連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜

川島晴斗

第3話:喧嘩

 話がまとまり、ひと段落クオンは軍議室を後にした。
 ミズヤの気持ちは大方理解したと、自分でわかる。
 すると何故か、澄んだように心がクリアーで、無気力になった。

 わからないというもどかしさがあった。
 だけれど、わかればどうということはない。
 ミズヤの思う気持ちはどんな人間にでもある、当たり前な気持ちなのだから。

 それを悲観的に捉えすぎてしまう、彼の自虐性が元凶と言えるだろう。
 前世の事、家の事、様々な悪因があるのは理解できても、そう。

 彼を前向きにしないと――。

 クオンの考え至った結論はそれであり、目的を達成すべく、まっすぐミズヤの部屋へと足を向けた。
 自分がやる、借りを返すためにも。
 そう自分に言い聞かせて。

「……む?」

 しかし、ミズヤの部屋へ近づけば近づくほど、何かが鳴く音が聞こえてきた。
 さらに歩くと、その正体が声でわかった。

「ニャァーニャーッ!!! ニャーッ!! ニャーッ、ニャーッ!!!」
「……これは、サラの鳴き声?」

 彼女とはあまり仲の良くない金色の猫が必死に鳴いていた。
 その声はかすれ、声を出すのも辛いのがわかる。
 どれほど鳴いているのかわからないが、今もその鳴き声は止まらず、ずっと必死に何かを呼び掛けていた。

「サラ! どこですかサラ!!」

 何か一大事があった筈だ――そう結論を出すのは容易な事で、クオンは廊下を駆けた。
 走れば走るほど鳴き声は大きくなり、そして着いた先はミズヤの部屋だった。

「……カンナ、さん?」

 その部屋の前には、環奈が塞ぐように扉を背にして立っていた。
 環奈がクオンを見つけると、大きな鳴き声と同程度の声量で問い掛ける。

「どしたん? ミズヤになんか用事?」
「はい。でも、これは……?」
「取り込み中みたいだから、後にした方がいいよ。聞いてわかる通り、いろいろヤバいから」

 かすれ果てたサラの鳴き声は未だ止まらない。
 その鳴き声は、大声で泣きわめく子供の声にも似ていた。
 サラがこんなに取り乱す事など、前世から付き合いのある環奈でさえも知らない事であった。

 しかし、その声は不意に止まる。

 途端に静まり返った世界、誰も動くことができなかった。
 だが、何を感じたのか環奈は扉から数歩前に出る。
 その数秒後には小さく扉が開き、頭を垂らしたサラが出てきた。
 傷はない、だが見るからにしょんぼりとしていて、環奈はそっとサラを抱き寄せた。

「よしよし、頑張ったね。大丈夫、ミズヤはこの間違えに気付くから、その時戻って来ればいいよ」

 慈しむようなその言葉と抱き方。
 サラは何も言わずに身を預けている。
 どういう状況かわからず、クオンは尋ねた。

「あの……サラは、どうしたのですか?」
「ちょっとミズヤと喧嘩しただけだよ。大丈夫、また仲直りできるから」
「はぁ……」

 喧嘩……その言葉だけで片付けていいものだったのかと、疑問が残る。
 サラが本気で、声がかすれるほど必死に叫び続けたのが。
 しかし、心配に思いつつもミズヤに直接聞けばいい。
 だから、クオンは扉に手を掛けた。

「――今はやめときな」

 そこに、制止の声が入る。
 声の主は環奈で、彼女は睨みにも似た視線でクオンを見ていた。

「……何故?」
「ミズヤは確実に中で自殺してる。わざわざ死体を見る必要はないよ」
「…………」

 自殺してる――それは中に死体があると言いたかったのだろう。
 どんな死に方をしたかはわからない、ただ間違いないと言い切るような環奈の声調が、クオンの手を扉から離した。

「……ミズヤは生き返りますよね?」
「うん。でも、起きてもまた自殺するだろうね」
「……何故?」
「……わからない?」

 クオンは環奈の顔から胸元に視線を落とす。
 そこにはうずくまったままのサラが居て――。

「……。なんで、サラと仲違いを……」
「瑞揶は今、自分が周りの人を傷つけてしまうと勘違いしてる」
「!!」
「だから、一番大切なサラまで傷つけたくないんだろうよ。それが余計なお世話なんだけど、なんっつえば良いのかなぁ、あのバカには……」

 溜息を吐きながら胸元のサラを撫で回す環奈。
 彼女の予想を聞いて、クオンは驚いていた。

「貴女も、ミズヤの気持ちをわかっていたのですね」
「そりゃあまぁ、ミズヤは単純だし、友達だしね。何考えてるかぐらいわかるって」
「……そうですか」

 クオンはしょんぼりと目を伏せ、壁に背を預けた。
 あからさまに気を落としているが、その理由は明快である。
 他にもミズヤの思いをわかっている人がいた、なのにサラに次いで近くにいた自分がわからなかったのだから。
 自分が情けない、悔しいと、そう思うのも仕方ない。

 そんな彼女の頭に、環奈はポンっと手を置いた。

「……?」
「何もあんさんが気落ちする事ないさね。まだ確か13歳でしょ? 人の事気にするより、自分の事気にしてなって」
「……カンナさんだって、まだ若いじゃないですか」
「これでも、累積80年生きてるんだけど?」
「……は?」

 これには理解が追いつかず、環奈の10代の肌を見て疑問符を浮かべる。
 そんな純朴なクオンを見て環奈は苦笑し、曖昧ながらに答えた。

「第1の人生は60年ぐらい生きたんよ。【ヤプタレア】で生まれ変わって17年、そういうことよ」
「あ、なるほど」
「だから本来、ウチはおばちゃんなのよ。アンタはまだまだ若いんだから、気にしてなくてよろしいって」
「そうはいきません。ミズヤは私の大事な側近であり、仲間ですから」
「……あっそ。ま、ウチはミズヤが死体のうちに、また自殺しないようはりつけにしとく。そのあとはアンタが好きにしな」
「はい……」

 ぶっきらぼうに機会を与えると共に、環奈の胸に居たサラも、ピョコンとクオンの方へ飛んだ。

「さ、サラ?」
「その子もミズヤと話し合いたいんでしょ。この後に及んで別れるとか考えられんだろうからね。できれば連れてってやりな」
「……ええ、一緒に行きましょう」

 クオンはサラを両手で脇を持って言うと、サラは口を開けて鳴いたように見せた。
 いや、鳴いたのに声が出なかったのだ。
 それほどまでに、声が枯れていたから。

「……サラっ、本当に貴方は、ミズヤが好きでっ……」

 この猫がどれほど彼を想ってるのかを考えると、クオンは思わず涙が出た。
 先ほどまでの怒号にも近い叫び声がどう叫んでいたのか、今なら容易に想像できる。

 離れたくない。

 そばに居たい。

 そう叫んでいたのだと。

「……貴方の純粋で真っ直ぐなその思い、ミズヤにわからせてやりましょう」

 人を不幸にしようが構わない。
 自分が不幸だろうと、どうなってもいい、それぐらいに貴方を思う家族がここにいる。
 その事を伝えるためにも、クオンはミズヤの目覚めを待つのだった。

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