連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜

川島晴斗

第16話:フォース・コンタクト⑧

 城内は炎が周り、荒廃した。
 命乞いをする文官はレジスタンスに取っても益があるので生かされ、収容されていく。
 国家転覆、革命、今日の出来事がそう歴史に名を残す事は確実でありながら、最後まで戦う人間は少なからず存在して居た。

「ウオラァァァァアア!!!!」

 炎の柱が空へ登り、炎を纏った巨体が群れに突撃する。
 その群れは散り散りになりながらイグソーブ武器での砲撃を行い、その男を殺す事に集中した。
 それでも男は足を止める事なく、攻撃を放つ敵に対して腕を払い、その温度のみで全身を焼き尽くして殺していった。
 1人、また1人と確実に殺していく。
 雄叫びを上げ走る巨体は、いつまでも止まらないように思えた。

「最後まで抵抗するのは見苦しい事だぞ?」
「ああっ!!?」

 そんな彼を阻むように結界が張られ、一瞬の硬直が-273℃の絶対零度の的になる。
 物体の運動停止温度、それには何者も逆らう事はできない――はずだった。

「そんなんじゃ冷めねーんだよ!!」

 氷漬けにされた男は身の内から炎を放ち、体を覆う氷を吹き飛ばした。
 大将ヘイラ、ここになお無傷で君臨する――。

 元気な男の姿を見るも、やってきた3人は眉ひとつ動かさずに会話を続ける。

「まったく、炎のくせに氷で消えないとはどういう事だ。水の方がいいのか?」
「フィサ、貴女の魔法が弱いんですわ! 折角お洋服を持ってきて差し上げたんですから、しっかりなさい!」
「……それ、関係ないです……」

 現れた3人組の正体を見て、疲弊するレジスタンス達は目を見開いた。
 そして確信する。
 この戦いに、最早自分の出番はないのだと。

「……キュールのトメスタスにその妹と、ヴァムテルの妹か」

 ヘイラの狙いも、敵の総大将に変わる。
 自分の方を見た事で、トメスタスはあからさまに嫌そうな表情を見せた。

「まったく、あんな男に狙われるなど嫌なものだ。……フィサ、任せていいか?」
「……御意」
「フィサ、今回は死線ですわ。もう負けるんじゃありませんわよ!」
「……ありがとう、ミュベス」

 それだけ言い残して、トメスタスはミュベスと別の方向へ飛んで行った。
 レジスタンス達は唖然としてしまう。
 今しがた氷を破られたフィサを残して、最も強くて頼りになる男が行ってしまったのだから。

「…………」

 一方、ヘイラも止めはしなかった。
 フィサは神楽器を持っている。
 今はあの楽器を確実に奪うことを考えた。

「テメェの兄貴よぉ……見かけねえが、死んじまったのか? ん?」
「……私が、殺した」
「へー。あんだけ牢屋に足を運んでたのに、報われねぇなぁ。まっ、俺には知ったこっちゃねぇがよ」
「…………」

 安い挑発だったが、少しばかりフィサの腕が震えた。
 それは兄の事が嫌いではなかったから。
 もしもこんな戦争などなければ、仲良く暮らせた筈だから、兄を馬鹿にするこの男が許せなかった。

「……貴方を殺す。覚悟しろ」
「【青魔法】は俺に通じねぇのにぃ〜? バカも休み休み言え、よ!!」

 ヘイラは上空に飛び立ち、火炎弾を5発放った。
 炎の塊はどれも高温であり、当たれば火傷では済まされない。
 フィサはこれに対し――

「【ウォーター】」

 【青魔法】の初歩の初歩の技をぶつけた。
 しかし、その量は大洪水ともいえる。
 たった5発の散弾に対して、詠唱も控えめに、生み出したのは大量の水。
 氷の方がマシなものを、何故そんな大掛かりに――

 ヘイラはわざわざそんな事を考えなかった。
 策を講じようがヘイラに近づける物質などない――その筈だったから。
 厄介に思える【無色魔法】や風を使う【緑魔法】もフィサには使えない、【青魔法】など恐るるに足りなかった。

 火炎弾は囮、ヘイラはギュンッとフィサの元へ落ちて行った。
 特攻に出るも、当たりは外れて地面に衝突して亀裂が走る。
 そして未だに残る洪水の水が、ヘイラの所だけは蒸発してしまっていた。

「ウォラァッ!」
「ッ……」

 水を牽きながら、フィサは攻撃を避ける。
 近付くだけで火傷をする温度、少女は体に氷の鎧を纏って対応した。
 豪腕が怒涛のラッシュを繰り広げ、ジュワジュワと水が蒸発されていく。
 まさに防戦一方、フィサに打つ手はなかった。

「オラオラ!!! さっさとくたばりやがれ!!!」
「フゥッ――」

 水の流れを利用して躱すフィサ、水を蒸発させながらラッシュを繰り広げるヘイラ。
 誰もがフィサの死を予感しただろう、元から勝ち目のない戦いだったと諦めていた。
 誰かが自分の傷もお構いなく、イグソーブ武器を手に取った。
 上司の死ぬところは見たくない、自分が戦うんだと――。

 ボンッ!!

「――!!?」

 しかし、それより前にヘイラの周りで何かが爆発した。
 それがなんなのかはわからないが、誰もが疑問を抱いた。
 何か仕掛けたのか、と――。

(潮時ね……)

 今の爆発を見て、防戦一方だったフィサは、次の行動に移る。

「【青魔法カラーブルー】【氷結界アイス・プロテクション】!!!」
「おおっ?」

 ヘイラを囲うように氷の塊が覆う。
 半透明ではない、銀色にも見える分厚い壁はヘイラの温度と共に徐々に溶けて行った。

「こんなもの……」

 なんて事ないように、ヘイラは壁に手を当てて熱を加える。
 しかし、溶かす側から氷は再生して行った。

「チッ、めんどくせ――」

 ドゴンッ!!!

 ヘイラの声は、最後まで続かなかった。
 彼の右足が突然爆発し、吹き飛んだのだから。

「なっ――!?」

 おかしな話だった、あたりは氷で覆われ、その厚さは4m、5mと徐々に増している。
 敵の攻撃が何か入ってくるはずもなく、足場にフィサの水も残っていない。
 全て蒸発してしまったから。

「――――」

 ボンッ!!!
 ボボンッ!!

 それなのに、爆発は連鎖的に発生した。
 ヘイラの体は爆ぜていき、そして跡形もなく消えてしまった。

「…………」

 外から結界内の様子を察知していたフィサは、事の収束に安堵していた。
 原理はとても簡単なもの。
 水は――酸素と水素からできている。
 その2つの気体はどんな性質があるか? 答えは可燃性であり、水素はよく燃える。
 水素と酸素の混合比を変えて混ぜれば爆鳴気なんてものができるほどの存在。

 しかしこの世界ではそこまでの科学が発達していないため、単に"水は燃え過ぎると爆発する"ぐらいの認識しかなかった。

 氷が溶かされミズヤに負けたフィサは、どうすれば氷を燃やされる相手に勝つかを考えて行き着いた答え、それはどうやら正解のようで――。

 ――ワァァァァァァアアアアア!!!!

 レジスタンス達の紡ぎだす歓声に、彼女は拳を振り上げて答えるのだった。

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