悪意のTA

山本正純

幼馴染の再会

朝倉竜彦との面会を終わらせた菅野聖也は、その足で都内の墓地に向かう。都会から少し離れた位置にある墓地の駐車場は狭い。車は三台しか停めることができない。墓地の駐車場には、既に一台の白色のランボルギーニ・ガヤンドが停まっている。菅野の運転する赤色のマツダ・ラピュタは、その自動車の右隣りに駐車した。
グローブボックスの中に予め用意しておいた線香とライターを持ち、彼は自動車から降りる。
そして、幾つもの墓石が並ぶ道を進むと、ある墓地の前で、見覚えのある男が佇んでいた。
「お墓参りですか? 愛澤君」
その男、愛澤春樹は名前を呼ばれ、幼馴染の方へ体を向ける。
「まさかこんな所で会うとは、思いませんでしたよ」
愛澤は菅野から、真横にある桜井真の墓を見つめた。その後で菅野は彼に話しかける。
「あなたの目的は何ですか?」
唐突な質問に、愛澤は鼻で笑う。
「何ですか?」
「とぼけないでください。一週間程前に発生したテロ事件の黒幕は、あなたですよね? あなたは七年前の清水美里誘拐事件に関与して、七年間逃亡してきた」
「ところで、一人で墓参りに来たのですか?」
はぐらかす愛澤に対し、菅野はハッキリと答える。
「ああ、今日は一人です。証拠もないのに、警察はあなたを逮捕できませんよ」
愛澤は、溜息を吐き、幼馴染に対し頬を緩める。
「逃げているつもりはなかったのですが。証拠はありません。証拠を残さず、事件を裏で操る。そういう組織の幹部ですからね。今回のテロ事件だって、その組織が七年ぶりに動きますよっていうアピールみたいな物ですから」
「そんなことで、あなたたちはテロ事件を起こしたのですか?」
「そうですよ。でも、僕には別の目的があります。この場でペラペラと話すと、あの方の逆鱗に触れて、殺されそうだから今は言いませんが」
愛澤の真剣な表情から、何かを察した菅野は、重い肩を落とした。
「約束通り、あなたの所属する組織によって、犯罪に手を染めた被疑者の弁護は継続します。その約束の交換条件として、お聞きします。朝倉竜彦に大森君を殺害するよう促したのは、あなたではない。これが僕の結論ですが、正解ですか?」
「根拠は?」
「呼び方ですよ。あなたが愛する妻を呼び捨てにするはずがない。そして、彼女を助けようとした小木君が無駄死にだったなんて考えを、平気で口にするはずがない」
愛澤春樹は菅野聖也の考えを聞き、首を縦に振った。
「正解です。正確に言うならば、七年前、酒井忠次に殺意を呼び起こしたのも、僕ではありません。一連の事件の黒幕は別にいます。因みに、黒幕さんは、犯行計画の立案も行っていますよ」
愛澤春樹は、幼馴染に頭を下げ、桜井真の墓石から去る。


同日の夕暮れ時、合田警部は刑事部長室に趣く。そこで千間刑事部長と対面した合田が尋ねる。
「退屈な天使たちというのは何だ?」
突然の質問に、千間刑事部長は顔色を曇らせる。
「どこでその名前を知ったんだ? その組織のことは、公安警察や警察組織上層部、一部の政府関係者しか知らないはずだが」
「国枝博のダイイングメッセージだ。俺はTAに殺されたとアイツは答えたよ。TAが退屈な天使達を示していることは、分かっている。教えてくれ。俺は許せないんだ。人間に眠る殺意を目覚めさせて、犯罪に利用する奴が!」
合田の激怒する様を見て、千間刑事部長は重たい口を開く。
「分かった。退屈な天使たちというのは、公安が追っているテロ組織だ。その目的は謎に包まれていて、幹部には天使の名前がコードネームとして与えられる。七年前から今まで、音沙汰がなかったのに、なぜか活動を再開した。おそらく先日のテロ事件は、復活したことを世間にアピールするためだろう。最も組織名はマスコミにも発表していないから、警察組織への警告という意味合いの方が強いと思うが。因みに、これが奴らのシンボルマーク。マスコミにも流してないから、模倣犯の心配は無用だよ」
そうして刑事部長は一枚のカードを机の上置く。そこには白い羽を纏った天使のイラストが印刷されていた。そのイラストの真下には『TA』と記されている。
合田は、このマークを頭に叩き込み、呟く。
「退屈な天使たち」
合田警部は誓う。組織を壊滅するまで、そのマークを忘れないと。

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