第15話「提案と思案」

結局、城では有益な情報が得られなかった。
あの後も城の隅々を探して３時間くらいは探した。
けど、異世界の本はないし、記述は一行も出てこなかった。
仕方なくボルノーさんの家に戻ることにした。
城を出ると既に空は茜色に染まっていた。
もうすぐコバルトブルーの闇が茜色を覆い尽くすだろう。




「ただいまです……」



「おう、遅かったな。どうだ何か収穫はあったか？」



「いえ、全然」




私はため息をつきつつ、そう報告した。
理沙も落胆しているらしく、腕組をして難しい顔をしていた。




「とにかく入れ、食事もできている。ゆっくりしていくといい」




「すみません……あ、運ぶの手伝いますね」




「アタシも」




「ありがとう、二人共」




奥さんと一緒に料理を運ぶ。
本当は早く椅子に座ってゆっくりしたいけど、そうもいかない。
ここはきちんと手伝ってあげるのが常識だ。
異世界とはいえ、住んでいるのは人だ。
ルールを守るのは常識だろう。




料理を運び、食事をする。
特に話題もなく、黙々と食べ続ける私たち。
理沙は咀嚼しつつ、難しい顔をしている。
今後の事を考えているのだろうか。
奥さんとボルノーさんはそんな私たちにどう声をかけるべきか迷っているようだ。
私はそれに応えようとしたけど、いい言葉が思い浮かばない。
時計の針の音だけが聞こえてくる。




「あー、この街は王の死去に伴い、本格的に選挙を行うことになった。
選挙後、新しい代表が決まる。その際、議会制度が採用され、前王の法律の見直しなども行われる。王族廃止の法律もできるから、王の親族も財産没収などのペナルティを受けるだろう」




「そうですか……」




「それはそれとして……お前達はこれからどうするんだ？」




そこで私は食事の手を止めた。
首を捻って考える。
今の所、異世界に関する情報は見つかっていない。
死神さんに頼まれた手紙があるけど、でも、別にそれだけの為に行くのも旅費の無駄だと理沙は反対する。とはいえ、今の私たちには手がかりが何もない。
ボルノーさんのような有力な街の実力者でさえ、異世界の情報を知らない。
とすると、一般庶民の人たちに話を聞いても微妙なところだ。
だとすると、身分の高い人に話を聞かなければならないだろう。
例えば、市長や貴族、王様とか……。
でも、そう簡単には会えないだろう。
そもそも会ったところで有益な情報を持っているとも限らない。
第一、誰に会えばいいのだろうか？
それすらもわからない。
なのに、無闇矢鱈むやみやたらに歩くのは危険だ。
今はお金があるけど、無限に財力がある訳じゃない。
世界を旅するには全然足りない。




「うーん……」




「城で有力な情報はなかったッス。こうなると世界中を周るしかないっスね。
でも情報を得られるかどうか、正直微妙ッス。足りない旅費はバイトでもして稼ぐしか」




「そうか……」



「どうかしたんですか、ボルノーさん？」




「これを見てくれ」




と、渡されたのは何かのパンフレットのようだ。
パンフはA4サイズの用紙１０枚程度である。
最初のページに「ニルヴァーナ国立騎士育成学校の案内」と書かれている。




「なんですか、これ？」




「ここから東に５日ほど行くと、ニルヴァーナという国があるんだ。長い間、他国の領土だったんだが、ようやく独立した。だが、まだまだ国としては赤ん坊だ。そもそも国力も低い。農産品や特産品もこれといってないし、軍事力はあるが優秀な人材はナイトゼナに取られていたからな。だが、独立を機に国は新しく学校を設立することにした。未来を担う騎士を育成するための学校だ」




「騎士の育成っスか……」




「ああ。いい結果を出して卒業すれば城に士官することもできる。机の上での勉強もあるが、僻地に赴いての実地試験も多くある。世界中に赴くならこういう学校に行くのも手だと思うぞ」




「なるほど！これなら世界中廻って情報も集められますね。強くもなれるし……一石二鳥です」




「メイ、入学にはお金がかかるっスよ。第一、身分がないと書類審査はパスできないッス。こういう学校は身分にこだわりますからね。どこの馬の骨とも知らない奴はすぐ切らるのがオチッス。最低でも、中流階級以上の身分にならないと……」




「そんなに身分に五月蝿いの？」




「そうっス。ナイトゼナで議会制度が始まっているとはいえ、他国はまだまだ身分思想が根強くあります。この世界は上下関係には非常に五月蝿いッス」




「その通りだ。そこで相談なんだが、二人には俺の養女になってもらいたい」




「養女ですか？」




私と理沙は目を見合わせた。
養女って、本気なのだろうか？
出会って間もない私たちを？
だが、ボルノーさんの目は本気だ。
真剣な眼差しは私たちをまっすぐ捉える。




「理沙くんの言う通り、この世界は身分に五月蝿い。それは国立学校でも同じだし、正直、今のままでは書類審査の時点でアウトだろう。だが、街の副市長でもある俺と養子縁組をして、俺の養女になればその条件はクリアできる。あとはお前たちの実力次第だ」




「待ってください、ボルノーさん。なんでそこまで？そもそも、私達は赤の他人ッス。シェリルを倒した礼って言うにはちょっと大きすぎませんか？」




理沙は疑問を口にした。
確かに私としても疑問だ。
なんで、そこまでするんだろうか。




「今はこの国の役所機能がマヒしている。本来、養女にするには審査がいるんだが、このタイミングならパスできる。お前たちにとっても悪い条件ではないはずだ」




「いやいや、仮に養女になったとして、アタシ達の責任は全部ボルノーさん名義になるッスよ？しかも、メリットは何もないですし」




「そんな損得勘定で考えてはいないよ、理沙。妻とも話し合った結果だ」




「あなた……」




奥さんは何か言いたそうにしていたが、黙っていた。
理沙は憤慨しているというよりも、信じられないという顔をしている。
私も疑っているというわけではないけれど、それでも信じにくい。
どうしてそんな話をするのだろうか。
確かに学校に入って僻地任務につけば調べられることも多いだろう。
身分が手に入ればそれだけ調べられる範囲も増えていくる。
私たちにとっては喉から手が出るほどの条件だ。
でも、どうしてボルノーさんは……。




「俺たち夫婦には子供がいない」




「えっ？」




「妻は子供ができにくい身体でな。様々な病院で治療方法を探してみたが……駄目だった。だが、お前たちを見ていてな、娘がいたらこんな感じかなと思ったんだ。そしてお前たちは危険な道へ進んでいこうとしている。俺はお前たちに手を貸したい。ただ純粋にそう思ったのさ」




「……一晩、時間をくれませんか。ちょっと考えさせてほしいっス」




「ああ」




理沙の言葉に頷くボルノーさん。
理沙は私の手を引き、部屋へと向かった。










部屋に戻り、理沙はパジャマに着替えた。
窓辺で星空を眺めつつ、ぼうとしている。
ナイトゼナの空は日本の空よりも明るく、広大な星の海だ。
海原は広く、星々は明日へと眠る皆を優しく照らしている。
私も隣に座り、同じように空を眺めた。




「……どうします、メイ」




こちらに視線を向けず、声だけで尋ねる理沙。
私はちょっと考えてから言葉を紡ぐ。




「このまま世界を廻って手がかりを掴む。でも、それは可能性が低いよね。
誰に会えばいいのか、どこへ行けばいいのか全くわからない。雲を掴むような話だね」



「ええ、可能性は低いと思います。1年か、それとも10年か。もしかしたら、お婆ちゃんになっても見つからないかもしれません」



「ボルノーさんの事、信じられない？」




「そんなことはないッス。半年間の旅でそれなりに人に出会ってきました。
あの人が悪い人ではないことはわかってるッス……」




「私は信じてみようと思う」



「メイ……」




「ハッキリ言って養子縁組をしても、ボルノーさんがプラスになるとは思えない。
マイナスになるのを覚悟した上で言ってくれていると思う。だから、心からの善意だと私は思うの。実の親が生きているのに養子ってのも変だけど。でも、あの人は信じてもいいと思う」




「メイ……」




理沙はしばらく考えたが、やがて首を縦に降る。
そして、二パッと笑顔を輝かせた。




「わかったっス。でも、学園に入ってもうまく情報が集まるかはわかりません。
ですが、闇雲に世界中歩き回るよりも可能性はあるはずッス」




「よし、あとは特訓だね。明日、学園の詳しい話を聞こう」




「あと、ひとつだけ」




「ん？」




「もし、世界中の誰もが敵になってメイを裏切るようなことがあっても……アタシだけはメイを信じているっス。惚れた相手をアタシは絶対に守るっスよ」




「ありがと」




私たちは互を抱きしめた。
シャンプーの香り、柔らかい身体、暖かな体温。
刺さった刺が抜け落ちていくような、安らかと安堵感を感じる。
風が私たちの髪をたなびかせる。
夜の星空だけが私たちを祝福していた。