少女メイと呪われた聖剣セグンダディオ
第29話「未来のために」
「う…」
私は立ちくらみをし、そのまま地面に倒れた。
熱い、背中が焼けるように熱い!
ついで全身が灼熱の業火を浴びたかの如く、痛さを含めた熱さを感じる。
「メイ、大丈夫っスか!?ノノさん!」
「わかってる!!」
回復魔法で私の全身は緑の光に包まれた。
けれど、痛みの緩和はごく一部で全身は未だに痛覚と熱さを持っている。
火傷した時よりも更に酷い、極限までの熱が皮を剥いでいこうとしている。
ミリィの炎は彼女が死んでも尚、その役目を果たそうとしていたということね。
私は意識を保つことができず、そのまま気を失った。
理沙達の声が遠く聞こえてきたけど、私はそれに応えることができなかった。
それから何時間ぐらいが経過したのだろうか。
目を開けると電灯が見えた。
薄暗い部屋に月明かりが差し込んでいる。
もう、夜になっているのか…。
傍らにはお義母さんがいる。
優しく微笑む、お義母さんが。
「おかあさん…」
「気がついたのね、メイ。安心してここはニルヴァーナの病院よ」
月明かりがお義母さんを優しく照らしている。
現代日本では月明かりなど読書の役にも立たない。
そもそも排ガスで汚れた空や雲に覆われた月は役目を果たせていない。
昔の純文学小説では月明かりと出るけど、今時の小説ではまずその記述はない。
けれど、ナイトゼナでは月明かりが優しくて明るい。
お義母さんの笑顔がハッキリと私にも見える。
「私…どれだけ寝てたの?」
「大体5時間くらいかしら。あ、みんなは宿に泊まっているわ。大会で疲れていたでしょうし、私が看病を買って出たの」
「そっか…ありがと、お義母さん。っていうか、こうして二人っきりで話すのは初めてだね」
「ふふ、そうね。何か食べたいものとか、飲みたいものはある?」
「ううん、特に…でも、汗で服がベタベタで気持ち悪いかな」
「じゃあ背中を拭きましょう。着替えもあるから大丈夫よ。起きれる?」
「ん・・・」
私は服を脱いだ。
上だけを脱ぎ、下はそのまま。
お義母さんはタオルで私の背中を優しく吹いてくれた。
「背中…酷いのかな」
「焼け跡は少し残っているわね。でも、もうほとんど目立たないから気にしなくても大丈夫よ」
「うん…」
優しく拭いてくれるお義母さん。
でもお義母さんでよかったかも。
理沙だとこのまま後ろから抱きしめてきて、胸とか色々触ってくるに違いない。
以前、体育の授業で雨が降ってきたとき、びしょ濡れの私を「拭いてあげるっス」とか言って勝手に拭いてきて、抱きしめるわ、胸触るわ、キスしてくるわで散々だった。
勿論、お義母さんはそんなことしない。
ただ、優しく拭いてくれる。
「メイ…。これからも旅を続けるの?」
「うん、そのつもりだけど」
「…一緒に暮らすことはできないの?」
「え?」
私は呆然とした。
でもお義母さんは続ける。
「ナイトゼナは広くて森林に恵まれた土地よ。けれど、悪人が多いことでも有名なの。あなたが戦ったシェリルやミリィ…ああいう連中はまだまだ大勢いる。このまま旅を続けると怪我だけじゃ済まないかもしれない。私…それは嫌なの」
「・・・・・・」
背中越しにお義母さんの嗚咽が聞こえてきた。
泣いているのだろう。
「私とあなたに血の繋がりはないけど、私は本当にあなたを娘だと思っているわ。
元いた場所に帰りたい気持ちはわかるわ。でも、女の子は戦いなんかしないで、勉強して、料理をして、いつか結婚してお嫁さんになる。それが人並みの幸せだと思うの」
「お義母さん…」
「元いた世界じゃなくても、幸せにはなれると思う。私も主人もあなたを幸せにしていきたい。何より、あなたがこれ以上傷つくことが耐えられない…!」
お義母さんは私を抱きしめた。
背中ごしに伝わるお義母さんの体温、鼓動。
優しさに溢れるお義母さんの言葉。
なんだか泣きそうになってくる。
確かにそれもいいかもしれない。
女の子が戦いなんてどっかのラノベ小説じゃあるまいし…。
このままお義父さん、お義母さんと一緒に暮らすのもいいと思う。
家事手伝いをし、勉強もして、学校に通うのもいいかもしれない。
卒業したら結婚して、いつか子どもを産んで…。
そういう人生が幸せというのかもしれない。
けれど…。
「…お義母さん、この世界は危機を迎えているの。マルディス・ゴアっていう奴が何かを企んでいる。このまま放っておいたら世界はきっと滅ぶ。私はそれを止めなくちゃいけない。多分、そのために私はこの世界に来たんだと思うんだ。ううん、正確にはセグンダディオに来させられたのかな」
「どうしてメイなの?あなたはまだ可愛い女の子じゃない。屈強な勇者でもないし、筋骨隆々な男性でもないのよ。なのに、どうして…」
「私にもわかんない。でも、きっと意味があると思う。私は…逃げるわけにはいかないんだ。元いる世界に帰るのもあるけど…またお義母さんと会うために戦いたいんだ」
「メイ・・・」
私はこの世界で騙され殺されかけた。
恨みと憎しみでいっぱいで理沙やノノがいなければきっと死んでいた。
ロランやミオさん、お姉ちゃんも私を支えてくれている。
正直、こんな世界どうなってもいいとすら思う。
私にとってこの世界に価値はない。
けれど…私は戦い続けなきゃいけない。
「お義母さん…」
私は正面に向き直り、そっとお義母さんを抱きしめた。
そんな私を優しくお義母さんは抱き返してくれる。
頭を撫でてくれる。
それが私には気持ちよくて、癒やされていくようだった。
でも、頭の片隅にシェリルとミリィがひっかかる。
あの二人は悪人ではあったけれど、きっと原因があるはずだ。
生まれた時から悪人の人間などいはしない。
もっと話し合えば分かり合えたかもしれない。
更生させることができたかもしれない。
友達になれたかもしれない。
殺し合いなんてしたくなかった。
寂しがりの私はいつも見えない誰かを望んでいる。
「お義母さん、全部終わったら一緒に住もう。私、絶対に帰ってくるから」
「…絶対に帰ってきなさいよ。無言での帰宅は許さないわ。お前はあたしの子だからね。どこへ行っても…それだけは忘れないで」
互いに涙する私達。
この世界を救うとか、そんなお題目はどうでもいい。
元いた世界に帰るのはもちろんだけど…。
私は家族の元に戻ってきたい。
こんな私を愛してくれるお義母さん、お義父さんの為に。
未来の為に戦うんだ。
次の日。
理沙とお姉ちゃんが病室にやってきた。
「メイ、調子はどうっスか?」
「大丈夫。もう平気だよ」
「それは良かったっス。さて、今後はどうなるっスかね…」
「二人共、お客さんよ」
お姉ちゃんの一声でドアの方を見る私達。
そこにはいつの間にかアイン王子がいる。
いつもどおり、上半身裸でジーンズ姿だ。
「よう、メイ。久しぶり…ってほどでもないわな」
「ご用件はなんですか、王子様?」
「その様子なら大丈夫そうだな」
かかかと笑みを浮かべる王子。
自然と空気が固くなるのを感じる。
「王子、俺たちも話を聞かせてもらっていいかな?」
お義父さん、ロラン、ミオ、ノノもやってきた。
なんか別室で話していたみたいね。
何を話していたんだろうか。
「ええ、構いません。単刀直入に言うぜ。今回の事件で大会は中止となった」
「まあ、当然っスよね」
「参加者、実況・解説、観戦客のほとんどが死んだ。一部はボルドーさん達の頑張りで生き残れた。だが、国民は今回の事件で王政を非難している。何故、参加者の中にミリィがいるのを見抜けなかったのかと。城にはデモ隊が抗議しにきてうちの兵士たちも対応に忙殺されている。最悪、ナイトゼナみたく、立憲君主制がなくなるかもしれないな」
「私達はこれからどうなるの?」
ノノさんの言葉に首を横に振るアイン。
どういう意味かわからずきょとんとする。
「どうもしねぇ…あんた達はミリィを倒したんだ。充分すぎることをやってくれた。
大会は中止だし、正騎士の話もオジャンだが、報奨金は貰ってきた。これで旅の支度を整えると良い」
金貨袋5個をアイン王子はくれた。
どれも山盛りに入っており、女の私達ではちょっと持つのがキツイ。
あ、でも理沙は平気で軽々と2つはもててるわね。
私、筋力ないみたい…。
「でも王子、このお金は遺族の人のために使ったほうが…」
「そういう金は別に用意している。正直に言うと、これは俺の貯金を切り崩したものだ。城の金ではないのさ」
つまりポケットマネーだというのか?
なんでそこまでして…。
「もしメイ達がいなければ被害は更に深刻だったはずだ。観客たちだけじゃねえ、大勢の国民も巻き添えを喰らっていたはずだ。本来なら喉から手が出るほど、お前を正騎士にしたいが…今の現状はそれどころじゃないからな。だからお礼だけはさせてくれ。この国を救ってくれたこと、本当に感謝している。ありがとう」
アイン王子は頭を下げた。
一国の王子が頭を下げるなんて…。
私達は嬉しいよりも恐縮な気持ちでいっぱいだった。
しばらく無言が続いたが、それを破ったのは理沙だ。
「王子、アタシ達はまだ旅を続けたいと思うっス。情報を集めようと思うっスけど」
「何の情報を集めているんだ?」
「王子、驚かないで聞いてね」
私達はまだ黙っていたことを話した。
私達が異世界から来たこと。
四英雄の武器を持っていること。
マルディス・ゴアを倒さなければ元の世界に帰れないことを。
王子は流石に驚いていたみたいだけど、なるほどと納得したようだ。
「…ならシンシナシティへ行くといい。あそこなら大都市だ。海に面している島だから船乗りも多い。世界中の噂があの街に入ってくる。こんな辺鄙な田舎の城下町よりも情報は集まるだろう」
なんだか最後は自虐的に聞こえてくるが…。
あれ、シンシナシティってどっかで聞いたような。
あれはえーと、どこでだったかな?
「ねえ、理沙。シンシナシティって…」
「えーと確か…死神さんに手紙を頼まれたっ所スね。シンシナシティにある「マリア・ファング」っていうギルドマスター・サエコに届けてくれと」
「なら、行く目的があるね。そして噂も集めよう」
「ここから北に行けばトンポリって田舎町がある。そこは王の避暑地なんだが、そこに王族専用の船がある。それを使っていいぞ。船頭のワタベってジイさんに言えば貸してもらえるようにしておく」
「メモメモ…」
相変わらずメモ魔な理沙。
こういうところは流石ね。
「それじゃ俺はこれで失礼する。お前たちの旅の無事を祈っているよ」
王子は軽く手を振り、優雅にその場を後にした。
金貨袋を調べた所、30万ガルドもの大金だったことが判明した。
話し合いした結果、私・理沙・ノノに10万、お姉ちゃん・ロラン・ミオに10万、お義父さん、お義母さんに10万と均等に渡すことにした。
私だけ30万貰うのもおかしい話だからね。
というか、大会賞金は20万ガルドだったと思うけど…。
これは王子なりの餞別なのかな。
ちなみに病院代も王子が払ってくれたらしく、タダで済んだ。
最後の昼食が済んだ後、私達はそれぞれ別行動を取ることになった。
お義父さん、お義母さんはナイトゼナに戻ることに。
お姉ちゃん、ロラン、ミオさんは旅に出ることになる。
私達の行き先とは違う旅へ。
「お姉ちゃん…」
「泣かないのメイ。あんたはもうひとりじゃないでしょ?頑張るってきめたんでしょ?お義母さんの所に戻るため、この世界を守るって…」
「でも、やっぱ寂しいよ…」
泣きじゃくる私を優しく包み込むお姉ちゃん。
頭を撫でてくれるのが気持ちいい。
できればずっとこの癒やしの中にいたい。
旅もせず、お姉ちゃんやお義母さんやみんなと過ごしたい。
それは叶わぬ願いだと知っているが、それでもそう願わずにはいられなかった。
「私達はまた会えるわ。だから大丈夫よ。理沙、ノノ。メイを…妹を頼んだわよ」
「はいっス」
「ええ」
お姉ちゃんは最後に私の頬にキスをしてくれた。
私もお姉ちゃんの頬にキスを仕返す。
「茜殿、そろそろ行きましょう。メイ、また会おう」
「みんな、またねー!!」
ロランさんとミオが駆けていく。
その背中をお姉ちゃんは頼もしく眺めていた。
「じゃあ、またね」
「うん。またね」
私は三人が見えなくなるまで手を降った。
ずっとずっと振り続けた…。
          
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