連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜

川島晴斗

第3話:追悼式

 式は城下町の広場で始められた。
 例年この広場で行われるため、改装に改装を重ね、今では1km四方もあるとてつもなく広い広場だった。
 参列する人々は城の者に整然と並べられる。
 その中で、楽器を持つ者は別枠で並べられた。
 数千人にも上る追悼者の中から、演奏を行う数百名は自己申告で集まり、簡易オーケストラとなるのだ。

「クオン、またね……」
「えぇ、また後ほど合流しましょう」

 小太鼓を扱うクオンとは持ち場が違うため、ミズヤとは離れることになる。
 クオン達4人の中で楽器を扱うのは2人、残るケイクとヘリリアは普通に参列していた。

 会場がいっぱいになるかという頃、台の上に昨日クオンが見た老翁が立ち、開催の言葉を務める。
 例年通りの言い回しには耳を貸すこともなく、別の事を考えていた。

 この場に立てば、3年前の夜の光景が鮮明に思い返される。
 死体の転がる廊下を奔走し、燃える城を目に焼き付け、地獄のようなあの日の光景が。
 ある姉弟が対立し、国内の勢力が確執を生んだ結果、できてしまった地獄。
 あの惨状を2度と繰り返さないよう努めてきた。

 なのに、また人は繰り返そうとしている。
 止めよう――そう意思を固める者はあの日を知る者には多く存在していた。

「続いて、我が国の大王より追悼のお言葉を頂戴致します」

 司会者が促すと、トメスタスが台の上に上がる。
 頭の後ろにその紫の髪を束ね、今日は宝石を身につけたりせず、シンプルな服装で人前に現れた。

 トメスタスが挨拶から入り、追悼の言葉を並べていく。
 その中で、クオンは思う。

(もしも、あの時兄様が勝っていたら――)

 あそこに立っていたのは、バスレノス側のトメスタスであったと。
 昔からキュールとは、皇太子の名前が同じという事でいざこざがあった。
 髪の束ね方も、クオンの兄がキュールのトメスタスを真似ていた。
 ふざけた皇太子に思われた方かもしれない。
 だけど――

(優しい人だったのに――)

 そう思うからこそ、死んでしまった悲しみが溢れてくる。
 人が死んで、かの意思を繋いで生きてきた。

 だから今日この日、鎮魂を重ねよう。

「黙祷」

 まずは静寂を。
 魂の安らぎを祈る。

「黙祷やめ。これより、哀悼の歌を捧げます。歌詞はパンフレットに載っとおりますため、是非とも御参加ください」

 そしてこれより、演奏に移る。
 小太鼓の演奏は本来、この場には似つかわしくないが、トメスタスから特別に許可が降りて小太鼓組が編成されることになっていた。
 数百人の演奏家の集まりは、サウドラシアという世界が音楽文化で成り立つことの象徴でもあった。

 名も知らぬ指揮者が演奏家達の前に出て、指揮棒を構える。
 同時に演奏家も弓やバチを構えた。
 ――そして、今回の演奏が始まるのだった。
 切なくも悲しい、哀悼の歌が。



 ◇



 追悼式が終わって各々が解散していく中、クオン達は再び合流してこれからの話をしていた。

「私達はこれから、各拠点を巡って戦争を止める方法を考えましょう。まぁ十中八九、トメスタスを説得するか東側の沿岸で待ち構えることになるでしょうが……」
「そうなれば、内戦になるんですね……」

 ケイクが呟いた言葉を、クオンは首定する。

「ええ、内戦です。また同じことの繰り返しかもしれませんが、我々が敵になってキュールの戦力が削げれば、軍事的に進軍が不可能と見てキュールも諦めることでしょう」
「……つまり、戦いさえすればキュールが戦争を仕掛けることはなくなる、と?」
「ええ。泥仕合をする必要はありません、少しでも戦力が削げれば、進軍は防げると思います」

 そこまで話していて、ミズヤはピクリと反応して視線を逸らした。
 急に変わる態度から全員の視線も持っていくと、こちらに向かってくる群衆があった。

 壇上で美辞麗句を述べていた現王トメスタスと、その側近の一団および妹のミュベスである。

「やぁやぁ、クオン殿。相変わらず息災か」
「……トメスタス大王。貴殿も壮健で何よりです」

 かつての宿敵同士が、顔を合わせて笑顔を作る。
 トメスタスは悲願を果たし、クオンは過去を受け入れたからこそ笑い合う事ができていた。

「クオン殿から話は伺っていると思うが、我々キュールは東大陸に向けて進軍する。其方等バスレノス陣営の力を貸していただきたい。特に、神楽器を持つ御二人には特に、な」
『…………』

 誰も、言葉は返さなかった。
 先程まで話していた嫌な話の内容を掘り返され、本当なら腹立たしく思うところをどうにか堪えて、クオンは表情を崩さずに尋ねる。

「何故、戦争をするのですか? 今日の追悼式を見れば、争いがどれだけ悲しいものか解っておられる筈です」
「そうだな、戦争は辛い。しかし、国力増加を図る国なんぞ至る所にあるだろう。それにな、今のキュールは求心力がない。俺は“5色の結界王”と呼ばれるが、だから国が信仰してくれるかと言われれば違う。何か、国民に示すものが欲しい。その為に、まずは国の力を示したいのだ」
「…………」

 その話を聞いて、クオンはこう思った。

(そんな事のために、戦争を――?)

 馬鹿げてる、あり得ない、反抗心が諸々の言葉を生み出すも、今それを口に出すことはしなかった。
 力を示したいがために犠牲を出す、そんな幼稚な考えを平然と口にする王様が目の前にいるのが信じられなくなる。
 クオンは口調をそのままで、別の事を提案してみる。

「それなら、戦争なんてしなくても良いではありませんか。国民に何かを知らしめる、キュール大国が浸透するようにするなら、いくらでも他に方法がある筈です。貴方だけの政治をすれば良い。法や社会制度を変えれば、それだけで頼られる事に繋がります」
「法や制度を変える? そんな事できるか。もともとバラバラだった国を1つに繋げても大丈夫な法や制度があった。それを変えれば反発する場所が出てくる。今更変えるところなんてないんだよ!」

 語気を強めて言われると、クオンは悟った。
 この国の制度は今が最善であるんだと。
 彼女の母サトリが作り上げた政治法はどの国民にも利のあるもの、変える必要なんてどこにもないのだ。

 でも、そうじゃない。

「ならば、新しいものを作りましょう……。私は各地を見て回りました、まだまだ足りない物が多くあります。馬や飛竜以外にも移動手段を増やしたり、学び舎を建てたり……やれる事はあるんですよ」
「だからなんだ」
「――は?」

 何を言われたのかわからず、クオンは固まってしまう。
 もう一度頭の中で今の言葉を再現すると、拳を握りしめた。

「これは大王である俺の決定なんだよ。逃げた負け犬を再利用してやるって言ってるのに、何をそんなに刃向かう? 貴様等なんぞ、いつでも幽閉できるんだぞ?」
「…………」
「まぁ、そういう事だ。1ヶ月やるから、軍事力を整えて再び城に来い」

 それだけ言い残すと、トメスタスは踵を返した。
 ミュベスもクスクス笑いながら跡を続き、取り巻きの側近も去っていく。
 ただ一人を除いては。

「……クオン皇女。少し、話をさせてください」

 ゴシックドレスに身を包み、腰まで水色の髪を伸ばした少女フィサが、怒りに肩を震わせるクオンへと声を掛けた。

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