くらやみ忌憚

ノベルバユーザー91028

時雨に赫い華の咲く⑧

生きることは難しく、生きることはとても苦しい。辛くて痛くて、投げ出してしまいそうになる。
それでも、生きたいと願う。



「お別れは済んだかしら、あにさま」
「光姫……?何故、此処にいる?」
宵闇が迫る中、黒い日傘を手に仁王立ちしていたのは、本来此処にいるはずのない光姫こと元・夜光姫だった。
「いつの間についてきた?おかしいな、巻いたと思ったのに」
「くふふ、私を散らそうなんて百年早いわ。もっと修行しなさい。……それにしても、此処はとても良いところだね」
状況や相手に合わせて、彼女は口調をコロコロ変える。けれど今は、間違いなく光姫本来の喋り方だった。
「そうだな、でももう此処には来ない。いつかは決別しなければならないから」
季節関係なく彼岸花の咲き乱れる、この奇跡みたいに美しい光景は、そろそろ終わりにしなくてはいけない。世界が変わっていくように、この場所もまた。
「そう、残念だね。せっかくピクニックにちょうどいいところだと思ったのに」
彼女は俺の隣に並び、遥か西の空を見遥かしては、いつもより柔らかい声でそっと囁いた。
「知っている?西方には死者の国があるんだって。世界の西の果てまで行けば、いつか大事な人に逢えるかもね」
黄昏が少しずつ近づいてくる。
山際に沈みゆく太陽をぼんやりと見つめながら、俺たちは立ち尽くしていた。ゆっくりと流れる時間がとても愛おしい。


傍らの彼女はどこか寂しそうだった。
光姫こそ、あまりにも長すぎる時間ときの中で数限りない出会いと別れを繰り返してきたのだろう。
それでも、彼女は此処にいる。
何度も狂って、何度も嘆いて、何度も何度も泣いて叫んで、そうしてここまで。出会う度に別れを思い。けれども遠ざかることはなく、また繰り返す。
「大切に想う人を喪う度に狂い、道を違えた。世界を憎み、人を恨み、何もかもを呪い、全てを滅ぼそうとした。なぁ、そんなことに何の意味があるというのだろうな?私には、もう分からない」
激情が魂を灼く。抑えられない疼きが破壊衝動に変わる。
何も考えず力を振るい、好き勝手に暴れてそのあとようやく悟る。
ああ、自分はなんてことを……。
そして悔いてはまた、過ちを犯して。
「意味なんてない。そんなものに理由なんてないんだ。ただの甘えさ」
今なら分かる。自分はとても、穢れている。それは、自ら穢したものだと。
俺はとてもきたない。


「生きたい。それでも生きたい。どんなに汚くても苦しくても、たとえ狂ってしまったとしても。やっぱり生きたい」
何かを成すとか、残すとか、やり遂げるとか、そういうことではなくて。ただ、生きたい。
間違いを犯して、たくさん罪を積み重ねたとしても。
『生きていて良かった』と言えることは果たしてどれだけあるのだろう。もしかしたら、ひとつだってないのかもしれない。
理解した上で。全て、承知の上で。



それでもひとは生きたいと願う。
「ありがとう。生きてみるよ……」

          

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