連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜
第5話:失踪
ミズヤ達が城に戻って来る頃、城内はちょっとした騒ぎになっていた。
帰城した彼らの耳にも、使用人や貴人のヒソヒソ話が耳に入る。
「ラナさん、行方知らずかぁ〜……」
「近衛兵達も居ないならお出かけなされたのでしょう。無許可で外出というのは珍しいですがね」
ミズヤの言葉にクオンが付け足し、2人とケイク、ヘリリアが続いて廊下を歩いていた。
貴族への顔見せと領の統治具合を報告し、今日の用事は終わっていた。
まだ日が空のてっぺんにある時刻、クオンは歩きながら窓の外を眺め、仏頂面で歩いていた。
「クオン、探しに行きたい?」
「いえ……。姉上は人格者ですので、無意味な事はしないでしょう。それに、心配はしてません。そのうち帰って来るでしょう」
「そうだねぇ〜」
クオンもミズヤも楽観しながらそう呟き、護衛と盟主はそれぞれ自室へと向かって行った。
実際、ラナは心配されるような女ではない。
たとえ単独で外をぶらぶらしてレジスタンスに襲われても、やり返すだけの力はもっているから。
そのせいか、ラナが城を出ても捜索願いもなく、兵士は探す事もしなかった。
それが余計、ラナが国を不審がるとも知らずに――
◇
城の地下、留置所の通路はまるで洞窟のようで、壁掛けの松明だけが光源となっていた。
誰も通らない暗い道で、1つの牢の前に立つ、筋肉の剥き出しな大男が座っている。
妹と同じ髪色を持つ、大将ヴァムテルだった。
「……いい加減、目障り」
鉄球の付いた足枷をカチャリと音を鳴らし、牢の中に潜む少女が声を出す。
彼の妹であるフィサだった。
水色の髪は少し伸びて肩につき、いつものゴスロリ衣装はただのボロ布に変えられた少女は囚人らしく見すぼらしい姿で、牢の前にポツンと立っていた。
「目障りとは失敬な! やっと話ができる場ができたというのに、いつまでも黙りこくりおって! これが噂のツンデレというやつか!?」
「……ウザい」
「照れるな照れるな! お前も我に会えて嬉しかろう!」
「その一人称やめて。キモい……」
本来は敵同士ながら、打ち解けた会話ができるのは兄妹故だろう。
ヴァムテルは少し考えながら、また口を開く。
「……俺は、お前に裕福な暮らしをして欲しくて出て行ったのにな……。今では、牢屋越しに眺める中か……」
「黙れ」
「本当に、悪いと思ってる。前にも言ったが、お前の里親を殺した俺の隊員は辞めさせた。それ以上にどうお前に償えばいいのか、わからないんだ……。大陸統一に貢献すれば良いと思ってたのに、どうしてこうなるんだろうな……」
「…………」
フィサは何も言葉を返さなかった。
まだ戦争をしていた当時――フィサは10になるばかりの少女だった。
親の居ない1組の兄妹、2人は魔法で商売をして日々を食いつないでいた。
フィサが8歳になる頃、ヴァムテルはある子供の寄り合い所に、フィサを預かってもらうように掛け合った。
友達も居ない境遇だったのだ、ヴァムテルはフィサに同世代の子と遊んで欲しかったのだ。
寄り合い所も経営が苦しく、金を送るように指示をし、ヴァムテルはキュールからバスレノスの兵士として、出稼ぎに出向いた。
当時は戦争大国だったバスレノスは羽振りが良く、フィサに送る資金も十分に調達できた。
しかし、キュールにも攻め入る事を決めて――
民間人は襲わないはずなのに、戦闘の被害に遭い、孤児院は壊された。
そして彼らの里親と、多くの友人が死に絶えたのだ――。
「……別に、兄さんが悪いんじゃない」
「そう言ってくれるか。でもな、この罪悪感は消えんのだ……」
「……それは、消えなくて良いよ」
「…………」
どういう事なのかと、ヴァムテルは顔をしかめた。
フィサは滔々と言葉を綴る。
「悪いのは、バスレノス……。そして、バスレノスの大将てある、貴方も悪い……」
「……そう、か」
「そう……」
寂しい兄妹の会話はそこで途切れる。
語る事はなく、炎に揺れる2つの影は、じっとそこにあり続けた。
◇
「ラナの不在は嫌な予感しかしないな」
「にゃぁぁああっ!!?」
天井裏から降り立つトメスタスに、ベッドに座ってサラの毛を梳くミズヤは叫んだ。
口を開けたままミズヤはピクリとも動かず、トメスタスは近寄って声を掛ける。
「そんなに驚くことでもあるまい。何度もやってるだろう」
「そうですけどぉ……びっくりねこさんだよね、サラ?」
「ニャーッ」
「ビックリさせたいからこうして入ってきてるんだ!」
「知らないよぅ……」
ミズヤはがっくしと項垂れるも、サラがミズヤの顎を前足で支えるのだった。
よくできた恋人の動作に、トメスタスら高笑いをしてから話を切り出す。
「お前、ラナのことどう思う?」
「……僕ですにゃ?」
「うむ」
「……ちょっと怖い人、かな?」
直感のままミズヤが答えると、トメスタスは数秒置いてから口を開いた。
「そうか……確かにな……」
「トメスタスさんは、ラナさんが居なくなったこと、何か知ってるんですか?」
「いや、知らん。我が姉は何を考えてるのかわからんからな。今頃どこで何をしているやら……」
「……そうですか」
ミズヤが呟くと会話は途切れ、トメスタスは静かにミズヤを見下ろしていた。
サラはじっとしてミズヤの腕の中に篭り、ミズヤの顔色を伺っている。
「……ラナは、1人でこの城を相手どれるぐらい強い。完璧主義な性格のくせに、外出届もなく不在になるのは怖いと思わないか?」
「……ラナさんが死んだ、って言いたいんですか?」
「かもしれんな。だが、あのラナが届け出も出さないという事は、バスレノスに愛想をつかせたのかもしれん。どっか旅にでも出たか、ないと思うが、キュールに寝返ったか……」
「あー……でも、そういう年頃ですよねぇ……」
「俺は自分探しなんてしないけどな」
どこか旅に出たり、カッコよく振舞ってしまう年頃といえば話は合うので、2人はどこか納得してしまうのだった。
実際、間違ってはいないが、旅ではないのである。
「ヴァムテルは妹にご執心で鬱気味だし、この国の行く末が不安でならない」
「えーっ、トメスタスさん皇子なんだから、なんとかしてくださいよぉっ」
「俺は上に立つにはテキトー過ぎる。ラナで良い、女王やらせれば幾らでも婿が来るだろ。なんならお前でも良いぞ? 神楽器持ってるし、7色使えるし」
「僕は先約がありますので、結構ですにゃ」
「ニャッ」
先に予約した猫がピシャリと鳴くと、トメスタスは少し残念そうにかぶりを振るのだった。
不死で最強の魔法使いであるミズヤはどこも欲しがるものである。
「……少し話せて気が紛れた。邪魔したな、ミズヤ」
「いえいえ……」
それだけ言い残し、トメスタスはちゃんと扉から退室して行った。
部屋が静かになると、改めてミズヤは天井を見上げる。
「……良い加減、客室じゃない部屋がいいなぁ……」
いつまでも客室で過ごすミズヤの、ささやかな悩みなのであった。
帰城した彼らの耳にも、使用人や貴人のヒソヒソ話が耳に入る。
「ラナさん、行方知らずかぁ〜……」
「近衛兵達も居ないならお出かけなされたのでしょう。無許可で外出というのは珍しいですがね」
ミズヤの言葉にクオンが付け足し、2人とケイク、ヘリリアが続いて廊下を歩いていた。
貴族への顔見せと領の統治具合を報告し、今日の用事は終わっていた。
まだ日が空のてっぺんにある時刻、クオンは歩きながら窓の外を眺め、仏頂面で歩いていた。
「クオン、探しに行きたい?」
「いえ……。姉上は人格者ですので、無意味な事はしないでしょう。それに、心配はしてません。そのうち帰って来るでしょう」
「そうだねぇ〜」
クオンもミズヤも楽観しながらそう呟き、護衛と盟主はそれぞれ自室へと向かって行った。
実際、ラナは心配されるような女ではない。
たとえ単独で外をぶらぶらしてレジスタンスに襲われても、やり返すだけの力はもっているから。
そのせいか、ラナが城を出ても捜索願いもなく、兵士は探す事もしなかった。
それが余計、ラナが国を不審がるとも知らずに――
◇
城の地下、留置所の通路はまるで洞窟のようで、壁掛けの松明だけが光源となっていた。
誰も通らない暗い道で、1つの牢の前に立つ、筋肉の剥き出しな大男が座っている。
妹と同じ髪色を持つ、大将ヴァムテルだった。
「……いい加減、目障り」
鉄球の付いた足枷をカチャリと音を鳴らし、牢の中に潜む少女が声を出す。
彼の妹であるフィサだった。
水色の髪は少し伸びて肩につき、いつものゴスロリ衣装はただのボロ布に変えられた少女は囚人らしく見すぼらしい姿で、牢の前にポツンと立っていた。
「目障りとは失敬な! やっと話ができる場ができたというのに、いつまでも黙りこくりおって! これが噂のツンデレというやつか!?」
「……ウザい」
「照れるな照れるな! お前も我に会えて嬉しかろう!」
「その一人称やめて。キモい……」
本来は敵同士ながら、打ち解けた会話ができるのは兄妹故だろう。
ヴァムテルは少し考えながら、また口を開く。
「……俺は、お前に裕福な暮らしをして欲しくて出て行ったのにな……。今では、牢屋越しに眺める中か……」
「黙れ」
「本当に、悪いと思ってる。前にも言ったが、お前の里親を殺した俺の隊員は辞めさせた。それ以上にどうお前に償えばいいのか、わからないんだ……。大陸統一に貢献すれば良いと思ってたのに、どうしてこうなるんだろうな……」
「…………」
フィサは何も言葉を返さなかった。
まだ戦争をしていた当時――フィサは10になるばかりの少女だった。
親の居ない1組の兄妹、2人は魔法で商売をして日々を食いつないでいた。
フィサが8歳になる頃、ヴァムテルはある子供の寄り合い所に、フィサを預かってもらうように掛け合った。
友達も居ない境遇だったのだ、ヴァムテルはフィサに同世代の子と遊んで欲しかったのだ。
寄り合い所も経営が苦しく、金を送るように指示をし、ヴァムテルはキュールからバスレノスの兵士として、出稼ぎに出向いた。
当時は戦争大国だったバスレノスは羽振りが良く、フィサに送る資金も十分に調達できた。
しかし、キュールにも攻め入る事を決めて――
民間人は襲わないはずなのに、戦闘の被害に遭い、孤児院は壊された。
そして彼らの里親と、多くの友人が死に絶えたのだ――。
「……別に、兄さんが悪いんじゃない」
「そう言ってくれるか。でもな、この罪悪感は消えんのだ……」
「……それは、消えなくて良いよ」
「…………」
どういう事なのかと、ヴァムテルは顔をしかめた。
フィサは滔々と言葉を綴る。
「悪いのは、バスレノス……。そして、バスレノスの大将てある、貴方も悪い……」
「……そう、か」
「そう……」
寂しい兄妹の会話はそこで途切れる。
語る事はなく、炎に揺れる2つの影は、じっとそこにあり続けた。
◇
「ラナの不在は嫌な予感しかしないな」
「にゃぁぁああっ!!?」
天井裏から降り立つトメスタスに、ベッドに座ってサラの毛を梳くミズヤは叫んだ。
口を開けたままミズヤはピクリとも動かず、トメスタスは近寄って声を掛ける。
「そんなに驚くことでもあるまい。何度もやってるだろう」
「そうですけどぉ……びっくりねこさんだよね、サラ?」
「ニャーッ」
「ビックリさせたいからこうして入ってきてるんだ!」
「知らないよぅ……」
ミズヤはがっくしと項垂れるも、サラがミズヤの顎を前足で支えるのだった。
よくできた恋人の動作に、トメスタスら高笑いをしてから話を切り出す。
「お前、ラナのことどう思う?」
「……僕ですにゃ?」
「うむ」
「……ちょっと怖い人、かな?」
直感のままミズヤが答えると、トメスタスは数秒置いてから口を開いた。
「そうか……確かにな……」
「トメスタスさんは、ラナさんが居なくなったこと、何か知ってるんですか?」
「いや、知らん。我が姉は何を考えてるのかわからんからな。今頃どこで何をしているやら……」
「……そうですか」
ミズヤが呟くと会話は途切れ、トメスタスは静かにミズヤを見下ろしていた。
サラはじっとしてミズヤの腕の中に篭り、ミズヤの顔色を伺っている。
「……ラナは、1人でこの城を相手どれるぐらい強い。完璧主義な性格のくせに、外出届もなく不在になるのは怖いと思わないか?」
「……ラナさんが死んだ、って言いたいんですか?」
「かもしれんな。だが、あのラナが届け出も出さないという事は、バスレノスに愛想をつかせたのかもしれん。どっか旅にでも出たか、ないと思うが、キュールに寝返ったか……」
「あー……でも、そういう年頃ですよねぇ……」
「俺は自分探しなんてしないけどな」
どこか旅に出たり、カッコよく振舞ってしまう年頃といえば話は合うので、2人はどこか納得してしまうのだった。
実際、間違ってはいないが、旅ではないのである。
「ヴァムテルは妹にご執心で鬱気味だし、この国の行く末が不安でならない」
「えーっ、トメスタスさん皇子なんだから、なんとかしてくださいよぉっ」
「俺は上に立つにはテキトー過ぎる。ラナで良い、女王やらせれば幾らでも婿が来るだろ。なんならお前でも良いぞ? 神楽器持ってるし、7色使えるし」
「僕は先約がありますので、結構ですにゃ」
「ニャッ」
先に予約した猫がピシャリと鳴くと、トメスタスは少し残念そうにかぶりを振るのだった。
不死で最強の魔法使いであるミズヤはどこも欲しがるものである。
「……少し話せて気が紛れた。邪魔したな、ミズヤ」
「いえいえ……」
それだけ言い残し、トメスタスはちゃんと扉から退室して行った。
部屋が静かになると、改めてミズヤは天井を見上げる。
「……良い加減、客室じゃない部屋がいいなぁ……」
いつまでも客室で過ごすミズヤの、ささやかな悩みなのであった。
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