連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜

川島晴斗

第12話:愛

 何もない、何も感じない深い闇の底。
 ゆっくりと浮上し、周りが明るくなったような気がして、クオンは目を開いた。
 起き上がると、そこは自分のためにミズヤが作った部屋で、彼女はベッドの上で仰向けになって眠っていた。
 何も感じない腕に力を入れると、感覚が宿って指の関節が動き、腰元に持ってきて体を起こした。

 虚構感溢れる薄暗い室内、彼女が見た光は幻だったようで、ぼんやりとしながら室内を見渡し、それから深呼吸。
 体が蘇るような感覚を身に覚え、そこで漸く彼女は実感した。

「また、負けたのですね……」

 自分に言い聞かせるかのように呟く。
 少女はこれまで、おふざけなしでミズヤに勝った記憶がない。
 彼は戦闘になるとスイッチが切り替わるようになっている。
 普段はねこさんねこさんと騒ぐし、戦闘になっても中々本気で戦おうとしない。
 だが、模擬戦なら、やるべき戦闘であると割り切れるから、彼は力を出す。
 クオンはそれに、まったく及ばないのだった。

「いい線いってるんですがねぇ……」

 ため息まじりに呟くと、彼女は扉の方へ歩いていく。
 ミズヤの本気は引き出せている、しかしそれでも魔法に差があって、勝とうにも勝てないでいた。
無色魔法カラークリア】、魔法系最強の色であり、これさえ使えれば他の色が怖くないほど。
 この色を持っているのに加え、ミズヤは他に6色も使える。
 間違いなく最強といえる相手だった――才能だけで言わせれば、絶対に勝てないけども――

(それでも、勝ちたいんですよねぇ……)

 幾度となく模擬戦を行ってきた結果、今の状態まで持っていけている。
 1度ぐらい勝ってみたいという気持ちはあるが中々現実うまくいかないのだった。
 自室を出てリビングへ向かうと、今日も全勝したであろう彼がペットの猫と戯れていた。

「見てサラ〜、これがしゃちほこねこさんだよ!」
「ニャーッ」

 床に寝そべってしゃちほこのポーズをするミズヤの前には、細目で主人をぼーっと見つめるサラが居た。
 あんな、しゃちほこのポーズをしている15歳の少年に負けたのは、いつになっても屈辱だった。
 だから――

「ふんっ」
「にゃーっ!!?」

 寝そべっているミズヤに馬乗りになって、強制的にマウントを取っていた。
 ジタバタ暴れるミズヤだが、まるで逃れる気がないのか、手足を上下させるだけだった。

「うわーん! ねこさん、ねこさんーっ!」
「何がねこさんですか。ほんと、毎回負けてこっちは悔しいというのに」
「僕は強い猫さんだもんっ。さらーっ、助けて〜っ」
「ニャッ」

 ペチペチと暴れるミズヤの頬を叩くサラ、助ける気はなさそうだった。
 もう猫として初老の彼女は、体を動かすのが億劫なのだ。

「むふーっ、まぁいいや。クオンはそんなに重くないし、足も柔らかいし〜♪」
「…………」
「…………」

 ビターン!

「痛あっ!!?」

 サラのパンチが飛び、ミズヤの悲鳴が上がった。
 足が柔らかいなどと、そんなイヤらしい思いを口にすることはサラにとって良くなかったのだ。
 クオンも先ほどまでの悔しさは何処へやら、ミズヤの服をギュッと掴んで俯いてしまう。
 その顔は熱を帯びていて、羞恥に心ときめく少女らしく見えた。

 様々な反応をするわけだが、ミズヤは昔から柔らかいものが好きなだけで、女の子の胸も太腿も、触った感じでいえばクッションなんかの方が良いのだった。

「僕はサラに叩かれました〜、死んでしまいます〜」
「死ぬ前に、私と結婚してもらいましょうか」
「僕はねこさんなので、人間とは結婚できませーんっ。クオンはねこさんになりますかにゃ?」
「……な、なります……にゃ?」
「それはそれはねこさんですねぇ〜っ。じゃあ降りて、僕の隣にうずくまって?」
「は、はぁ……」

 クオンは言われるがままにミズヤの上から降りてその隣に4つんばいになり、身を縮こませた。
 すると、

「クオンは立派で可愛いねこさんですね〜っ」

 笑顔満点のミズヤが、クオンにぴったり体をくっつけて頬擦りをしてきた。
 思わぬ展開にクオンはピクリと跳ねるが、間も無くされるがままにミズヤの頬擦りを受けるのだった。

「にゃーです……クオン、顔真っ赤だよ? 恥ずかしねこさんだね?」
「こ、こんなことされれば誰だって恥ずかしいですよ……」
「こらーっ、語尾に「にゃ」を付けなきゃダメなんだよ?」
「にゃ、にゃぁ……」

 無理やり猫の鳴き声をさせられ、恥ずかしさに顔を両手で覆うクオン。
 照れてしまうその仕草も可愛くて、ミズヤは覆いかぶさって抱きしめた。

「シャーーーーーッ!!!」

 そこでサラが毛を逆立てて反抗するのは、最早ご愛嬌であった。
 ミズヤはニコニコ笑いながらクオンを抱きしめ、背中に頬擦りをする。

「み、ミズヤ……? 何するんですか」
「いやー、クオンねこさんも可愛いので抱きしめていますにゃー」
「は、はぁ……」
「シャッ、シャーーーーーーーーッ!!!!」
「サラはいっぱい抱きしめてるでしょーっ? 我慢だよーっ」
「…………」

 バチバチとサラの体から稲妻が走り、瞳も殺意が篭っていて人を殺せるレベルだった。
 クオンはその目を見て落ち着きを取り戻し、この状況を打開するため思考を巡らせる。

「――そういえばミズヤって、一番好きな動物はキリンなんですよね?」
「ん?」

 突然口から出された質問を聞き、ミズヤは抱きつくのをやめてクオンの隣に座った。
 そこでクオンも、漸く体を起こす。

「そうだけど、なんでクオンが知ってるの?」
「サラに聞きましたから」

 なんでもないように答えるクオンと、納得してまた笑うミズヤ。
 彼は普段からねこさんと言う割に、一番好きな理由はキリンだった。

 前世では視覚的感性が希薄だったミズヤは、見た目や大きさ、もしくは想像なんかで好きな動物を決めていた。
 その中でも首の長い特徴を持つキリンは、彼にとってインパクトが強かった。

 ここで、もしもミズヤがねこさんと言うのをやめ、キリンさんキリンさんと言う場合を考える。

「ミズヤ――私がねこさんみたいに"ニャーニャー"と鳴くのは良しとしますよね?」
「うんっ。ねこさん可愛いもん」

 ドヤ顔で返事をするミズヤ少年15歳。
 その童顔のおかげでなんとか許されるが、本来なら15歳の男の子が言うようなセリフじゃない。
 と、クオンはその事をまるで気にせず――寧ろこのミズヤに慣れているから違和感すら抱かず――話を続けた。

「なら、私がキリンさんだったらどうですか?」
「…………」

 ミズヤは想像する。
 クオンがキリンのように首が長い姿を。

「…………そんなこと言わないでよぅ、ぐすん」

 首の長い人間を想像したミズヤは、そのキモさに泣くのだった。
 よしよしとクオンがなだめる傍ら、サラはどうでも良さそうに寝転がるのであった。



 ◇



 夕食後、各々が自的に過ごした後に就寝時間となる。

「寝苦しい〜っ」
「…………」

 布団を敷いたベッドの上ではミズヤが仰向けに寝そべり、彼のお腹の上にはサラが乗っていた。

「ぐにゅーっ……サラ、怒ってますにゃ?」

 コクリとサラは頷き、じーっとミズヤのことを見下ろしている。
 先刻、クオンに抱きついたことにヤキモチを焼いているのだった。

「でも、サラはいっぱい抱きしめてるでしょー?」
〈私だけのミズヤがいいの〉
「え〜……僕はキリンさんとかうささんにも抱きつきたいよーっ」
〈それは許すけど、人間の女の子はダメだから〉
「えーっ?」

 サラの首に下がった板の文字を読んで、ミズヤは不満げに唸るのだった。
 ミズヤは人を抱きしめるのが好きなので、素直に頷けないのだった。
 そんなミズヤに、サラは例を出して指摘する。

〈例えば、ミズヤが私のことを好きだとするでしょ? 私が他の男の人に抱きしめられてたら、嫌じゃない?〉
「ねこさんはみんなのものだから、抱きしめられても平気だよーっ」
〈…………〉

 サラはしょんぼりとしてしまい、ミズヤの腹の上にうずくまった。
 質問の意図を理解されなかったのだ。

 当のミズヤは、サラの元気がなくなるのを見て顔をしぼめる。
 元気付けてあげたくて、ミズヤは体を横に向けながらサラを抱きしめた。

〈…………〉
「サラは僕が好き過ぎるからね……。ありがとう。君の気持ちも尊重したいけど、ある程度は妥協して欲しいな……」
「……にゃー」

 サラは甘えるような声を出し、ミズヤの胸に頬ずりをした。
 なんだかんだで2人は仲が良く、甘えて来るサラを優しく抱きとめるのだった。

「……2人から好かれるってさ、とっても辛い。僕は1人のものになれないから。……でも、好きになってもらえたら、それだけで嬉しいんだ……」

 ぎゅっとサラの体を抱きしめる。
 彼もまた愛を求める1人の人間だから、愛されることは嬉しいのだった。
 同じは場所で、同じ出来事を追って、同じ時間を過ごした家族。

 今日もまた眠りにつく。
 互いに身を横たえ、お互いの方に顔を向けて――。

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