少女メイと呪われた聖剣セグンダディオ

小夜子

第48話「死の商人 後編」



「メイ、大丈夫!?」



その呼び声に瞼を開ける。
ノノとセレナさんだ。
私は苦笑いを返すのが精一杯だった。
急いで治癒魔法をかけてくれる。
緑の暖かな光が2つあり、私を包み込んでくれる。
驚いたことにセレナさんも魔法をかけてくれている。




「龍族にも治療術はあるのさ。老いぼれだが、これぐらいはできる」




「すいません……」




「メイ、黙ってな。ノノ、もっと威力を強めて。精神を落ち着けてやるんだ」




「は、はい!」




二人は協力して回復魔法を唱えてくれた。
身体が軽くなり、痛みが引いていく。
欲を言えば、このまま眠ってしまいたい。
何もかも忘れて寝てしまいたい。
10時間くらいは寝たいなと思う。
けど、そうもいかなかった。
奴が……ジェットの事が気になった。




「へへへ……さすがにやってくれるな、メイちゃんよぉ」




ジェットは立ち上がっていた。
額から血を流し、服は火傷のせいで黒ずんでいる。
腹に刺さったナイフを抜き、痛みに堪えながら自ら治療術をかけている。
だが、それでも青息吐息あおいきといきという表情だ。
あともう少しで倒せるはず。




「だが……お前らも死にかけだ。安心しろ、全員殺してやるよ。
最後に笑うのは俺様なんだよ!!」




ジェットは懐から銃を取り出す。
小型で黒い小銃だ。
ミカちゃんの銃とは少しタイプが違う。
恐らく、護身用のものだと思う。
身体を動かそうとするが、まだ身体がいうことをきかない。
いくら護身用でも至近距離では致命傷だ。
このままじゃ全員が殺されてしまう。
なんとかしなければ……。
けれど、頭がまわらない。
身体の節々が痛み、軋み、悲鳴を上げている。
それでも歯を食いしばり、起き上がろうとする。
けれど、寝返りすらできずにいる。
普段ならこんなこと簡単なのに……。




「メイは殺させないよ!」




「メイは……ご主人様は私が守る!」




セレナさんが私の前に出る。
その隣にはノノもいる。
二人は手を広げ、私を必死に守ろうとしてくれる。




「黙ってろ!まずはババァ、テメエから死ね!!」




銃声が鳴り響く。
そして、倒れるセレナさんが見えた。
それはスローモーションの動画を見ているようだ。
え、嘘でしょ?
え、え、え?
あ、あ、あ……。
そ、そんな……。
嘘だよね?
え……。




”このままでいいのか?主よ”



「い、いいわけないでしょ!!」



”このままでは全員殺され、金にされてしまう。
諦めて死を待つか、この状況を打開するか?
2つに一つだ”




「そりゃ打開したいわよ、諦めたくない。
でも、もう身体がもう動かないのよ!!」




”なら、我の半身を貸そう。しかし、呪いは主の心を更に蝕む。
呪いに身を任せていけば破滅する。前契約者のように”




「この状況を打開できるなら、私は構わない。
呪いだろうが何だろうが関係ない!セレナさんをよくも……絶対に許さない!」




”主の望み、しかと聞き届けた。限定起動”破滅的機構”ジェノサイドを発動させる。主の身体はしばらく闇に預ける。じきに傷も回復するだろう。その間、我が半身を使うがいい……20%の力を授けよう”




黒い闇が私を覆う。
意識が身体と切り離される。
新しい身体に私の魂が宿る。
途端、力が溢れてきた。
足が、腕が、手が、身体が動く。
節々の痛みが消え、頭もよく廻る。
そして、ある一つの思いが心に去来する。
目の前の敵を滅ぼせ、殺せ……と。
殺せ、殺せ、殺せと頭に声が響く。
親友を撃った悪に鉄槌を。




「メ、メイ……?」




「ダイジョウブ。ナニモモンダイハナイ。ヤツヲコロス……」




背中には黒き翼が生え、手は熊のようになっている。
そこから鋭い爪が生え、皮膚は黒くて毛皮のようだ。
吸血鬼のように鋭い歯もある。
でも、何故か驚きも怯えもなく、心は平静そのものだった。




「な、なんだ、その姿は……?ち、力を隠していたのか?ええい、化け物め!
貴様もババアと同じように殺してやる。一緒に地獄に落ちろ!!」




「無駄ダ」




銃声が聞こえた。
けど、弾は遅い。
スローVTRを見ているかのようだ。
避けるのは造作もないことだった。
瞬時にジェットの前に移動し、腹にパンチを喰らわせる。




「ぐおおおおおおおおおおおお!!!」




ジェットは身体をくの字に曲げ、激痛に顔を歪めた。
2メートルは吹っ飛んだが、私は追撃する。
殴る、蹴るを高速で繰り返し、ボコボコにする。
ジェットは歯が砕け、眼球が損失し、腕や足がすっぽ抜けた。
殺してやる。
セレナさんを殺したこいつを殺す。
そんなことを思う自分が滑稽で仕方がなかった。
涙が止まらない。
笑いが止まらない。
笑い涙が止まらない。




「俺はこんなところで死なねぇ……。これを聞け!!」




ジェットは眼球を損失しながらも手探りで服を漁り、なにかを取り出した。
それは鈴のようで奴が手にした途端、音が広がる。




「きゃあああああああああああああ!!!」




ノノの悲鳴が聞こえる。
耳を必死で塞ぎ、苦しみに耐えるノノ。
セレナさんは倒れたままだ。




「へへへ……こいつは全ての種族の聴覚を脅かす死の不協和音デス・ノイズだ。人間も妖精も龍族も嫌いな周波数の音だ。おまけに耳の感度もよくしてくれるから、耳のいいお前にはさぞかし苦痛だろう!!」




ジェットは私が耳が良いことを知っているようだ。
人間の私ならその音に苦しんでいただろう。
でも、今の私はもう人間じゃない。
ジェットの眼前に移動し、奴を掴む。
何が起きたのか、眼球のない奴にはわからない。





「私ハオマエヲ否定スル。死ネ……金二取リ憑カレタ亡者ヨ」




「や、やめろ。か、金ならやる!腕のいい治療術士も知ってる!殺すな、頼むから殺さないでくれ!お、俺はまだ……」




「見苦シイ……地獄二落チロ!!」




手に力を込め、粉砕した。










闇に借りていた身体を返し、元の身体に魂が戻る。
一瞬、違和感が生じたがすぐに戻った。
大丈夫、以前の私のままだ。
セグンダディオの言う通り、傷も回復している。




「セレナさん!!」




「……メイ。無事だったんだね、よかった」




「ノノ!」




「今やってるわ!!」




ノノが必死に回復魔法を唱えている。
緑の光がセレナさんを包んでいる。
けれど、彼女の傷は引かない。




「こんな致命傷を喰らったんだ。あとはあの世に行くだけだろう。
あの人にようやく会える」




「セレナさん、そんな寂しいこと言わないで!」




私は泣いていた。
やっと、やっと友達になれたのに。
こんなところで別れたくない。
ずっと、いつまでも一緒にいたい……。




「メイ、心配しなくていい。私はもう寿命だ。老いぼれが先に死ぬのは自然の摂理。だが、若人が年寄りより先に死ぬのは不憫だ。お前が無事でよかったよ」




「セレナさん……どうして……私を……」




庇ったのか、という声が出せなかった。
嗚咽と涙が止まらなくて上手く声に出せない。
私の涙を彼女の指がすっと撫でてくれた。




「友達を助けるのに理由はいらない。そうだろう、メイ?」




「セレナさん……」




「あの人と結婚したものの、旦那意外は最悪だった。偏見や差別もあったし、嫌な事も多かった。いい人生だったとは思えない。だけど、こうして友達ができた。何よりもかけがえのないものが最後にできた。これほど嬉しいことはないよ」




笑うセレナさん。
穏やかな笑みだった。
心からの笑顔だった。




「メイ、最後の願いだ。よく聞いてほしい」




「はい……」




最後なんて言わないでという言葉をぐっと噛み殺した。
耳を澄ませ、一字一句逃さずセレナさんの声に耳を集中させる。




「私の遺体はこの森に埋めてほしい」




「はい」




「そして、この森の奥に最後の希望がある。そこは妖精にだけ分かる魔法がかかっている。その希望を……あんたに託す」




「はい……」




「メイ、セグンダディオは呪われた聖剣だ。最も聖に近く、それ故、滅びを恐れた者達が呪いをかけた。呪いを解く方法は誰も知らない。だが、呪いに負けなければ毒もいつか薬になるだろう」




「セレナさん、セグンダディオを知って……?」





「私が話せるのはこれだけだ。ああ、あんた……迎えに来てくれたのかい?すまないねぇ」




私には何も見えない。
けど、セレナさんは目を細め、涙を流している。
亡くなった旦那さんが迎えに来てくれたのだろう。




「メイ、お別れだ」




「違いますよ、セレナさん」




「違う?」




「またね……です」




「ああ、またね……メイ」




これでお別れじゃない。
きっとまた会えるはずだ。
私は彼女の手を握りしめ、そう誓う。
セレナさんは微笑んだまま、静かに瞳を閉じた。











しばらくして。
セレナさんの遺体を森に埋めた。
安らかに眠ってくださいと願いながら。




「メイ……ごめんなさい。私の術がもっと強ければ」




「ノノのせいじゃないよ。あまり自分を責めないで」




「……うん」




しかし、ノノは暗い影を落としていた。
気に病まなければいいが、なんと声をかけていいかわからない。
だが、話題を変えるためにこんなお願いをしてみた。




「ノノ、森は元に戻るかな?戦闘で随分酷いことになっちゃったけど」




「……近くの小妖精達に頼んでおいたわ。時間はかかるけど、元に戻るはずよ。奥に行きましょう」




「うん」




ノノと手を繋ぎ、奥へ進む。
魔法を解除し、更に奥へと進む。
そこは太陽の光が当たる丘。
石の上に何かがある。
それは卵のようだ。




「卵……?」




「セレナさんの言っていた希望ってのはこれのことね。……ん?」




「どしたの?」




「手紙があるわ」




隣からひょこと覗き見る。
けど、文字が読めなかった。
日本語ではないことは勿論、ナイトゼナの言葉とも違う。
これは何語だろうか?
アルファベットのような、象形文字のような。
非常に独特な文字だ。




「セグンダディオ、この文字読める?」




”これは……恐らく龍族の文字だ。だが、残念ながら我では読めぬ。





「うーん、そっか……」




”ハルフィーナなら読むことができるだろう。妻はこの世界の様々な種族と付き合いがある”




「じゃあ理沙達と合流しないとね」




私は卵を抱きかかえた。
重たいけど持てない重さじゃない。
セレナさんが残した最後の希望。
どういうものかわからない。
でも、この卵は生きている。
どこか温かさを感じるのだ。





「セレナさん……あなたの希望、私が受け継ぎます。この世界も守ってみせます。安心して空の上から見守っててくださいね」




様々な想いを胸に秘め、私は歩き出した。



          

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