ケンドー女剣良子の獅子奮闘記 カクヨム版

小夜子

第9話「学園大バトル!」



「我ガ名ハ、レアナトール・キャサリン。餓流館・暗殺部隊特別講師デス。
オマエラ、地獄の旅の始マリヤアアアアアアアアアア!」




キャサリンはそう言い終え、大声を出して叫んだ。
すると、彼女の身体がみるみる内にがれていく。
まるでシールを剥がすかのようだ。
皮膚も顔もみるみる剥がれ落ちていき、昆虫が脱皮しているかのようだ。
クラスの誰もがそう思った。
やがて皮が完全に剥がれた落ちた。
そして、今度はみるみると巨大化していていく。
それはまるで小人がガリバーよろしくである。
それを間近で見た生徒たちは驚きを隠せなかった。
よくある映画の演出のような、CGか何かだと思ってしまう。
良子たちですら信じられなかった。
やがてその現れた実体に誰もが驚愕した。
緑色のとぐろを巻いた巨大な生物…。
蛇だ。
ただの蛇ではない、大蛇だ。
それは天井を突き破り、床を突き破る大きさに至る。
恐らく30メートル以上はあるだろう。
天井を破り、コンクリートが破壊され、瓦礫が辺りに飛び散る。
重量もかなりあり、クラス内に小規模な地震が起きた。




「うあああああ!」
「きゃああああ!!」
「逃げろおおおおおお!」
「ひいいいいいいいい!」
「助けてぇ!!」




「ゴガアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」




大蛇は実体を完全に現すと、大声で叫びだした。
何物にも例えることができない、怒りの雄叫び。
その叫びは阿鼻叫喚のクラスメイト達を更に動揺させた。
大蛇は生徒たちをギョロッとした目で睨みつける。
その瞳に生徒たちがすくむと、蛇はニヤリと笑う。
尾を壁に叩きつけ、その振動で窓ガラスが次々と割れていく。
天井の蛍光灯が次々と落下し、音を立てて割れていく。
机がバランスを失い、ひっくり返る。
生徒達の多くが悲鳴をあげ、泣き叫ぶ。
蛇は彼らの泣き喚く、その様を楽しんでいるようだ。
ただ、例外がいた。
良子・礼菜・マコ・稲美たちだけは蛇を睨みつけていた。
動揺が全くない訳ではないが、この手のトラブルは以前から経験してきた事だ。
その分、他の生徒たちよりも冷静に物事を見ることができる。




「うわあああああああああ!!」



「きゃあああああああああああ!!」




一方、生徒たちは完全にパニックに陥っていた。
ある者は腰を抜かし、ある者は失禁した。
女子は泣き叫び、気絶する者すらいる。
このままでは生徒達に被害が出てしまう。
何とかしなければ…。
良子は必死に思考を巡らせ、案を構築させる。




「稲美ちゃん、委員長と協力してみんなを安全な場所へ。
怪我人がいたら、治療してちょうだい。できる?」




「は、はい、わかりました」




稲美は良子の指示に迷うことなく、首を縦に振る。




「委員長、大丈夫だよね?」




「う、うん。わかったわ…」




クラス委員長・前橋文香は恐る恐る頷く。
他の生徒同様、かなり混乱してはいる。
だが、彼女の芯がしっかりしていることを良子は知っている。
その上での人選だ。




「礼菜は学園長に報告して判断を仰いでから、さくらに連絡して合流。二人で学園長の警護をお願い」




「わかったわ」




良子の指示に頷き、礼菜はすぐにクラスを飛び出した。
迷いもなく行動力があるのは流石、礼菜といったところだ。




「マコは委員長・稲美ちゃんと協力して、みんなの避難誘導をお願い」




「OK。空手部の田中くん、柔道部の横田くん、剣道部の春日井くん、手伝ってちょうだい!」




「押忍!男磨かせて頂きます!」
「任せろ!」
「やってやるぜ!」




マコは良子の指示を了承し、クラスでも体力に自身があるものを呼んで協力を要請した。これはクラスのみんなと仲が良いマコで無ければできない技だ。慌てふためく生徒達をひとまず廊下へ誘導させた。気絶している女子はマコが背負って助け、腰が抜けた生徒は体力のある生徒が助け出し、ひとまず難を逃れた。




良子の考えはこうだ。
まず、生徒たちを安全な場所まで誘導させる必要がある。
敵の狙いはあくまで良子達であり、無関係の生徒は眼中にないはず。
だが、もし敵が生徒を狙ってきたら戦いにくくなる。
人質として使われるデメリットを避けたいのだ。
マコは戦えるし、稲美は攻撃と回復をすることも可能だ。
生徒たちの混乱を抑えつつ、協力できる者がいれば協力してもらう。
これは良子よりもマコが適任だ。
もし敵が他にいてもカバーできるだろう。
学園長が狙われる可能性も考慮して、警護にさくらと礼菜をつけた。




「良子はどうするの?まさか、一人で戦う気?」




「モチのロン!ナリがでかいだけの蛇なんて、ウチだけで十分よ」




良子はふふんと鼻を鳴らす。




「ズイブン、威勢ガイイナ…ツルギリョウコ」




蛇は鼻で笑う。
先ほどのキャサリンの声に比べるとかなり低い声だ。
女声というより、男声に近い気がする。
これが本来の奴の声なのだろう。
高圧的な物言いに良子は睨みで返事を返す。




「あんたの相手はウチだ。ついてきな!」




良子は割れた窓ガラスから外に跳躍した。
教室で戦えば、大勢の生徒たちを巻き込む。
奴を誘き出すためにはこうするのが一番だ。
大蛇はその姿に似合わないスピードで教室の壁を破壊し、良子の後を追いかけた。










グラウンド。
そこには良子と巨大な大蛇がいた。
良子は既に抜刀し準備万端。
蛇は良子に敵意むき出しの目を向け、歯を鳴らしている。
涎を垂らし、早く良子を毒牙にかけて喰らいたいとウズウズしているようだ。
一見すると、それはハリウッドのアクション映画のようである。
知らない者がこの光景をみたら、映画の撮影かと勘違いするだろう。
だが、これは撮影ではなく、現実だ。
失敗は許されない、負ければ死あるのみ。
だが、良子は比較的落ち着いており、動揺している素振りはない。
流石に肝っ玉がすわっているようだ。




「オマエハユックリ噛潰シテ、苦痛ヲ味アワセテカラ殺シテヤル。
楽ニハ殺サナイ・・・」




「フン。蛇如きがウチにケンカ売るとはいい度胸ね。
ブッ殺してあげるから、とっとと来な!」




余裕の笑みで言う良子。
蛇はそんな良子を睨みつける。




「ソンナ事ヲ言ッテルト、後デ後悔スルゾ!!」




蛇は雄叫びを上げ、口から何かを唾のように吐き飛ばす。
良子は身体をそらし、回避する。
代わりに当たった木がそれを浴び、まるで粘土のようにぐにゃぐにゃと溶けていく。
木は嘔吐物のように薄茶色の液状になり、バターのように広がった。
もはや見る影もない。
そこから鼻が曲がりそうな臭いがぷーんと漂ってくる。
理科の実験で使うアンモニアとよく似ているが、とても強烈な刺激臭だ。




「うっ…なに、この臭い」




あまりの臭さに良子は思わず鼻を手でつまんだ。
こんな臭いを嗅いだら、頭がおかしくなりそうだ。
一瞬、吐き気を催したが、気合で止める。
吐けば楽になるかもしれないが、その間に毒液の餌食になる。
それだけは避けなければならない。
もし、あれを直接浴びていればどうなっただろうか…。
少し考えそうになったが、良子は慌てて思考を中断した。
恐ろしくて考えたくもない。




「コノ液ハ強烈ナ毒素ト濃硫酸ヲ含ンデイル。一液デ1億人ノ人間ヲ殺セルホド協力ナノダ!!」




「…あっそ」




良子はなんでもないように言い、溶けた木々から離れて鼻から手を離した。
しかし、距離はあっても、臭いはかなりのものだ。
近隣から苦情が出そうである。




「フン。二度モ幸運ハ続カン!!」




蛇は再び毒液を吐き飛ばす。
良子はそれらを全て避けていく。
蛇は諦めずに何度も何度も毒液を連射していく。
毒液は蛇の体内で大量生産され、その量は無尽蔵にあるのだろう。
吐くスピードも銃弾のように速く、おまけに間隔がほとんどない。
常人なら回避することはほぼ不可能だ。
だが、良子の体力は常人を遥かに超えているし、動体視力は一般人とは比べ物にならないほど強力。身体をひねったり、頭をさげたり、跳躍をしたりと様々なバリエーションで華麗に回避する。
そして、ちょこまかとグラウンドを走り回る。
代わりに毒液を浴びた学園の木々や建物、壁、サッカーのゴールネットや運動部系の部室がみるみると溶けて異臭を放つ事に。




「あちゃ~、後で学園長に怒られるかも…」




逃げつつもタハハと苦笑いする良子。




「ソコだ!」




蛇は再び毒液を良子に向けて吐く。
が、良子は又を広げた。
又の間を毒液が通り過ぎていく。




「ウグググ…何度デモ諦メヌゾ!」




蛇は半ば意地になって、ヤケクソ気味に毒液を吐き続ける。
が、良子は相変わらず回避してはちょこまかと走り回る。




「オノレ・・・チョコマカト。イイ加減二シロ!!」




「ってゆーか、毒液だけしかないのね、アンタ」




その言葉に蛇は激怒した。
蛇に睨まれた蛙という言葉があるが、良子は蛙でも何でもない。
その表情には余裕があるようだ。
何か考えがあるのだろうか。




「ナンダト!?ワレノコ攻撃ハコレダケデハナイ!!」




蛇は怒り、口から紅蓮の炎を吐き出した。
紅き炎は一瞬で辺りを炎の海にする。
またたくまに燃え広がり、辺りの木々や壁が消し炭になっていく。
人間がこれを浴びればタダでは済むまい。
幸い、グラウンドだけで校舎までは燃え広がっていないようだ。




「ククク…ワレノ炎ト毒液…。オマエの好キナホウデ殺シテヤロウ。
ドチラヲ好ム?小サキ者ヨ…」




「じゃあ、毒液で」




まるでクイズ番組で選択を迫られ、それに答える芸能人のような緊張感のない良子。




「オ望ミ通リ毒液ヲヤロウ、死ネ、ツルギリョウコ!!」




蛇は再び毒液を良子に向けて吐き出した。
それは遂に良子に命中した。




「ククク…後ハ噛ミ砕クダケダ!!」




大蛇は大声を上げて高笑いした。
だが、歓喜に浸ったのも束の間。




「お生憎様。そいつはできないよ」




「ナ・・・!?」




良子の声が高らかに響いた。
しかし、グラウンドに良子の姿は無い。
だが、間違いなく声は聞こえた。
どこだ、どこにいる?
大蛇は辺りを見回すが、やはりどこにも姿が見えない。
校舎にでも逃げ込んだのか?
それにしては近くで声が聞こえたのだが…。
そもそも毒液を浴びた体では数歩も歩けないはずだ。
蛇は校舎、グラウンドと必死になって探すが、良子の姿は一向に確認できない。




「どこ見てんのさ。ここだよ、ここ」




蛇はぎょっとして目線を上に上げる。
そこには良子がいた。
良子はなんと大蛇の頭の上にいる。




「イツノマニ…!」




「あんたの後ろから回ってきたのさ」




「ナンダト・・・グッ!?」




蛇は体を曲げようとしたが、曲げられなかった。
そこで初めて蛇は気づいた。
自分の体が絡まっていることに。




「あんた単純なんだもん。怒らせるだけ怒らして、軽くランニングしたら、すぐ絡まった。ウチの予想通りね」




良子がちょこまか走り回っていたのは、これが狙いだったのだ。
蛇は怒りに我を忘れ、毒液を良子に当てることに夢中だった。
そのせいで、自身の身体が絡まったことに全く気がつかなかった。
まるでイヤホンのコードが絡まったかのように、身動きができない。
もがいてみるものの、かなりキツく絡まっていて、すぐには解けない。




「シ、シカシ・・・毒液ヲアビタ貴様ハモウスグ・・・」




「残念。あんたの毒はこの刀で吸収したよ」




良子は自分の愛刀・鏡を天にかざした。
太陽と重なり、光刃輝く。《こうじんかがやく》




「この刀は敵の技を吸収する力を持っているの。
普段は使わないんだけど、今回は特別。
あんたの大好きな毒でゆっくり殺してあげる☆」




「ナ・・・ナンダト・・・」




良子はフフと笑みを浮かべた。
大蛇にとっては正にキラースマイルである。
蛇に睨まれた蛙ではなく、蛙に睨まれた蛇となった。




「1液で1億人殺せる毒なんだよね?その威力はどんなもんかな。
自分自身でたっぷり味わってちょうだい!」




良子は愛刀「鏡」を蛇の頭に突き刺した。




「グアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」




蛇の頭から紫の血が噴水のように飛び出る。
蛇は断末魔の悲鳴を上げ、のたうち回るが、身動きがとれず、逃げることができない。毒液が頭から直接入り、最短ルートで脳へたどり着く。
脳の細胞を次々と破壊し、血液を通して身体中に巡っていく。その間にも、各細胞の一つ一つを秒速で破壊し続け、毒は数分もしない内に全身に満たされていく。
その苦しさは想像を絶するだろう。
言葉にならないほどの痛さと苦しさが大蛇を大いに苦しめる。
だが、良子はこれだけで終わるほど、慈悲深くない。
更なる苦しみを味わせる為、続けて蛇の左右の目を突き刺し、切り裂く。




「ウ、ウグオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」




蛇はますます悲鳴を上げた。
毒を吸収した鏡で突き刺し、切り裂いたのだ。
目は一瞬で機能を潰され、暗黒の如き暗闇が蛇を襲う。
痛さ、苦しみ、暗闇は大蛇を恐怖の底に落とすのには十分すぎる。
だが、まだ良子は追撃の手を緩めない。
悪に対して徹底抗戦は師匠の教えである。
良子はそれを忠実に守っていた。




「はああああああああああああ!!」




良子は蛇の口内に潜入し、蛇の舌に刀を突き刺す。




「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!ヤメロオオオオ!!!」




突き刺した刀に力を込めて引っ張る。
ぶよぶよとした感触が手に伝わって気持ち悪いが、刀に力を込める。




「はあああああああああああああ!!!!!」




舌をえぐり斬り、舌ごと引っこ抜いた。
デカイ舌がグラウンドに落ち、軽い地響きが起きた。




「グワギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」




蛇は今まで一番大きな断末魔の叫びを上げた。
夥しい紫色の血が口内に噴水のように広がっていく。
続けて、喉を刀で連続で突き刺しまくる。
更に顎へ向けて突き刺しまくる。
秒速で目にも止まらぬ速さで突きまくる。




「ヒイグギャアアアアアアアアアアアアア!!!!」




口内は血と毒の海で溢れかえっていた。
目に痛いほどのクリアなパープルカラーと薄汚いレッドカラーが視界に広がる。
それらにかからないよう、気をつけつつ、良子は口から脱出した。
いくら強力とはいえ、毒液が全身に回るには多少のラグがある。
追い詰められた敵は何をしでかすか分らない。
もし、その間に校舎を破壊されれば全てが終わりだ。
そうなる前に徹底的に叩き潰す必要がある。
だからこそ、物を見る目と毒液を発射する為の舌を潰したのだ。
舌がなければ、毒液を生成できても発射することはできないはず。
最も毒液の生成すら、蛇にはもうできないだろうが。




「オ‥オノレ…。ヨ、ヨクモ…」




「ウチは蛇が大嫌いなんだ。あんたなんざ見たくもない。
せいぜい、あの世で後悔することね…」




蛇はまだのたうちまわっていたが、やがて完全に動かなくなった。
蛇は白目を剥き、その巨体はとうとう倒れた。
身体は紫一色に染まり、強烈な腐敗臭が校庭に漂った…。









ちゃららーん、ちゃらららーん。
その時着信音が鳴った。
有名な時代劇のテーマソングだ。
良子の携帯の着メロは時代劇を主に使っている。
携帯を見ると「橘礼菜」と出ていた。




「もっしー」




「もしもし良子。大丈夫?」




「うん。蛇退治は済んだよ」




「流石、良子。お疲れ様。学園長が良子を呼んでいるの。
すぐに学園長室に来て」




「了解!」




良子は携帯を切ると、早速、学園長室へと駆け出した。
蛇は砂と同化して消えており、腐敗臭だけがその場に漂っていた。






学園長室。
ノックしてから入ると、さくらと礼菜が出迎えてくれた。
もちろん、学園長の翡翠の姿もある。




「お疲れ、良子。怪我とか大丈夫?」




「ウチは大丈夫だよ」




「お疲れ様です、良子センパイ。流石ですね」




不安そうに良子を見つめる二人。
そんな二人に良子はガッツポーズを見せた。
安堵する礼菜達だが、翡翠だけはまだ険しい顔のままである。




「まさか奴らがこんなに早く攻めてくるとはね…予想外だわ」




煙草を燻らせ、ため息をつく翡翠。
その顔は岩のように険しく、相当疲労しているようだ。
灰皿には数多くの吸殻が埋まっている。




「学園長、一匹は倒しましたけど、敵はまだ大勢いるはずです」




その可能性は極めて高い。
キャサリンだけを刺客として送り込んで来るとは思えない。
他にも大勢の敵が既に学園内にいるはずだ。




「相手が大勢で来るなら、こっちも戦力を拡大しましょう。
一年生や三年の妖魔倒しができる人たちを呼ぶべきです!」




礼菜が提案するが、翡翠は首を横に振る。




「…残念ながらこっちの戦力は良子さん達しかいないわ。
前にも言ったけど、他のメンバーはまだ地方遠征中だからね。そうすぐには戻ってこれないわ。1年も3年も今戦えるメンバーはいないのが現状よ」




「こりゃ消耗戦だね。ウチ達が力尽きるのが先か、敵が力尽きるかの先か…」




良子がふうとため息をつく。
どこまで体力が続くか、そこが勝負の分かれ目だ。
これはかなりの修行になるなと良子は思った。




「良子先輩、こうなったらとことんやってやるだけです。
こんな時こそ、ニューフェイスのアタシの出番ですね!」




良子とは逆で、さくらは落ち込むどころか、むしろウキウキと腕を鳴らしているようだ。随分、やる気があるらしい。




「気合十分だね、さくら。こりゃウチも負けてらんないわ」




良子はやる気満々なさくらに笑みをこぼし、自らもガッツも入れる。
後輩でもあり、弟子でもあるさくら。
彼女の師匠である自分が負ける訳にはいかない。
こうなったらとことん、やってやる!




「良子センパイ、どっちが多く倒せるか競争です!」




「ふふ、そうね。じゃあ、何か賭けようか?」




「そうですね・・・じゃあ、センパイ。勝ったら私とキスしてください。
もちディープで☆」




「うん、いいよ!」




「よくない!」




礼菜が机をドンと叩いた。
そこは翡翠の机なのだが。




「そんなの駄目に決まってるでしょーが!ってゆーか、良子もあっさりOKしないの!」




「ん~でも、せっかく弟子がこうやって張り切ってるんだし…。
それぐらいご褒美があってもいんじゃない?」




「そうですよ~礼菜センパイ。別に浮気とかじゃないんだから、どんなに気にしなくても」




「ともかく、ディープはダメ!やるなら、ほっぺにチューぐらいにしときなさい!」




「・・・・・・・あなた達ねぇ」




翡翠は頭痛を感じた。
どいつもこいつもまるで緊張感がない。
人選失敗したかなと内心思う翡翠。




「…オイオイ、いつの間に仲良くなったんだ?さくら」




ドアの開く音がした。
そこへ誰かの足音と共に声が聞こえてくる。
その姿と声をさくらはよく知っていた。




「弥剣…」




「へへ、久しぶり…って程でもねえか?
元気そうじゃねえか」




弥剣と呼ばれた男性は舌なめずりして旧友との再会を果たした。
だが、顔は凶悪な指名手配の犯罪者を思わせる。
目は剃刀のように鋭く、笑顔のまま良子たちを睨み付ける。
服装は学ランとズボンを履いている。
学ランを胸元まで開け、中から筋肉質な胸板が現れている。
それだけなら普通だが、彼の周りには尋常ではない殺気が溢れている。
濃度が濃く、ピリピリとした空気が辺りを包み、完全に場を支配する。
圧倒的な存在感と凶暴なまでの雰囲気は一般人ですら、恐れるほどだろう。
誰もが彼を一目見るだけで危険人物だと思うのは間違いない。
ここまで強くて、濃い殺気は良子自身も始めて感じる。
まともな人間ではない。
場を完全に威圧させる空気をたった一人で作るのだ。
恐らく、かなりの人数を自らの意思で殺害しまくった殺人狂。
何十人、何百ではない。
万を超えるほどの殺しを糧に生きてきたのだろう。
極めて修羅に近い人物だとも言える。
剣の腕も相当立つはずだ。




「しかし、まさかお前が裏切るとはな…。餓流館の鉄の掟を知らない訳じゃねえだろう?裏切り者は即、処刑だ」




「ええ、知ってるわ」




「なら、どうして裏切った?裏切ってお前に何のメリットがある?俺達は選ばれた人間なんだぜ?糞まみれの人間を殺すだけで、莫大な金を得ることができる。世の中は金だ。金さえあれば、一生幸せに生きていける。それはお前が一番よく知っているだろう?」




「……」




饒舌に語る弥剣とは対照的にさくらは黙っていた。
そんなさくらを睨みつつも続ける。




「仮にここで普通に学生生活を送って卒業し、大学出て、社会人になったとしよう。けどよ、それのどこが面白いんだ?普通の仕事をしても稼げる金は雀の涙だ。世の中は不景気で、政治も期待できねえ。ボーナスはどんどん減らされる一方だ。逆にストレスだけが増えていく。死んでいい人間なんて世の中には腐るほどいるが、餓流館ならそいつらを殺して金を貰うことができる。最高のストレス解消だと思わないか?」




「・・・・・」




「それによ、希望すればいつまでも生徒でいられるんだぞ。暗殺教員にもなれるから就職も安泰だ。ボーナスもつくし、海外研修という名の遊びもある。殺し続けただけ、大金が毎日毎日わんさかと舞い込んでくる。ATMに振り込まれた額に狂喜乱舞する…お前も俺もそんな日々を過ごしてきたんだ。普通に働いても、馬鹿馬鹿しくなるだけだぜ?」




「・・・・」




「お前は餓流館無しでは生きていけないんだよ。世の中、愛だの恋だの言っても、全ては金だ。殺人すらも金でもみ消せるんだ。美味い食い物も食えるし、豪華な服やバッグだって揃えられる。いい男とも好きなだけ愛し合える。顔や体型だって変えることができるんだぜ?世の中は金だ!金以外に何がある!?金こそが全てだ!お前だってそうだったはずだろう!?それを忘れたわけじゃないだろう!」




「…寂しい奴」




鼻で笑うさくら。
弥剣はそれに少しムッとした。




「残念だけど戻る気はないよ。アタシは良子センパイを信じてる」




「さくら・・・」




さくらは良子を見つめ、照れくさそうに笑みをこぼした。




「…なぜ信じられる?俺達は同期で十年以上一緒だったじゃねぇか。
なのに、出会って1ヶ月にもならない奴をなんでそんなに信じられるんだ?
お前は騙されてるんだよ!」





「そんなのありえない。アタシは良子センパイを信じてる」




さくらは良子の腕を握り、えへへと良子に笑みを零した。
その笑みは良子への信頼と忠誠を示していた。




「アタシを本気で心配してくれたのは良子センパイだけよ。今までそんな人は誰もいなかった。確かにお金が入って喜んだこともあった。無駄遣いしまくったさ。でも、仲間がいても、どれだけお金が手に入っても、アタシはどこか虚しさを感じていたんだ…」




さくらはどこか遠い瞳をしていた。
過去を振り返っているのだろうか。




「でも、良子センパイはそんな私を暖かく抱きしめてくれた。アタシをここの生徒にする為に理事長に土下座までしてくれた。今じゃアタシの師匠でもあるんだ。だから、アタシは良子センパイについていく。今のアタシはセンパイの一番弟子。いつか必ず恩返しするのが目標!思いきり褒めてもらって、ぎゅってしてもらうんだから!」




一番弟子の部分を強く強調し、てへへと照れくさそうに笑うさくら。




「ハハハ、大きく出たわね、さくら」




良子は少し嬉し恥ずかしい気持ちだったが、さくらの頭をくしゃくしゃと撫で、照れ隠しした。





「ホントの事言っただけですよ~」




と言いつつも嬉しそうなさくら。
ちなみに恩返しというのは、弟子が師匠を超えることを指す。
良子から受けた恩を返すという意味でもあり、師匠である良子を超えるという二つの意味合いで「恩返し」と使った。
それを知っているのはさくらだけである。




「だから…人殺しや金だけで人のランクを決めるアンタ達にはついていけない。アタシの道はアタシが決める」




「…交渉決裂だな。俺にはわからん。理解不能だ。古巣の人間よりもそいつらを信じる理由がな。まあいい…」




弥剣は刀を抜いた。




「名残惜しいが処刑執行だ。即死と安楽死、お好みは?」





「どっちもいらない!」





二人は獲物を抜き、互いに駆け出す。
刀と刀がぶつかり合う。
凄まじい速さで互いの刀がぶつかり合っていく。
その凄まじさは目にも止まらぬ速さで、何度も何度も刀がぶつかる。
良子たちですら目で追うのがやっとだった。




「ぬおおおおお!!」




一気に刀を振り下ろす弥剣。
だが、さくらはそれを跳躍で回避し、宙で一回転してから地面に着地した。




「へへへ…いい感じだ。この感じ、久しぶりだな。
以前、合同練習した時を思い出したぜ」




「…奇遇だね、アタシもだよ」




お互い睨み合いつつも、どこか微笑む二人。
やはり裏切ったとはいえ、古巣の仲間である。
そして、二人はお互いの手の内を知っている。
実力はほぼ互角と言っていいだろう。
甘さと弱さ、どちらがそれをどれだけ捨てられるのか。
恐らくそれが勝敗を分ける鍵となる。
良子は参戦したい気持ちでいっぱいだったが、我慢するしかなかった。
礼菜はそんな良子の傍に寄り添い、さくら達の戦いを見届けている。




「んじゃ、そろそろ本気で行くぜ!!」




弥剣が天に刀をかざすと、刀から赤き炎が生まれた。
赤き炎は剣を勢いよく包み、凄まじい勢いで燃え盛っている。
どれくらいの温度かはわからないが、確実に黒焦げ確定なのは間違いない。
赤き炎は全ての物を灰にせんと威勢良く燃え続けている。
だが、さくらは怯えもせず堂々としていた。
目はまっすぐで真剣だが、どこか楽しんでいる風にも見える。




「こっちも本気で行くわよ!」




さくらも天に剣をかざす。
すると剣がバチバチと震えだした。
これは以前、良子と戦った時に使った雷剣の簡易型だ。
天候を曇りにせずとも使える技「雷鳴剣」である。
簡易型とはいえ、その威力は計り知れない。




「おめえの得意な雷鳴剣か…。フン、先に当てた方が勝ちだな。
炎で焼け死ぬか、雷で焼け死ぬか…面白れぇじゃねえか」




「・・・・」




両者、睨み合う。
一歩も動かず、タイミングを見図る。
この勝負、慌てた方が負けだ。
どれだけ心を相手に集中できるか。
それが勝利の鍵である。
静寂の時間が流れた。
それは時間にしてどれくらいになるのだろうか。
数十秒かもしれないし、数分なのかもしれない。
落とした針の音が聞こえなそう程の静寂が部屋を包みこむ。




「……」




「……」




構えながら、睨み合う二人。
でも、どこか楽しげな顔をしている。
何を考えているのだろうか。
何も考えていないのだろうか。
それは良子たちにはわからない。
一つ言えるのは、二人はこの戦いを真剣に正々堂々と戦っている。
ただ、それだけが確かだ。
やがて、両者はどちらからともなく、動き出す。




「うらああああああああああああああ!!」




「はあああああああああああああああああああ!!」




両者はまるでタイミングを計ったかのように、ほぼ同時に駆け出す。
そして互いの獲物を振るう。




「焔・炎神爆!!《ほむら・ばくしんじん》」




「夜叉神桜刃流・雷龍落やしゃがみおうばりゅう・らいりゅうおとし




弥剣の刀を跳躍でかわし、奴の頭へ雷鳴剣を叩き込む。
重力を操る方法はここ1週間のトレーニングでマスターした。
今回はそれに雷をプラスしたアレンジバージョン。
雷鳴と巨大な重力を得た剣は絶対な威力を誇る。
これらをマトモに喰らって生きている人間は恐らくいないだろう。




「そんなのお見通しなんだよ!」




すんでの所で八剣はさくらの剣を防いだ。
重力と雷鳴が激しいぶつかり合いをする。
重力負荷がかかっているはずだが、八剣は自慢の筋肉でそれを物ともしない。
後方に下がりつつもその剣を自らの頭には触れさせなかった。



「焔・爆炎陣!!《ほむらばくえんじん》」



刀を頭上に掲げ、相手を威圧するように剣を構える。
所謂、上段の構えだ。
炎が八剣の全身を包み、一見すると人体発火のように見える。
だが、その剣は青い炎が包み、激しく燃えている。
余りの炎に周りの本棚や壁が黒ずみ、燃えていき、火事になりかけている。



「いいぜ…あったけぇ。俺の炎で消し炭にしてやんよ!」



「・・・・・来な」




対するさくらは正面に構え、刀身の先端を水平よりも下げて構える。
炎が天井近くにまで達し、これでは跳躍で避けることもできない。
外に逃げるべきだろうが、それでは外が危険になってしまう。
彼の炎は命が燃え尽きるその時まで燃え続ける特殊な物だ。
修練に修練を重ね、幾人もの人間を飲み込んできた炎。
その恐ろしさをさくらはよく知っている。




「うるあああああああああああああああああああああああああ!!!」




八剣はさくらに向かって突進してきた。
猛スピードで向かうその様は火の珠だ。
だが、さくらは微動だにしない。
八剣は剣を掲げ、叩き切ろうとした。
だが、さくらはそれをまるで闘牛士よろしくとすらりとかわした。




「唸れ、雷神手!《らいじんしゅ》」




雷を纏ったその手でゼロ距離の八剣を殴り飛ばす。
咄嗟に剣で防ぐが、雷に剣が耐えられず、折れてしまう。



「なっ…!?お、俺の剣が…!!」




「だああああああああああああああああああ!!」




さくらはその隙を逃さず、八剣を切り裂いた。












「…いかない」




さくらは刀を捨てて、倒れた弥剣の元に駆け寄る。
襟元を乱暴に掴み、怒鳴り散らす。
だが、弥剣の身体はまだ炎に包まれていた。




「納得いかない!!アンタ、本気出してなかったでしょ!?
あんたの炎…もっと熱かったわ。あんな程度じゃない!」




怒りを露にするさくらとは対照的に弥剣はどこか寂しげに微笑んでいる。
炎が彼をゆっくりと火葬していく。




「はは…どうも本気になれなかったな…。できると思ったんだが…」




「アタシは裏切り者よ?どうして…どうして本気を出さなかったの?
なんで、なんで…」





さくらは怒っていた。
何故手加減されたのか?
大声で怒鳴り、唾が弥剣に少し飛ぶがそんなことを気にも留めず、矢継ぎ早に捲し立てる。さくらしか知らないが、弥剣の剣の威力はこれほどの物ではない。
全てを灰に帰すぐらい、強力な一撃なのだ。
過去、弥剣とペアを組み、仕事をしたことがある。
その時、彼の炎に焼かれた敵達を大勢見てきた。
断末魔の悲鳴をあげ、泣き叫び、恨みながら死んでいく者たちを…。
弥剣はそいつらを嘲笑っていた。
焼け焦げていく人の身体は気持ちのいいものではなく、何度嗅いでも慣れなかった。
だが、先程の剣技はさくらからすれば、その時の炎とは比べ物にならないほど弱々しかった。従って、避けるのは簡単だった。
奴の全力の炎ならさくらでも完全に避ける自信がない。
だからこそ、そんな弱い炎を出すことはまず有り得ない。
手加減したとしか思えないが、弥剣は敵に情けをかける真似はしない。
では、一体何故…?




「そりゃ、おめえ、あれだ。俺はお前が好きだからだ」




「な…」




弥剣は何でもないように言う。
さくらは突然の告白に目を丸くし、顔を赤く染める。




「…本気でなんか戦える訳がねえ。好きな奴を誰が傷つけられるってんだ。そんなの男として失格だぜ…」




「く、くだらない!くだらないわよ!そんな事で真剣勝負を投げ出すなんて…。男なら最後の最後まで足掻きなさいよ!!」




「俺が勝ったらお前は死ぬ。そんなのはゴメンだ。絶対にな。
…じゃ、そろそろ行くぜ」




「ちょ、まだ話は終わってない!」




「お前はお前の信じた道を進め。後ろを振り向くな。
ずっと前だけを見て生きていけ。
地獄でお前の事をいつまでも見守っているぜ。
せいぜい、幸せにな…」




「や・・・弥剣ぃぃぃぃぃぃ!!」




弥剣はまるで憑き物が落ちたかのように安らかな顔をした。
それは先程の殺人狂の彼ではなく、普通の人の顔だ。
安堵したその顔はもう修羅の顔では無くなっていた。
最後には人としての心が彼に戻ったのだろう。
さくらの幸せを祈りながら、弥剣は眠るように埋葬された…。










「さくら…」




「…大丈夫です」




さくらはしばらく泣いていたようだが、やがて泣くのをやめた。
良子はそんな彼女にそっとハンカチを手渡した。
さくらは黙ってそれを受け取る。
涙をふき取るさくら。




「…良子センパイにしては女の子らしいですね。チェック柄なんて」




「あのね…ウチはれっきとした女だっつーの。
ウチが可愛いハンカチとか持ってちゃいけないの?」




「うーん、ちょっと似合わないかもです」




「何ですって!?ってゆーか、礼菜もクスクス笑わないの!」




「ふふ。ごめん、ごめん」




それでも尚笑っている礼菜。
良子はボリボリと不機嫌そうに髪の毛を掻いた。




「さて…これからどうしようか。敵はまだいるのかな?」




「あれ…?」




そこでさくらは何かに気づいた。
弥剣の死体の前でしゃがみ込む。
遺体は既に骨と共に燃え尽き、彼の焼け焦げた衣服の断片だけが残されている。
その中に何かがある。
それは何かの紙だった。
それらは分厚く、何ページもある。
ただの紙ではなく、高級な上質紙だ。
どういう構造をしているのかわからないが、あれだけの炎と雷を浴びているのにも関わらず、それは全くといっていいほど燃えていなかった。
紙の端が多少黒ずんでいるだけだ。
折り目も皺も無い紙には文章が書かれおり、長文が掲載されている。
どうやらパソコンで打たれたものをプリントアウトしたものらしい。




「これは・・・」




さくらは黙読してみた。
そこには驚愕の事実が書かれていた。




「センパイ・・・これ」




「何?」




良子も礼菜もそれに目を走らせる。




「…学園長」




「何?その紙は…」




「全て仕組んでいたんですね。妖魔の事・・・」




さくらはゆっくりと身を起こし、翡翠を睨んだ。




「学園長。あなたは荒覇吐学園のお金を不正に使っていたんですね?
それらの金は私的に使われ、軍用ヘリの資金購入や株、先物取引なんかに使われていた。しかもそれに失敗して多額の借金や負債があるみたいですね。額はおよそ30億…」




「え・・・・・・」




翡翠は凍りついたように固まった。




「おまけに妖魔と裏で繋がりがあり、アタシ達の情報をリークしていた。
餓流館にも情報を流し、その見返りに賄賂をもらっていた。要するに私達は金のなる
木だったわけですね」




「そ、そんなのデタラメよ!」




虚勢を張る翡翠だが、脂汗が滲み出ている。
どうやら嘘をつくのが下手のようだ。




「嘘かどうかは調べればわかることです。
学園の金を私的流用して、借金や負債を無くすために
妖魔や餓流館に私達の情報をあなたは売った。
もしかしたら、他の所にも売ったのかもしれませんね?」




さくらの睨む目に翡翠はまさに蛇に睨まれた蛙の状態だ。




「じゃあ、ウチ達の事を妖魔が知っていたのは・・・」




「ええ。事前に情報が流れていたんです。転校初日の良子センパイの事は礼菜先輩やごく一部の人しか知らなかったはずです。にも関わらず、あの芳江とかいう女が知っていたり、礼菜センパイを誘拐した妖魔が先輩方を知っていたのもその為です」




翡翠は金欲しさに良子たちの情報を売りつつも、外見では善人面をしていた。
いわばスパイだ。




「さくら、礼菜」




良子の掛け声と共に二人は翡翠の腕を掴み、拘束した。




「は、離して!」




「…この話は妖魔対策本部の佐倉さんに伝えます。嘘か本当かはそれでわかるはずです。大人しくしてて下さい」




良子は口調こそ丁寧だが、厳然とした言葉で言い切った。
元々あまり信用してはいなかったが、それでも自分達を守ってくれている人だと良子は少し思っていた。その想いが自分の不正な金の穴埋めであり、金欲しさに情報を流したというのが良子には許せなかった。自分達にかけてくれた言葉は全部嘘だったのか。悲しみと同時に怒りが溢れてくる。
大人の嘘ほど子供を傷つけるものはない。




「あらあら。これであなたは学園長失格ね」




そこへどこから現れたのか、芳江が扉の前に佇んでいた。




「よ・・・芳江様!お許しを!私を光の民に!!選ばれた民の住人に!」




「無能者には死を!」




芳江はその場で刀を振るった。
刃は当たらないが、代わりに剣の衝撃波が翡翠を貫いた。




「よ・・・よしえ・・・さま・・・」




翡翠は真っ二つに切り裂かれ、その場に倒れた。
身体が左と右に別れ、まるでアジの開きのようだ。
瞳は絶望的な色に染まり、まはや生気はない。
流石にさくらと礼菜は言葉を失った。




「あっさり殺したわね。躊躇もないなんて…」




「もう彼女の役目は済んだのよ。遅かれ早かれ、こうなる運命だった。
ただそれだけの事よ」




「ふうん…ま、これで一つわかった」




良子は抜刀し、芳江に刀を突きつける。
宣戦布告だ。




「やっぱり、黒幕は全部アンタみたいね。いい加減決着つけちゃわない?
ザコばっかじゃつまんないわ」




「ふふ…相変わらず強気ね。まあいいわ。屋上に来なさい。
私は一足お先に向かっているからね」




芳江は駆け出し、その場から立ち去った。




「二人は佐倉さんとマコ達に連絡して、合流しておいて!」




「わかったわ。気をつけて…」




礼菜の言葉にウインクで返す良子。
すぐに屋上へと向かった。














屋上。




良子と芳江は睨み合っていた。
二人以外には誰もおらず、ただ静寂だけが場を支配していた。
天気がよく、雲ひとつない空だ。風もほとんどない。
こんな日は戦いなどせず、みんなとランチしたいなと良子は微かに思う。
だが、現実はそれを許してくれない。
芳江の姿が良子の頭を現実へと引き戻す。




「ようやく決着をつけられそうね」




「ふふふ・・・そうね」




良子の挑発に対し、芳江は微笑む。
その不気味な微笑みに良子は腹を立てた。




「何が可笑しいの?」




「嬉しいのよ。色々とね・・・」




芳江は呟くように言うと、抜刀した。
身の丈より遥かに大きく、巨大な刀。
通称・野太刀と呼ばれている。
室町時代に武士が肩に背負うか、従者に持たせて携行した、非常に超大な刀である。芳江のそれは実に3メートル以上はありとても長い。
重さは不明だが、恐らく8キロはあると考えられる。
あんなもので斬られたら、パックリと海老のように裂けてしまうだろう。
先ほどの学園長の姿を思い出し、ゾッとした。
用心してかかる必要がある。




「さあ、来なさい。あなたの剣と私の剣、どちらが強いか教えてあげる!」




「望む所よ!!」




良子は一直線に駆け出し、刀を振るう。
だが、それはあっさりとかわされてしまう。




「はああああああ!!」




良子はそれでも執拗に追いかけながら、猛スピードで刀を振るっていく。
だが、芳江はそれを踊るようにひらり、ひらりとかわしていく。
肌を切る事はおろか、髪の毛一本すら切れない。
まるでこちらの動きを先読みしているのかのようだ。
両者は一旦距離を取り、再び構えの体制に入る。




「なかなかやるじゃん!でも、かわすだけじゃ芸が無いわよ!」




「あなたこそ、突っ込むだけじゃイノシシと同じよ。それこそ芸が無いわ。
それでも剣客なのかしら?」




不気味に微笑みながら言う芳江。
その表情にはどこか喜びに近い、満足げな顔をしている。
何故かはわからないが、薄ら不気味である。
余裕なのか、ハッタリか知らないが…癇に障る奴だと良子は内心、愚痴る。




「ハッ、言うじゃないのさ。・・・夜叉神桜刃流・雷帝電衝(らいていでんしょう!」




良子が刀を振い、雷のような衝撃波が芳江に襲い掛かる。
人間の体内にある電気体の中には、イオン分子の流れにより、電流が発生している。神経伝達やミトコンドリアのエネルギー産生も全て、電気の流れ(電子の受け渡し)により機能している。その電気を一部流用し、衝撃波として放つことができるのがこの技だ。体内の電気が少なくなれば、それだけ身体に負担がかかる諸刃の剣でもある。だが、衝撃波のスピードはとても速く、広範囲に渡って複数の敵を攻撃し、感電させる効果がある。さくらの雷ほどではないが、それでもかなりの威力がある。
いくら芳江が素早くても、これはかわせないはずだ。
小手先の技ではすぐに回避されてしまう…最初から全力で飛ばす必要がある。





「大した事ないわね・・・」




芳江はそう言うと、電磁波に向かって刀を縦に振るう。
たったそれだけの事で衝撃波はかき消えてしまった。
跡形もなく、一瞬で文字通り消えてしまったのだ。
良子は一瞬、何が起きたのか理解できなかった。




「嘘…何で?」




「この程度の技なんて回避するまでもないわ。
私の刀には通じないわ。修行不足ね、良子ちゃん」




「くっ・・・」




身体にだるさがのしかかってくる。
だが、良子は悔しさをバネにそれを無視した。
次にどう行動するべきかを必死に考える。
だが…。




「考える前に行動しないとね」




その声は後ろから聞こえた。
前方に芳江はいない。
考える暇は無い。
良子は後ろを振り返らず、前転し前回りの受身をとった。
数秒前までいた場所は地面ごと破壊され、巨大な穴が開いていた。
クレーターとも言えそうなぐらい、巨大な穴だ。
あれをマトモに喰らっていたらと思うとゾッとする。




「流石だね、オバサン。伊達に歳は喰ってないようね」




「私はまだ32よ。オバサンなんて言われる歳じゃないわ。
あなたこそ、それなりにできるみたいね。染井の弟子を名乗るだけの事はあるわ」




「そいつはどうも・・・。お礼に次で殺してあげる!」




良子は瞳を閉じ、意識を集中させる。
といっても、正直、立っているのもやっとな体力だ。
良子クラスの剣客でなければ、すぐに膝を折っているだろう。
身体のだるさは更に増していて、身体が悲鳴をあげている。
このまま戦いを続けても、敵の体力が落ちる前に自分の体力が限界だ。
あまり長時間は戦えないし、もし一瞬でも隙を見せれば技を叩き込まれる。
そうすればジ・エンドだ。
ならば、とっておきの技を使うしかない。
最大最強の攻撃で叩き潰すしか方法はない…。
意識の集中力が増し、良子の身体を蒼いエネルギーが取り囲む。
身体が蒼色に染まり、良子は目を開く。




「夜叉神桜刃流・猛虎内剄波!《やしゃがみおうばりゅう・もうこないけいは》」




良子は高まった気を剣に乗せ、放つ。
放たれた剄は空中で枝分かれし、複数になっていく。
それが次々と増え、芳江に襲い掛かる
これなら逃げ道はないはずだ。
これは剄という中国拳法を利用した攻撃の1つ。
意識の集中、呼吸法、身体全体の力の重みを調整し、爆発的な衝撃を発する技術。
良子はそれらを全てマスターし、いくつもの剄の技を使用する事ができる。
この技は剄を上手く利用する修行はもちろん、イメージ力も必要になる。
剄を高めることはできても、それを発するにはまた修行が必要なのだ。
長年の修行の日々で良子はそれをマスターし、今では自由自在に操れる。
そして、芳江を中心に大爆発が起きた。








「やった!」




しかし、良子が喜ぶのもつかの間。
煙が薄くなり、影が現れる。
そこには芳江が立っていた。
だが、彼女は怪我をした訳でもなければ、流血もしていない。
膝も折っておらず、平気な顔をしている。
ただ道着が少し破れたぐらいしか変化がなかった…。
痛みを堪えて我慢をしている訳でもなさそうだ。




「そんな…あれだけの剄を喰らって立っているなんて!」




信じられなかった。
意識の集中や呼吸法などやり方は全て合っていたはずだ。
あれをまともに浴びれば、立っている事はまずないはず。
イメージ力が強力だと攻撃力も比例して強力になる。
良子はそれに自信があったのだが・・・。




「ふふ、いい攻撃だったわ。肩こりがとれたみたい」




余裕の表情を見せる芳江。
肩をポンポンと叩き、肩こりが取れたとアピールする。
そんなババくさい挑発が良子の怒りに火をつける。




「ちっ・・・。なら、次は!」




「ないわ」




腹に熱いものがたぎる。




「・・・っが!!」



芳江はいつのまにか良子の腹に刀を突き刺していた。
それはほんの一瞬の出来事で、気づいた時にはもう刺さっていた。
どれだけの速さだと言うのだ。
1秒もかかっていないのに、こんなに近くにも接近したというのか!?
気配を悟られずに・・・。
良子は刀が腹に刺さっても頭は冷静だった。




「がはっ!!」



口から血を吐き、その血が芳江の胴着を汚す。
芳江は刀を良子の腹から抜き、刀を仕舞う。
大量の血が噴水の様に舞い、屋上を汚していく。
クリアな血液が太陽に照らされて赤々と輝く。
それは芸術的とも言える美しさだ。




「勝負ありね、もう立つ事はできないはずよ」




「う・・・ぐ・・・」



良子は痛みに堪えるが、開かれた腹から血がどんどん溢れ出す。
痛いというよりも、熱い。
熱い、熱い、熱い、熱い、熱い。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い…。
身体全体が燃えるような痛さと暑さを同時に感じていた。
立つ事ができず、その場にうずくまるしかできなかった。




「・・・ち・・・く・・・しょう・・・」




情けなくて涙が出てくる。
負けるなんて・・・。
こんな奴に負けるなんて・・・。
また修行のやり直しだ。
後悔と自責の念が良子に押し寄せてくる。
こんな悔しさはかつて経験したことが無い。
師匠の厳しい修行に耐え、ヤクザや道場を潰していた日々を思い出す。
あの時は自分こそが天下無双で、最強で、神だった。
自分より強い奴など誰もいなかった。
そう、実際に誰もいなかったのだ。
だが、それは自惚れだったと認めざるを得なかった。
認めたくないが、自分は負けたのだ。
認めたくないし、信じたくはないが、脳は現実を突きつける。
お前は負けたのだという現実を、自惚れていた真実を。
それを良子の心が猛反発する。




「世の中は広いのよ、良子ちゃん。あなたより上の人間は数多くいる。
でも大丈夫。悔しいと思う気持ちがあれば、あなたは今よりもっと強くなれる。誰にも負けたくないなのなら、誰かを守れるぐらい、強くなりなさい」




芳江のその声は何故か優しく、親が子供に諭すような言い方だった。
何故、そんな言葉を優しく言えるのか良子には理解できなかった。
馬鹿にされているのか、それとも…。
瞼の裏で礼菜の声が聞こえたような気がした。
みんなの声がどこか遠くで聞こえたような…。
だが、その声に応えようとした所で良子は気を失った。




          

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