連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜

川島晴斗

第22話:終幕

 暗く澱んだ空はまるで、そこに浮かぶ死人達が作ったように思えた。
 人骸鬼の群れ、そして魔王。
 レジスタンスに襲われた直後なのに、そのインパクトは絶大で、西軍に絶望を齎すのだった。

『私は……』

 魔王の低い呟きが、随分と大きく響き渡る。
 その一言で全ての者が顔を上げるのだった。

『――勧告したはずだ。この国に私は干渉する、出て行けと』

 おそらく、多くの者にはわからぬ言葉だっただろう。
 なにせ、勧告を受けた者は1人しかいないのだから。

「……僕は友達のために力を尽くします。贖罪は終わり、これは他でもない僕の意志です。僕には、ここを変えるだけの力があるのですから」

 ミズヤは力を込めてそう言葉を返した。
 彼にとって、クオンは主君ではない。
 1人の人間として、クオンはミズヤを励まし、前を向かせた。
 ミズヤもクオンを励ました事があった。
 お互い様、そんな関係を持つ“友人”としてクオンを見ているのだ。

 フォルシーナはその言葉を聞いて、そっと目を伏した。
 もはや語らうことはないと言わんばかりに。

 そこに、環奈が口を挟む。

「おい、フォルシーナ。アンタ何してくれてんの? 魔物が普通に居るから何かあったとは思ってたけど、アンタが主犯? ブチ殺すぞオマエ」
『ノール……いや。今はカンナだったか。貴女が居たのは140年も前の事だ。今の情勢もわからぬ其方にとやかく言われる筋合いはない』
「そっか、じゃあ殺すわ」
『ここから生き延びる事ができたなら、やってみるがいいさ』

 魔王の挑発に呼応するように、人骸鬼達は咆哮を上げた。
 そしてその手に黒き武器の生成を始める。

「……絶望的な状況っすねー」
「まったく、嫌になるわ……」

 傷の殆どを修復したマナーズがヤーシャの肩を借りて立ち上がる。
 空に見えるのは絶望、戦力は1人でも多く欲しいところ。

 ただ、此処でそれは不要なのかもしれない。

 ドシュン――。

 風のように過ぎる衝撃波が、人骸鬼を撃ち抜いた。
 ジャージを着た無傷の兵の1人が、ドライブイグソーブで放ったのだ。

 人骸鬼はその構造が見た目通りの骨格標本であり、力に対してとても脆い。
 遠距離で岩をも砕くイグソーブ武器を用いれば、彼らは単なる的に過ぎない。

「人間相手と違ってぶっ壊せるからな! 本気でやらしてもらうぞ!」
「【黒天の血魔法サーキュレイアルカ】を撃たせるな! こっちの方が数は多い、撃ち墜とせ!!」

 兵士達は呼びかけあい、空に向けて攻撃を放っていく。
 人骸鬼の幾つかはそのまま破壊され、殆どは黒い障壁を張って防いでいた。
 持っている魔力量、威力が違うのだから防がれるのは仕方ない。
 ただ、それでも――

「遅過ぎるんだよな」

 空でドライブ・イグソーブを射出させながら、マナーズは骸骨の1つを片手で遊ばせて人骸鬼の真ん前に立っていた。
 顔と顔の距離は20cmあるかないか、その距離にして彼は平然として遊んでいた。
 人骸鬼が手を挙げる、これ以上格好の獲物は無いのだから。

「……あれ。遅いって言ったのに、やっぱり言葉通じないからダメか」

 ただ、その手が降りるよりも早く、マナーズはその人骸鬼を過ぎ去っていた。
 片方の手に持っていた骸骨を、新しいものに変えて。

『だが、矢張り足りないか』

 戦況を見ながらフォルシーナは呟く。
 彼女は手を出さず、一体の人骸鬼が大剣を下へ落とすのを見守った。
 その件が有する【悪苑の剣戟グジャロード】の力はこの基地を砕くには十分で、その1撃を見た途端に全ての攻撃が緩んだ。

「【悪苑の砲爆ハウルングロード】!」
「【七千穹矢】!!」

 しかし、地上からの黒い光線と無数の赤い矢が空へ馳せ、相殺――否、【悪苑の剣戟グジャロード】を突き破り、天辺まで登って行った。

「地上は僕達が守るよ」
「アンタらは手ェ止めずにやっつけなって!」

 頼もしい少年少女の声を聞き、兵達は笑みを浮かべた。
 遠慮も配慮も不要、脆い敵を倒せば良いだけなのだから。

「アタシも忘れられたら困るのだけど……」

 地上から新たな攻撃が飛ぶ。
 氷の槍が群れを成し、飛散して行った。
 この戦闘において、活躍が少ないヤーシャとしては、マナーズよりも人骸鬼を減らしてメンツを保ちたいところだった。

「あー、この槍おっせー」
「ちょっ、人の攻撃を足場にしてんじゃないわよ!!」

 しかし、結局はマナーズが氷を足場にしてさらに早く人骸鬼を減らすのだった。
 100体いた。人骸鬼は瞬く間に数を減らしていく。

 だが、最後の一体を倒し終える頃には、魔王も、そしてレジスタンスも、完全に姿を消しているのだった。



 ◇



 今回の戦闘で、死者が3人でた。
 レジスタンスとの最初の攻防で、イグソーブ武器にやられたのだった。
 負傷者は大量に出るも、ミズヤの【四千精創】で傷は癒えた。
 ただ、死者は生き返らない。

 捕らえたレジスタンスは437名、これはミズヤの成果が大きかった。
 教会で捕らえた人数があまりにも大きかったのだから。

 教会で留守番していたサラは、メイラを見て難色を示すも、主人が悲しむのであまり追い詰めようと思わなかった。

 戦いの被害は少なく、クオンも無事、ナルーも特に問題ない。
 なのに、遠征に来た人物達の気持ちは、穏やかではなかった。

「……休めって言われて、休めるわけないじゃんね」

 食堂の片隅に固まった遠征組の中で、テーブルに足を引っ掛け、ダラリとした環奈が言葉を零す。
 誰も彼女の悪態を咎める者は居なかった、果たしてどのようにして休めば良いのか、胸に一物ある気持ち悪さをどうすれば良いかわからなかったから。

「……ねぇ、キトリュー。今から西大陸行かない?」
「フォルシーナとやらは魔物を自由に操れるのだろう? やめておけ、今度は人骸鬼100体では済まんぞ」
「つってもさー……あーもう、キトリューのばか。もうウチ寝るから、また後でね」
「…………」

 そそくさと立ち上がり、環奈は頭を掻きながら出て行った。
 キトリューはやれやれと肩を落としながらも、その顔色は良くない。

 140数年前、彼らは魔物の魔物を管理する立場にあった。
 魔物は地上に出さず、地下のみで管理していた。
 それを今では、魔物は自由に解放され、魔王なる存在が操っている。
 それが許せず、歯噛みをしたくなっていた。

 だが、それ以上にやつれているのは、ミズヤだった。
 今もテーブルの上に顔を伏せ、その帽子の上にはサラが乗っている。

「……ミズヤ。いつまでも拗ねてないで、顔を上げてくださいよ」

 クオンが疲れた声で促すも、ミズヤは顔を上げなかった。
 というか、サラが乗っているから無理なのだが。
 そんな彼でも、声は出すことができる。

「ねこさんはもうダメですにゃ」
「貴方は人間ですから、もう少し頑張ってください」
「もう手伝いたくないですにゃ」
「……体を動かしてた方が、嫌な事も忘れていられますよ」
「…………」

 嫌な事と聞いて、ミズヤは口をつぐんだ。
 メイラはまだ起きないが、一命を取り留めている。
 時期に目を覚ました時、ミズヤは再び彼女と会話をするだろう。
 何を話すべきなのか、どうしたら良いのか、彼にはわからない。

 霧代の事は払拭された。
 しかし、それも含めてシュテルロード家という過去は家と共に崩壊し、今では何の接点もないただの少年少女。
 何を話すべきか、そして彼女はミズヤを許したのか。
 ハッキリしていないのが嫌だから、話すのが怖い。
 ……いや、

「ハッキリさせなきゃ、ダメなんだよね……」

 頭上のサラを両手で掴み、ミズヤは顔を上げた。
 抱えたサラを胸に抱き、口元に指を持っていくと甘噛みしてきて、ミズヤは自然と笑みをこぼす。

「ニャーッ!」
「痛っ!!?」

 そして間もなくサラのビンタを喰らい、倒れ伏してしまう。
 この理不尽な暴力にミズヤは何も言わず、胸に乗っかるサラの頭を撫でる。

「サラ……励まそうとしてるんでしょ? ありがとう、僕は……」

 君に背中を押してもらえれば、頑張れる。

 それはつい呟いた言葉だった。
 ミズヤは自分でキョトンとするも、サラは満足気に頷くのだった。

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