ケンドー女剣良子の獅子奮闘記 カクヨム版

小夜子

第10話「in the blue sky 前編]



時を遡ること、数時間前…。
マコとさくらは廊下で激しい戦闘を行っていた。
敵は餓流館の男子精鋭部隊。
暗殺部隊に昇格していない中級クラスの男子生徒達だ。
年齢はマコ達と同じで16~17の若者達。
それぞれ学ランを身に纏い、頭には鉢巻をつけている。
まるで一昔前の学生運動よろしくだ。
それだけなら高校生と思えなくもない。
だが、彼らの手には刀や槍などの物騒な物が握られている。
おまけにどいつもこいつも目が血走っている。
故に普通の高校生ではないと言える。
人数は軽く100人を超え、廊下には野郎共の唸り声や雄叫びが響く。
それはまるで化物の咆哮のようだ。




「うおおおお!」
「うるああああ!!」
「うりゃああああ!」
「でりゃああああああ!!」



耳障りな奇声だ。
獣臭い、男臭い、熊っぽい、気色悪い。
男子たちは皆、顔が悪く、彫りの深い顔をしている。
それが文字通り獣の如く、襲いかかってくるのだ。
まるで猛獣を相手にしている気分になってくる。
一瞬たりとも気が抜けない。
彼らにはただマコとさくらを殺すことで頭がいっぱいだ。
こちらの話には全く耳を貸さない。
彼らには二人を殺すことが任務であり、正義だ。
更に元・餓流館のエースであるさくらを始末すれば株が上がる。
恐らく、さくらには賞金もかけているはずだ。
そう考えると、男子達が目を血走らせている理由もわかってくる。
マコ達が戦闘を続けて既に1時間以上が経過し、廊下は既に戦場だ。
男たちもかなりの手練だが、マコ達に暗い表情はない。
やるしかないという真剣な表情だけがそこにある。
汗が額を拭い、背中に流れるが拭いている暇もない。
息を荒く吐きながらも、呼吸を整え、戦う姿勢だけは崩さないでいる。
だが、流石に疲労が見え隠れしていた。




「ニール・スピンキック!!」



「うぐあああああああああ!!」




マコは俊足の蹴りで猛き風を起こした。
学ラン服の男子生徒達は次々と3メートルは吹き飛ばされ、壁や天井に頭をぶつけていき昇天した。また、廊下にキスをして果てる者もいる。
連中は皆、白目を剥き出し、口からはあぶくが出ている。
死んではいないが、脳は壊滅的なダメージを負っているだろう。
恐らく頭蓋骨もタダでは済むまい。




「しゃらくせええ!!」



「遅いっての!」




大太刀を振るってきた男子の攻撃をかわし、マコはその腹にボディーブローを入れる。男子が仰け反り、地面に倒れたのも束の間。
そのチャンスを狙って背後から別の男子がマコを羽交い締めにする。




「へへへ、捕まえたぜ!」



「くっ…」



「マコ先輩!」



「動くな!動けばこの女の首を斬るぞ…」




マコはもがくものの、鍛え抜かれた男子の筋肉にはかなわない。
更に男子たちが獲物でいつでもマコを殺せるように取り囲む。
刀、槍、大太刀、メリケンサック、ナイフ、包丁…。
様々な武器がマコの周りに広がっている。
だが、マコは苦悩の顔などしていない。
それが逆に不安を煽った。




「十六夜さくら…お前は俺たちの憧れであり、誉れの先輩だった。
だが、今のお前は我々にとって裏切り者でしかない。
餓流館の鉄の掟…裏切り者は即、処刑だ。
お前を殺せば校長先生はさぞお喜びになるだろう。
全ては校長先生の為だ」




「フン…くだらない。私の首にかかった金が欲しいだけでしょう!?」




さくらは怒鳴り散らすが、男子たちはせせら笑うだけだった。
その笑みにさくらは怒りを隠せない。
歯を噛み締める。




「ハハハハハハ。まあ、10年は楽にさせてもらうよ。
さあ、武器を捨てて投降しろ。お前たち二人を粛清する。
同期のよしみだ…苦しむ暇もなく、一撃で殺してやる。
仲良く天国へ送ってやるぜ…ヒヒヒ」




彼らは脅しで言っている訳ではない。
普通は女性を殺すことを男は躊躇するだろう。
だが、女を殺すことぐらい、彼らには何でもないのだ。
男子たちにとって絶対の正義は校長のみ。
女子供すら迷いなく殺す。
洗脳教育を施され、頭が狂った男子たちに正常な思考は存在しない。
良心などもなく、彼らにもはや言葉は届かない。




「さくらちゃん…逃げて!」



「大人しくしていろ、女!」



「あぐっ…!」




男は更に力を強めてマコを羽交い締めにする。
あまりの力にマコは目をつぶり、痛みを堪えた。
このままでは危険だ。
何とかしなければ…。




「さあ、大人しく剣を捨てろ!この女がどうなってもいいのか?
それとも逃げるか?どちらにせよ、殺される事に変わりはないがな!」




「五月蠅い!黙ってろ!!」




さくらは怒鳴り散らし、雷の力を自身に宿した。
身体が青白く輝きだし、気の嵐が起こる。
激しく睨みつけるさくらに男子たちがビビり出した。




「グダグダ、グダグダと五月蝿いんだよ!
死ぬのはお前らだ!奥義 雷龍光牙剣らいりゅうこうがけん!!」




さくらは刀を振った。
雷を纏った稲妻の剣を。
稲妻は廊下をその場でぐるりと一回転する。
そして、それは蒼き龍へと姿を変えた。
その体長はゆうに30メートルを超える巨大さだ。
顔は骸骨の形をしており、鋭い歯が光っている。
おまけにカタカタカタと痙攣しているかのように動いている。
あっという間に狭い廊下を占領する龍。
龍は獲物を獰猛な瞳で品定めていく。
それは獅子が獲物を狩る時の瞳だ。
涎を垂らし、残酷で不気味な笑みを浮かべる。




「な、ななななななんだあ!?」




「怯むな!あれは奴の技だ。ああ、あんなの、こけおどしだ!」




そうは言うものの、突然の龍の出現に男子たちは腰を抜かしていた。
獅子の如く咆哮していた生徒達は、まるで子犬のように怯え、震えている。




「龍よ!我の前に立ち塞がる愚かな者たちに裁きを!その腸に喰らい尽くせ!」




「…承知」




龍は生徒たちに襲いかかった。
そのスピードは目で追えないほど速く、大きな口を開け、男子たちの頭を次々と丸飲みしていく。




「うわあああああああああ!!」




生徒の一人が叫ぶと同時に、その生徒は頭が無くなった。
首だけの体がマネキンの如く、崩れ落ちる。




「ひいいいいいいいい!!」


「うわあああああああああああ!!」


「ぎゃああああああああああああああ!!」




阿鼻叫喚の悲鳴が轟くが時既に遅し。
龍はその間に辺りを高速で飛び回り、男子達の頭を喰らい続けていく。
マコを羽交い締めしていた男子も頭を喰らわれ、次々と首なし死体が大量生産されていく。だが、不思議な事に死体には血が一滴もなく、辺りには血飛沫などは微塵もなかった。普通は大量の血が舞うはずなのだが、びっくりするぐらい廊下は綺麗なままだ。事情を知らない人間が見れば、ただの学ランを着たマネキンが転がっているだけだと思うだろう。





「うああああああああああ!!」




「ぎゃああああああああああああ!!」




だが、龍はそんな疑問を他所に龍は喰らい続けていく。
男子達は慌てて逃げ出すものの、龍は容易に喰らう。
図体だけではなく、素早さもあり、音速のように飛び交う龍を誰も目で追うことができない。100人居た血気盛んな男子生徒達は、今では悲鳴のオーケストラを奏で、次々と龍の腸に消えていく。




龍はものの数分で全ての男子達を喰らい尽くした。
逃げきれた者は誰一人おらず、その全てが龍の腹の中で頭の骨ごと消化された。




「…フフフ、やはり頭が一番美味いな。主、感謝する。
では、さらばだ」




龍はそう一言だけ言うと、何処かへと消え去った。
廊下にいつもの静寂さが戻る。
首無しのマネキンさえなければ、いつもの廊下と日常だ。




「…助かったわ、さくらちゃん。でも、ちょっとやりすぎじゃない?」




「精鋭部隊は校長の指示で動いてます。彼らの主な任務は邪魔者の排除。
そして、才能ある赤子を見つけ、親を殺すことです」




「え・・・」




さくらは続ける。




「親を殺し、赤ん坊を奪い、餓流館で育てる。洗脳教育を施し、殺人教育を受けさせる。元々の才能と殺人教育が混ざれば、あっという間に最強の戦士の出来上がりって訳です。私もそれで親を殺され、餓流館で育てられました。ま、それは後で聞いた話ですけどね。つーか、そもそも親の顔なんて知らないんですケド」




ヘビーな過去を昨日見たニュースのように坦々と話すさくら。




マコはそんな彼女にかける言葉が見つからない。




さくらはそんなマコの気持ちを知らない。




ただ、今は黙っていると沈黙が辛い。




だから、今は何かを話したかった。




恐ろしいぐらい饒舌に喋れるんだなと客観的に思いながら、さくらは続ける。




「だから殺してやったんです。でも、こんな事で私の罪が許されるとは思ってません。私だってお金欲しさに大勢の人間を殺したんですからね。私の十字架は一生消えないでしょう。ですが、それでも、せめてもの罪滅ぼしです。そして、これが決別の証です…私と餓流館のね」




さくらは血のついた剣を振り、血を落としてから鞘にしまう。




マコは何も言えず、ただ呆然としているしかできなかった。




「・・・さくらちゃん」




「さ、これで敵はいなくなりましたね。
良子センパイに会う前に応急処置しときましょう。
マコ先輩、ちょっとじっとしててください」




先程の戦闘でどちらもかなりの傷を負った。




だが、敵はまだいるかもしれない。




その為にも応急処置は必要だ。




さくらはマコに包帯を丁寧に巻いていく。




手馴れた手つきで応急処置を完璧にこなし、わずか数分で作業を終えた。




「ありがとう」




「いえいえ」




「あ、手伝っ・・・」




マコはさくらの応急処置を手伝おうとした。




だが、さくらは既に自分で行っており、声をかけることができなかった。




さくらも元とはいえ、餓流館のエース。




戦闘だけではなく、応急処置ができるのは当然だ。




「え、何か言いました?」




「あ…ええと、その…」




「?」




さくらは首を傾げる。




「ま、またみんなでラーメン食べに行きましょ。こ、この前案内してくれた所!あ、あそこ美味しかったからさ!また、みんな誘ってさ!」




「・・・・」




さくらはその雰囲気からマコが自分を心配してくれていることを悟った。




てっきり何でもない気休めや同情でも言うのかと考えていたが。




どうやらそれは違ったようだ。




さくらはマコを八方美人だと思っていた。




人当たりがいいだけで、波風を立てたくないからいつもニコニコしている。




誰にでも優しく、人畜無害。




だが、それは嘘の仮面。




心の底では自分以外の全ての者を馬鹿にしているタイプなのだと。




でも、そんなタイプは「ラーメン屋に行こう!」などと言わないはずだ。




心配しているものの、言葉が見つからなかったのだ。




やっぱ良子センパイの友達だけあって、いい人なんだなとさくらは感じていた。




言葉だけが全てではない。




言葉にしなくても伝わる気持ちはある。




「ええ。ぜひ、行きましょう。みんなで!」




さくらは満面の笑みでマコに微笑んだ。









「マコ先輩、私の肩を使ってください」



「ん、ありがと・・・」




マコを抱えるさくら。




そんなさくらをマコは少し嬉しく思った。




応急処置が済んでも、二人の負ったダメージは大きい。




さくらも大きなダメージを負い、なんとか耐えているが長くは続かない。




一時間以上の激闘におまけに雷龍まで使ったのだ。




かなり体力を消耗している。




マコも体力の限界を感じていた。




お互い、疲労困憊な状態だ。




歩くだけでも精一杯である




服も刀でほとんどやぶれているし、腕や足は包帯だらけ。




傷のせいで声を出すのがもどかしく、今は必要最低限しか喋りたくない。




まさに青息吐息とい言った所だ。




マコは元気になったら、何かお礼をしてやりたいなと思った。




さくらは何が好きだろうか。




そんな考えが頭を駆け巡る。




「二人とも、ここにいたのか。御苦労」



内閣府の佐倉が声をかけてきた。
大勢のスタッフらしき男達を引き連れ、何やら指示を飛ばしている。
廊下を生徒ではないスーツの男たちが慌ただしく駆け回る。
この事態がどれだけ異常かを如実に現わしていた。




「佐倉さん…」




二人は天の助けと言わんばかりにふうと気を抜いた。
佐倉はマコ達を見て深く頷いた。
その働きぶりを快く思っているようだ。




「既に学園は我々と警察が取り囲んでいる。校長も先ほど逮捕された。
救急車も準備してあるから、君達はすぐに乗りたまえ」




「良子達は?どうなったんですか?」




だが、マコの質問に佐倉は顔を俯かせるだけだ。




肝心の答えを言わない。




「礼菜くんは救急車で先に運ばれた。怪我はほとんどないが一応な。稲美くんも同様だ」



良子には触れず、礼菜と稲美の事を述べる佐倉。




明らかに良子の事は言いたくない事がわかる。




「良子は!?」




怒鳴るマコ。




マコは佐倉の言い方に腹を立てていた。




当然だ、良子がマコにとって最大の戦う理由なのだ。




敵の最前線を突っ走る親友・剣良子。




彼女の背中を守るのが私だとマコは考えている。




彼女とは、親友であり、仲間であり、戦友だ。




それ以上の気持ちも良子には抱いている。




それは恋のようで、また少し違う複雑なものである。




一瞬、ホテルで一緒に寝たときの光景が頭を過ぎった。




マコが怒るのは至極当然の事なのである。




「…校舎内にはどこにもいなかった」




「いない?どういう事?」




「わからん。ともかく、怪我の治療が先だ。二人を頼む」




「はい!」




階段から上がってきた白衣姿の救急隊員に指示を出す佐倉。




救急隊員たちは「大丈夫ですか?」「痛い所はどこですか?」などと熱心に尋ねてくる。




だが、そんな言葉などマコの耳には入らなかった。




さくらですら愕然としている。




良子の姿がなかった?




ただその事実が二人を打ちのめす。




良子の身に何があったのか?




生きているのか、死んでいるのかすらわからない。




どこにいる?どこにいった?




無事なのか?それとも…。




様々な考えが頭を過ぎるが、解答は不明のままだ。




あの良子がそう簡単に倒されるとは思わないが…。




だが、もしもということもある。




マコもさくらも良子が心配しで仕方なかった。




だが、今の怪我と体力ではどうすることもできない。




二人はそのまま担架で運ばれ、学園を後にした。








一週間後。




怪我の治療が済んだ一行は寮に戻った。




稲美の回復術もあり、思ったよりも早く退院することができた。




荒覇吐の事件はニュースでも大きく取り上げられ、学園テロだとして連日放送している。




犯人は餓流館の生徒達となっているが、詳細は不明のままだ。




警察も詳しい事情をほとんど話さず、怨恨として捜査を開始したというだけに留まっている。




もし、餓流館の事が世間にバレれば警察はただでは済まないだろう。




餓流館は戦後、警察が作り出した暗殺部隊だ。




公に公表されれば、警察の信頼は地の底まで失墜する。




そして、それは警視庁、警察庁はおろか、内閣総理大臣にまで責任が及ぶだろう。




どれだけの首が飛び、被害が出るのか想像もつかない。




恐らく内閣府が代案を用意するまで、何も公表しないだろう。








時刻はお昼の12時を少し回った頃。



寮の礼菜の部屋でマコ、さくら、稲美、礼菜はTVを見ていた。




お昼時のこの時間はニュースやワイドショーばかりが放送されている。




その中で荒覇吐学園の学園テロ事件の報道をさくら達は真剣に視聴している。




頭の悪いコメンテーターや司会者がこの世の終りのように絶望的に饒舌に語る。




教育が悪いだの、最近の若い者はだの、好き勝手に言いまくる。




何も知らないくせに・・・。




ただ喋るだけでいいのなら、子供だってできる。
楽な商売だなと誰もが思った。




「好き勝手言ってますね。何も知らないくせに…」




「コメンテーターなんてそんなもんよ。喋るだけでお金もらえるなんて、楽な職業よね」




マコは怒りを込めてテレビを切った。




途端に部屋が静かになる。




「…良子、どこに行ったんだろう」




「……」




礼菜の言葉に皆が黙った。




残念ながらその疑問には誰も答えられなかった。




重苦しい空気が部屋を支配する。




ここ1週間、学園からも内閣府からも何の連絡もない。




学園は臨時休校の状態となっている。




いつ再開するかは不明であり、教職員も自宅待機の状態となっている。




良子を探しに行こうにも現時点では情報が少なすぎる。学校は警察の捜査で閉鎖されて入ることはできず、手がかりを掴むこともできない。




マコ達は良子が見つかることを祈りつつ、日々の生活を送っていた。




そんな沈黙の空気を一回のチャイムが破った。




礼菜が扉を開けると…。




「大事な話がある。入っていいだろうか?」




「…どうぞ。こちらも聞きたい事があります。
佐倉さん」











佐倉は座布団の上に座る。




皆も座布団の上に座り、佐倉の口が開くのを待っていた。




誰もが集中し、真剣だった。




良子の事、今後の事、知りたいことは山ほどある。




彼女のみが解答を知っている。




稲美がお茶を出し、人数分をテーブルに置いた。




佐倉は軽く礼を言い、一口飲んでから、話を切り出した。




「…これまでの状況を説明しよう。諸君らの働きにより、餓流館の部隊は壊滅。校長も国外逃亡しようとした所を空港で捕まえ、逮捕した。今回の事件で警察上層部は考えを改め、餓流館と手を切り、餓流館は事実上、廃校となった」




餓流館は警察組織の暗部。




学校の運営は校長だが、大元の管理・運営は警察だ。




警察が手を切れば、必然的に廃校となる。




「校長は全面的に罪を認め、今後は法廷で裁かれることになるだろう。ただ、荒覇吐の理事長が殺されるとは思わなかった。尋問して情報を吐かせてやりたかったがな…」




悔しさを滲ませつつ、続ける。




「理事長…翡翠は八剣のメモにあった通り、学園の金を私的に流用していた。先物取引で出た損害を消すために学園の機密情報を妖魔達に売って、借金返済に当てていたようだ。裏付けも取れている。…だが、学園には翡翠の次に理事を任せるほどの者がいない。理事会と言っても、実際は翡翠の意向に従うだけの烏合の衆だ。元々翡翠の親戚だけで構成された者達だ。翡翠がどれだけやりたい放題にしてても、理事会は何も言わなかったのはそこだ」




「・・・・・」




「八剣のメモ以外にも翡翠は過去にも何かしら悪事をしていたに違いない。学園を私物化していたと言っても過言ではないな。それを黙認し、ただ従ってきただけの者達に学園の運営など無理な話だ。また事が事だけに学園の信頼失墜は非常に大きい。よって、荒覇吐学園は協議の末、廃校となった」




廃校…。




予想だにしなかった言葉が重くのしかかる。




「じゃ、じゃあ、私たちや他の生徒達は?」




「それは追って連絡する。今はまだ何も言えない」




そこで礼菜は挙手した。




「何かな?」




「良子は…どうなったんですか?」




佐倉はすぐに話そうとはしなかった。




幾分迷ってから、口を開く。




「我々が学園内を隅々まで捜索したが…彼女は見つからなかった。現在も捜索中だ」




坦々と話す佐倉。




その口調は言葉を選んでいる感じがする。




まるで台本のセリフを思い出して話すかのような喋り方だ。




礼菜も皆も、そんな佐倉の言葉に苛立ちを隠せない。




「…あの時、良子は芳江とかいう女を追って屋上に行ったはずです。
芳江を調べれば何かわかるかもしれません。あいつは今までも私たちの前に現れ、妖魔を指揮していた。それに理事長は彼女を芳江様と呼んでいました。あいつを調べれば良子の居場所もわかるかもしれません」




礼菜は事務的に話す佐倉を睨めつけていたが、言葉はあくまで丁寧に言い切る。




本当は怒りの気持ちをぶつけたかった。




本音をブチかまして、良子を早くみつけろと怒鳴ってやりたい。




だが、そんな事をしても良子は戻っては来ない。




それぐらいは礼菜にもわかる。




怒りを必死で堪える事にストレスを感じている。




それでも礼菜は堪えるしかなかった。




指で足を抓り、必死に怒りを抑えている。




それは礼菜だけはなく、皆も同じだった。




「…うむ。こちらでもよく調べてみよう。君たちは今後しばらくは何もない。餓流館との戦いで疲れているだろう。今の内にゆっくり休んでおくといい。東京から出ない限りは自由に行動してもいい。何か解り次第、連絡を入れる」




佐倉はそう言い終えると席を立ち、静かに寮を去っていった。














その後。




稲美は自分の部屋に戻った。




マコは自分の部屋に戻り、そこにさくらがくっついてきた。




何を話すでもなく、じっとする二人。




マコは窓からぼうと街の風景を何となく見ていた。




井戸端会議の奥様達の声が遠く聞こえる。




郵便配達の叔父さんがバイクで配達しているのが見える。




太陽がまぶしく、出かけるには絶好の日和だ。




ニュースは今にも世の中が終わりそうだと遠まわしに伝えている。




だが、この風景を見ると、そんな事はどこか別の世界の話のようだ。




何気なく平和で少し退屈な日常。




当たり前のようにある日々の片鱗。




だが、そこに良子はいない。




どこか欠片のように埋まらない溝がある。




それはまるでピースの足りないジグソーパズルのようだ。




いつもの日常なのに、いつもの日常ではない非日常…。




それがマコにもさくらにも辛かった。




心が重くなるのを感じずにはいられなかった。




「センパイ、やられちゃったんでしょうか」




「アイツがそう簡単に負けるとは思えないけどね…」




マコは手に持っていた牛乳を飲みながらふうと息をつく。




「この牛乳ね、前に良子がくれた奴なのよ」




「良子センパイが?」




「ええ。すごい美味しい牛乳だって勧めてくれたの。ホント美味しいから未だに飲んでるのよ。さくらちゃんも飲んでみる?」




「はい、いただきます…」




食器棚から新しいコップを出し、牛乳を注ぐ。




良子の大好きなミルミル牛乳の1000MLだ。




二人はそれをゆっくり一口飲む。




ふーと大きく息を吐くマコ。




その表情は嬉しとも寂しいともとれる、何とも言えない複雑な表情をしていた。




「…うん、美味しいです。ってか、良子先輩牛乳が好きなんですね」




さくらの言葉に頷くマコ。




その瞳はどこか遠くを見つめている。




「そうよ。あいつの好きなものはちょっと変わってるの。時代劇が大好きで、好きな俳優は市川雷蔵。カラオケで歌うのは古い演歌ばかり。お風呂は熱い湯が大好き。いつも飲むのはミルミル牛乳…」




マコは苦笑した。




二人はよく知らないが、市川雷蔵と言えばかつて時代劇や現代劇など様々な映画に主演したトップスターだ。




雷蔵は元歌舞伎役者で、後に映画俳優に転身。




「眠狂四郎」シリーズは晩年の市川雷蔵作品として現在も高い評価を受けている。




しかし、惜しくも37歳という若さで亡くなってしまう。




生涯で主演した作品は実に159作品にも及ぶ。




時代劇以外にも現代劇や戦争物など様々な作品に出演している。




良子が剣を始めた切っ掛けは師匠というより、雷蔵に憧れた所が大きいだろう。




やれやれという顔になるマコにさくらはあははと自然に笑っていた。




「あ~、そういえば、センパイの部屋は時代劇のビデオやポスターとかいっぱいありましたね」




以前、良子の部屋に入ったときを思い出すさくら。




二人は時代劇の事はよく知らない。




だが、良子はビデオやポスターも収集するほどのマニアだ。




時代劇を熱く語っていた良子を少し思い出す二人。




帰ってきたら詳しく知りたい。




その時代劇も見てみたいと思う。




マコとさくらはそれぞれ同じ気持ちを抱いていた。




「あいつとは喧嘩もしたけど…でも、それも今はいい思い出よ。
まあ、世間知らずな所もあるし、集団行動を毛嫌いしている所もあるわ。
そのせいで、普通の人とは少しズレているかもしれないけど…。
でも、根は悪い奴じゃない。むしろ、スゲーいい奴だなって思ってる」




「私もです」




さくらは頷く。




晴美埠頭での戦いをさくらは思い出していた。




あの時はただの人がいいだけの奴だと思っていた。




けれど、彼女の本気さを知れば知るほど、彼女を好きになっていった。




その気持ちが改めて感じられる。




「私はあいつともっと仲良くなりたい。んで、あいつをもっともっといい奴にしてやりたい。もっともっと友達をいっぱい作って、人間的に成長してほしいの。だから、あいつの悪い部分も指摘してきたわ。それで喧嘩にもなったけど、でも、私はあいつが好き。好きだからこそ、もっといい奴になれる。いい奴にさせてあげたい。今でもその気持ちは変わってないわ」




「マコ先輩…」




マコはミルミル牛乳が入っていたコップを見つめていた。




きっと良子のことを思い出しているんだろう。




さくらが知る以上にマコは良子を知っている。




今までの一緒にいた過去を振り返っているのだろうか。




「あいつは絶対生きてる。そんな簡単に死ぬ奴じゃない。
内閣府なんかに任せておけないわ。私たちで探しましょう」




「ええ、もちろんです」




マコの提案に二つ返事で頷くさくら。




元々他人などアテにするつもりはない。




誰が何も言わなくても、さくらは良子を探すことを既に決めていた。




その気持ちはマコも同じだ。




「さて、礼菜はどうしているかしら?」




「様子見てみます?多分フテ寝じゃないかと思いますけど」




「フテ寝ならいいんだけどね…」



「?」




マコは少しため息をつきつつも、気を取り直して礼菜の部屋に向かった。
さくらもそれに続く。




礼菜の部屋。




玄関に入ると、異様な臭いが部屋内に充満していた。




よく、居酒屋とかで臭うこの臭いは…。




「うわ、酒くさ!」




「やっぱりね・・・」




居間のテーブルに礼菜が座っている。




しかし、いつもと様子が違う。




まず、顔を赤くしており、変に過呼吸を繰り返している。




そして絶えず、何かをコップで飲んでいるようだ。




辺りを見渡すと、テーブルの上にはビールの缶やら、ワインの瓶がいくつも
並んでいる。




床にはジム・ビーム、上善水如、カミュ、バカルティ、モスコミュールなど
多種多様のお酒が部屋中に散乱している。




全て空き缶・空き瓶となっていることから、どうやらずっと飲みまくっているようだ。




「りょうこ…どこ行ったの…。アタシ、淋しいよ…。
あー、もう!ムカつく、ムカつく!なんで良子をさらうのよ!!
前みたいに私でいいじゃない!!なんで良子が狙われるのよ!!」




礼菜はベルンカステルと書かれたワインの瓶をそのままラッパ飲みでグイグイと飲み干す。




プハーとオヤジみたいに息を吐き、テーブルの上にドンと叩きつけた。




あまりの音にさくらがビビってしまう。




マコは怒り顔で礼菜の傍につかつかと歩み寄る。




「礼菜!あんた、またこんなに飲んで!お酒は止めたって言ったじゃない!」




「るっさいわね!お酒飲んでにゃにが悪いの!?たれにも迷惑かけていないでしょうが!」




マコの言葉に大声で反論する礼菜。




だいぶ酔っ払っているらしく、鼻柱まで赤い。




息も非常に酒臭く、鼻息も荒く、呂律も回っていない。




これでは酔っ払いの中年オヤジと同じレベルである。




普段の女の子らしい彼女からは想像もつかない変貌ぶりだ。




さくらは礼菜のあまりの豹変ぶりに呆然としていた。




「あんた未成年でしょ!なのに、こんなに飲んで!!
未成年の飲酒は身体に毒なの知ってるでしょう!?」




「りょうこが…りょうこがいなくなったのよ!?攫われたのよ!?生きてるのか、死んでるのかもわかんない!内閣府だって他人ごとで、探す気なんかまるでないわ!!あの佐倉の態度見たでしょ!冷徹で事務的で・・・まるで機械じゃない!!あいつ絶対探す気ないわよ!私は良子なしじゃ生きていけないの!!良子が一番の親友なの!!恋人なの!!私の心の支えなの!」




礼菜は酒の勢いで怒鳴り散らした。




恐らく、今の今まで相当ストレスを溜めていたのだろう。




酒を吐け口にどんどん感情を吐露していく。




饒舌に怒鳴りながらも、酒を飲むのは止めずにどんどん飲んでいく。




モスコミュールを瓶で一気飲みする。




「あの…これって…」




あまりの自体にさくらはどうしたらいいか、わからない。




マコは頭をボリボリ掻き毟りつつ、ため息をつく。




「…礼菜のストレスのハケ口は良子か酒なのよ。良子が来る前はもっと酷かったのよ。学校サボって一日中部屋で飲んだくれている時もあったの。そん時も良子、良子ってうるさかったわ」




マコはため息をつきつつ、当時の事を少し思い出していた。




礼菜にとって良子は親友であり、恋人であり、仲間だ。




その良子がいない今、礼菜のストレスは限界を超えていた。




生きているか死んでいるかもわからない。




内閣府も当てにならない。




いつ見つかるか、誰にもわからないのだ。




それが礼菜にとっては辛くて苦しかった。




酒に溺れず、何に溺れればいいと言うのだ?




頼れるものは何もなく、消息の手がかりだって何もない。




明日見つかるのか、明後日見つかるのか?




1年後に見つかるのか?




10年後に見つかるか?




生きているのか?




死んでいるのか?




誰にもわからないのだ。




礼菜は再び浴びるようにビール瓶をラッパ飲みでグイグイと飲み干していく。




コップに入れるのが面倒なのか、瓶ばかりに手を出しては一気飲みしていく。




酒に溺れる事しかできない自分が情けなさを感じつつも、そうせずにはいられない。




苦しみも悲しみも全て酒に流せと言わんばかり泣きながら、飲み続ける礼菜。




良子がいれば何もいらないのだ。




けれど、良子がいなければ、何を支えに生きればいい?




心の支えを失った悲しみは酒で誤魔化すしかない。




それしか方法を知らないのだ。




飲んで、飲んで、飲みまくって、吐いて、飲みつぶれて、泣きつぶれて…。




あとはそのままフテ寝するしかない。




それは何の解決方法にもなっていない事は理解している。




だが、今は飲むことしかできない。




怒りと悲しみと苦しみが心の中でゴチャ混ぜになっている。




だが、酒は傷口を広げるばかりで少しも癒しにはなっていない。




「りょうこ…りょうこ…。せっかく、せっかく、再会できたのに…。
私を追いていかないで…。何でもするから…帰ってきて…お願いだから」




礼菜は何本目になるかわからない酒瓶を再び飲もうとしたが、マコが制止する。




「だから、止めなさいって!」




「うっさい!」




「きゃっ!」




礼菜はマコの手を跳ね除け、マコを突き飛ばした。




幸い、壁にぶつかる前に受身をとったのでダメージはなかった。




だが、流石のマコも堪忍袋の緒が切れた。




「…アンタねぇ、いい加減にしなさいよ!!」




礼菜の胸ぐらを掴むマコ。




「何よ!」




礼菜も同じように掴みかかり、がっちりと取っ組み合いの喧嘩になる。




まるで女子プロレスの試合みたいだ。




さくらはどうしょう、どうしょうと慌てふためいている。




「こんのおおおお、酔っ払いがああああ!!
悲しいのはアンタだけじゃないんだからね!」




「うっさい!!このお節介女!!」





マコが礼菜に平手打ちをかました。




乾いた音が響く。




「…っ、たいわね!!」




負けじと礼菜もマコを平手打ちする。




お互い、頬が赤く腫れていく。




「飲んだって何も解決しないわ!!!」




「じゃあ、どうしろってのよ!!」




マコが礼菜を叩けば、礼菜もマコを叩く。




何度も何度も叩き合う二人。




乾いた音が何度も何度も響く。




女同士の修羅場が展開する。




まるで女子プロの試合のようだ。




殴り合うだけでは飽き足らず、礼奈は遂に蹴りまで入れた。




マコも負けじと拳で殴っていく回数をどんどん増やしていく。




さくらは女の修羅場に恐怖し、何も出来ないでいた。




説得なんぞ焼け石に水である。




「…アンタ本当に馬鹿ね!酒に溺れて良子が見つかる訳ないでしょ!そんなんで見つかるなら、私だって飲むわよ!」




マコが叫ぶように怒鳴る。




心の底から怒りと本音を容赦なく言葉で叩きつける。




だが、礼菜は微動だにせず、怒りと憎しみの瞳でマコを睨みつける。




普段の礼菜では有り得ないほど、修羅と化した瞳は血走っており、恐怖と憎悪を感じる。




「な、にゃによ!アンタに良子の何が分かるのよぉ!良子は・・・良子は私の全てなんだから!後から仲良くなったアンタなんかに良子を語る資格なんかない!!」




呂律が少し回らないものの、大声で怒鳴り散らす礼菜。




普段の心優しい礼菜とは違い、もはや居酒屋のオッサンレベルにまで低下している。




「後も先も関係ないわ、私だってアイツの親友よ!!ほっっっっんんとうに、アンタは何も変わってないわね!!昔のまんまよ!」




マコは勢いをつけて駆け出した。




「キャッ!!・・・」




マコは礼菜を持ち上げる。




酔っていてあまり力が出せない礼菜を持ち上げるのは簡単だ。




「うらああああああああ!!」




礼菜を真前に崩し、背後に背負い上げて、肩越しに勢いと怒りを込めて投げる。




いや、地面に叩きつけるという表現が的確だろう。




いわゆる背負い投げだ。




ドーンと言う音が床に響いた。




「・・・いったああ。な、なにすんのよぉ!」




背中を強打した礼菜だが、流石に剣を修行した身だけあり、身体は丈夫だ。




ただ受身ができなかったので、モロにダメージはお尻と背中に喰らった。




けれど泣きもせず、すぐ立ち上がり、マコとさくら睨みつけた。




それはまるで鬼の形相である。




「まだ死んだって決まった訳じゃないでしょう!?飲んだくれている場合じゃないでしょ!探しに行きましょう。私たちで!」




「手ぎゃかりも無いのに、どうやって探しゅのよ!」




「そ、それは・・・」




「屋上、調べたけど、髪の毛一本落ちてなかった!
こんな状況で、どうやって、探せばいいのよ!!」




礼菜はほとんど怪我もなく、検査入院でも異常がなかったのですぐに寮に戻った。




その後、彼女は良子の行方を探したが手がかりは何も見つからなかった。




屋上は特に念入りに調べたが、何も見つからなかったという。




「…アンタ達、なんで私がこんなに良子にこだわるわかる?
よーく聞きなさい!」




礼菜は息を荒く吐き、涙を流しながら、顔を赤き修羅の如く染めつつも語る。




「昔…あたしが幼稚園ぐらいの時。お父さんが海外出張先から飛行機で日本に戻ってこようとしていたの。けど、飛行機が事故でインドに墜落して…お父さんは亡くなったの。200人以上の大勢の人が死んだ大事故だった。当然新聞にも載ったわ。それから母さんは体調を崩した。でも、家計をやりくりする為に無理してパートに出たのよ…でも無理がたたって死んだの」




礼菜はまだ続ける。
二人に口を挟む余裕がないほど、早口で礼菜は喋り続けていく。




「私は兄さんと一緒に親戚を頼って色々な所に行ったけど、どこへ行っても邪魔者扱いだったわ。それでも、必死にお手伝いもしたし、お小遣いなんかねだらなかった。お年玉だって拒否した。なのに、どこに行っても、私たちは邪魔な存在でしかなかった!」




こんなこと有り得ない!と大声で叫びながら机を叩く礼菜。




激しい怒りと憎しみが酒の力で完全に引き出され、暴走していた。





「二人で親戚の家を出て、転々としてたけど…ある日兄さんがいなくなった。
スカジャンだけを残して、どこかに消えるようにいなくなった。
その後はずっとホームレス生活。
公園のゴミ箱を漁って、食べかけの芋を水で洗って食べた事もあった。
食べかけの弁当を拾って、そのまま食べた時だってある・・・」




「……」




二人は黙って礼菜の話に耳を傾けていた。




「そんなある時、私は良子の師匠に拾われた。
染井先生の家で良子と暮らした。
良子とは最初、あまり話せなかったけど、友達になりたいとは思ってたの。
どこか彼女に惹かれていた。
でも、口下手な私は必要最低限しか喋れなかったわ。
ある日、良子が決闘を挑んできたの。
どっちが強いか腕試しをしようって言い出して。
それで対決したけど、ずっとずっと決着はつかなかった。
後で先生にかなり怒られたけど
でも、それがきっかけで、打ち解けた。
仲良しになった。
良子はいつでも私に微笑んでくれた。
暗い私を照らす太陽みたいに微笑んでくれた。
生きてて良かったって初めて思えたの。
親が死んで、兄がいない今、良子だけが私の心の支えなの!
良子のいない人生なんて意味がない。
意味がないのよぉぉぉぉぉぉぉ!!」




礼菜は泣き崩れ、床を手で何度も叩きつけた。
フローリングがヒビ割れて行き、手が傷つき血が溢れ出していく。




「だったら!」




そこで突如、今まで黙っていたさくらが大声で怒鳴った。




「だったら、何で諦めるんですか!!」




歯ぎしりしながら、さくらは礼菜を睨む。




さくらの大声に礼菜は意表を突かれたのか、沈黙している。




「手がかりがないからって・・・そんな簡単に諦めていいんですか!?
礼菜先輩と良子先輩の絆は所詮、その程度のものなんですか!?」




「そんなわけないでしょう!!ふざけた事言わないで!」




さくらの怒声に礼菜は怒声を重ねた。




「だったら!だったら、飲んだくれてる場合でも、泣き崩れてる場合でもないはずです!手がかりがないなら、手がかりを掴めばいいんです。一人でわからないなら、みんなに相談して手がかりを掴む努力をすればいいんです。
私だって親は死んでます。つーか親の顔なんて知らない。
お金だけが全てでした。けれど、生まれて初めて良子センパイに負けて、説得されて・・・センパイに抱きしめてもらったとき、すごく嬉しかった。
プライドとか、負けた悔しさとか、ホントどうでもよかった。
生まれてきて良かったって初めて思ったんです。
人生で初めての気持ちだったんです」




「さくらちゃん・・・」




マコはさくらを見つめる。




さくらは怒りとも悲しみともとれる表情をし、その瞳には涙がたまり、涙腺が決壊している。




それでもさくらは涙を袖で拭きながら続ける。




「私は、私は諦めません。絶対に諦めません!絶対に探し出して、救出します!センパイにまだまだ甘えたい。一緒に遊びに行ったり、修行したり、思い出をいっぱい作りたい!師匠の窮地を救うのは弟子の役目です!!だから、絶対に諦めない!!諦めてたまるもんかぁぁぁ!!」




さくらの言葉にマコはふふと微笑した。




「礼菜、さくらちゃんの言葉を聞いたでしょ?
ここにいるメンバーで良子を嫌いな奴は誰もいないわ。
私だって良子を大切な友達だと思ってる。だからこそよ。
あいつを助けに行きましょう。その為には礼菜の力が必要よ」




マコはそっと手を伸ばした。




「・・・マコ」




礼菜はその手を掴み、立ち上がった。




「少しは落ち着いた?」




「…うん。ごめん、マコ…怒鳴ったりして。
さくらちゃんもごめんなさい…」




「いえ…」




急にしゅんとなる礼菜。




酔いが覚めたのだろうか。




マコは礼菜を優しく抱きしめた。




「こっちこそごめんね、投げたりして…」




「ううん、私こそ・・・」




礼菜は首を横に振る。




その笑顔はもう酒乱の彼女ではなかった。




顔は赤いが、いつもの心優しい彼女に戻っていた。




「良子を・・・絶対に助けなくっちゃね」




「ええ・・・絶対にね」




マコの言葉にうなづく礼菜。




そして、マコに笑顔を浮かべた。




それは付き物が落ちたような、何とも言えない安らかな笑顔だった。




それを見てさくらは少し安堵した。




「マコセンパイ、礼菜先輩をベットへ。今はゆっくり休ませてあげましょう」




あれだけの酒を飲んだのだ。




当分動くことはできないだろう。




少なくとも今日一日は動けない。




マコは頷き、礼菜の肩を支える。




「そうね。礼菜、歩ける?」



「なんとか・・・」




マコは礼菜の肩を支え、寝室へと運ぶ。




「マコ先輩も休んでください。私はちょっと用事があるので失礼します」




「え、さくらちゃん?」




さくらは丁寧に頭を下げると、そのまま寮を飛び出した。








その後。
さくらは一人、荒覇吐学園の屋上に来ていた。
学園は警察が捜査中で関係者以外は立ち入り禁止になっている。
学園内も大規模に捜査員が派遣され、大勢の警察官や私服刑事達が難しい顔を
して学園内を調べまわっている。
だが、さくらは影のように消え、疾風のように駆け出す。
迅速かつ無駄のない行動はまるで忍者のようだ。
その影に気づいた者は誰一人いない。
肉眼でも捉えられない素早さを一般人の誰が見つけられるというのだろうか。
それは例え警察であろうと例外ではない。
さくらにとってこれぐらいは朝飯前だ。
いつもやっている、日常的なごく当たり前の事である。
暗殺方法は様々あるが、自分が狙われていると理解している者は建物に籠城する。
それらの連中は大概が何らかの権力者だ。
社長、政財界の大物、ヤクザ・・・。
狙われていると知ると、まるで法則のようにプロのボディガードを雇い、影武者を使い、防弾ガラスなどありとあらゆる身を守る手段を金を使って対処する。
そして、部屋からは一歩も外に出ない。
そういう場合は建物に潜入する必要がある。
さくらは地図など無くても、建物に入るだけでその建物の図面が100%に近い状態でわかる。
それは様々な建物に入った経験や徹底したシュミレーションで身につけた。
また、さくらは直観像記憶力という才能をもっている。
これは一回見た物・景色を細部にいたるまで写真のように記憶してしまうという能力だ。人は幼少期にはこの能力を普通に有するが、思春期以前には消失してしまう。
その理由は未だ不明のままだ。
しかし、さくらは脳開発の手術で記憶力は群を抜いている。
昔取った杵柄だと思うと少し複雑だが、良子を助ける為に使うなら悪くない。




屋上は調べ終わったのか、調べる必要がないのか、警察官は誰もいない。
ビニールシートすら被せていない。
昼時のこの時間、警察がいるのを除けばいつも通りの屋上だ。
太陽がさんさんと照り注ぎ、青空が広がっている。
雲はソフトクリームのように、白く柔らかい色をしていた。
その柔らかな白はまるで天気を祝福しているようにも感じられる。
この屋上ではみんなでお弁当を食べた。
マコや礼菜、稲美、そして良子・・・。
たった少し前の事なのに、なんだか何十年も前の事のように感じる。




「・・・過去形にしちゃいけないんだよね」




さくらは郷愁の気持ちを一旦心に仕舞い、頭を切り替える。
必ず良子を見つけ、助け出すと心に誓い、記憶を巡る。
脳に記憶された、以前の屋上の風景を思い起こす。
空、校舎内の喧騒・ざわめき、小鳥のさえずり・・・。
さくらの記憶にある屋上というフォルダの中には、屋上の画像が細部まで再現
されているだけではなく、その時の音や景色、臭いまでもが鮮明に保存されていた。
それはデジカメやビデオカメラ以上の情報を有し、かつ正確だった。
そして、その中に一つの違和感があった。




「・・・・・臭いが違う」




頬にあたる風の臭いが以前と少し違う。
記憶した時の風の臭いと今の風の臭い・・・。
普通の人間には風の臭いが違うなどわからないだろう。
しかし、さくらの記憶は風の匂いすらも鮮明に記憶する事ができる。
さくらはその違う臭いをどこかで感じた事がある気がした。
目を閉じ、深呼吸をする。
息を吸い込みながら、その風を五感で感じ、探る。




「これは・・・」




その臭いには覚えがあった。
とても懐かしいのと同時に、嫌だなという感情が現れる。
何かの臭いをかぐと、人はその臭いを元に記憶も思い起こす場合がある。
それは例え忘れた記憶だとしてもだ。
忘れるということは記憶から消去したという事ではなく、脳のどこかの棚にある
はずだが、どこの棚にしまったのかわからないという状態だ。
それが今、急速に発見される。
完全に忘れたわけではなかったが、思い出す事はほとんどしなかった・・・。




「・・・・・・」




さくらは屋上を後にし、駆け出した。














裏通りにある古びたマンション前。
さくらはそこにやってきていた。
自販機でコーラを買い、ゴクゴクと飲む。
街を埋め尽くす大勢の人、人、人・・・。
TVの取材、事件、事故・・・。
昼時の東京はとても騒がわしい。
けれど、ここはとても静かだ。
そんな喧騒が遠く聞こえるのだから。
まるで誰も住んでいないかのように・・・。




「お待たせ」




「時間通りだね」




現れたのは飯田京子だ。
かつて礼菜の情報を提供した、東京では名の知れた情報屋である。
そして、良子を殺す為さくらが誘拐した人物でもある。
誘拐犯と被害者・・・。
怪我はさせなかったものの、さくらとしては少々複雑な気分である。
だが、京子は嫌そうな顔一つせずケロっとしていた。
さくらはなるべくさっさと済ませようと思った。




「お久ぶりね。経った数ヶ月前の事なのに、昨日の事のように思い出せるわ。
ズタバでコーヒーでも飲みながら話す?」




「・・・コーヒーは苦手だから遠慮しておく。」




さくらは昔からコーヒーが苦手だった。
カフェオレくらいなら飲めるが、それ以外は砂糖とガムシロップを入れても苦手である。昔の仲間からはお子様舌だと冷やかされた事もあった。




「それは残念」



「世間話をしに来たんじゃない。仕事の依頼で来たの」




さくらは依頼の概要を話した。




「・・・そういう事。それなら2日あれば事足りるわ。
ちょうど前の仕事が片付いたからね」



「お金はアンタの口座に振り込むわ。どれくらいあればいい?」



「今回は別に必要ないわ。良子さん関連はお金を貰わないって約束してるし」



「それじゃ納得できない。何かをしてもらうなら、その分の代価を支払いたい。
お金なら幾らでも出すから」



「って言われてもな~」




京子はボリボリと頭を欠いた。




「物を買うためにはお金が必要で、お金を手に入れるには仕事をする必要がある。
世の中は等価交換という仕組みで成り立っている。何かを手に入れるにはそれなりの苦労や労働が必要よ。それが当たり前なの」




さくらは続ける。




「名誉や大金が欲しければ、それだけの仕事をしなければならないわ。
ボランティアは人間の善の心を悪用した無報酬労働。
身も知らぬ相手の抜苦与楽を願い、行動する。
無意味で無価値な愚かな行動よ。
動物ですら、1匹の獲物を喰らう為に死力を尽くしているわ。
喰らえなければ、自分が喰われるだけだからね。
食物連鎖の頂点に立つ人間がそんな無意味な行動をする理由はないわ。
人間は無駄が好き。だから、そんな無駄な行動ができる。
だから、アタシはボランティアが嫌い」




「・・・じゃあ、あなたのしている行動は?
別に良子さんを助けても、助けなくてもお金はでないわよ。
まして、誰かに褒められるわけでもなんでもない。
それはボランティアじゃないの?
あなたの言う、無駄な行動じゃないの?」




「そ、それは・・・で、でも、良子センパイはアタシにとって掛け替えのない人なの!お金とか、そんなの関係なくて・・・あ・・・」




さくらは自分で言いながらしまったと思った。
京子は微笑む。




「さくらちゃん、私たちは人間よ。食物連鎖の頂点に君臨する生物。
動物は我が子や仲間は思いやるけど、他は全部食料としてしか思っていない。
いわゆる弱肉強食の世界にいて、食うか喰われるかの毎日を送っている。
けど、人間はそんな感情だけで生きていてはいけないの。
他人を思いやる気持ちがなければ、人間として失格よ。
出版社には作家が必要で、作家には編集者が必要なように、世の中で無駄な役割
なんて何もないの。無駄な役割があるとすれば、ただ何もせずに役目を放棄して毎日を無駄に生きている連中だけよ」




「・・・あっそ。悪いけど時間がないの。
アンタとここで議論している暇はない。
とっとと報酬を言って」




言いたい事はまだまだあるし、京子の意見には納得できないが・・・。
今は時間が惜しい。
議論している場合ではないのだ。
さくらは自分の意見を殺し、先を促した。




「やれやれ、頑固ねぇ・・・。
んじゃあさ、良子さんに前電話で聞いたんだけど。
美味しいラーメン屋さん知ってるんでしょ?」




肩をすくめつつも、京子はさくらに尋ねた。




「うん、まあ・・・」




「そこは友達の紹介じゃないとダメらしいじゃない?
私も紹介して欲しいのよ。私、こう見えてもラーメンにはうるさくてね」




えへへと微笑む京子。
マコもまたみんなで行こうと言っていたのを思い出す。
ラーメン好きがどんどん増えていてるね・・・。
さくらは薄く笑みを浮かべた。




「わかった。マスターには私が伝えておく。
今度みんなで行きましょう」




「OK。では2日後に。同じ時刻・同じ場所で待ち合わせましょ」




「わかったわ」




京子は手をヒラヒラ振ると、そのまま去っていった。




「さて・・・後は」





さくらは頭で思考を練りつつ、再び駆け出した。


          

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