シニガミヒロイン

山本正純

裏ゲーム

そのメールを赤城恵一が受け取ったのは、通学路を歩いている頃だった。
スマートフォンのマップアプリを頼りに、舞台となる悠久高校へと彼は向かっている。
スマートフォンを片手に歩いていると、突然彼の手の中で、それが震えた。
赤城は何事かと思い、その場に立ち止まる。
「メールか」
メールの着信があったことを知った彼は、メールアプリを起ち上げ、文面を読む。
『桐谷凛太朗様の提案を承認しました。午前8時からの15分間、1週間限定で各クラスにて、ミーティングタイムを開催します。プレイヤーの皆様。この時間帯に、各プレイヤーの皆様と相談してください。この時間帯のクラス内と自室以外の仮想空間発言やゲーム攻略という趣旨の発言は、禁止していますので悪しからず。また、人通りの少ないエリアが校内に設定しています。その場所を使って相談しても構いません。ただし、NPCに立ち聞きされる可能性もあり得ます。さらに、その場の周辺にNPCがいない場合も、ゲーム発言を許可します。自己責任でご自由にどうぞ』
「桐谷の野郎。何を企んでいる」
赤城は桐谷の目的が分からず、学校へ向かい走り始めた。
灰色の壁に覆われた古い校舎の昇降口に、赤城恵一がいる。
彼は急いで昇降口の下駄箱の中に入っていた上靴に履き替え、校舎を走る。


そうして彼は二階にある2年A組の教室のドアを開けた。29個の机と椅子が並べられた教室の中では、桐谷凛太朗を中心に、39名の男子高校生たちが集まっている。
机は縦6列横5列に並べられていた。その内、入り口のドアから数えて5列目のみが、他とは異なり4人分の机しか並んでいなかった。机の上には紙を三角形に折って作られたネームプレートが貼られていた。この席に座れということだろうと、赤城は思った。
赤城は教室の様子を見渡し、集団へと合流する。
「どういうことだ。桐谷」
その集団の中にいた三好勇吾が椅子に座っている桐谷凛太朗を問い詰める。
赤城はその集団に混じり彼の話を聞いた。
「今朝3人死にましたね。どうして死んだんだと思いますか?」
唐突な桐谷からの質問に殆どの男子高校生たちが首を傾げた。
「処刑者リストを見てないのかよ」
「見ましたよ。あれで分かったんです。シニガミヒロインには裏ゲームが仕掛けられているって。裏ゲームのルールもシンプルです。プレイヤーキャラとはいえ、ゲームキャラの秩序を脅かしてはならない。このルールに乗っ取ったタブーゲーム。タブーを犯したらゲームオーバー。だからゲームキャラに、これがゲームであることを伝えるなっていう変なルールがあるんですよ。だからこのゲームは、ゲームの世界の住人にならなければ、確実に負けるようになっているということです」
「だから裏ゲームがあるのは分かったが、どうしてミーティングタイムなんて時間を設けさせるようにラブと交渉したんだ」
赤城は疑問を桐谷にぶつける。その疑問を聞き、桐谷は足を組んだ。
「簡単ですよ。こういう時間を設けて、プレイヤー間の相談をしやすくするためです。いざゲームが始まってしまえば、攻略に関する相談もやりにくくなりますし。ゲームキャラの現実を壊すような発言は禁止されているでしょう。ということで、B組とC組の皆さんは、教室に戻ってください。相談はあくまで各クラス内のみとのことですから」
桐谷凛太郎が手を叩き、B組とC組の男子高校生たちが、教室から立ち去る。


そして残った14人のプレイヤーたちはドアが閉まるのを確認すると、一か所に集まり今後のことに関する相談を始めた。
「それでどうするつもりだ」
三好勇吾が桐谷凛太朗に尋ねる。だが彼は頬を緩め、不敵な笑みを見えた。
「さあ、どうしましょうか。というかメインヒロインの攻略手順は、それぞれ異なるんです。まだ肩書きくらいしか分かっていないから、相談なんて無意味ですよ。だからここは喜ぼうではありませんか?」
「何だと!」
三好勇吾が桐谷の顔を睨み付け、桐谷は彼の右肩を一回叩いた。
「三好君。堀井千尋を狙っているプレイヤーは5名になったんですよ。良かったではありませんか。ライバルが1人減って」
桐谷の言動に、赤城は怒りを覚え握り拳を作る。
「謝れ。中村晴樹に謝れ。あいつはクラスメイトになるはずだったんだぞ!」
赤城は桐谷に殴りかかろうとする。だがそれより早く桐谷は冷酷な視線で赤城の顔を見つめた。
「いいんですか? 暴力行為は禁止ですよ?」
その一言を聞き、我に返った赤城は舌打ちして、拳を下へと振り下ろす。
それから桐谷は、両手を1回叩き、クラスメイト達の顔を見る。
「1つ確認しておきましょうかね。この教室に並ぶ机の数」
桐谷は前方で綺麗に並んでいる机を指さす。
「縦6列に横5列。その内5列目のみが縦4列になっている。合計29人分の席がありますね。男子生徒人数は14人。残りの女子は15名。その内3名はメインヒロインだから、12名はモブということになりますね。それと我々の席は、通し番号順のようです」
「それがどうした」
赤城が首を傾げながら、桐谷に尋ねる。
「ごめんなさいね。この単純な計算の意味は、まだ教えることはできません。本当にあの必勝法が使えるのかを検証しなければなりませんので」
その後で桐谷は時計を見た。
「そろそろ時間です。午前8時15分。この時間から続々と女子生徒たちが教室内に入ってくることでしょう。それでは、始めましょうか。カセイデミル。1日目。プレイスタート」
「桐谷。ディーラーみたいなセリフは止めろ。不謹慎じゃないか」
赤城は再び桐谷を睨み付けた。一方の桐谷は赤城のことを気にせず、笑顔になる。
「ここはゲームの世界ですよ。だから不謹慎でもなんでもないでしょうよ。こういう恋愛シミュレーションゲームは楽しまないとね」


その直後、教室のドアが開き、紺色のセーラー服を着た少女たちがぞろぞろと教室の中に入ってくる。セーラー服はワンピースのような構造になっていて、腰の部分に黒色のベルトが巻かれている。清純な雰囲気を漂わせる白色のセーラータイと純白の襟が特徴的で、スカート丈は綺麗に20センチに統一されていた。靴下の色まで白で統一された少女たちは、男子生徒全員に填められた首輪を気にすることなく、続々と自分の席に鞄を降ろす。


男子高校生たちは慌てて、メインヒロインが座る席を探す。好感度を上げ、生き残るために。
その慌てる様を、予選の敗者決定戦を1問目で離脱した桐谷を含む6人は笑ってみていた。
「あった。2列目の前から3番目の席。島田夏海って書いてある」
「こっちもあったぞ。4列目の一番後ろ。堀井千尋だ」
次々に男子生徒の声が教室を飛び交う。その声を聞いていた桐谷を含む六人は、余裕たっぷりというような表情で、一番後ろにあるロッカーの前に集まっていた。
「平山は1番前だろうぜ。窓側6番目の列」
地毛の茶髪を、短く切った高身長の男、杉浦薫が桐谷の顔を見る。
「そうでしょうね。法則的には。というか、あんな無駄な努力をしていないのが、この教室で僕たちだけという事実には、驚かされますよ」
桐谷の余裕な顔を、頬に無数の雀斑がある男子高校生、千春光彦が見つめる。
「随分余裕たっぷりですね。桐谷さん」
「だってこのクラスで出来ることは少ないですからね。倉永ルートは。だからじっくりお手並みを拝見しますよ」
「それと気になっているのですが、なぜ桐谷さんは、初日からゲームマスターと交渉して、ミーティングタイムなんて無意味な時間を設けさせたんですか?」
「さあ、なぜでしょう」
はぐらかすかのように、桐谷は、両手を振った。
その後で丸坊主にガタイの良い体型の大男、櫻井新之助が、桐谷の右肩を持つ。
「桐谷。噂は聞いてるぜ。一度に20人ものヒロインの同時攻略に成功したそうじゃないか。やり方を一歩間違えたら、修羅場エンドだ」
その櫻井の声を聞き、彼の隣にいたスポーツ刈りに低身長の男、村上隆司が右手を挙げる。
「それだったら僕も見ました。先週、その様子を生放送で動画配信していましたよね? 恋愛シミュレーションゲームやってる奴だったら知らない人はいませんよ」
丸い黒縁眼鏡をかけた寝癖頭の男子、百谷次郎は、1回咳払いして、桐谷の周りに集まる男子高校生たちに視線を向けた。
「皆さん。ここは1つゲームでもしませんか。クラス内ランキング3位以内に入れなかったら、何かお小遣いで奢るってルールです」
百谷の提案を聞いて、桐谷が拍手する。
「面白いですね。やりましょうか。ただし奢るのは、1週間後の最終ランキングで3位以内になったらということに変更しませんか。皆さんもお小遣いは減らしたくないでしょう。その方が倹約的です」
桐谷を含む6人は、開き直ったかのように恋愛シミュレーションデスゲームを楽しんでいる。
メインヒロインは未だに姿を見せない。モブキャラの女子生徒たちは、教室中に散らばり、ガールズトークをしている。
教室に15人ものモブ女子生徒たちが集まった後、間もなくして教室のドアが開き、1人の少女が現れた。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品