シニガミヒロイン

山本正純

いつか聞きたいこと

夕日が沈み始めた頃、悠久高校野球部の練習は終了した。野球部員たちは、ラウンド整備用のトンボを使ってグラウンドのコンディションを整えている。
その様子を私は、グラウンドの上に立って眺めていた。もうすぐ憂鬱な時間が始まると考えるとため息が出る。だけど野球部のマネージャーである私には、やることがあった。下校するタイミングを合わせたように始まる、憂鬱な時間のことを忘れるため、私は足元に置かれている大量の野球ボールが入れられた買い物カゴへ視線を向けてみる。
2個のカゴを体育倉庫へ返すのが、私の仕事。早くこれを片付けて、この場から立ち去りたい。そういう思いで私は、カゴを両手で持ち上げようとした。
だけど、その様子を見ていた野球部員の村上君と櫻井君の2人が、私に近づき、買い物かごを片手で持ち上げてみせる。
「堀井さん。ボールだったら俺たちが片付けとく」
櫻井君が私に一言告げる。


どうして私に優しくするんだろう。1か月くらい前から、クラスメイトの村上君と櫻井君、それから三好君の3人が私と親しく接してくる。
それだけじゃなくて、ゴールデンウイーク明けから、あの3人は私と一緒に下校するために誘ってくる。そのことについて言及するべきなのか。
手伝ってくれるんだから、ありがとうって伝えないといけないのでは。それ以外に何か言うことがあるのかもしれない。色々な考えが頭に浮かんで、言葉が出ない。その内私はもじもじと指を動かし、顔を下へ向けていた。
「その……ありがとう」
やっと一言伝えることができた。どうして私はたった一言がすぐに出せないんだろう。村上君と櫻井君の2人は、当然のように私を手伝ってくれる。そのことを感謝しているはずなのに、中々言葉が出ない。私はあの3人のことが気になっている。好きとかそういう感じじゃなくて、なぜ私に優しくするのかという純粋な好奇心の方が強いと思う。


特に気になっているのは、三好君。三好君は櫻井君と村上君とは違う何かを持っている。それが何かは分からない。けれど、今はそれどころじゃない。私は他にやるべきことがないか、周囲を見渡してみた。
だけどグラウンド整備は終盤に差し掛かっていて、やることがない。それから気が付いたら私は、トンボを使ってグラウンド整備している三好君の顔を見つめていた。
間もなくして三好君と私の視線が合わさる。その直後、私の顔はなぜか赤く火照って、私は思わず視線を反らした。それから私はグラウンドの端に移動して、考え込む。
赤面した理由は何なのか。恋じゃないよね。だって恋愛感情よりも好奇心の方が強いのだから。年頃の男女が見つめ合ったら、赤面するのは当たり前だよね。


そうして全ての練習が終わり、グラウンドの前で横一列に並んだ野球部員たちが、一斉に大声を出し、頭を下げる。
「ありがとうございました!」
練習終了後に、グラウンドに対して挨拶する野球部の風習の直後、野球部員たちは制服に着替えるために部室へと向かう。
今日もあの3人の内の誰かと一緒に下校する羽目になると考えると、私は憂鬱な気分になる。
女子マネージャー専用の小部屋で、制服に着替えると、私は下駄箱から靴を取り出し、履き替え校門の近くで佇む。
もうすぐ夜になる。だから一目散に自宅へ帰らないといけないはずなのに、どうして私は校門の前で佇んでいるのだろう。あの3人のことを待っているのか。なぜか1人で帰ったらいけない気がする。心のどこかで、男子との下校を楽しんでいる? それは違うよね。


校門の前で待っていると、私の前に息を切らした三好君が現れた。
「堀井さん。俺と一緒に帰らないか」
突然声を掛けられた私は、脅えた。やっぱり突然声を掛けられたら怖い。反射的に体が震えてしまう。今日も断ろうかな。三好君は苦手だから。
そんなことを考えながら、私は三好君と顔を合わせる。その瞬間、私は昨日との違いを感じ取った。今日の三好君は魅力を感じる。何となく頼りになりそうだと思った私は、小さく首を縦に振る。
その仕草に三好君は驚いていた。三好君は信じられないようで、再度尋ねてくる。
「本当にいいのか」
「えっと……うん」
相変わらず小声なリアクションになったけど、今日は櫻井君や村上君と帰らなくてもいいよね。


それから私の隣を、三好君は歩き始めた。
これまで櫻井君と村上君とも帰ったけれど、やっぱり何を話せばいいのか分からない。
ここで気になっていることを聞くべきか。それとも練習についての話題。どうして私と一緒に帰ろうと思ったのか。
色々と考えてしまって、言葉が出ない。無言で同い年の男子と歩くだけ。本当にこれでいいのか。そういう考えが浮かんで、私は自己嫌悪に陥る。
しばらくして、三好君は唐突に言葉を漏らした。
「岩田君に聞いてみた方がいいかもな」
その言葉の真意が気になる。でもそれを聞いて、三好君は迷惑だと思うのではないか。今は聞かない方がいいのかもしれない。
あの曲り角を右へ曲がったら、私の家がある。やっぱり今日も、無言で同級生の男子と帰ってしまった。流石に自宅まで送ってもらう義理はない。だから三好君とは、ここでお別れ。
「ありがとう……」
最後になって、やっと言葉が出た。
『夜道は危険だから送ってくれたんだよね』
そこまで言いたいのに、どうして一言しか伝えられないのだろう。こう考えてしまうのは、いつものこと。それでも良かったと私は思う。ここまで送ってくれたことに感謝することができたのだから。
私は三好君に頭を下げ、そさくさと曲がり角を右に曲がった。
今日も日頃から感じている謎が解けなかったけれど、楽しかった。
私には、いつか聞きたいことがある。それが聞ける日が来るのか?
それは私にも分からない。

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