悪意のTA

山本正純

黒い噂

葛城警部は、東京拘置所の前で電話を切る。それから彼は、拘置所の中に入り、受付で酒井忠次の面会を希望した。
間もなくして、看守の男が現れ、葛城は面会室に通された。
一分の時間が流れ、丸刈り姿の酒井忠次がガラス越しに姿を現す。
「確か、七年前の事件の時に捜査に参加していた刑事さんですよね? 何の用でしょう?」
椅子に座り、ガラス越しに葛城の顔と向き合った酒井は、首を傾げる。すると、葛城は一呼吸置き、彼に尋ねた。
「ここだけの話。七年前に解決したと思われた赤い落書き殺人事件と同様の手口の殺人事件が発生しました。七年前のあなたと同じ手口で人を殺せるのは、捜査に参加した警察官か、七年前の事件の関係者。そして未だに捕まっていない第三の人物。この内の誰かでしょう。そこで質問ですが……」
「未だに捕まっていない奴のことをXと呼ぶ。Xのことだったら、知っていることは全て警察に話した。あれ以外の情報はない!」
酒井が葛城の言葉を遮る。だが刑事は首を横に振った。
「あなたは清水美里を誘拐した男の顔や声を知らない。Xは今も身代金を持って逃走しているという情報でしたら、調書で把握しています。高崎の証言によると、中之条を殺害後、身代金の入ったアタッシュケースを、Xに渡し、そのまま匿われていたということも」
「一番の手がかりは、Xは監禁されていた清水美里と共にいたと言うことでしょう? 確か彼女はXの声を聞いたそうですよね? 七年間も捕まえることができない、見えざる被疑者を、警察は無視するんですか?」
酒井は矢継ぎ早に、目の前に座る刑事に尋ねた。それに対し、葛城は頷く。
「見えざる被疑者Xを七年間も捕まえることができないことは、警察の責任です。本題に戻りますが、元東都新聞社社会部デスクのあなたにお聞きします。警察組織の見解は、七年間の沈黙を破り、見えざる被疑者Xが動き出したとみているのですが、あなたはXが誰だと思いますか?」
刑事の唐突な質問に、酒井は鼻で笑う。
「愚問ですね。身代金目当ての愉快犯。主犯の麻生恵一は、最初から誰かを誘拐するつもりだったようですし、そんな奴が仲間にいてもおかしくないでしょう」
「それもそうですね」
酒井は一呼吸置き、葛城に見解を伝えた。
「こいつは俺の新聞記者としての勘だが、警察に人質の命の制限時間を決めさせ、それに見合った身代金を支払わせるというアイディアは、麻生の物ではない。七年前の事件の時に麻生とは顔を合わせたが、とてもそんな劇場型犯罪を考えるような奴じゃないって思ったよ。兎に角、あの犯罪計画を作ったのは、麻生恵一じゃない。七年前の事件には、想像を絶するような闇が関わっている」
「被疑者Xは愉快犯」
葛城が呟くと、酒井は思い出したように彼に語る。
「本当に恐ろしいのは、自分じゃないって麻生恵一は言っていましたよ。七年前の事件を起こす前日のことです。犯行計画の最終確認のために、彼と密会したのですが、その時に言っていました」
「なるほど。それと、朝日奈恵子という名前に聞き覚えは?」
「ありますよ。そういえば彼女が関わる黒い噂を東都新聞社が取材していました」
「黒い噂?」
「横領ですよ。彼女と愛人関係にある男の半数以上は、横領の疑いがあって、彼女の自殺から数日後に、横領の疑いで逮捕されたそうではありませんか? 彼女と愛人だった高野健二は横領をしていなかったみたいですが。しかも、彼女絡みで横領をした男達が、どこに大量の資金を横流しにしたのかは不明。全面黙秘しているという噂が、拘置所内に広がっていますよ」
「分かりました。貴重な情報をありがとうございます」
葛城は頭を下げ、面会室から立ち去った。


それから東京拘置所の駐車場に到着したのと同時に、一台の赤色のマツダ・ラピュタが彼の前を通り過ぎ、駐車場に停車した。
その自動車から黒いスーツ姿の菅野聖也弁護士が降りてくる。葛城は菅野と顔を合わせ、頭を下げた。
「弁護の相談ですか?」
葛城が尋ねると、菅野は首を縦に振る。
「そうですよ」
これはチャンスだと思った葛城は、菅野に尋ねる。
「七年前の赤い落書き殺人事件と同様の手口の事件が発生しています。おそらく犯人は、七年前の事件に関わっていても尚、捜査線上に浮上しなかった人物です。その人物に心当たりは?」
葛城からの問いに、菅野は失笑した。
「同じ教会で育った幼馴染は六人います。僕と高崎一。半年前に自殺した桜井真。残りの三人の内の二人は、七年前の別の事件で命を落としたので、残る幼馴染は一人だけ。あの事件から七年が経過して、やっと思うようになりましたよ。彼が一連の事件を企てた黒幕ではないかって」
「彼というのは?」
「お答えできません。幼馴染の暴走は、僕が止めます。本当は七年前に決着を付けたかったので、悔しいですよ」
菅野聖也は葛城から視線を反らし、静かに彼の元から去った。

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