悪意のTA

山本正純

七年後の身代金

午前十一時五分。木原と神津は東都大学の会議室にいた。同じ室内には、朝倉竜彦と中林学と清水美里の三人の姿がある。木原は講堂で起きた殺人事件の容疑者達と向かい合い、彼らに伝える。
「調べた結果、昨晩清水美里と中林学はラーメン店で外食したという事実は正しいことが分かりました。ですが、二人には午後九時十分以降のアリバイはありません。また、朝倉教授が午後十時頃に警備室に鍵を返しに行ったという事実も正しいことが分かりました。つまり、この場にいる三人なら、被害者を殺すこともできたということです」
繰り返しになる刑事の話を聞き、朝倉は失笑する。
「まだそんなことを言っているのか? 昨晩は遅くなったから、自宅まで送ったって言っただろう」
「聞き込みの結果、昨晩大森君は自宅に帰っていないという証言がいくつも出ている。本当は自宅まで送ったというのは嘘じゃないのか?」
神津が朝倉に疑いの視線を向けると、朝倉は強い口調で刑事と対峙する。
「状況証拠しかない。馬鹿は休み休み言ってくれ!」
「お言葉ですが、妙な証言が出ているんですよ。昨日あなたは、講堂内に和傘を運び入れたという。なぜ講堂内に和傘を運んだのでしょう?」
「昨日は雨が降りそうだっただろう。だから和傘を持ってきた。おかしな話ではない。それとも、和傘を使ったトリックを仕掛けて、不可能犯罪を実行したとでも言いたいのか?」
「おかしいと言ったのは、時間ですよ。あなたは昨日の午後五時に和傘を講堂に運び入れました。普通は練習が始まる時間帯に運び入れるはずですね。運び入れるには早過ぎるんですよ。本当は、何かしらのトリックの痕跡を残したくなかったから、先に運び入れたのではありませんか?」
木原の指摘を聞き、朝倉は思わず腕を組んだ。
「証拠がない。そんな下らない推理をしている暇があったら、大森君の交友関係でも調べたらいいだろう。最も事件が昨晩の内に起こっていたんだったら、証拠は全て処分されているだろう」
朝倉教授は自信満々になり、刑事達の顔を見た。現在教授の手元には、証拠は残っていない。トリックが暴かれたとしても、自分の犯行動機が分かるはずがない。そんな自信を持ち、刑事達と顔を合わす。


そんな時、木原は中林と視線を合わせ、彼に尋ねた。
「昨日、あなたは落書きをしましたね。防犯カメラに映っていたようです。しかも、あなたが落書きをした現場には、爆弾犯の指定した落書きTAという文字が残されていた。訳を説明してください」
落書きの事実を知られてしまった中林は、驚きを隠せず、両目を見開く。そして彼はペラペラと話す。
「割の良いバイトだったんですよ。仕事内容は、都内各地の壁に赤色のスプレーでTAと落書きするだけ。午後十時から午前零時までの二時間働いて、給料は二万円。同じバイト仲間は二十人くらいいて、受付と給料の受け取りは、秋葉のパチンコソーラーっていう先日廃業したパチンコ店。落書きしたっていう証拠として、スマートフォンのカメラで落書きを撮影する。最低十か所落書きしないと、給料は貰えないって雇い主の女は言っていました。それと、午前零時から午前一時までの一時間の間に給料を受け取りにいかないと、タダ働きにするとも」
「とんでもなくブラックなアルバイトだな」
神津が指摘した隣で、木原は首を傾げる。
「そのアルバイトはいつ知ったのですか?」
「一週間前ですよ。ネットのアルバイトの求人サイトに書き込まれたのを発見したんです。履歴書なし。面接なし。募集定員二十名。給料二万円。誰にでもできる簡単な仕事内容となると、応募するしかないでしょう? ちなみに仕事内容が都内各地の壁に落書きをするっていう内容だということは、当日知りました」
「もう一つ。雇い主の女の顔は覚えていますか?」
「黒髪を肩の高さまで伸ばした、丸い瞳の女でした。歳は二十四歳くらいかな?」
「最後に、その雇い主から受け取った二万円を今も持っていますか? 持っていたらそれを提出してください。爆弾事件の貴重な証拠になるかもしれません」
中林はズボンのポケットから財布を取り出し、机の上に一万円札を二枚置く。
「撮影した写真を見せてくれ」
神津からの問いかけに対し、中林は首を横に振る。
「無理ですよ。気がついたら昨晩撮影したはずの写真が削除されていたんです。復元できるんなら、捜査に協力します」
中林は、ズボンのポケットから、スマートフォンを取り出して、それを神津に渡す。それから中林は肩を落として、刑事達に尋ねる。
「俺は何か罪に問われるのですか?」
中林が尋ねると、木原は真顔になり答えた。
「建造物損害罪。落書きを行うために、どこかに忍び込んだのなら、不法侵入罪も適応されるかもしれません。ですが、この話は爆破事件を解決してからです」
木原の隣で中林の話を聞いていた神津は、携帯電話のメールを送信する。


同じ頃、警視庁の会議室にいる月影管理官の携帯電話に、神津からのメールが届く。
「千間刑事部長。神津警部補からです。どうやら中林は、先程不法侵入で現行犯逮捕された井ノ原や藤原と同じように、アルバイトのつもりで落書きをしたようです」
携帯電話の画面から顔を上げた月影は、目の前に座る千間刑事部長と顔を合わせる。
「なるほど。事件とは無関係な一般人をアルバイトに雇い、犯行に利用する。七年前の誘拐事件と同じ手口か?」
「はい。それにしても、酷い犯人ですよ。警察を欺くために、仕事内容不明な高額バイトに偽装して、犯罪の下準備に利用するとは」
月影が頷きながら、千間の問いに応える。その管理官の右隣りに立つ喜田参事官は、刑事部長と視線を合わせた。
「千間刑事部長。これで都内の壁に書き込まれた落書きの具体的な数が分かりましたね。バイト内容が最低十か所に例の落書きをすることだったら、単純計算で都内に二百か所同じ文字の落書きが存在することになります」
「都内二百か所以上の標的。厄介ですね。スマートフォンの写真データには、位置情報も含まれます。おそらく犯人は、アルバイトとして雇った二十名から送られてくる写真データを収取して、都内のどこに例の落書きがあるのかを全て把握している可能性が高いですよ」
月影の推理を聞かされた千間が腕を組み唸る。
「つまり犯人は、どこに例の落書きがあるのかが手に取るように分かっているから、スムーズに爆弾を設置できるということか」
その時、捜査本部が設置されている会議室に、北条が再び姿を見せた。
「失礼します。千間刑事部長。牧田編集部が爆破された現場の近くで埋められていた硬貨から、清水良平の指紋が検出されました。それと、先程不法侵入で現行犯逮捕された専門学校生が所持していた一万円札、それぞれ四枚の紙幣番号が、七年前の女子中学生誘拐事件の身代金の紙幣番号と一致しました」
「これで月影の推理が正しい可能性が強くなったな。爆弾犯は、なぜか七年前の誘拐事件の身代金を使っている。兎に角、警察の面子に掛けて、犯人を逮捕しテロを防ぐ。警察組織の総力をつぎ込み、マスコミよりも早く爆弾を見つけ出す」
北条から報告を受けた千間は、決意を固め、握り拳を作る。

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