僕と狼姉様の十五夜幻想物語 ー温泉旅館から始まる少し破廉恥な非日常ー

稲荷一等兵

第18部5部ー封印された神の声ー

「ここに封印されている神は随分とあなたに気があるようです……。柊千草、なにか思い当たる節はありませんか?」
「……んんと」

 僕が覚えている限りでは、全くないと言ってもいい。そもそも、月並神社に来ることはあれど、そんな深い関わりを持ったことがなかったんだ。
 だから、封印されているなんてことも知らなかったし、ましてやその封印されている神様に気にされるようなことなんて。

「無い……ですか」
「あ、でもでもそういう言い伝えとか、不思議な体験とかはしたことあるよ! えっと……死角の世、だったり」
「……!! ……死角の世、それをどこで聞きましたか?」

 あ、余計なこと言っちゃったかもしれない。一応、倒産からということにしてはおいたんだけど……。

「異界、隔離世と様々な呼び名がありますが、この世の理から外れた者、超越した者の住まう場所とされています。普通に生きていれば、まず関わることのない場所。なので、死角の世と私たちは呼んでいます。そして、あちらの住人たちも」

 そんなことに詳しいというのはさすが巫女……と言っても、詳しすぎる。やっぱりアルバイトで巫女をしている、みたいな軽い事情じゃなさそうだ。

「鬼灯さんって一体……」
「……私は、鬼灯家の巫女。この地の現世と死角の世の均衡を保ち、神社に封印された神の番人を務めています」

 鬼灯家の巫女。聞く限りによると、代々続くちゃんとした巫女様らしい。
 銀露に聞けば何かわかるかもしれない。
 迷い童の時に銀露から聞いた、“鬼灯による封印術”。そういったものを取り扱うということは、正統な力を持った家系なんだろうな。

 そうして、無理やり連れてきたことを謝られた後、僕はこの神社を後にすることにした。
 本殿を出て行くとき、最後に鬼灯さんから……。

「柊千草」
「?」
「学校の丘にある桜には、近づかないようにしてください。近々、あの桜は花を咲かせますので」

 そう釘を刺されながら、僕は月並神社を出て行った。


……——。


【坊や……坊や……わたくしの坊やぁ……】
「黙りなさい。彼はあなたのことなど知りません」
【ああ、ああ、恨めしい……恨めしいわぁ……。こんなに近くにいるのに……やっと近くに来てくれたのに……】

 千草が去った後の本殿。一人残っていた鬼灯神奈は、どこからか聞こえてくる声に対して強く返答していた。

「あなたがここから出ることはありません。彼に会うことも。今まで通り、おとなしくしておいてください。私の労が増えますので」

 その声に辟易した鬼灯神奈は、刺さった銀狼の爪に札を貼った。すると、先ほどまで嫌でも響いていた声が止み、本殿に静けさが戻ってきた。
 一息ついた鬼灯の巫女は、それから神職としての仕事をこなすために本殿から出て行ったのだった。

……——。

「銀露、銀露! 起きてよ銀露!」
「うううぅ……」

 足早に家に帰ってきた僕は、さっきのことを話すために銀露を探したんだ。
 銀露の部屋にも、旅館にも、家のリビングにもいないからどこいったんだろうと思ったら僕の部屋のベッドで寝てた。

 まだお酒が抜けきっていないのか、呻き声をあげるばかりで……。

「もー、お酒飲みすぎるからだよ」
「くうう……だいぶマシにはなったんじゃがの……」
「ほら、銀露! 何か着て! 着物はどうしたのさ」
「んんん……知らん……」

 相変わらず寝るときは裸だし、僕の掛け布団を抱いてるからお尻や背中は丸見えだしで大変な格好だから、なんとか何か着てもらおうとしたんだ。

 で、結果。僕の制服のカッターシャツを半ば無理やりに羽織らせてあげた。
 サイズが合ってないから真ん中がぱっくり開いていて着せた方が扇情的になってしまったかもしれない……。

「うぅ……ダメじゃ、きもちわるい……」

 髪をぼさりと下ろして、しかもそんな格好でベッドに座った銀露だったけど、やっぱりダメだったみたいで前のめりに寝転んでしまった。

「聞いてほしい話があるのに……」
「もうしばらく待つのじゃ……」

 と、そういいながら銀露が、傍に座った僕の膝の上に尻尾をさりげなく置いてきた。
 そう、あくまでも自然にさりげなく。

「……撫でて欲しいの?」
「……」
「尻尾を触るのは、よくないことなんじゃなかったっけ?」
「……一度触っとるじゃろ。一度も二度も同じことじゃ……ほれ、はよぅ……」

 ははん、銀露め、尻尾を撫でて欲しいと見えるな。この前毛を梳いてあげた時、わかりやすいくらい心地好さそうだったから、味をしめたのかな?

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