連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜

川島晴斗

第16話:従者

 召集まであと1日に迫ったところで――

「やる事が無いですね……」

 朝6時、クオンは無駄に広い室内に旅の仲間である従者3人に向けてこう言い放った。
 やる事が無い、それは何かと耐え難い事である。
 果報は寝て待てというが、明日彼女達が行動しなければ果報はないし、寝てるわけにもいかない。
 寝過ぎたせいで早起きしたこともあり、時間だけを持て余すのだった。

 無論、全く予定がない訳ではない。
 今夜は戦いに向けての晩餐会がある。
 いや、逆に言えばそれ以外に予定はないのだが――

「夜まですることがないのは、さすがに応えますね。体力温存のために模擬戦もできませんし」

 クオンが項垂れながらため息を吐く。
 いつもやるべき事を見つけて行動してきたのだ、急にやる事がなくなると何もできないのである。

「僕はご飯作ってくるけど、手伝う〜?」
「貴様、クオン様に雑務をさせる気か!?」
「ケイク、やめなさい。ミズヤ、折角の申し出ですけど、私なんかに手伝えることなんてないでしょうし、料理は待ってますよ」
「そう? ヘリリアは来る?」
「はい、行きますっ……」

 控えめながらもミズヤの申し出に応じ、2人は立ち上がった。
 意外にもヘリリアはこのメンバーの中でミズヤに次いで料理が上手い。
 といっても、ケイクとクオンは全く料理をしないため、稀に料理をするヘリリアが必然的に次点となるのだが。

 かくして2人が退室し、一応、幼少の頃から付き合いのある2人が残される。

「……私達もどこか行きますか」
「そうですね」

 部屋に居ても何かある訳ではなく、クオンとケイクは立ち上がって外へ出るのだった。
 塔を下り、地下街を散歩する。
 天を地表に覆われた薄暗い道は広く、それぞれの建物の間がとても広いのが目についた。

「……勿体無いですね。これだけ広い場所を有効に使えないのは」

 街並みを見ながらクオンが呟く。
 寂れた街にはそれぞれバスレノス兵が居るだろうがこの件が終わればこの土地は人の住まわぬ古い都となる。
 場所があるなら使えばいいのに――そんな想いを、彼女は抱いていた。

「キュールの決める事です。ですが、革命を起こした後は我々の手で使用できるようにしましょう」
「私達が政権を治めれば、ですけどね。意見は割れるでしょう……。ですが、我々が求めるのは平和。状況を見極めて、決断しましょう」
「御意」

 クオンの言葉に対して素直に頷くケイク。
 その仕草を見て、クオンはクスリと笑った。
 そうしてまた歩きながら、思いついたかのように、クオンは尋ねた。

「私達は、幼少の頃から顔馴染みでしたよね?」
「ええ。初めてお会いしたのはクオン様が5つの頃。あの時のことは今でも覚えております」
「……。もう、そんなに昔なのですね」

 歩みは止まり、クオンは俯いた。
 ケイクは不思議そうに見ていたが、やがて顔を上げたクオンの表情を見て、顔をしぼませる。
 少女の顔が、儚く、どこか憂いのある表持ちだったから。

「ケイク、訊いてもいいですか?」
「なんなりと」
「……ありがとうございます」

 クオンは一拍置いて、ケイクに問う。
 その目は真剣でありながら、疑いの目でもあった。

「貴方は、私が友人でなければ、ここまで付いてきませんでしたか?」
「……? それは、どういう意味で……?」
「…………」

 クオンは再び空を仰いだ。
 最近はよく空を見て憂う彼女、憂う姿からは悲しい思案をしているのはよくわかった。

「……私ね、思うんです。ここまで来るのに、大変長く辛い道のりだったって。ミズヤもヘリリアもケイクも、文句を言わずに付いてきてくれました。たくさん戦い、多くの罵倒を受け、落ち込む事も沢山ありました。……それでも、貴方達は付いてきてくれました」

 一呼吸置き、体をくるりと半回転させてケイクに背を向ける。
 クオンは続けて口を動かした。

「貴方達だけじゃない。軍事拠点の方々も、私の意見に賛同して付いてきてくれました。彼等は今の生活を捨ててキュールに帰属し、キュール軍として生きれば少しはラクに暮らせたかもしれないのに。何故私に付いてきてくれたのでしょう」

 虚ろな声でポツポツと紡がれる言葉はすぐにでも断ち切られそうなほど弱々しく、力がなかった。
 しかし、その言葉の意味は理解するのに十分で、ケイクは口を噤んでいた。
 そうして、クオンは振り返って言葉を綴る。

「私には、皇族である、という肩書きしかありません。家族も全員死んだのに――。ああっ、別に、それが嫌だったというわけでは断じてありません。付いてきてくれたからこそ、今の私があり、戦争を止める状況を作ることが出来ました。ただ、何もない私に付いてきてくれた理由が、少し気になったんですよ」

 その言葉を聞いて、ケイクは考えた。
 自虐的な考えをする主人あるじの愚かな思考の原因を。

 そもそも、クオンに何もないというのは間違いである。
 なのに何故、彼女は思い惑っているのか。
 その答えは、すんなりケイクの胸に降りてきた。

「クオン様は、仲間にさえ嫌な気持ちになって欲しくないのですね。他人に嫌々賛同を得させてるんじゃないかと、そう考えておられる」
「……そうなのですかね。自分ではよくわかっていませんでしたが、きっとそうなのでしょう」

 振り返り、ケイクの回答にクオンは優しい声調で返した。
 消え入るように儚い声が消えると、ケイクは続ける。

「……私は、たとえ昔馴染みではなかったとしても、バスレノスで生きて、内情をしているのだから、貴女に付いて行ったと思います。大陸を1つにまとめ上げ、みんなで幸せに暮らそうという思想が尊いと思うから、我々は貴女様に付いていくのです」
「思想、ですか……」

 クオンが強調した思想という言葉。
 それは3年前に家族から繋いだ意志である。

 ――人ってさ、誰しも生まれたら死んでしまう。だけどね、思いや、やりたかった事を繋いで、世界をよくしていってる。死んだ人の意志を継いで、僕達は生きてると思うんだ――

 ――悪い願いは受け継げないけど……でも、良い願いなら、受け継いで叶えてあげるべきだと思うんだ――

 かつてミズヤが説いたあの言葉が、クオンの心にまだ残っている。
 良き意志を繋いで繋いで、世界を良くしていく。
 国が滅んで、初めに繋いだのはクオンだったけれど――生きてる間でも、意志は繋げているようだった。

「……そうなのですね」

 理解すると、クオンは安心するように笑みを浮かべた。
 仲間達は皆、平和を守るためにクオンに付いてきている。
 キュールとの合併は善後策としては考えられるが、トメスタス大王は変革を求める為政者。
 彼に従っていれば、もっと早くから戦争を起こしていた可能性も考えられる。

 だからこそ、クオンに付いてきた事は正解なのだろう。

「……ケイク、ありがとうございました。これからも私なんかでよければ、貴女達の指導者として活動させてください」
「もとより、私の主君は貴女しかおりませぬ。どこまでもお供させていただきます」

 膝を降り、こうべを垂れるケイク。
 忠誠を尽くすその姿を見て、クオンは思った。
 私はこの繋いだ意志を貫き通そう、と――。

「……ともであることと、臣下であることは、両立できないのですか?」

 クオンは数歩歩き、ケイクの頭をそっと撫でた。
 主人に頭を下げ、助言する姿は臣下のもの。
 しかし、幼い頃からの友人であるからこそ、友人であもあって欲しいと、両立できないことに少しばかり呆れるのだった。

「申し訳ございません。私には、この生き方しかできません」
「……ええ、それがケイクですものね。意地悪なことを聞いてしまいました」
「お気になさらず。談笑の一つとして考えます故、会話できるだけでも喜ばしい限りです」
「……言い方が堅いですし、持ち上げ過ぎですよ。もういいですから、塔に戻りましょう」
「御意」

 クオンはくるりと身を翻し、歩き出す。
 ケイクは足音が少し離れたところで顔を上げ、立ち上がる。
 クオンという1人の少女の背中が、彼の目には映った。
 多くの命と意志を背負ったその背中。
 少女には重すぎるように思えるも――まっすぐな足取りを見て、ケイクは笑うのだった。

「そうだ、クオン様」
「ん?」

 ケイクに呼ばれ、クオンは顔だけ後ろに向けた。

「先程の話で、話忘れたことがありました」
「……ほう?」
「もしも私が貴女と幼少からの顔馴染みでなかったとしても、貴女に付き従う理由はもう1つあります」
「……。それは、なんですか?」

 息を呑み、慎重に話すケイクの言葉を待つクオン。
 催促されたケイクは、苦笑しながらこう答えた。

「……それは、貴女が美しいからです」

 その言葉はクオンに伝わったが、少女はすぐに理解できなかった。
 しかし、徐々に理解すると、ケイクと同じように苦笑を浮かべるのだった。

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