高校ラブコメから始める社長育成計画。

すずろ

04.けほけほ

「それじゃ、いっちょ猥褻わいせつがわりに勝負してやんよさ!」
挨拶あいさつがわりな!」

 いちいち変態な奴だ。

「もちろん勝負なんだから、負けたら何か罰ゲーム的なことしてくれるんだよねー?」

 この女、またややこしいこと言い出しやがったな。

「じゃあ、箕面が好きな奴に告白するってのでどーだ?」
「ちょちょちょ、無理むりー!」

 箕面はぶんぶんと両手を振って拒絶している。

「あは、それいいね! じゃあ私が負けたら、一週間ニワトリ小屋で暮らすってのは?」
「否《いな》! それはお前なら普通にできそうだし、コケコさんは誰にもやらぬ!」
「ゆーま、コケコさんってだれ?」

 箕面の質問はスルーして俺は続ける。

「あんたが負けたら練習に真面目に出ろ。それだけだ」
「へいへーい」

 夏香は小躍《こおど》りをしながら舐め切った感じでそう返事をした。




「では。いちについて」
「よーい」

 バンと銃声が鳴り響く。

 勢いよく飛び出し、低姿勢からぐんぐん加速するのは夏香。
 まあ、予想通りだ。
 箕面はクラウチングスタートに慣れてない分、仕方ない。

「箕面! 負けんじゃねーぞ!!」

 俺は手をラッパの様に口に当てて叱咤する。
 箕面もスピードに乗ってきたようだ。
 夏香との差を少しずつ縮めていく。
 速い。
 やはり箕面は速い。
 男子と勝負しても十分やり合える速さだろう。

「ゴォール!!」

 ストップウォッチで計測していた後輩ちゃんがタイムを読み上げている。
 俺はゴールのほうへ駆けつけた。

「どうだったよ?」

 後輩ちゃんに尋ねる。

「箕面先輩、なんと七・四秒!」
「速いのか?」
「速いですよ! 高校女子の平均が八・九秒ぐらいですから。陸上部でも七秒台後半の子のほうが多いですよ」
「そうか、箕面やるじゃん」
「ハァハァ……でも夏香ちゃんは」
「コホン。わたしゃ、六・九秒。スパイク無しじゃ、ま、こんなもんちー」

 信じられないが箕面が負けたのだ。
 夏香は笑顔でブイサインをしてやがる。
 くそ変態女、伊達に陸上部の元エースじゃねえってことかよ。

「夏香ちゃん……!」
「んにゃ?」

 箕面が唇を噛み締めながら言う。

「もっかい! もっかいだけお願いします!!」

 箕面……いじらしいぜ。

「いーけど、何度やってもおんなじじゃないかなー?」
「やってみなきゃわかんないよ! お願いします!!」

 こいつ必死だな。
 そんなに負けたくねーか。
 真面目だのう、箕面だのう。

「じゃ、やろっか!」

 再び箕面と夏香はスタートラインに立ち、がちんこ勝負をした。

 しかし結果はやはり夏香の勝利。
 それも一回目より差を付けられて。

「ハァハァ……なんで勝てないのー!」
「ハァハァ……箕面っちはフォームが悪いね。もっと脇を締めて、肘で走るような気持ちで腕振ってみ」

「こ、こう?」
「そ、そ」

 夏香にアドバイスされて確かにフォームが陸上部っぽくなってくる箕面。

「こ、これでもっかい! 勝負お願いします!!」
「けほ、まだ走るのん!?」

 なるほど、フォームが違うと結構いい線いきそうな気がする。

「俺からも頼むよ」
「わーったよー。しかたないなあもう」

 夏香は手を広げて呆れたポーズで承諾した。
 そこへ俺たちを陸上部に連れてきた張本人の織田優理が口を挟む。

「なっちゃん、そろそろ……」
「これで最後だかんね!」

 よし、箕面、いてこましたれ。
 成績悪いお前の唯一の才能、『体育だけ五』を見せてやれ。

「ゆーま、今なんか悪口言ったよね……?」
「いやいや、読むな! 心を読むな!」


 そうして、またスタートラインに立つ二人。
 バンと銃声が鳴り響く。
 やはりスタートダッシュは夏香が圧倒的。
 だが今回は違う。
 箕面がぐんぐんと差を縮めていくではないか。
 あと少し。
 もう少しで肩を並べるところまで来ている。

「いっけ! 箕面もうちょい!」

 ズサーッ。

「あ、コケた」

 やはり箕面は箕面だった。
 期待を裏切らないね。
 よくやった箕面。
 ある意味コケコさんと呼んでやろう。
 ギャルゲばりの親友キャラポジションは死守できたようだぞ。

 ゴールした夏香は箕面のもとへ向かい、手を差し伸べている。
 俺たちも駆け寄る。

「うわーん……」

 箕面は女の子座りで泣きじゃくっている。
 いつまでたってもガキなんだよなこいつ。
 仕方ないから慰めてやるか。

「よしよ――」
「よしよし、箕面っち、よく頑張ったのだ」

 俺が手を差し出すよりも速く、夏香が箕面の頭を撫でた。
 おいおい、俺のポジション奪うなよ。

「ひっく、負けたよぉ……」

 涙目で俺を見る箕面。
 俺の保護者心をくすぐる顔だ。

「だが、だいぶ良い線いってたじゃねーか」

 そこへ駆けつけた織田優理も声をかける。

「そうだよ、もう少しで追い抜くかと思った!」
「でも負けは負け。さあ、罰げえむっ! それ、罰げえむっ!」

 頭をなでながら夏香は容赦なくそんなことを言ってる。

「うう……」

 罰ゲーム。
 好きな奴に告白するってやつか。
 箕面なら負けねーと思ったんだが、誤算だった。

「すまんな箕面」
「ほれ、罰げえむ、けほっ、罰げえむ!」

 いやはや手厳しいなあ変態女め。

「ゆーま、大好きだよ……」
「ああ、そうだよな、俺のせいで………………は?」

「……え? 衝撃告白ですか!?」
「おっ!? おっ!?」

 夏香たちが一斉に俺を見る。

「ば、ばーか、その好きな人ってのはだな、ライクじゃなくてラブのほうっつーか、お前なに言っちゃってんだかなもうあはは」
「えと、その、もちろん人としても尊敬してるってゆーか、前からラブってゆーか」

「けほっけほっ」

「みみみみみみのお!? いやお前、男だろ、や、女だったか、ん、俺が女だっけか!? お? どっちだ?」

「けほっけほっ」

「なっちゃん……?」

 咳《せき》をし出した夏香の背中を織田優理がさすりだす。

「けほっけほっ、けほっ」
「なっちゃん大丈夫……?」
「けほっ、だいじょ……けほっ、けほっ、じょぶ……」

 そう言った矢先に、夏香はしゃがみ込んだ。

「なっちゃん!?」
「おい、どうした?」

「けほっけほっ、けほっけほっ、きゅ、きゅうにゅ……」
「なっちゃん! 待ってて!」

 そう言って織田優理は飛び出して、カバンをひっくり返し、何かを探している。

「けほっけほっ」
「おい! 大丈夫か!? 織田! なんだよ!? どうしたんだ!?」

 織田優理は再びこちらに向かって走ってくる。

「なっちゃん! 吸入器!」
「けほっけほっ、ありが……けほっけほっ」

 夏香はそれを咥えて息を吸い込んだ。

「スー、スー、けほっけほっ」
「なっちゃん……」

「スースー、けほっ、もうだいじょぶ……」
「ごめんね、なっちゃん、私がちゃんと止めていれば……」
「ちがうよ優理、けほっ、優しいなあもう」

 涙目で咳き込んでいた状態から比べるとだいぶ落ち着いたようだ。

「もう、大丈夫なのか?」
「うんにゃ、ごめんねー二人にも迷惑かけちゃったよ。箕面っち転んで痛い痛いなのにねー」

 夏香はもう普段の様子に戻り、けらけらと笑っている。

「ボクは大丈夫だよ、それより夏香ちゃん……」
「ただの喘息発作だよー。別に心配することないなり」

 あっけらかんとしている夏香を横に、織田優理は俺たちに向かって深刻な面持ちで言い放つ。

「これが、なっちゃんが短距離選手として試合に出られない理由なの……」

 喘息ぜんそく……か。

「そうだったんだ……ボク知らなくて、ごめんなさい! ボクが何回も走らせたから!!」
「ううん、気にしないで欲しいなー。発作もいつ出るか私自身わかってないからねー。しょうがないんだー」

 さっきまでの明るい雰囲気が消え、重たい空気感になる。

「なんか、こうゆうこと聞いていいのかわからんが、命に関わるとかそうゆう訳では無いんだよな?」
「うん! 無理さえしなければ全然へーき! でもリレーはちょっとそうゆうわけで勘弁ね」
「そうか、事情も知らず、すまなかった」
「だから気にするなってば、鳥小屋にぶち込まれたいのかな!?」

 まあ、これだけ饒舌なら問題なさそうだよな。
 正直びびったが。
 俺も知らないことが多すぎるな。
 喘息――名前はよく聞くがこんな発作を見たのは初めてだった。

 宮沢夏香か。
 犬系女子。
 良く言えば天真爛漫。
 病気とは縁の無さそうな女の子。
 なんて歯がゆいんだ。
 いや俺より本人が一番悔しいんじゃないか。
 才能を活かせないなんて神様よお……
 不平等な世の中作りやがって。



 episode『けほけほ』end...

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