまう。
「ちょっと待ってほしい。それは脅迫じゃないか? 犯罪行為はシニガミヒロインでは禁止されていて……」
長尾はラブへ視線を移した。だがラブはそっぽを向いているだけで、何もしない。
「言ったでしょ? ゲームの進め方は自由だって。脱出条件さえクリアできたら、何をしてもいい。それが敗者復活戦。ぶっちゃけ、ゲームをクリアする過程はどうでもいいんだよね」
ゲームマスターであるラブも、武藤の奇行を止めようとしない。それでも長尾は、武藤の暴走を見過ごすことができなかった。


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