くらやみ忌憚

ノベルバユーザー91028

月に沈む

光陽台市の中央に立つマンモス学校、私立光陽台学園は都内でも有数の進学校で知られ、名門として名高い。小中高大一貫で、数少ない外部生を除けばほとんどが学園に最初から居る子どもばかりだ。
霧雨 霞は光陽台学園に初等部一年から在籍する筋金入りの光陽生である。その人間離れした抜群のルックスから上級生下級生問わず絶大な人気を誇る、まさに学園のアイドル的存在だ。
校門をくぐればその途端、歓声や熱っぽい視線が出迎える。しかし彼女はそれらを相手にすることなく、綺麗に無視して通り過ぎていく。そのクールな様子もたまらないと噂の的だ。
儚げな雰囲気を漂わせる可憐な美貌、セーラー服から伸びる手足は細くしなやかで、陽光を浴びて輝く、背に流れる銀の髪。零れ落ちそうなほど大きな瞳は神秘の青。
彼女が通りかかる度、周りからはほぅとため息がもれる。凍りついたように動かない表情の下で霞は苛立ちを隠しきれずにいた。
(全く……、やはり今日も兄さんは来ないつもりね。あっきれた、留年でもなんでとしちゃえばいいわ)
あの自由人め、と心の中で吐き捨て、いつもより気持ち早めに歩を進める。
もはや登校することの方が珍しい兄が何をやっているかなど、霞は知らない。知るつもりもなかった。けれども、隠し事をしていることくらいはお見通しだ。帰ってきたら御説教の一つもしてやらなくちゃ、と彼女はクスリと微笑んだ。
その瞬間、滅多に見られないアイドルの笑顔にファン達が湧いたのに気付くことはなく。




ここ光陽台市において、「霧雨一族」とは非常に重要な意味を持つ。
一般人にはほとんど知られていないがこの世界には数多くの妖怪や魔物が存在し、時に人へ危害を加えることがある。
当然ながら、そんな"お隣さん"を懲らしめる役割を担う者達がいた。
それは「退魔師」と呼ばれ、人々を護るものとして尊敬の念を集めている。
「霧雨一族」は日本にいる全ての退魔師を管理・監督する役目を持ち、この街に拠点を置いていた。
そんな、退魔師達にとって最重要人物であるところの現当主「霧雨 霜華そうか」は、眼前で緊張感の欠片もなく突っ立っている青年を見下ろし肩を竦めた。通わせている学校をサボってまで任務に出かけたことを叱るつもりで呼んだが、こいつに何を言ったって無駄だと悟る。現に、正座をしろと命じたにもかかわらず、胡座をかいている。
身内に亡くなった母にそっくりとよく言われる冷たい面差しに諦念を滲ませ、低い声で告げる。
「……いいか、今度勝手に仕事したら、ワーカーホリックの罪で三か月ウチに監禁するからな、覚悟しておけ」
「ハァー⁉︎ふざけんなマジでありえねぇ俺に仕事すんなって?ヤダヤダぜってぇやだね!あんたが何言ってもムダだからぁ〜」
子どもかとツッコミたくなるほど喚き出すそいつに、霜華がギロリと鋭い眼光を向けるとすぐに大人しくなった。
「黙れ戦闘中毒者ジャンキーが。次私に逆らったら、二度と陽の目を見れなくしてやる」
「えっ、酷くない?養い子に対してその言い草、うわ俺ちょーカワイソー」
しくしく泣き真似しだす彼にとうとう霜華はキレた。
「うっせぇぞ!!いい加減そのウゼェ喋り方やめろ!喉掻っ切るぞ……!」
白い顔に青筋が走っているのを見て、さすがに彼も怖くなったのか、回れ右してぴゅーと走っていってしまった。
バターン!と執務室のドアが乱暴に閉められ、あっという間に義理の息子は消える。毎度のこととはいえ、その逃げ足の速さには感心してしまう。
グッタリと疲れが伸し掛り、肩を落とした霜華は思わず遠い目をした。


「はぁ……。あんなんで私の可愛い娘を守れる騎士になれんのかねぇ……」



          

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