僕と狼姉様の十五夜幻想物語 ー温泉旅館から始まる少し破廉恥な非日常ー

稲荷一等兵

第18節4部ー月並神社に封じられたものー


「来てしまった……」
「来てしまったじゃないですよ。早く、こっち来てください」

 とにかく来いと脅されて、急ぎ足で来たのは月並神社、本殿。神聖な雰囲気を漂わせるそこに着くや否や、鬼灯さんはその可愛らしい顔をしかめてつぶやいた。

「……やはり、原因はあなたでした」

 なんの原因なのか。いや、僕も薄々感じてはいるんだ。本殿に近づけば近づくほど、肌がピリピリするというか、落ち着かないというか。

「そこに靴を脱いで入っていてください」
「う、うん……」
「私は少し、着替えてきますので。これを握って、何があってもここから出ないように」

 そう言って何が書いてあるかわからないお札を一枚僕に握らせて、鬼灯さんはどこかへ行ってしまった。
 本殿内は薄暗くて広く、畳がびっしりと敷かれてる。窓は一切なく、外の世界とは隔絶された空間と思えるほど静かだ。

 少しカビ臭い。ギシギシと音を立てる畳の上、僕は札を握ったまま中央まで歩いた。

一番奥に見える祭壇のようなもの。やけに意匠が凝らされてゴテゴテとしているそこの中に、一層目を引くものがあった。

 それは獣の巨大な爪。かなり古いものだろう。茶色くささくれ立ったそれが、あろうことか祭壇のど真ん中に突き立ってるんだ。

 抜かなきゃ。

 なぜか、僕は強くそう思い込んでしまった。なんでだろう。別に、抜く必要なんて全くないはず。
 勝手に祭壇を弄るなんて、普通ならもってのほかだ。
 でもなぜか、僕はその突き刺さった爪に手を伸ばしていた。

「何をしているんですか。柊千草ひいらぎちくさ、その手を引きなさい」
「……!!」

 ふと、意識が引き戻された。名前を呼ばれた瞬間、なんでこんなことをしようと思ったのかさえ忘れてしまってた。

「私の札も効果が薄いですか……。白狐、随分と必死なようですね」

 麗しい巫女装束に身を包んだ鬼灯さんが、いつの間にか僕の後ろにいた。
 険しい表情で僕の元へ歩いてくると、もう一枚の札を僕に握らせた。

「どういうこと?」
「柊千草。先日、あなたがここを訪れた時、ここに封じている神がひどく騒いだのです。私は、その理由が知りたくてあなたを呼んだ」

 そう、驚くことにこの本殿は……神様を祀っているわけじゃなく、神様を封印しているという不思議な場所なんだ。
 その封印している神様が、僕が近寄ると騒ぎ、ただでさえガタがきている封印が解けそうになってるんだって。

「あの……今僕が抜こうとした爪は」
「封じてある神を戒めている別の神の遺物です。話に聞いたことはありませんか? この町に伝わる銀色の狼の伝説を」
「銀色の、狼……」

 それはもう……考えるまでもなく銀露のことだと思うんだけど……。

「知ってる知ってる! へえ、あれ銀露……う様の爪だったんだ」

 変に言葉に詰まった僕を、鬼灯さんは訝しげな表情で見てきたけど、僕は平然としたふりをし続けことなきを得た。

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