連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜

川島晴斗

第4話:誤解

ギィと扉が開かれ、環奈は薄暗い部屋の中へと踏み入った。
昼なのにカーテンが閉まり、本当に暗い、どうしようもなく暗い。
否、実際はカーテン越しにも伝わる陽光がある。
だがそれでも、目の前の光景を見れば暗鬱にならざるを得ない。

彼女の予想通り、ミズヤは死んでいた。
彼女の近くに転がっていた首には、目に針が刺さり、叫び声が出ぬよう猿轡がされていて、耳は切り落とされている。

体の方はベッドの上に落ちていた。
魔法で切ったのか、指が20本床に並べられていたが、四肢には短剣がいくつも刺さり、服は当然ながら全身血で濡れていた。

「……これが元に戻るなんて、想像もつかないね。いや、新しい体になって魂だけ移転とか、そんなんなのかな?」

物応じせず、環奈はミズヤの体の元まで歩く。
新鮮なその死体からは、まだ血が流れ出ていた。
しかし環奈は躊躇なく手を伸ばし、ミズヤの体を持ち上げる。

「【黒魔法カラーブラック】」

物質精製の黒魔法で黒鉄の十字架を生み出し、ミズヤの四肢を順々に拘束した。
人を浮かせて縛るなど女手一つでできることではないが、彼女は魔人……力は誰よりも強い。

「ま、この体で生き返ってくれるのを期待するしかないね。何度も死なれたって、こっちは迷惑なんよ」

呆れた様子で呟き、環奈は一時部屋を後にするのだった。



それから10分後、本を片手に環奈はミズヤの部屋へと戻ってきた。
結果、ミズヤの死体は頭が体にくっついて戻っており、拘束した甲斐もあったらしい。
汚い部屋はどうしようもなかったが、家事全般をこなすミズヤの事だ、気が変われば元に戻すだろう。

死体が原型を取り戻すと、環奈は少年の全身に引っ付いた血を拭いてクオンを呼んだ。
小柄な少女の手中にはサラがしっかりと抱かれ、この時間の間に飲んだ水で喉も少し癒えていた。

後は起きるのを待つのみ――そのはずだったが、

「うぃっ、起きろ」

環奈のグーパンチは見事ミズヤの頰を打ち抜き、「うぐぅ」と呻く。

「おぉー、ほんとに生き返ったよ。凄いね」
「……あっ……えっ?」

黒い涙の跡とアザのある瞳を、ミズヤは開いた。
痛みでの目覚めに何が起きたのかわからずうなるも、手足を拘束されていることがより彼を不思議に思わせた。

「あの……えっ?」
「よしよし、完全復活じゃん。ミズヤ、この指何本に見える?」
「……3」
「正解、問題ないね。血が足りないと思うんだけど、ご都合主義な体なのは羨ましいね」
「…………?」

目をパチパチさせて不思議がるミズヤだったが、周りを見渡し、そしてクオンとサラの姿を見つけて、彼は俯いた。
あれだけ泣き叫ばせて、どのツラ下げて会えたものだろう。
サラとはもうお別れを――心を鬼にして、そう誓ったのだから。

ミズヤの態度が沈黙を呼び寄せる。
黙っているわけにはいかない――そう思う環奈だったが、今日はクオンに任せるために視線をクオンに向けた。
クオンは口をキュッと結び、頷いて前に出る。
そしてはりつけにされた少年に話し掛けた。

「ミズヤ、お話があります」
「……何?」
「サラを側に置いてあげてください。彼女は不幸なんかじゃないしこれからも不幸になりませんよ……」
「…………」

クオンの言葉に、ミズヤは眉ひとつ動かさずに悲しみの表情をし続けた。
彼にとってみれば、それは嘘なのだから。

「クオン、僕は……人を不幸にする、近くにいる人は死んでしまう。だから、1人になるんだ。ここからも……」
「ここから出て行く必要はありません。貴方が側にいてもいなくても、私は襲われれば死ぬ。それは変わらないことです。不幸は誰にだってやってくる、決して貴方が不幸にしているわけではありませんよ」
「…………」

ミズヤはまたもや口を閉ざす。
しかし、今度は顔を上げてクオンの瞳をしっかりと見ていた。

「――メイラは、死んだ」

ポツリと、ミズヤが呟いた言葉が部屋中に響いた。
たった一言で済まされてしまうその悲しい事実が、今のミズヤを蝕む元凶。
ミズヤはゆっくりと口を開き、言葉を続けた。

「僕がいけないんだ。罪人つみびとなのに、あのときメイラの告白を断ったから……彼女が屋敷から追い出されて、それで……悪幻種になるぐらい、辛い思いをして……」
「ミズヤ……」
「メイラは辛い思いばかりして、それで死んで……僕はっ、彼女に幸せに生きて欲しかったのにっ……!」

ミズヤの目尻から涙が浮かび、かすれた声にも力がこもる。

「僕はっ、サラやクオンの人生まで奪いたくない!!! みんな笑って幸せであればいいんだ……そのために、僕はいらないんだよ!!!」

ピリピリとした強い叫びに、皆は目を見開いた。
ミズヤの心が追い詰められているのは知っていた。
しかし、彼がこんな風に叫んだことは無かったから……。

それだけの悲しい思いをその小さな体で背負う彼は、苦しいと悶え這いつくばってるのと同義で、全く背負いきれていない。
泣いて、泣いて、これからもし1人になれば、ミズヤの心は完全に壊れてしまう。

だからそんな事はさせないし、彼の心を癒したい。
その想いを持って、彼女は今ここに立っている。

「それで貴方が居なくなって、私が笑えるとお思いですか?」

淡々としたクオンの声が場の空気を塗り替える。
否、彼女の声もまた、ミズヤの熱気が移ったのか、力があった。

「私と貴方は友人じゃないですか。友人が悲しみを背負ったまま私から姿を消して、笑えるわけないじゃないですか。それこそ私の不幸です! サラだって貴方とは何があっても別れたくないんです! 独りよがりで考えないでください!!」
「……ッ」

怒号にも聞こえる説得の声に、ミズヤは下唇を噛み締めた。
言い返そうにもクオンの言うことは正しく、間違えはないのだから。

「私は貴方と会えて、幸せとは言いませんが、良かったと思ってます。そしてこれからも一緒に居たいと思いますよ……」
「クオン……でもっ、僕は……!」
「私が不幸になるのを恐れてくれている、それだけで嬉しい事ですよ。それに、その気持ちはお互い様です」

クオンは手から力を抜き、サラがぴょこんと跳ねて降りる。
無気力になった彼女はどこか、遠くを見据えるようにして語りだす。

「私も、何人も身近な人を失いました。貴方と出会った日に、今まで側近だった方も、部下も、仲の良かったメイドも、皆死んだんですよ……? 私のせいなんです……そして、これからも死ぬかもしれない。終いには、私の近くにいる貴方も不幸な目にあった」
「――!」

ここまで言われて、ミズヤはクオンの言いたいことを理解した。

「本当の元凶は、私かもしれないですよ……?」
「そんなことはないっ!!!」

クオンの呟きに、反射的にミズヤは叫んでいた。
他の人にこの苦しみを譲れば、彼にとっては楽である。
しかし、自分のせいで誰かを苦しませるのは、もう嫌だから……彼はやめて欲しいと叫ぶのだ。

でも、それは違う。

「……ふふっ、そうかもしれませんね。元凶が私か貴方か、はたまた別の誰かなんてわからないんですよ」

一歩、彼女はミズヤに歩み寄る。
その足取りは重いが、それは背負うものが重いから――。

「貴方と私はこれまで、近くに居る者を不幸にしてきたのかもしれません。それだけで言えば、私と貴方は同じなんです」

一歩、さらに一歩踏み出す。
そしてクオンはミズヤの元へ到達し、背丈の変わらぬ磔にされた体を抱きしめた。

「辛いですよね……私も同じだから、わかりますよ……。嫌ですよ……皆と幸せに生きれたらって、私も思うんです……」
「……。クオン……」
「だから皆の気持ちを尊重して、皆がそれぞれ思うようにさせてあげたい。それが皆の幸せだと思いますから……。貴方も同じ思いのはずです」
「……皆の、気持ち……?」

ミズヤはその言葉を拾い、訊ね返した。
クオンはミズヤの体から手を離し、一歩身を引いて問い掛ける。

「メイラさんは、本当に不幸だったんでしょうか?」

わかるようでわからないその問いに、ミズヤは答えられなかった。
あの日、メイラは死ぬ間際に笑顔を見せて、そして自殺した。

あの優しい笑顔を思い出す。
最後に見せた微笑み、あれが果たして絶望に見えるだろうか?
それはあり得ない事で、でも、それでも――

「……ミズヤ、貴方が我慢する必要もない。貴方が素直であれば、不幸なんてないんですよ。だって、貴方の優しさは、皆知ってますから……貴方を恨むことは無い。メイラさんだって……本当に、貴方を恨んでいたんですか?」

問われ、ミズヤは思い出す。
あれは逆恨みだったと、彼女は言っていた。
本来は恨むべきじゃないと、彼女自身が言っていた。

お互いにごめんなさいと、謝った。
謝罪の言葉を口にして、和解を紐解き、そして彼女は……

「……それが、メイラの気持ちだったのかな……」

ミズヤの呟きが静かな室内を木霊こだまする。
彼女は果たして、不幸だったのか。
その真実のカケラを一掴みしたかのように、ミズヤの表情は淡い希望を持っていた。

「……そう、信じていいのかな……?」
「……いいんですよ。もっと自分に自信を持って、自分を信じてください」
「……僕は、間違ってたの、かな?」
「誰でも間違えますよ。いいんです、一歩ずつ進めれば……」
「…………」

ミズヤは目を閉じ、自身を縛る鎖をバキリと力任せに砕いた。
赤魔法による肉体強化、ミズヤが全力ならば、鉄を引きちぎるのも容易いこと。

十字架から抜け出した彼は、フラつきながらもクオンの前に立って問う。

「不幸にするなんて、そんなのまやかしだったんだよね……?」
「はい……貴方が人を不幸にする? そんなの、考えられませんよ」

笑い飛ばすような回答をクオンからもらい、ミズヤは薄く笑みを浮かべた。
そして膝をつき、サラの体に触れる。

「……サラは貴方と一緒なら、自分がどうなってもいい。そう思うほどに貴方を愛してるんですよ。幸福だろうが不幸だろうが共に歩んで来た……そうでしょう?」

クオンの問いに、ミズヤは何も言わなかった。
それは、長い年月でサラの想いはずっとわかっていたし、どれだけの想いかも痛感していたから。
サラは甘えるようにミズヤの手に前足を絡め、どこか気恥ずかしそうに顔を隠していた。
でも、ミズヤは手を離して、サラの両脇を抱えて顔を見つめるのだった。

「サラ……僕は、君の気持ちを知ってても、不幸にはなって欲しくなかったんだ。でも……そうだよね。サラは、いつも僕を励ましてくれて……僕の方が、サラが居ないとダメなんだ」

それは本音の吐露だった。
彼はこれまでもずっとサラに慰められて生きてきた。
1人だと、寂しくて生きてはいけないのだ。
だから――

「さっきはひどいことをしてごめん。君の言う前世みたいに恋人になれるかはわからないけれど、不幸にしないために、頑張るから――」

――これからも、側にいてください。


彼のその呟きに、サラは抱きついて返した。
その暖かさにミズヤはまた泣いて――見守る2人の女性は、微笑むのだった。

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