高校ラブコメから始める社長育成計画。
10.ちらちら
今日から俺は陸上部トレーナーとして光月高校へ出勤する――
といっても、通学しているから放課後そのまま運動場へ行くだけなんだが。
学校側の許可も得られたので、公認のスポーツ―トレーナーとして向かうのだ。
体操服に着替えた俺は、『先行ってるからな』と箕面にメールを送った。
顧問の先生に紹介してもらい、それぞれ専門のパートに分かれる。
「今日からお前らの上に立つ百瀬ゆうまだ。よろしく」
たったの四人しかいない女子短距離メンバーを集合させ、俺は改めて自己紹介をした。
「なんなのこの人」
ツインテの後輩ちゃんがジト目で俺を見てくる。
「あはは。百瀬っち、偉そうだねー」
「ああ、夏香。なんてったって俺はトレーナーだからな」
「あらあら、まあまあ」
トレーナーは国家資格ではないので誰でも名乗れるそうな。
「ところで箕面さんは?」
「あれ? さっき部室にいたけどまだ来てないの?」
「ちょっと見てきましょうか?」
部室に戻ろうとする織田優理を俺は手で遮る。
「ああ、いいよ俺が行く。ついでにスターターピストルも持ってくるわ。時間も惜しいし、いつものアップしといて」
位置についてよーいバンの銃声を出すアレがスターターピストルだ。
この後のスタート練習で使うつもり。
「ではお願いしますわね。あとすみませんが、エアーサロンパスも持ってきてもらえますかしら」
「あ、あたしはスポーツドリンクを」
好き勝手に注文を投げかけてくる部員たち。
「おいおい! 俺はトレーナーだっつうの。敬《うやま》えよな」
「でも実際、新人スポーツトレーナーってトイレ掃除から身の回りの世話など雑用がほとんどだそうですわよ」
副部長のうふふ先輩が頬に手を当てながらそう言った。
「ぐっ、そうなのか……知りませんでした」
「じゃあ百瀬っち、ついでにパン買っきてー」
「調子乗るなよ夏香」
「パムぅ……」
なんか思ってたのと違くなりそうだが、なんとか結果を出したいものだ。
これからのことを考えながら、部室へ向かう。
院長に計測してもらった身体データから、四人プラス箕面の練習メニューは考えてきた。
うふふ先輩は瞬発力が足りてないのでスタート練習。
根本的なスピード練習が必要なのは生意気ツインテ後輩ちゃん。
織田優里は後半のスタミナアップを目指す。
夏香も織田優里に付き合わせて、まあ無理ない程度にブランク分のスタミナを取り戻させるつもり。
あれこれ考えていたら部室に着き、ドアを開ける俺。
そこには着替え中の箕面がいた。
「おっと!」
「え!? ゆーま!?」
「す、すまん!」
「わー! いきなり開けないでよー!!」
後ろを向いてしゃがみ込む箕面。
「ごめんな、考え事してたらつい」
「あぅ……もうお嫁にいけない」
家に遊びに行ったら普通にパジャマで出てくるような奴にそんなセリフ言われたくないが。
こんなラッキースケベ展開を親友のコイツでやっても嬉しくない……はずだが、少し照れるのはなぜだ。
くそっ。
コイツいつのまにブラジャーなんか……
「早く出てってよおー!!」
「ああ、わりぃ!」
箕面の着替えを待った後、一緒にグランドへ戻り、さっそく五人に個別練習の指示を出す。
「えー。しんどいの嫌だよー」
「別々は寂しいですわね」
「いいから、やれよ。これで強くなるからよ」
メニューを見せると、ブーブーと反感を買った。
しかしこれはとても理にかなった練習なのだぞ。
絶対に強くなれる。
俺の睡眠時間を削って考えた力作だ――
という練習を一週間ほど続けていると、五人はだんだんやる気がなくなっていった。
夏香なんて勝手にスタート練習とかをやり出す始末。
「おい! ちゃんとやれよ! お前はスタミナアップメニューだろ」
「飽きたー。私の好奇心スキル妖精がほかのことやってみよーと叫んでるんだよー」
お前んとこにもいたのか、妖精!
ったく、せっかく考えてやったのに、まるで俺みたいな奴らだな。
呆れるぜ。
俺はこの現状を打破しようと、院長に相談した――
「そうだね、このメニューは素晴らしい。よく分析してますね。百瀬君の言う通り、こうゆう練習が必要なんでしょうね」
「ですよね。かなり勉強したんすよ」
ああ、院長だけはわかってくれる。
ほんと、あいつらには困ったもんだ。
「って、やってきたことを褒められると嬉しいでしょ?」
「へ……?」
「練習も仕事も同じだと思いますが、苦しいことをするときは、結果をもっと見えるように、定期的にタイムをとるとか成長度合いを見せてあげたほうがいいんじゃないでしょうか」
ニンジンぶら下げろってことか。
まあ、陸上部の奴ら、ずっと走ってばかりで何が面白いんだって俺も思ってたけど。
確かにタイムが伸びてるかどうかはもっと定期的に見せてやってもいいかもな。
それが指標だったりするのか。
「仕事も同じってことは、院長はそうやって部下を引っ張ってきたんですか?」
「んん、僕はどちらかというと、底上げよりも屋根上げ主義なんですよ。自分自身も苦手を克服する忍耐力が無いほうなんでね」
「屋根上げ?」
「そう、弱点を補うよりも、強みを活かしてあげるほうが、本人たちもやる気を出すし、何よりその人にしかない強みは弱点を克服しても得られない特別な才能だったりしますから」
なるほど、屋根上げか。
「ただ、リレーといっても結局、バトンパス以外は個人競技でしょうから一筋縄ではいかないかもしれませんけどね」
まあ、今はやる気なくさせてバラバラになるより、なんでも興味を持たせてやってみさせることが大事なのかもしれねえな。
「あとは、褒めキング、やってますか?」
そうだった、褒めキングも『そうですよね』も使ってないや。
「サーセン。忘れてました」
「本当、この練習メニューは素晴らしいと思いますよ。ここまで個人個人を分析できるってことは、百瀬君は人の長所短所を見つける才能があるんじゃないですか。それってすごいですよね。褒めキングにはぴったりじゃないですか」
俺の才能……か。
箕面にも言われたことがあったっけ。
人を見る力ね。
ただただ輪に交わるのが苦手だから、距離を取って人間観察してただけなんだが。
episode『ちらちら』end...
といっても、通学しているから放課後そのまま運動場へ行くだけなんだが。
学校側の許可も得られたので、公認のスポーツ―トレーナーとして向かうのだ。
体操服に着替えた俺は、『先行ってるからな』と箕面にメールを送った。
顧問の先生に紹介してもらい、それぞれ専門のパートに分かれる。
「今日からお前らの上に立つ百瀬ゆうまだ。よろしく」
たったの四人しかいない女子短距離メンバーを集合させ、俺は改めて自己紹介をした。
「なんなのこの人」
ツインテの後輩ちゃんがジト目で俺を見てくる。
「あはは。百瀬っち、偉そうだねー」
「ああ、夏香。なんてったって俺はトレーナーだからな」
「あらあら、まあまあ」
トレーナーは国家資格ではないので誰でも名乗れるそうな。
「ところで箕面さんは?」
「あれ? さっき部室にいたけどまだ来てないの?」
「ちょっと見てきましょうか?」
部室に戻ろうとする織田優理を俺は手で遮る。
「ああ、いいよ俺が行く。ついでにスターターピストルも持ってくるわ。時間も惜しいし、いつものアップしといて」
位置についてよーいバンの銃声を出すアレがスターターピストルだ。
この後のスタート練習で使うつもり。
「ではお願いしますわね。あとすみませんが、エアーサロンパスも持ってきてもらえますかしら」
「あ、あたしはスポーツドリンクを」
好き勝手に注文を投げかけてくる部員たち。
「おいおい! 俺はトレーナーだっつうの。敬《うやま》えよな」
「でも実際、新人スポーツトレーナーってトイレ掃除から身の回りの世話など雑用がほとんどだそうですわよ」
副部長のうふふ先輩が頬に手を当てながらそう言った。
「ぐっ、そうなのか……知りませんでした」
「じゃあ百瀬っち、ついでにパン買っきてー」
「調子乗るなよ夏香」
「パムぅ……」
なんか思ってたのと違くなりそうだが、なんとか結果を出したいものだ。
これからのことを考えながら、部室へ向かう。
院長に計測してもらった身体データから、四人プラス箕面の練習メニューは考えてきた。
うふふ先輩は瞬発力が足りてないのでスタート練習。
根本的なスピード練習が必要なのは生意気ツインテ後輩ちゃん。
織田優里は後半のスタミナアップを目指す。
夏香も織田優里に付き合わせて、まあ無理ない程度にブランク分のスタミナを取り戻させるつもり。
あれこれ考えていたら部室に着き、ドアを開ける俺。
そこには着替え中の箕面がいた。
「おっと!」
「え!? ゆーま!?」
「す、すまん!」
「わー! いきなり開けないでよー!!」
後ろを向いてしゃがみ込む箕面。
「ごめんな、考え事してたらつい」
「あぅ……もうお嫁にいけない」
家に遊びに行ったら普通にパジャマで出てくるような奴にそんなセリフ言われたくないが。
こんなラッキースケベ展開を親友のコイツでやっても嬉しくない……はずだが、少し照れるのはなぜだ。
くそっ。
コイツいつのまにブラジャーなんか……
「早く出てってよおー!!」
「ああ、わりぃ!」
箕面の着替えを待った後、一緒にグランドへ戻り、さっそく五人に個別練習の指示を出す。
「えー。しんどいの嫌だよー」
「別々は寂しいですわね」
「いいから、やれよ。これで強くなるからよ」
メニューを見せると、ブーブーと反感を買った。
しかしこれはとても理にかなった練習なのだぞ。
絶対に強くなれる。
俺の睡眠時間を削って考えた力作だ――
という練習を一週間ほど続けていると、五人はだんだんやる気がなくなっていった。
夏香なんて勝手にスタート練習とかをやり出す始末。
「おい! ちゃんとやれよ! お前はスタミナアップメニューだろ」
「飽きたー。私の好奇心スキル妖精がほかのことやってみよーと叫んでるんだよー」
お前んとこにもいたのか、妖精!
ったく、せっかく考えてやったのに、まるで俺みたいな奴らだな。
呆れるぜ。
俺はこの現状を打破しようと、院長に相談した――
「そうだね、このメニューは素晴らしい。よく分析してますね。百瀬君の言う通り、こうゆう練習が必要なんでしょうね」
「ですよね。かなり勉強したんすよ」
ああ、院長だけはわかってくれる。
ほんと、あいつらには困ったもんだ。
「って、やってきたことを褒められると嬉しいでしょ?」
「へ……?」
「練習も仕事も同じだと思いますが、苦しいことをするときは、結果をもっと見えるように、定期的にタイムをとるとか成長度合いを見せてあげたほうがいいんじゃないでしょうか」
ニンジンぶら下げろってことか。
まあ、陸上部の奴ら、ずっと走ってばかりで何が面白いんだって俺も思ってたけど。
確かにタイムが伸びてるかどうかはもっと定期的に見せてやってもいいかもな。
それが指標だったりするのか。
「仕事も同じってことは、院長はそうやって部下を引っ張ってきたんですか?」
「んん、僕はどちらかというと、底上げよりも屋根上げ主義なんですよ。自分自身も苦手を克服する忍耐力が無いほうなんでね」
「屋根上げ?」
「そう、弱点を補うよりも、強みを活かしてあげるほうが、本人たちもやる気を出すし、何よりその人にしかない強みは弱点を克服しても得られない特別な才能だったりしますから」
なるほど、屋根上げか。
「ただ、リレーといっても結局、バトンパス以外は個人競技でしょうから一筋縄ではいかないかもしれませんけどね」
まあ、今はやる気なくさせてバラバラになるより、なんでも興味を持たせてやってみさせることが大事なのかもしれねえな。
「あとは、褒めキング、やってますか?」
そうだった、褒めキングも『そうですよね』も使ってないや。
「サーセン。忘れてました」
「本当、この練習メニューは素晴らしいと思いますよ。ここまで個人個人を分析できるってことは、百瀬君は人の長所短所を見つける才能があるんじゃないですか。それってすごいですよね。褒めキングにはぴったりじゃないですか」
俺の才能……か。
箕面にも言われたことがあったっけ。
人を見る力ね。
ただただ輪に交わるのが苦手だから、距離を取って人間観察してただけなんだが。
episode『ちらちら』end...
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