ケンドー女剣良子の獅子奮闘記 カクヨム版

小夜子

第14話「再び会うために」



「良子の居場所って!?」




京子の台詞を聞くや否や、礼菜はキスが出来る程の距離まで京子に詰め寄った。
興奮していて鼻息が荒く、目が血走っている。
今にも目から血が流れそうなぐらいの眼力だ。




「お、落ち着いて礼菜さん。ど、どうどう」




顔を赤く染めつつ京子は礼菜を落ち着かせ、少し距離を取る。
京子はノーマルだが、いくら女の子同士でも距離が近いと色々ヤバイ。
特に礼菜は同性から見ても可愛いと思える顔だちと性格だ。
一瞬、キスしてもいいかなと思った事は胸に閉まっておく。
京子は一度咳払いをしてから、話を続けた。




「じ、実は全国の同業者達から情報を集めたの。その中で1つだけ、
有益な情報を得ることができたわ。みんな、染井吉野さんって知ってる?」




「それって良子センパイの…」




「良子と私の師匠よ」




さくらの言葉を補足する礼菜。
京子はやっぱりねという表情で礼菜を見据える。




「親が死んで、兄さんが行方不明になって。そんな時、私を拾ってくれたの。
良子にとっても私にとっても、育ての母であり、剣の師匠よ」




確認するように丁寧に説明する礼菜。
その口調に感謝と尊敬の念を感じる。
彼女の瞳は綺麗に輝いていて、まっすぐだ。
それが決して建前ではないと、その場にいる誰もが理解した。




「染井さん、裏じゃすごい剣客らしくてね。
かつては暗殺稼業で名を馳せていたそうよ。
その完璧な仕事ぶりは誰にも真似ほど、正確無比。
でも、数年前に突然、暗殺稼業を引退。
その後は様々なビジネスを手がけて、企業の相談役をしていた。
相談された件数は300社以上だそうよ。
その会社のほとんどが今や一流の大企業として世間にその名を轟かせているの。
彼女は表・裏どっちの世界でも有名な人なの」




「そういえば、前に良子と一緒にホテルに泊まった時、その人の話題が出ていたわね」




マコが染井吉野という名前で思い出した発言に礼菜はピシリと固まる。





「え…マコ、良子とホテルに泊まったの?二人っきりで?」




「アンタが妖魔に捕まって行方不明だった時があったでしょ。
その時に泊まったのよ」




確かフロントマンが社員一同、”染井様のご健康・ご多幸を祈っています。
東京にお立ち寄りの際は、ぜひ当ホテルをご利用下さい”と言ってた。
あのホテルでも染井が相談役として力を貸していたのだろう。
だからこそ、良子がカードを見せただけで泊まることができたのだ。
普通は高校生がホテルに泊まるなど早々できないのだが…。
それだけ染井吉野という存在は特別なのだろう。
いったいどれだけの尽力をすればそんなレベルになるのだろうか。
マコは考えてみたものの、答えは出ないような気がした。




「それってどこですか?私、そういう話大好きで」




さくらがホテルと聞いてか、キラキラと目を輝かせて質問する。
やはり金持ちらしく、そういう部分は好奇心旺盛らしい。
マコはえーとなんだったけと思い出す。




「原宿・セントラル・ガーディアン・クレッセント・ホテルよ。始めて行ったけどど、噂に違わず、いいホテルだったわね」




ドン!と机を叩くさくら。
それに周りの皆は驚いてしまう。
血の涙を流しながらさくらはありえない!と開口一番言い切った。




「あ、ありない!ちょ、それ、海外のViPとかも泊まる超高級ホテルなんですよ!
超が100個つくぐらい豪華で、値段が腐るほど激高なんですよ!
おまけにサービス極上!!料理も和・洋最高級の素材をふんだんに活かして、コックも超一流!庶民には一生縁が無いと言っても過言ではないぐらいの所なんですよ!アタシですら、まだ行ったことないのに!
うらやまじぃ~!!!!」




きぃ~と地団駄を踏むさくら。




「そんな超高級ホテルに良子と…。何もなかったでしょうね!?」




礼菜は怒り顔でマコに詰め寄る。
まるで主人の浮気を疑う妻のようである。
サスペンスよろしく。




「あ、あるわけないでしょ。ごく普通に泊まっただけよ…」




礼菜のジト目を逸らしつつ言うマコ。
本当は寂しくて寝る前に良子と何度もキスをしたとは口が裂けても言えない。
必死すぎて、希望が見えなくて、愛なしで重ねた唇と唇。
あの時感じた感触が唇に蘇ってくる。
恥ずかしいけど、でも嬉しかったあの気持ち。
今、ここで言うことは公開処刑を意味するだろう。




「なんか顔赤いけど?」




「き、気のせいよ」




「ホントに?怪しいわね…」




そこでパンパンと手を叩く音が響いた。
京子は礼菜の首根っこを掴み、マコとの距離を強制的に元に戻す。
やれやれとマコは安堵の息を吐いた。




「はいはい、お喋りはそこまで。話を元に戻すわよ。
で、調べてみた所、染井吉野と芳江は古い友人らしいの」




「え!?」




意外な名前が出てきた。
芳江というと、あの黒スーツの女だ。
妖魔を指揮し、訳のわからない宗教団体の教祖を務めている。
そして、学園事件を起こし、良子を攫った張本人。
緩んだ空気が一気に引き締まる。




「二人は高校時代の親友で、剣道部の部長と副部長でもあった。
芳江が部長で、染井が副部長。全国大会を何度も優勝し、二人は無双乙女と呼ばれていた。二人は学校でもプライベートでもいつも一緒だった。
お互いライバルでもあり、親友でもあったそうよ」




「…そんなに仲が良かったのなら、今でも連絡を取っているかもしれませんね」




稲美の言葉に首を縦に振る京子。
過去にそれほどまでの関係があるのなら、恐らく今でも関係はあるはずだ。
たとえ友人が悪の道に踏み出すとしても、それを否定する友人は少ない。
芳江と染井は今も何かしらの繋がりがあるはず。
礼菜は自分の師でもある染井を疑いたくなかった。
だが、今は異を唱えずに京子の話に集中する。




「そう考えると、染井さんは良子さんの行方を知っているかもしれない。
染井さんの居場所は私の調査でもわからなかったわ。けれど、礼菜さんなら知ってるわね?」




「ええ。東京からだと距離があるけど」




「どこ?」




「京都よ。京都の山奥」




マコの質問に礼菜は答える。




「残念ながら、情報はこれだけしかないわ。後は染井さんに直接訊くしかない。
ま、素直に話してくれてるとは思えないけどね。でも、礼菜さんになら口を開くかも知れないわ。少しでも行動して、1つでも多くの情報を得ましょう。礼菜さん、案内は任せてもいい?」




「ええ、もちろん。でもお金が…」




満面の笑みを見せる礼菜。
良子と礼菜は染井の下で一緒に剣を学んだ"同門の弟子"である。
二人は剣を学び、やがて親友となり、恋人となったのは誰もが知っている。
案内には礼菜が適任だ。
東京から京都だと新幹線を使えば、大体2~3時間はかかるだろう。
だが、行けない距離ではない。
ただ、問題はお金だが。
人数分払うとなると流石に高校生のお金では難しい。
そこをどうするかだが…。




「お金は私が出すから、みんな準備をして。
昼前ぐらいには出発しましょう!」




それを悟ってか、京子は元気よく発言。
にっこりウインクが決まった。




「よっしゃ、いくわよ!」




「おー!」




マコの掛け声に一同の声が揃った。









そしてお昼過ぎ。
東京駅から新幹線へと乗り込んだ。




「京都か。ちょい時間がかかるわね」




マコが席に座りつつ、言い出した。
その隣に京子が座り、礼菜の順。
前の座席に稲美とさくらが並んで座る。
最初に座ってやることは、背もたれを後ろに倒す事である。
そして、皆うーんと背伸びをした。




「みんな、着いたらしばらく山歩きよ。結構キツいから
今の内に身体を休めてね」




礼菜の言葉に皆頷く。




「ってゆーか、ここだけ人がいないんですケド」




何故か、さくら達以外、誰もいない。
普通はそれなりに埋まっているはずだが。
こうもガラガラだと少し不気味さを感じる。




「ああ、この7号車の座席は全部私が買ったから」




「さらっと金持ち発言ね、京子」




マコの言葉にえっへんと胸を張る京子。
別に褒めたわけではないのだが。




「みんなの為を思ってよ。後、人払いの御札を扉に貼ったわ。
ここには誰も入れないわ」




「いや、別にそこまでしなくても」




「ちなみに何でそんなの持ってるかは企業秘密」




さくらのノリツッコミに京子は人差し指を自分の唇にあてる。
ナイショという可愛らしい乙女ポーズを決めた。
あっそとため息をつくさくら。
男に媚びるような可愛いポーズは同性には受けが悪かったりする。
ウケが悪くて、京子はたははと苦笑いを浮かべた。




「いいんですか?そのような事をしても」




不安げな声で疑問を投げかける稲美。
いいの、いいのと京子は何でもないように言う。




「一応、車掌さんだけ入れるように設定してあるわ。
一般客は絶対入れないけどね。もし入ろうとすれば気分悪くなるわよ。
それでも無理やり入ろうとすれば、目眩・腹痛・持病の悪化・腱鞘炎。
他にも胃腸炎・盲腸。その他諸々の症状が出るからね。
ま、着いたら外すからへーき、へーき」




二ヒヒと小悪魔っぽく笑う京子。
明らかに状況を楽しんでいる。
というか、どうやったら車掌限定の人払い御札になるのだろうか。
つか、そんな病気悪化しまくりってダメだろう。
誰もがそう思ったが、もうツッコむのはやめておく。




「ちなみにここの席代は全部、良子さんから貰ったお金よ。
いい活用でしょ?」




「え、そうなの?」




「ふふ、元々は礼菜さんを助ける為に良子さんが奮発したお金よ。
それを今、良子さんを助ける為に使う。これって凄い事だと思わない?」




「良子…」




以前、礼菜が妖魔に攫われた時。良子は礼菜の手がかりを掴むべく、マコと東京中を歩き回った。しかし、有益な情報は得られず、ただ時間と日にちだけが過ぎていった。そんな時、良子達は偶然にも京子と出会う事になる。良子は明日までに有益な情報を得ろと無理難題を言いつけた。その見返りに350万出すと約束したのだ。
京子はその条件を受け入れ、すぐに調査を開始。
その結果、礼菜の居場所を1日で割り出すことに成功。
礼菜を攫った妖魔のアジトを見つけ出した。




良子とマコは協力して妖魔を倒し、無事に礼菜を助け出した。
その350万は良子が大阪で一人暮らしをしていた時、アルバイトで稼いでお金だった。後にそれを知った礼菜は自分の為にそんな大金を使わせてしまった事を激しく後悔した。だが、良子はこう言った。




"ウチね、後悔してない。礼菜の為にそのお金を使えてよかったって思ってる"




その言葉を礼菜は今でも心に深く刻んでいる。
大切なのはお金じゃなくて、友達。
その友達が助かる為なら、どれだけの大金を使おうが厭わない。
そんな純粋な気持ちが礼菜には嬉しかった。
京子によると、良子は一切渋らず、無我夢中だったという。
言葉にならない感動が心を熱くする。
あの時の言葉が今でも忘れらない。
その想いが強烈に自分の中に広がっていく。
ビデオテープが再生されるが如く、礼菜の頭の中でその場面が再生される。
狂ったように再生される。




「りょうこ…会いたいよぉ」




礼菜は堰を切ったように泣き咽ぶ。
感極まったのだろう。
手で顔を覆い、俯きながら涙を流している。
京子はそんな礼菜をそっと抱きしめた。




「大丈夫よ。絶対、私たちが助けるんだから」




「…うん」




「もう、泣かないの。あんま泣いてばっかだと、良子さんに嫌われちゃうぞ。それにね、良子さんはきっとあなたの笑顔が大好きなはずだから」




えへへと笑みを零す京子。
その笑顔に礼菜も釣られて笑みを返した。




「そうそう、その顔、その顔」




京子は礼菜をもう一度ぎゅっと抱きしめる。




「みんな、礼菜さんと同じ気持ちよ。良子さんが大好きな連中ばっかり。
喧嘩をした誰かさんもいるけど、それも今は美しい思い出のはずよ。
良子さんは仲間想いで、優しくて、本当にいい人だと思う。
だからこそ、絶対に良子さんを助けるわよ!」



「おー!」




歓声を上げる乙女達。
礼菜はもう悲しい気持ちはどこかに吹き飛んでいた。
周りにはこんなにもいい友達がいる。
良子を想い、慕う仲間達が。
それが何よりも嬉しくて、そして心強かった。
素敵な友達に囲まれ、幸せを感じる礼菜だった。








「京都ー。京都ー。白線の内側までお下がりください」




アナウンスが鳴り響く。
新幹線は無事に京都駅へと着いた。
7号車からさくら達だけが出てきたのを不審に思われたが・・・。
なにせ、高校生ばかりなのだ。
一体何の集団だろうと一般客はさぞかし不思議に思っただろう。
だが、皆は特に気にしないようにした。




「いい天気ね」




礼菜がうーんと伸びをする。
雲ひとつ無い快晴で、陽気がポカポカとしていて暖かい。
さほど風も出ておらず、快適だ。




「今日は1日晴れみたいです。雨じゃなくて助かりましたよ。
雨で山歩きは大変ですからね」




スマートデフォンの天気予報アプリを見ながらさくらが言う。
確かに雨の登山はできれば避けたい所だ。
雨が降れば土がぬかるみ、歩きにくく、体力を浪費してしまう。
晴れなのは都合がいい。




「割と都会なのね、京都は」




「駅周辺は市街地ですけど、趣ある建物も数多くありますわ」




京都についてを話すマコと稲美達。




「ここからは案内よろしくね、礼菜さん」




「うん。道は覚えてるから大丈夫よ。行きましょう」




一行は駅を出て、市街地へと向かった。









市街地へと着いた。
京都といえば寺社仏閣のイメージが強いだろう。
舞妓さんなど日本古来の文化が今でも多く生きている場所でもあり、
毎年数多くの外国人旅行客が訪れていることでも有名だ。
条例により、建物の高さが制限されているので、美しき整った町並みを見ることもできる。そんなイメージがある京都だが、駅周辺は都会だ。
様々な家々や店が立ち並ぶ開発された地域である。
本来なら寺社仏閣を観光したいところだが、それはまた今度。
今は良子の数少ない手がかりである染井吉野の家へと向かうことが最優先だ。
一行は周りの風景を楽しみつつも、礼菜の歩く先へ皆ついていく。





やがて歩く内に市街地から住宅街の中へ入っていく。
周りには古い木造建築の家ばかりが立ち並んでいる。
それのどれもが人気が無く、大昔に朽ちて放置された家ばかりだ。
既に家としての機能はなく、放置された廃屋となっている。
辺りには礼菜達以外は誰も歩いておらず、人っ子一人見かけない。
まだお昼過ぎだから、人が歩いていてもおかしくないのだが・・・。
晴れていたはずの空は曇がかかり、風が少し吹きはじめていた。




「なんか不気味ですね、ここ」




「大丈夫。オバケとかはいないわ。どういう訳か、昔からこんな地域なの」




あっけらかんと言う礼菜。
慣れているのか、口笛混じりに歩いてる。
だが、彼女以外はとても不安そうだ。
ゴーストタウン状態の住宅街に怯えている。
しかし、礼菜はみんなの不安を余所にドンドン進んでいく。
礼菜にとっては勝手知ったる道なのだろうが。
とにかく今は進むしかない。




「こういう所、写真で撮ったら何か写るかもね☆」




「京子、やめてよ。縁起でもない」




マコがぶんぶんと激しく首を横に振るう。
さすがのマコもお化けなどは苦手なようだ。




「確かに気味が悪いですわね」




「こ、これぐらい、こ、怖くないですよ。
お、オバケ屋敷だと思えばば」




さくらですら不安そうな顔をしている。
平気なのは京子と礼菜だけのようだ。
稲美も平気そうな顔をしているが、冷や汗を流している。




「京子は何で平気なのよ?怖くないの?」




「浮気調査やら張り込みやらでこういう道は慣れているから。
怖くも何ともないわ」




この二人、どこかおかしいのではないかとさくら達が疑いを持ち始めた時だった。




「あ、ここ、ここ」




と、礼菜が立ち止まった。
しかし、そこは行き止まり。
正確には家々の塀(へい)に囲まれたどん突きである。




「着いたって、行き止まりじゃない」




「みんな、ちょっと離れてて。魔法の呪文を唱えるから」




冗談っぽく言いつつ、ウインクする礼菜。
昔のアイドルよろしく。




「魔法?メテオとかアルテマとかですか?」




「ベギラゴンとかマヒャドとかメラゾーマとかかしら?」




京子とさくらが某RPGの魔法呪文を思いついた順に言う。
普段、ゲームをしないマコや稲美にはさっぱり意味がわからない。




「そんな物騒なのじゃないから。みんなここで待ってて」




あははと笑みを溢し、軽やかに駆け出す礼菜。
礼菜はどん突きの壁まで進む。
一度深呼吸をし、そして。




「花さそう、嵐の庭の雪ならで、ふりゆくものは我が身なりけり」




静かに、確かに、言葉を一字一句言う礼菜。
どこからか花びらが舞い降りた。
それは桜の花びらで、花弁はまるで礼菜達を祝福するかのように降り注ぐ。
優しく、美しく、儚かに、しかし堂々としている桜の木が。
どこにもない。




「あの、なんで花びらが?桜の木なんてないのに」




「そういう演出なんだって。ほら、見て」




礼菜はどん突きを指で示す。
目の前のどん突きの壁が、壁の先にある家ごと徐々に消えていく。
消しゴムで消していくように少しずつ消えていった。
やがて壁も家も無くなり、そこから先には山へと続く道があった。




「一体何なの?これは」




マコは首を傾げつつ、礼菜に尋ねる。




「染井先生は用心深いからね。侵入者が忍びこまないように、こうして呪文で結界を造っているの。今のはその結界を一時的に解く為の呪文よ」




「ふうん。さっきの花さそうっての、どういう意味?」




「実はそこら辺、あんま知らなくて」




えへへとマコの質問に顔を背けつつ言う礼菜。



「これは藤原公経ふじわらのきんつねという方の歌です。
普通に聞くと雪の歌かと思いますが、実は桜の歌なんですよ。
春の山から吹き下ろす風。
風が桜と「踊ろうか」と誘って花びらがひらひらと舞い落ちる。
それはまるで雪のように「ふっている」
けれど、実は「古りている(年老いている)」のは
私の姿なのだなあという意味です」




稲美がうっとりしながら語る。
散りゆく桜に自分の老いを重ねた歌です、と付け加えて。




「要するにアレですか。病院で死にかけのお爺ちゃんが窓から見える木の葉を見て、ワシの命もあの木の葉が散るまでじゃのうと感じるのと同じですか」




「うーん、まあ、似てるといえば、似てるのでしょうか」




すごく苦笑いしながら返答に詰まる稲美。
いや、全然似てないと思うが。




「老いって言われてもわかんないですね、私達には」




「まあ、高校生だからね。老いを感じるなんてないわよ、普通。
あったら問題だわ」




あははとさくらは笑う。




「まあ、確かに素敵な歌ですけど。桜ってのは日本の代表的な木です。
桜の開花する4月といえば、新しい出会いが始まるスタートシーズン。
学生も社会人も、みんな、穏やかな気持ちにしてくれます。
TVのニュースなんかでも、開花が話題になったりしていますね。
桜は平安時代から、ずっと私たちを見守ってくれています。
それだけ、日本人に馴染みの深いものなんです。
私は桜を見ても、老いなんか感じません。
桜のように誰が見ても見なくても、堂々と優雅に咲き誇る。
そんな風に生きていきたいです」




それは建前でも何でもない、さくらの正直な言葉だった。
そんな純粋な彼女の言葉に皆は心が洗われるのを感じていた。




「ふふ、さくらちゃんらしい意見だわ。百点」




よしよしとさくらの頭を撫でる礼菜。
えへへと照れ笑いするさくら。
誰が見ていなくても、堂々と優雅に咲き誇る。
礼菜はその言葉を自身の胸の内で反芻していた。




「そろそろ行きましょう。この先よ」




礼菜達は気合を入れ直し、山へと向かった。







木々のざわめき、鳥たちの鳴き交わす声。
それだけだが辺りから聞こえる。
この山には都会にありがちな生活音は何もない。
車や騒音・排気ガスも、人々のざわめきも一切ない。
自然の音だけというのは実に心地いい。
普段都会で疲れた心を緑は癒してくれる。
空はまだ曇っているが、雨が降りそうな気配は今の所無い。
この山は全く開発されていないらしく、登山道など舗装された道がない。
その為、ひたすら獣道ばかりだ。
道なき道をただひたすら歩いていくしかない。
草木をかき分け歩いたり、急勾配な坂を上ったり。
歩き慣れている礼菜とは対照的にさくら達は早くも苦戦していた。
これさえなければなと皆が思った。




「なかなか険しい山道ですわね」




稲美も汗をハンカチで拭きながら、歩いている。




「ううう、山歩きは苦手なんですよ~」




と、珍しく弱音を吐くさくら。
だが、それは皆も同じなようで歩き方がわからず、手間取っている。
普段コンクリートの道路や道に慣れているせいで、土の道はほとんど歩いていない。そのせいで山歩きは難しく、とても大変である。
履きなれた靴で歩いているものの、慣れていない山道は難しい。




「れ、礼菜、まだ歩くの?」




「もう少ししたらショートカットできるから大丈夫」




「ショートケーキ?」




「ショートしか合ってないわよ、京子」




とノリツッコミなマコ。
しかし、疲労が溜まるこの状況では乾いた笑いすら起きやしない。
みんなスルーである。
裏を返せば、京子は冗談を言えれる程、余力があるという事だ。
マコ達が山歩きに苦戦する中、京子と礼菜だけは平気のようだ。
体力だけではなく、歩き方も上手でとても慣れている。




「でも、ホント懐かしいなぁ。まだここ出て1年半くらいだけど、もう何十年も帰ってなかった気がする。よく良子と一緒にここから街へ遊びに行ったり、街から帰ってきたり。あの頃は毎日幸せだったな」




少し遠い瞳をしながら過去を思い出す礼菜。
その瞳は嬉しさと懐かしさを織り交ぜた複雑な想いを湛えている。
ここには礼菜と良子にしかわからない、二人だけの思い出がたくさん刻まれた場所だ。今、きっと礼菜はその時のことを思い出しているのだろう。




「礼菜センパイ、過去形にしちゃダメですよ。良子センパイはアタシらが助けるんですから。その為にここまで来たんじゃないですか。元気出して行きましょ」




えへへと笑顔を見せるさくら。
その笑顔には疲労も含まれていたが、優しげな笑顔だった。
もちろん、ダメ出しではなくあくまで激励の言葉だ。
そんな彼女に礼菜は少し胸が熱くなる。




「ありがとう、さくらちゃん」




お礼にと礼菜はさくらの頭を優しく撫でてあげた。
普段なら子供扱いして~というさくらだが、今回は屈託のない笑みを返した。
皆、良子に対するそれぞれの想いがある。
その気持ちに上も下もないのは言うまでもない。
けれど、さくらだけはある意味自分以上に良子を想っているのではないだろうか。礼菜にはそんな気がした。




「いい事言うわね、さくらちゃん」




と、マコもさくらの頭を撫でてあげる。
続いて稲美も京子も撫でていく。




「エヘヘへ。なんか嬉しいですね、こう言うのって」




少し照れ笑いしながら、破顔するさくら。
その光景に皆、頬を緩ませていた。
皆の気持ちが一つでなければ出来ない光景だ。
正しい目標に向かって、みんなと同じ道を進む。
それは時に大変だが、とてもいい物なのである。
それをこの場にいる誰もが感じていた。




「さあ、見えてきたわ。あそこがショートカットできる場所よ」




礼菜の指す先にはぽっかりと開いた洞窟みたいな場所がある。
礼菜案内の元、早速そこへと向かった。




洞窟内部は静かだった。
足音が響き、声も反響する。
まるで小さなライブ会場みたいだ。
洞窟内部に火や電灯はないが、明かりがなくても何とか見えるレベルだ。
恐らく、さほど奥が深くない浅い洞窟なのだろう。
地面は砂利道で、歩く度にザクザクという音を立てている。




「あ、なんか声がよく響きますねー。歌の練習とかできそう」




「ふふ、みんなでバンド組んで歌でも歌う?」




疲れを隠すため、おしゃべりするマコとさくら。
それでも足は休めずに歩を進めている。




「良子はギターが弾けたわね。私は楽器苦手だから、
ドラムとかかしら」




ドラムなら叩くだけでいいし、とマコは言う。
ドラム経験などないが、なんとなくできそうだとマコは勝手に思っている。




「京子は何が得意?」




「ピアノなら弾けるわよ。中学も高校も吹奏楽部だからね」




と、自慢する京子。
コンクールで優勝した事もあるのよと付け加え、もっと自慢した。
天狗のように鼻が高くなっているのは見間違いではないだろう。




「…さり気に自慢ね。稲美先輩は?」




「琴、バイオリン、三味線、ピアノぐらいなら嗜んでいます」




うわ、なにげにハイスペックじゃね?とツッコむさくら。
あちゃーと自分の額をさくらは叩く。




「私、楽器とか全然ダメなんですよぉ。今度、良子先輩に教えてもらおかな」




「バンドを組むのはまだ先の話になりそうですわね」




「組むとしたら、どんな名前がいい?」




「わか○ガールズとか」




「それ、某軽音楽4コマ漫画とかぶるからダメ」




「じゃあ、放課後…」




「ダメダメ、それもかぶるって。もっと、こうカッコイイ奴。
例えば、女子高生☆キラーズ、ガンズアンドハイスクールガール、
ドムドムクラッシャーズ、新宿☆千人斬りとか」




「マコ先輩、センスないですね」





新宿☆千人斬りって何だ。




「うう、ヒドイ言われようね。
あーあ、あたしのハートがヒビはいったわ。
5センチは入ったわね。誰かさんのせーで」




「大丈夫です。マコ先輩のは頑丈ですから。
10センチ入っても平気です」




「あら、言ってくれるじゃないさくら。
覚悟はできてるんでしょーね?」




「きゃー。こわーい」




「こらーまてー」




とマコはさくらを捕まえ、頭をグリグリする。
もちろん、冗談でやっているのはいうまでもない。
礼菜は微笑ましく思いつつも、無言で前だけを向いて
歩をゆっくりと進めている。
責任感の強い彼女は案内役の手前、気を抜けないのだろう。
だが、空気を読んで注意などはしない。
この和やかな空気が自分も好きだからだ。




「さて、ここがお客様用エレベーターよ」




そこにはエレベーターがあった。
といっても、マンションなんかにあるエレベーターとは違う。
ドアも壁もない、床だけが移動する仕組みの簡易エレベーターだ。
一行は無言で床の上に乗る。
礼菜は全員が乗ったのを見計らって、端末装置を動かした。
数秒もしない内にエレベーターが轟音と共に動き始めた。
足元に浮遊感が備わってくる。
グオ…グオン…という稼動音が辺りに不気味に響いている。




「どれくらいで着くの?」




「うーん、20分くらいかな」




京子の質問に頭を捻りつつ答える礼菜。




「結構かかるんですね」




「うん。ま、少し休憩しましょうか」




と、お尻を地面に下ろす礼菜。
汚れが気になるが、山歩きで皆の服は汗でベトつき、靴もドロドロだ。
男がいる訳でもなしし、今更気にしても仕方ない。
礼菜が座り出すと、連鎖的にさくら達も座りだした。




「……」




慣れない山道での疲労で、みんな何も喋らない。
というか、喋る気力がないというのが正しいだろう。
何か話そうにも、先ほどよりもいい話題は無さそうだ。
流石に寝てはいないが、呼吸を整えながら疲れを少しでも軽減した方がいいだろう。
皆、そう思ったらしく、誰も何も喋らないまま時が流れていく。




「あの、しりとりでもしませんか?」




さくらが提案する。
じゃんけんで順番を決め、礼菜、京子、さくら、マコ、稲美の順だ。




「じゃ、しりとりのりから。りょうこ」




「コ○ン星」




「何、コリ○星って」




「さくらちゃん知らないの?普段、テレビとか見ないの?」




「うーん、好きな番組なら見てるけど。でも、芸能人ってそんなに詳しくないのよね。ってアタシの番だったわね。ええと、インド」



「ドン○ーコング」


「どんぐり」


「りょうこ」


「コンタクト」


「東京」


「うぐいす」


「スイカ割り」


「りょうこ」


「また「こ」!?コアラ」


「ランボー」


「木刀」


うり


「りょうこ」


「礼菜先輩。さっきから「りょうこ」しか言ってませんね」


「え?だって、「り」から始まってるから」




別に普通でしょ?的なさも当然という顔の礼菜。
さくらは頭痛を感じた。




「あーもういいです。やめましょ。何か頭痛くなってきた」


「ま、気持ちはわかるけどね。二人はガチだし。この前だって」


「え、何ですか、マコ先輩!?エロトークですか!?」


「実はね~」


「キャー!何の話かわかんないけど、とにかくやめてー!!」




再びワイワイガヤガヤと盛り上がる一行。
稲美はそれを微笑しながら見守り、さくらはマコの話すエロ話に興味津々。
徐々に高まる緊張感を抑えつつも、皆はお喋りに興じていた。
不安を覆い隠す為のお喋りなのか、何となくいつもと雰囲気が違う。
けれど、無言だと余計に不安になってしまう。
果たして、良子の情報は聞けるのだろうか。
そう思いつつも、さくらは今のこの時間を楽しむことにした。
それはさくらだけでなく、みんなもそうだった。





どれぐらい経っただろう。
礼菜は20分と言ったが、さくら達には何時間にも感じられた。
場所の移り変わりがないせいでそう思うのか、それとも本当にそれだけの時間がかかっているのか。
時間を測っていないのでどちらが正確かわからない。
だが、エレベーターは目的地へまもなく着くようだ。
その証拠に太陽の日差しが少女たちを明るく照らしていた。
曇り空はいつしか晴れ渡っていた。





エレベーターを降りると、そこには再び自然豊かな森が広がっていた。
木々が生い茂り、小鳥たちが鳴き交わし、木々のせせらぎが聞こえる。
緑豊かで自然の音以外何も聞こえないほど、静かな場所だった。
最新の研究では森の写真を見ただけでも人は癒されるらしい。
だが、やはり実際に森に来た方がリラックスできるものだ。
枝葉のざわめき、樹木の濃い匂い、濃度の濃い酸素・・・。
都会でささくれだった心が落ち着きを取り戻していく。
一行は疲れを忘れてしばしの森林浴に癒されていた。
今まで足元に浮遊感があったので、急に地面に足を着けると変な感じだ。
歩きながらその違和感を消していく。
エレベーターは皆が降りると同時に地下へ再び戻り、大地に偽装した。
普段は地面に紛れてわからないようになっているようだ。






「あれがそうよ」




礼菜が指で示した先には家がある。
茅葺屋根に無双窓という、今はもうあまり見ないタイプの家だ。




「なんか・・・随分レトロなんですね」



さくらが少し異様な物を見る目で言う。
茅葺が珍しいようだ。




「うーん、最近ではあまり見ないかもしれないわね。
先生はああいうのが好きなんだけど」




「茅葺屋根に無双窓ですか。古き良き日本の家屋という
感じですね」




稲見がしみじみと語る。
その姿はなんだかお婆ちゃんのようだ。




「かわぶきやね、むそうまど・・・?」




聞きなれない単語にさくらは首を傾げた。




「まず茅とは茅とは屋根を葺く草の総称のことで、主にススキやチガヤを葺いた家屋の屋根の構造の一つです。古くは縄文時代から造られ、かつてはごく一般的な木造家屋として広く普及していました。今でも世界文化遺産の白川郷や東北地方の宿場町などで見かけることができますわ」




「へぇ~。なるほどねぇ」




少し感心するさくら。
稲美は続ける。





「茅葺屋根は屋根の形で様々なタイプがあります。染井様のお宅は切妻造りのようですね。本を伏せたような山形の形をしたタイプをそう呼びます」




「なんか時代劇とかに出てきそうね。ところで無双窓ってのは?」




「無双窓とは、竪板たていたをその幅だけ間をあけて
打ちつけた連子れんじ二つを前後に並べ,
外側を固定し,内側の連子を左右に移動可能としたものです。
台所や雨戸に換気の為に用いられていますが、他にも、
無双窓を操作することで外からと中からの視線、
光、風通しを自在に操ることができます」




「戸を閉めた状態で開閉できるから、防犯にも役立つわよ。
連子の使い方次第で風通しの調節や防犯もできるわ。
ガラスじゃないから、泥棒が割って入ることはできない。
今でもその利便性から、わざわざ設置している家もあるみたいよ」




京子が稲美の説明に補足した。




「へぇ~。なんか凄いんですね。
というか、良子センパイ達はここで過ごしたんですね」




いったいどういう生活を送り、どんな思い出を刻んできたのかな?
さくらは家の造りよりも、そっちの方に関心があるようだ。
自然豊かな環境だし、都会の軋轢がほとんどない。
こんな場所なら修行しても苦にならないだろう。
いつかここで良子に剣を教えて貰うのも楽しいかもしれない。
さくらはちょっぴりそんな事を考えていた。




「そろそろ行きましょうか」




一行は早速、家へ向かった。






「先生、いらっしゃいますか?礼菜です」




家の扉をトントンと優しくノックする礼菜。
少し間を空けてから、扉が横に開かれる。




「久しぶりね、礼菜ちゃん」




「ご無沙汰しています、先生。
またお会いできて嬉しいです」




深々と丁寧に頭を下げる礼菜。
その礼菜の矢先にいる家人。
それは女性で、30代前半~後半のように思われる。
だが、20代と言っても通じるレベルだ。
肌は白く、きめ細やかで、まるで人形のように端正な顔立ちをしている。
一言で言えば美しいという形容詞が素直に合う人物だといえるだろう。
美術館で美人画を綺麗と思うのと同じぐらい、綺麗な人だなとさくら達は思っていた。こういう人を京美人というのだろうか。




「あら、お友達もいるみたいね。さ、中にどうぞ」




染井に招かれ、一行は早速お邪魔することにした。






染井の家はやはり昔ながらの家だ。
玄関を上がると段になっていて、そこには囲炉裏がある。
その先に竈や台所がある。窓はもちろん、無双窓。
寝室などの部屋はその更に奥にあるようだが、麩(ふすま)で仕切られている。染井は「よっこらしょ」と顔に似合わずオバサン臭く言い、立ち上がる。でも、何故か様になっているのが不思議だ。




「先生、手伝いますよ」




礼菜が進んで手伝おうとするが、染井は首を横に振る。




「あなたはお客さんでしょ。お客さんが手伝いしてどうするのよ」




クスクスと笑う染井。




「ですけど、先生にはお世話になりましたし。
私は今でもこの家の住人です。きっと良子も同じ事を言うはずです」




ハッキリした口調で丁寧に言う礼菜。
その言葉の端々にこの家と染井に対する想いが感じられる。
彼女はお世辞でも何でもなく、本心で言っている事がよくわかる。
その想いにさくら達は胸が熱くなるのを感じた。




「ふふ。いい子ね、礼菜ちゃん。立派に成長してくれて、本当に嬉しいわ」




「先生…」




染井は礼菜を優しく抱きしめた。
それが心地いいのか、うっとりと目を細めてしまう礼菜。
いい師弟関係だなとこの場の誰もがそう思った。




「でも珍しいわね。良子ちゃんがいないなんて。
あなた達はいつも一緒でしょ?仲良しさんなんだし」




その一言で場は一気に凍りついた。
空気が固まったかのような静寂が訪れる。
礼菜も俯きかけるが、意を決して言葉を紡ぐ。




「先生、実はその事も含めてお話に来ました。
少々長くなりますが」




「構わないわ。話してちょうだい」







まず、各自の自己紹介を簡潔に済ませてから事情を説明した。
妖魔の件、良子の行方不明、マンション倒壊事件、寮の火事。
一通りの説明が終わり、茶を一口飲む染井。
落ち着いているらしく、動揺する素振りは見られない。
一行は囲炉裏の前に座り、染井の発言を待っていた。




「事情はよくわかったわ。それで良子ちゃんを探しているのね?」




「はい」




静かに頷く礼菜。




「でも、どうしてここへ?」




「それについては私から」




と、京子が挙手し、発言する。




「実は敵の中に人間でありながら、妖魔の味方をしている人物がいます。
その人物は芳江といい、あなたとは高校の同級生です。しかもただの同級生じゃない。同じ剣道部の部長と副部長という間柄。それも二人は相当仲が良かったとの事。今の良子さんと礼菜さんのように互いを想い合う親友だった」




「それで?」





「芳江は妖魔を利用して何かを企んでいます。妖魔の味方となるのも、何か理由があるはず。ですが、人は迷う生き物です。心を許した貴女になら、きっと何か話しているはず。芳江は宗教団体「光の会」の代表ですが、彼女が代表になった経緯は全く不明です。ですが、あなたの権力ならそれぐらいは可能なはずです。つまり、芳江とあなたは協力関係にあった。違いますか?」




「その根拠は?」




染井はごく普通にそう聞いてきた。
表情に焦りや驚きといったものはなく、まばたきすらない。
視線が泳ぐこともなく、誰がみても平静そのものだ。
恐らく、かなりのポーカーフェイスなのだろう。
京子はそう思いつつも、懐に手を伸ばし、何かを取り出した。
それは一枚の写真だった。
皆も集まり、写真に注目する。




「これです」




そこには芳江と染井の二人が写っている。
場所は囲炉裏の前、つまりここだ。
手ブレもなく、クリアに写っているその写真に加工の跡はない。
写真の写った部分を染井に見せながら、射抜くような眼光で染井を睨む京子。




「これはあるルートで入手した写真ですが、お二人の姿がハッキリ写っています。これ以外にも2、3枚、お二人を撮った写真があります」




「プライバシー侵害も甚だしいわね、探偵さん?」




にっこりと微笑みを返す染井。その笑みからは何を考えているのかわからない。
余裕の微笑みなのか、焦りを隠す為の笑みなのか。わからないだけに不気味さを感じる。だが、京子にとってはそんなの毎度の事。それぐらいでは動じない。
プロの探偵だけあって、度胸が違うのだ。




「この写真を見てもわかるように、あなたと芳江は高校卒業後も連絡を取り合い、ここで会っていたのは事実です。貴方は間違いなく良子さんの居場所を知っている」




「どうしてそう言い切れるの?芳江と私は確かに友人だけど、ただお話していただけよ。私の唯一の友達だからね。どうして家で話をしていただけで良子ちゃんの居場所を知っていることになるの?あなただって友達と家でお喋りすることあるでしょう?」




確かに染井の言う通りだ。
ここで二人が個人的に会っていたとしても、何の話をしていたのかはわからない。
単なる世間話かもしれないし、雑談かもしれない。
計画の話をしていたという証拠はない。
この写真には二人がここで会っていたという事実を示すだけだ。
それ以上の証拠能力はない。




「先程も言いましたが、芳江は光の会という宗教団体の代表です。
そこのある幹部の証言で教祖様は足繁く染井さんの家へ通っているとありました。幹部達には「友人に知恵を借りに行く」と言っていたそうです」




「そう」




「染井さん、正直に答えてください。
何もかも全て仕組まれていた事なんでしょう?
良子さんが急に大阪から東京へ転校したのも、良子さんと礼菜さんが再会したのも、妖魔と戦うことになったり、学園事件が起きた事も。
これらは全て、あなたと芳江が仕組んだ事です!」




有無を言わせず叩きつけるように言う京子。
まるでマシンガンを撃つかのような弾丸連発だ。
全員、京子の発言に呆然としている。
全てが仕組まれていた?
良子の転校から、その後の事も全て!?





「以前、餓龍館の弥剣という男からこれを貰いました」




京子はバッグから何かを取り出した。
それは分厚い紙の束だが、長々とした文章や写真が載っている。
何かの資料だろうか。




「や、弥剣って!」




「そう。さくらちゃんの餓龍館時代の同期で、学園で戦ったあの男よ」




弥剣は餓龍館暗殺部隊の一人であり、さくらの同期でもある古巣の仲間だ。
さくらが餓龍館を裏切った後、彼を荒覇吐学園に刺客として送り込んだ。
二人は死闘を繰り広げた末、戦いはさくらが勝利した。
だが、弥剣はさくらが好きだと死の間際に告白し、果てた。
さくらはその資料を見たい思いに駆られた。
一体、彼は何を京子に残したというのだ。




「奴がくれたのは餓龍館が独自で調べていた染井さん・良子さんについてのレポートよ。さくらちゃん、この部分読んでくれる?」




「あ、うん」




京子は隣にいるさくらに声をかけ、資料を手渡し、指で読む部分を示す。
もちろん、さくらの気持ちを察して京子は読む役を託したのだ。
さくらは文章を目で追いつつも、文字を声に変換する。




「染井と芳江は高校時代、剣道部の部長と副部長だった。
共に青春を謳歌した親友同士である。
芳江が部長を務め、サポートを副部長の染井がこなしていた。
だが、二人の関係は単にそれに留まらない。
芳江は「光の会」という宗教団体を教祖を殺害して、奪った。
勿論、大多数の信者はそれを知らない。
幹部連中ですら、知っている者はいないだろう。
下の連中には自分が指名されたと伝えたようだ。
実際に書類上でも芳江が代表になっている。
恐らく殺害する前に自分を次代の者にするよう細工したのだ。
ここら辺は染井の仕事の可能性がある。
芳江を推薦する声は実は以前からあり、指名されたという事が嘘だと
気付く者は全くおらず、幹部ですら鵜呑みにしてしまったようだ」




「その後、光の会は勢力を拡大。
その結果、会員数(信者)は300万人にまで増加。
その多くは無気力で世間に絶望した者達で、20~40代が最も多い。
男4・女6という割合で、女性が多いようだ。
これは芳江に共感した女性の信者が多いからだろう。
また入会手続き等も簡略化されていて、さほど難しくない。
それが増加の一途を辿った要因であろう。
強引な勧誘活動も無く、月に一回の定例会に出ればいいだけだ。
その定例会さえ強制ではなく、任意だというのだから敷居は低い。
一体、芳江は何故そこまでして教祖になったのだろうか。
芳江は光の会の大願として「世界の再構築」と謳っている。
これは前教祖にはなかった、彼女オリジナルの発案だ。
それが何を示すのかは会員はおろか、幹部も知らない。
ただ、新しい世界を自分達で造るという意味であることは確かのようだ。
そして、彼女は剣良子に目をつけた。
彼女をダシに芳江は妖魔に上手く話をつけた。
そして、妖魔を良子に差し向けた」




読みながら驚きを隠せないさくら。
なんなのだ、これは。
さくらはそう思いつつ、続ける。




「妖魔達はことごとく倒され、数少ない上級妖魔ですら倒された。
当主は相当ご立腹らしい。妖魔は能力もプライドも高く、それが覆される事を最も嫌う種族だ。だが、近年は人間に化け、その能力を活かして社会的に高い地位を
得ることを妖魔達は誉(ほまれ)とし、当主に多額の献金をしている。故に現代では妖魔達は強さではなく、献金の金額で上位の優劣がある。その辺は我々の世界で言う、ヤクザの仕組みによく似ている。そのせいで、人間と戦える妖魔は年々減少している。


中でも上級妖魔である半妖や神に近いと言われる陸神魏りくしんぎが良子達に倒されたことは寝耳に水だろう。恐らく、反撃の機会をどこかで伺っているはずだ。
だが、戦いに反対の声も大きい。戦える部隊が少なれば、妖魔にとっては危機的状況だ。そんな状況で妖魔を倒すために設立された部隊の末裔。要するに良子達のような人間に狙われればおしまいである」




読みながら内容を把握しようと試みるさくらだが、情報が多すぎて整理が追いつかない。「続けて」と京子の言葉に頷く。




「そのせいか、当主は以前よりも慎重になっているようだ。芳江が何故、妖魔に良子を襲わせているかは不明。今後も調査が必要である。尚、芳江の「再構築」計画は染井吉野が助言を与えた模様。染井吉野は表も裏も顔が効き、かつては裏仕事で荒稼ぎをしていた。また表では企業経営の相談役などを長年勤め、何もしなくても金が振込まれるという立場にある。故に資金面も豊富であることはまず間違いない。会の信者は幹部も含め、中流階級の一般市民が多い。お布施の額は一人当たり4~5桁が精一杯だ。多くてもせいぜい6桁ぐらいである。また、強制ではなく自由となっている。
だが、光の会の収支計算書によると8桁を超える振込が毎月必ずある。匿名とされているが、恐らく染井からだろう。様々なビジネスで法外な報酬を得ていた彼女だからこそできる業だ。「再構築」計画は芳江一人だけでは「絵に描いた餅」で実現は不可能。染井吉野の協力があったからこそ、計画実施に踏み込んだのだと思われる。以上」




レポートはそこで終わっていた。
誰も彼もが言葉を失い、さくらが喋った言葉を頭で考え込んでいる。
芳江は世界を再構築させると言っていたが、それは「再構築」計画を指していたのだ。妖魔と結託して良子を襲わせるのもその計画の一端だという。
しかし、まさか良子の実の師でもある染井が計画に加担していたとは。
資金を出し、芳江と直接話し合いをしているのも間違いない。
礼菜は二人が協力関係にある事がショックだった。
正直、まだ信じられない。
嘘であって欲しいとすら想う。
だが、現実主義者の京子は再び言葉を紡ぐ。




「餓龍館が何の証拠も無しにこんなレポートを書くとは思えません。
恐らく、様々な調査を行なった結果、これにまとめたんでしょう。
校長に提出する予定でね」




「で、でも何で京子に?ってゆーか、それいつ貰ったの!」




「学園事件が起きる少し前よ。多分、弥剣は先を見越していた。
それで私にこれを託したんだわ」




「で、でも何のメリットもないわ!私は、裏切り者なんだから」




俯くさくら。
確かに弥剣がこれを京子に託す理由がわからない。
そんな事をしても弥剣にメリットはないはずだ。
むしろ、汚点になってしまう。
それにも関わらず、何故京子に渡したのだろうか。




「弥剣はさくらちゃんが大切だったのよ、きっと。
だから、お祝いの意味で私に託したんでしょうね。
お別れ会のプレゼントって所かしら」




「あのバカ…」




本当の所はわからない。
単なる気まぐれか、それともさくらを想ってか。
弥剣が死んだ今、その事実は誰にもわからない。
ただ、想いがどうであれ、そのレポートは京子の手の中にある。
それだけは確かだ。




「ともかく、このレポートにもあるように
芳江の「再構築」計画は染井吉野、あなた無しでは実行できない。
良子さんを芳江に攫わせたのも計画の内。居場所も知っているはず。
そして、光の会の「再構築」計画は良子さんが礼菜さんと再会した時から始まり、今もその歯車は確実に動いている。違いますか?」




「そんなレポートがあったとはね。意外だったわ。
お望みは何?真実を教えて欲えてあげましょうか?」




一層不気味さを増すその笑顔は周囲の物を凍らせるのに十分だった。
剃刀のように細く、絶対零度のように冷めた瞳に絶句する。
金縛りにあったかのように動けなくなるのを皆、感じていた。
京子ですら身構え、反論の言葉を考えているが。




「アタシらが欲しいのは良子センパイの居場所よ!」




そんな中、さくらが大声で叫ぶように怒鳴った。
涙目なのを袖で拭き取り、しっかりと染井から視線を外さずにいる。





「そうね、あなた達はそれで来たんだものね。
教えてあげてもいいわ。ただし、条件がある」




「条件?」




「私と戦って勝つこと。勝てたら、良子ちゃんがどこにいるのか教えてあげる」



          

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