連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜

川島晴斗

第1話:キュール大国

「もう、3回目になるのですね――」

 森から抜け、そこから目に入る城下町を眺めて、クオンは生気のない瞳をそっと閉じた。
 カルノールから城下町に向かう途中、昔懐かしい湖に立ち寄ったものの、胸の中の悲しみは倍増するばかりだった。

 誰もが悲しむ今日は、キュールとの対話によって追悼式日とされている。
 3年前のラナによるクーデター、それによる犠牲者を悼む日として、国はこの日を祝日とし、通年城下町で追悼式を行なっている。
 キュールも、元はバスレノス民だった国民から支持を得だし、結局上に立つ者なんて誰でもいいんだと辛辣な思いを抱えていた。

 キュールはバスレノス同様に貴族制をり、領地ごとの管理によって成り立っている。
 国外との貿易に関しては四方にある旧バスレノスの軍事拠点を通る過程もあるが、昨今の努力によりキュールとの和解もまずまず上手くいっていた。

 この和解に大きく貢献したのは、クオン達の働きによるものが大きかった。
 彼等は1年前より国内を回って戦時の遺恨を解消しようと心掛けている。
 あの戦いで家族を失った者も多く存在し、キュールへの不支持へと直結しているところもある。
 だからこそクオン達は街を巡り、3年前の戦時からキュールとの和解や国民同士で旧国の派閥などを作ったりせず、この1つの国を良くしていこうと改善を試みていた。

 お金がもらえるわけでもない、慈善事業である。
 彼等は魔物を倒す事で資金を得る【魔破連合】に在籍する事で生きる糧を得た(ミズヤは偽名で登録)。
 軍事拠点からは遠くて倒せない、国内にいる魔物を倒しながらクオン一行は国内を旅していたのだ。

 そして今日この日、夏の初めにあるとある1日、彼等は新キュール城へ向けて足を向けていた。
 成長期を通じ、クオン、ケイク、ミズヤは身体的に成長し、その足跡も大きくなっていた。

「クオン様、心中お察し致します。ですが、今回の旅路も残りあと僅か。針の筵に行くのはお辛いと思われますが、今しばらくの辛抱を……」
「そうやって元自宅を卑下されるのは、それはそれで心にくるんですが……」
「なっ……申し訳ありません」

 白い目で見られ、しょぼくれるケイク。
 3年経って顔立ちもほっそりとして筋肉も付き、背も伸びて好青年と化した。
 黒く焼けた肌は色落ちせず、逞しさを引き立てている。
 3年前から着慣れたジャージ姿ではなく、和装に近い赤を基調とした服で、腹当や籠手など一部の鎧を身につけている。

「ねこさんっ!」
「ミズヤくん、待って〜っ!」

 続いて、身長が伸びた以外は何も変わらないミズヤと、髪の伸びたヘリリアがやってくる。
 ミズヤは自分の意思でこのキュール大国に残り、遺恨を削ぎ続けていた。
 その帽子の上に乗るサラは既に猫としては老人の域に達し、動くのも億劫と言わんばかりにジッとしている。
 ヘリリアは腰まで金髪が伸び、青い和服をドレスにアレンジされたものを着ていた。
 未だに若々しい顔立ちではあるものの、すぐ側に迫る三十路に嫌悪感を感じるのだった。

 そんなカラフルかつ凸凹な4人組で1年近く共に旅を続けて来た。
 魔物と戦い、平和を説き、絆を深めた誰よりも親しい仲間といえる。

「ミズヤ……今日も可愛いですね」
(クオン様……何故あの様な男に……)

 とはいえ、仲間同士で問題があったりする。
 主に恋愛面で。
 ヘリリアも歳を考えると、早く結婚したいと嘆く日々が続いていた。
 サラは猫が死んでも本体が死ぬわけではない。
 猫が死ぬまでは一応一緒に居られるので、ミズヤの事を待っていた。
 幼いミズヤの成長を見るのもこれはこれで……というのが主な理由ではあるのだが。

 クオンとミズヤの仲は進展することがなく、ただ好きという感情がクオンの中を循環するだけであった。
 "押せ"ばアルトリーユに逃げてしまう可能性があるため、"引き"続けてここまで着た。
 恋は実ることもなく、萎むこともなく、3年前の気持ちのまま停滞している。

 それはケイクも同様であった。
 クオンは好きという気持ちを隠さず、ミズヤを好きだと公言している。
 返って、ケイクは気持ちを押し殺したままだった。
 ミズヤがクオンと恋人になろうとしていない以上、チャンスはいくらでもあるものの、自分の役割、立ち位置、振る舞いが恋の発展を拒んでいる。
 今は互いに一市民でしかない――それでもクオンを信奉しているのは、クオンにとっても心のどこかで安らぎがある。
 だからこそ2人の距離が近づくことはなかった。

 親睦は深めていても、関係が進展するわけではなく、4人はまた一丸となって城を目指す。

「飛竜が欲しいですよね。ここまで歩くのに2日掛かるとは……」
「歩いて行くって言い出したのクオンでしょ〜っ? なんなら飛んで行く?」
「いえ……疲れてるわけではないですよ」
「そうですにゃー?」

 クオンがズンズン歩いて行くのにミズヤが横になって続いた。
 この3年、特に最初の2年は体を鍛え上げ、この1年で多くの実践を積んだ。
 元は皇族といえど、体力は側近の皆と引けを取らなくなっていた。

 全員、成長している。
 心身共に逞しくなり、理想とする世界を目指して――。



 ◇



 城下町は度重なる改装が行われ、木造建築だった多くの家並みは煉瓦造りになっていた。
 街の景色も一変しているが、微かな面影は未だに残っている。
 今日は街中もガヤガヤとざわつきながらも、クオン一行は新・キュール城へと向かって行った。
 色とりどりの服を着た彼等は、一見すると小規模な着楽団にしか映らず、人の目をさほど引くことなく城へと辿り着く。

 バスレノス城は城門から地下まですべからく改造を施され、四角形だった立地は円形に変わっていた。
 全てが変革し、本来なら見るのも嫌であろう城をクオンはまっすぐと見つめていた。

 形を変えようと、守りたいものがある。
 いくつもの人の命を犠牲にしてバスレノス城を奪還していたとして、そこには多くの恨みと悲しみしか残らない。
 自分の選択が間違ってなかったと、この数年で痛感した彼女らは自身らの住処を変えられる事を受け入れ、前へと進んで行った。

 門兵からの簡単な確認を受けると、クオン一行は城の中を案内されて行った。
 王族と来賓の謁見までは猶予があり、ダブルベッドが2つある部屋に来た彼等だが、久しぶりな豪華な寝床なのに、4人の空気は重く、緊張感があった。

「〜〜♪」
「ニャーッ」

 いや、1人と1匹は別だった。
 世界ゆるぼわ代表といえるミズヤに緊張など皆無で、上機嫌にサラの背中を頬擦りしている。
 そんな幸せそうな仲間がいるから、クオンも、ケイクも、ヘリリアも、緊張なんてどこかに行ってしまった。

 そして、4人は呼ばれる。
 現キュール大国大王、トメスタス・レクイワナ・キュールの元へ。

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