悪意のTA

山本正純

爆弾事件の終結 前編

『九か月前、清水良平が朝日奈恵子と会っていたらしい』
警視庁の会議室で月影管理官は、旅館にいる合田警部から報告を受けた。
「分かりました。実はこちらも新展開があります。清水美里が狙撃され、救急車が到着する前に息を引き取ったらしい」
『狙撃? どうして?』
「木原達によると、彼女は七年前の誘拐事件で未だに捜査線上に浮上しなかった男と再会して、交際していたらしい。それで、彼女は東都大学の講堂に設置された、犯行声明のフィルムをセットしました。あの男は、彼女を自分の劇場型犯罪に利用して、逮捕される前に口封じしたんです」
『許せないな』
月影が聞いた合田の声は、怒りが伝わるように震えていた。
「東京中の警察官を総動員して、爆弾と爆弾犯と思われる朝日奈恵子を探しています。それに加えて、清水良平の元を訪れるよう、警察官を手配しておきます」
『爆弾は見つかりそうか?』
「まだ東京中の例の落書きが残された場所を全て把握していません。総動員で探しているのですが、見つかるのは全て偽物ばかりです」
『確か制限時間は午前零時。それを過ぎたら爆発するんだったな。残り十一時間。それまでに見つけないと大変なことになる。一応俺も村に爆弾が仕掛けられていないか調べてみるが、何としても爆破を阻止しろよ』
「分かっていますよ」
月影は電話を切り、これまで落書きが見つかった場所に赤い丸印が書かれている東京の地図へと視線を向けた。


午後三時。警視庁に設置された捜査本部に、月影が顔を出す。椅子に座る刑事部長と対面した月影は報告する。
「刑事部長。九か月前に朝日奈恵子と接触したとされる清水良平は、今朝から消息不明です。現在行方を追っています」
続けて捜査本部のドアが開き、北条が姿を見せる。北条は、千間刑事部長に対し、報告書を差し出した。
「千間刑事部長。昨晩の都内の防犯カメラの映像を全て、解析しました。その結果、例の落書きを昨晩行った二十名の若者の身元が判明しましたよ」
「そうか。月影。その二十名に事情を聞くために、捜査員を派遣しろ」
「分かりました」
月影は頭を下げ、刑事部長から渡された報告書を受け取り、捜査本部から立ち去りながら電話を掛ける。
刑事部長の右隣りに立つ喜田参事官は、北条に尋ねる。
「朝日奈恵子の行方は?」
「顔認証システムを駆使して、探しているのですが、消息不明です」
「引き続き朝日奈恵子の行方を追え。それと清水良平の行方も追ってほしい」
「分かりました」
北条は頭を下げ、すぐに捜査本部から立ち去った。

午後四時。警察官は焦っている。東京中を探し回っても、爆弾は見つからない。緊張状態と七月にしては暑い温度によって、東京中の人々は汗を流す。
そんな状況の中、大野達郎警部補は仲間の刑事と共に、渋谷の街を歩いている。
本当に爆弾は仕掛けられているのか? そういう疑念を刑事は抱えながら、交差点で立ち止まった。爆弾が仕掛けられているかもしれないのに、人々は東京に集まっている。現に交差点を渡ろうとする人々は、百人以上いるのだから。
彼らは、爆弾と共に隠した七百万円が目当てだろう。間もなく大野達が渡ろうとする信号が青に変わり、双方から人が押し寄せる。
百人以上の人間が動く横断歩道を何とか渡り切った大野の目の前を、一人の女が横切る。
その女の顔を見た瞬間、大野警部補は両目を見開く。漆黒の髪を肩の高さまで伸ばした、可愛らしい丸い瞳が特徴的な若い女。それは、手配中の容疑者、朝日奈恵子だった。
大野は近くにいる刑事達と顔を合わせ、朝日奈恵子を追う。
彼女を尾行してから五分が経過した頃、朝日奈恵子は五階建てのビルに侵入する。その様子を見ていた大野は、携帯電話を取り出し、班長に電話する。
「大野です。朝日奈恵子が現れました。場所は渋谷の米川ビル。対象は……」
電話の声を掻き消すように、銃声が響く。その音は、朝日奈恵子が侵入した米川ビルから聞こえた。
「米川ビルから銃声です。突入しますか?」
『分かった。米川ビルに刑事を集める。無茶はするなよ』
「了解。発砲許可は?」
『威嚇射撃なら良い』
大野は電話を切り、周囲にいる刑事に指示する。
「突入します。おそらく朝日奈恵子は拳銃を持っています。構えてください」
刑事は大野の指示に従い、拳銃を取り出す。そうして自動ドアを潜り、ビルの内部へ潜入した。
ビルの中は静かだった。拳銃を構えながら刑事達は階段を使い二階に上がる。
二階のフロアを捜索する刑事達の耳に、誰かの荒れた呼吸の音が聞こえる。周囲が静かなため、その音はハッキリと聞こえた。
大野は、このビルの中に誰かがいることに気が付き、大声で叫ぶ。
「誰かいませんか!」
周囲を見渡すと、一か所だけ不自然に開いているドアが、刑事の目に飛び込んでくる。
まさかと思い、大野はドアを開ける。すると、血塗れになってうつ伏せに倒れている男の姿が飛び込んできた。
その部屋の床には、アタッシュケースが置かれている。そして、その近くには黒色の正方形の箱がある。
大野は今にも死にそうな男に近づく。
「大丈夫ですか?」
肩を強く掴まれた老け顔の男は、黒色の箱を指さし、途切れ途切れに話す。
「バク……ダン」
男の声を聞きながら、大野と共に部屋に突入した刑事は救急車を呼ぶ。そして、大野は男の声を聞き、驚愕する。それから彼は天井を見る。
『TA』
ビルの天井には、確かに赤色の落書きが残されていた。嫌な予感を覚えた大野は、救急車を呼んだ刑事と視線を合わせる。
「アタッシュケースを開けてください。その中に七百万円があるはずです!」
刑事は白い手袋を填め、アタッシュケースを開ける。そこには、大野の推理通り百万円の束が七つあった。
「大野警部補。七百万円です」
「捜査本部に連絡してください。その束から適当に一枚抜き取って、紙幣番号を照合してください」
「了解」
刑事は見つけた七百万円の束を机に並べ、撮影する。それから三分で、刑事の携帯電話に結果が届く。
『鑑識課の米田です。松本刑事が見つけた一万円札七枚の紙幣番号と、七年前の誘拐事件の身代金の紙幣番号が一致しました』
大野警部補は、有り合わせの物で男の腹部の傷口を塞ぎながら、電話から漏れて来た鑑識の報告を聞いた。それから大野警部補は、首を縦に振り、刑事と顔を合わせた。
「爆発物処理班を要請してください。おそらくこの部屋に爆弾が仕掛けられています」
大野警部補の指示で、爆発物処理班が米川ビルに向かう。それよりも早く、救急車が到着し、血塗れで倒れていた老け顔の男は、病院に搬送された。
大野警部補は、男が病院に搬送されたのを確認すると、ビルに戻り、今も潜んでいるはずの朝日奈恵子を、集結した警察官達と共に捜索する。

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